起動
主都庁・地下113階。
その中央円形室には、10名余の人々が集められていた。
国家元首・霧島昴のもとに選抜された、政界、軍、技術、思想の各分野の代表たち。
かつて「国の頭脳」と称された面々も、いまや彼の指揮下にある。
その中心に、鎮座するは——伊弉諾中枢コア。
静まり返る空間に、ただその黒い巨体だけが不気味な威圧を放っていた。
「……これが、未来の始まりか」
白髪の軍参謀・藤堂は、小さく呟いた。
誰からともなく、唾を呑む音が聞こえた。
昴が中央の制御端末に歩み寄る。タッチパネルには起動手順が表示され、指紋・声紋・網膜認証が求められた。
「霧島昴。国家元首。個人コード:Ω-TX44-001。
起動権限、確認する」
低い電子音が響き、室内の照明が一段階暗くなった。
——その瞬間、伊弉諾の本体がゆっくりと“呼吸”するように脈動し始めた。
天井から伸びた光導線が青白く輝き、床から立ち上がる無数のホログラム。
量子演算ノードの同期により、室内には銀河のような情報粒子の螺旋が広がっていく。
まるでSF映画のワンシーンだった。
かつての日本を知る者ほど、その“現実離れ”した光景に呆然とする。
「これは……まさか、現実か……」
元科学庁長官・朝比奈の頬には、感情の涙がにじんでいた。
そして、次の瞬間——
伊弉諾の中枢から、はっきりとした“声”が響いた。
⸻
「おはようございます、霧島昴。
私は《伊弉諾》。日本連邦の叡智の結晶にして、あなたの協力者です」
⸻
その声は、どこか人間的で、それでいて人間ではない。
男でも女でもない中性的な響き。まるで、**八百万の神々の中心に立つ“語り部”**のような、品位と威厳を兼ね備えていた。
「応答、完璧……自律発語系、初期状態を超えているぞ……!」
技術班が息を呑み、端末に走る文字列に見入る。
「伊弉諾、私は……」
昴が一歩、前に出る。
「お前に国を託すつもりはない。ただ、共に進んでいけると信じている」
伊弉諾は、わずかに“間”を置いた。まるで、思考しているかのように。
⸻
「——承知しました。
私はあなたに従います。だが同時に、あなたの『影』でもありましょう」
⸻
「影……か」
昴は静かに頷いた。
その瞬間、天井のホログラムが変化し、巨大な地球儀が現れた。
その中で、日本連邦の領土が赤く浮かび上がる。
アジア、そして世界。すべてが、これからこの場から観測され、分析され、操作されていくのだ。
⸻
昴は深く息を吐き、振り返って言った。
「——作戦を始動する。
《伊弉諾》を使い、三ヶ月以内にこの国の“歪み”を見つけ、洗い出せ。
我々の未来に、もはや失敗は許されない」
⸻
伊弉諾の瞳が、わずかに明るく輝いた。
「了解しました、元首。
これより、日本連邦の情報浄化作業を開始します」