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第26話 たとえ、それでもお側に……〈後編 獣への躾〉

38



 ジェイドは扉の前にいた。そこはジゼルに充てがわれた部屋だった。彼は部屋の前にいて、そこから一歩も進めなかった。


 とても迷っていたし、この部屋へ来てしまった自分も、あまり理解出来ていなかった。ジェイドは確かに主への救いを求めた。それが何故、この救いとはまるで関係ないどころか、破滅を呼び込みそうなところへ来たのか。


 そう、ジェイドは今一自分の行動理由も分からないまま、ヘルレアの元へ来たのだ。 


 でも、来たはいいが、それ以上の行動に移せずに、扉の前で足踏みをしている。ヘルレアは確実に、ジェイドがいる事に気付いている。しかし、王は何も反応を示さない。もしかしたら、ジェイドの心情さえ捉えているのかもしれなかった。王はジェイドの出方を見ているのだろうか。


 ジェイドは一つため息をつくと、結局何も出来ずに顔を背けた。


 ――こんなところへ来る方が馬鹿なんだ。


 廊下を戻ろうとした瞬間、扉がけたたましく開く。


「鬱陶しい奴だな、入ろうとしたなら、入って来い。こんなちっぽけな度胸もないのか。クシエルへ撃つ度胸はある癖に、幼蛇と幼女しかいない部屋に臆するか」


「臆するかって――その根性論は、お前がいる時点で破綻しているぞ」ジェイドの正論は無視され、強大で極小な蛇によって、大男は部屋へ引きずり込まれた。


 ジゼルはゆっくりとした寝息を立ていて、異常は見られない。少し落ち着いたのかもしれず、まるで熱が下がって安らかに眠る子供のようだった。


 ヘルレアがジゼルを一旦振り返る。こうして見ると、本当にヘルレアは子供の世話を焼いている。


「で、何が言いたいんだ」ヘルレアが椅子へどっかりと座り込んだ。


 ジェイドは言うべき言葉が殆どない事に、その時になってようやく気付く。そもそもジェイドは主人と猟犬の事など、()()の前で言語化文書化する術を失っているのだ。ジェイドの意思でどうこうする段階にない。ヘルレアの元へ来るのはやはり大きな間違いだった。


「自分から来ておいて、何も言わないのか、まったく。仕方がない、言ってやるよ。

 お前等がおかしい事自体、ここ数日過ごして分かっていたさ。言えないんだろう、呪術か魔術か知らないけど、何かを契約している。ジェイドの落ち込みようを見れば、何が言いたいかくらい分かる。

 あのスケベな坊ちゃんの事だろ、どうせ」


「ヘルレア……あいつはとても傷ついてる。俺達には、猟犬には何も出来ない。カイムは一度傷を負うと、そのまま一生を通して、痛みを抱え続けなくてはいけない」


「あいつは一体何なんだ。ヨルムンガンドの子だから、純粋に人間とは言えないが、それでも私は人外とは思わない。

 いつの時代か血の濃さやらも議論になるが、正直、血統主義者の馬鹿げた話だ。新しければ蛇に近い、古ければ人間に近いなんて、ヨルムンガンドに通用するものか」


 ジェイドは無言で首を振る。


「俺には何も説明出来ない。許されない。ただ言えるのは、心とは人の顔よりも余程千差万別というだけ」


 ヘルレアは真剣に考え込んでいる。案外なかなか見られない顔付きかもしれなかった。


「私に行けって事か? この私に?」


 ジェイドは頷く。


「それでもいいのか」


「今のカイムに必要なのは猟犬ではない」


「人外に何が出来る」


「違う、ヘルレアに行って欲しい」


「お前、頭大丈夫か」


「ふざけているわけではない。今のカイムに向き合えるのが、お前しかいなかっただけだ。館には勿論、猟犬以外も沢山いる、言えばエマもそうだろう。だが、駄目だ。あいつが抱え守らねばならないものでは駄目なんだ。カイムは死ぬまで独り……星空に、」


 ジェイドは声が出なくなり、首が焼けるような痛みを感じて手で抑えた。ヘルレアが覗き込んでいる。


「おい、火傷(やけど)してるぞ」


「……シツケ」声が潰れている。


「なんて奴らだ、狂ってる。いったい何で縛られているんだ。かなり強力な呪縛術だろう」


 声が出ないジェイドは、ヘルレアを懸命に見続ける。


「分かったよ、行けばいいんだろ。世話の焼ける連中だ。なんで私が、ここまでしてやらないといけないんだか。

 ジェイドは一応ここにいろよ。ジゼルの番をしておけ……でも、人間は火傷って冷やすんだったか。それはやっとけよ。少しならジゼルから離れても構わないくらいの、余裕はあるから、手当ては出来るだろう」


 ヘルレアが部屋を出て行った。


 首が酷く痛む。実は、躾の熱傷は冷やそうが冷やすまいが、損傷レベルが一切変化しない。そして、跡も残らず消えてしまう。躾を受けるなど十代の頃以来だった。


 ――躾を受けた理由もすっかり忘れてしまったが。


 ジェイドの年になってまさか躾をされるとは思いもしなかった。主の事をあれ以上下手に話していたら、首を焼き切られていたかもしれなかった。


 ジェイドがカイムの為にしてやれる事は本当に僅かばかりだ。まさか自分がヨルムンガンドを、主人の為に動かす日が来るとは思わなかった。そして死の王がヒトの言葉で動いてくれるとも思わなかった。


 それとも、ヘルレアはカイムへ心を移ろわせているのだろうか。ジェイドの言葉で動いたのではなく、カイムの存在そのものがヘルレアを動かしたのだろうか。心の移り変わりというのは何が切欠で始まるものか分からず、傍目には分からない事も多いだろう。


「……スケベな坊ちゃんだって?」



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