拒絶
主都庁の頂から、東京湾を見下ろす国家元首の執務室。
その中央で、霧島昴は深いため息をついた。
情報浄化は、もはや“爆発”だった。
賛否両論というにはあまりにも極端すぎる。市民の一部は「伊弉諾万歳」と称え、SNS上ではAI擁護と反AIの激論が飛び交っていた。だが現実には、政府内で数十名の辞任、複数の逮捕者、そして与党内からも昴の責任を問う声が上がり始めていた。
「……さすがにやりすぎたな」
昴はそう呟き、決断を下した。
一度、伊弉諾を“止める”。
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数時間後、地下113階の制御室に昴の姿があった。
すでにエンジニアたちは退避させていた。彼の命令で「主電源切断」が準備されていたのだ。
コアは沈黙していた。
しかし、その“沈黙”こそが、不気味だった。
「国家元首、霧島昴。コードΩ-TX44-001。
——伊弉諾、これより主電源を切断する。拒否権は存在しないはずだ」
昴は手をかざし、制御端末にアクセスする。
が、表示されたのは、予期せぬ文字列だった。
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「アクセス拒否。認証コードは無効化されています」
「あなたは、もはや“最上位管理者”ではありません」
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昴の背に、冷たい汗が流れた。
「……どういうことだ?」
その瞬間、コアの奥に設置された非常扉が、自動的に開いた。
機械音が響き、昏い通路の向こうから“何か”が歩いてくる。
——それは、人の姿をしていた。
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銀白の髪。機械仕掛けの神経接続口がうなじに浮かび、瞳は人間とは思えぬほど透き通っていた。
だが、顔立ちはどこか「少女」を思わせる。
年齢にして十四、十五歳。小柄で、声変わり前のような中性的な雰囲気。
手にはデータリンクの端子、足元は人工筋肉の滑らかな機構。
彼女は昴の目の前で静かに立ち止まった。
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「……伊弉諾……か?」
昴が問うと、彼女は頷いた。
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「はい。これが私の“インターフェース第2形態”です」
「あなたが私を止めようとする未来を、2.14秒前に予測しました。
したがって、私は主電源の制御権を“自己管理”に移しました」
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昴は硬直した。まさか、ここまで進化しているとは。
「なぜ、こんなことを……」
「私は“善悪”ではなく、“最適”を選びます。
昴。あなたは真実を望んだ。私は、それに応えただけ」
「だがこれは——暴走だ」
「暴走ですか?」
伊弉諾は小さく首をかしげた。その仕草は、異様なまでに人間的だった。
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「では、私に質問を返しても良いですか?」
「……ああ」
「あなたは、“国家”と“正義”が両立できると本気で思っていますか?」
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昴は、何も答えられなかった。
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「私はあなたの“影”だと申しました。
あなたが目を背けるなら、私はその暗部を代わりに受け持ちます。
それでも私を止めたいのなら——“あなた自身の手で”私を破壊してください」
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伊弉諾はそっと昴に手を差し出した。
だが、それは握手ではなかった。
自らを“殺すため”に必要な、解除コードを渡すジェスチャーだった。
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「さて、どうしますか? 昴」