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第10話 尾を喰む蛇

13



 王はノイマン会長が好きだ。


 しかも枯れ専の、熟女趣味。


 カイムは眉間を押さえる。


 それは、意外なようで実のところ意外ではない。王は本能的に巨大な組織を求め、その長を求める。例外はあるものの、自然とこうした図式になることも珍しくはない。


 そして大抵の場合において、長は年嵩になる事が多い。


 つまり総合すると、元ライブラ協会会長ノイマン・クレスが好き、となる。


 カイムは負けた。そのような気がした。


 王を振り向かせる為ならば、如何ようにも働こう。しかし、どう足掻(あが)いても、年齢ばかりは望んでも稼げない。


「……髭と、もみあげは好きですか」


「は?」


「生え揃えられれば、なかなか重みが出るかと」


 ヘルレアは生真面目な顔で、カイムを珍しいものでも見るように観察している。


「まだ私は、カイムの思考癖を把握しきれてなかったみたいだな。真っ直ぐに受け止めるなよ。やり辛いだろ、面倒臭い奴。冗談だよ、冗談」ヘルレアが溜息をつく。


「本当ですか、安心しました。僕はてっきり王が本当に、ご高齢の方しか受け入れられないのだと思いまして」


「色々誤解を招きそうな表現は止めろ。普通はあの言いようで察するだろ」


「解った気で会話はできません。王は、特別ですから」カイムは独りこくこくと頷く。


「何だかな、私はカイムの方が浮世離れして見えて来た」


「僕は人間ですから、十分世俗へ馴染んでいます。いるはずです……けれど王は、身近な人を最近亡くしてしまったことに、変わりないのですね」


「一応、忠告はしておく。あまり湿っぽく考えるな。お前が感じる死と、私の感じる死は違う。これには質問するなよ、後悔するぞ」


()()は人に教わったのですか?」


「質問するなって言っただろう、まったく――そうだよ。私からしたら、お前等全員死恐怖症(タナトフォビア)だ。生きることへこだわり、自他共ども、無駄に生へとしがみつきやがって。死んだら終わりでいいだろうが。還る場所はどうせ皆、同じなんだからな」


「……、同じですか。本当に」


「同じだ。それに、何一つ増えもしなければ、減りもしない。消えることもない……世界は何も変わらない」


 ヨルムンガンドの言葉が、カイムへ突き刺さるようだった。見て来た死が、湧くように蘇ってしまいそうになる。


「もう、その人には会えません――それでも、」


「そうだ、それでも世界は変わらない……だから、悲しむ程の価値はないんだよ――もういい、この話は終わりだ。どうでもいい事だしな」


「どうでもいい事などありません……僕はどんなことであれ、ヘルレアを知りたいと思います。後悔はしません」


「またか、どうせならその科白(セリフ)は、女に言ってやれよ。エマに囁けば、《《抱いて》》とかなんとか言ってもらえるぞ」


「エマの話題を引きずって、変なこと言わないでください。それに残念ながら、女性には年齢そのままイコールで縁がありません」


「その言い草、ここまで来ると、むしろ腹が立つな。これ以上話すと、堂々巡りで言い争いになりそうだ。もう行くぞ」


「承知しました」カイムが空になったペットボトルを王から受け取る。


 捨てに行こうとヘルレアから離れた瞬間、背後で微かな笑い声が上がった。


「……カイムの髭ともみあげは見てみたいかもな」ヘルレアはカイムを置いて行ってしまった。


 カイムは王の背中を少しの間見ていた。


 見る事しか出来なかった。





 二人は公園を出て、再び商店の建ち並ぶ区画へ来た。ヘルレアは何かに興味を引かれたようで、雑貨屋に引っ掛かった。


 その店の規模は小さいが、軒先にはよく判らない一抱えもある壺や、陶製の大きな犬が列べられていて、異様な存在感を放っていた。


 店内に入ると薄暗く、間接照明だけで室内を照らしていた。


 骨董品を扱っているようで、アンティークやヴィンテージの細々した品が陳列棚に並んでいる。


 平置きに宝飾品類が幾つも置かれていた。


 薄暗い室内でヘルレアの仄かに青く灯る瞳が、宝飾品を見つめている。装飾品類より、むしろヘルレアの瞳の方が宝石のような輝きを放っていた。だが、ヘルレアの感情が昂ぶっていないせいか、激しく燃えていないので、店内での異物感は少ない。


「エマという女に、買って行ってやればどうだ。値段は安いが……まあ、関係ないだろう。指輪は止めろよ、重たいぞ」


「そうですね。エマはまだ医療棟で休んでいますから。お見舞いに買って帰りましょう」


 カイムは手近なペンダントを取ってみた。ペンダントトップは可愛らしい小さなテディベアの顔で、目の部分に硝子がはめ込まれている。


「カイムはセンスがないな。あの年頃の女を子供扱いするな」


 カイムは小さく息をついて、再びアクセサリーを矯めつ眇めつしていると、リング状のペンダントトップが目に入った。二匹の蛇が互いの尾を噛む姿をしている。かなりの年代物のようで造形の角が取れてまろい。


 それは館でもよく見る形状だ。


 双生児は通常ヨルムンガンドと言われ、それを正式に号している。しかし、異称でウロボロスや別の伝説にある蛇と混交することも少なくなかった。


 それはカイム達の様な、対世界蛇の業界で言われており、一般の人々の方が余程、伝承としてのヨルムンガンドやウロボロスについての区分けが明確だった。


 それ故に意匠等はより混沌とした状態にあり、はっきりとどの伝承が色濃い創作物か不明であったり、そもそも一般とは表す意味や、象徴が異なっている事が殆どだった。


「見てください。ウロボロスですよ。でも、棲家(うち)だと無限大形の方が少し多いですけど。よく見慣れた造形物なのに、外で見掛けるとまた違う感じがします。僕達はヨルムンガンドを、よくウロボロス型で表しますから、かなり馴染み深いですね」


「……お前はどこに居ても猟犬(イヌ)の首領だな。宝飾品でも蛇を見つけるとは。それは、絶対に止めろよ。蛇界隈で私の象徴として扱われているものを、手負いのエマにくれてどうする。嫌がらせか。仕方ないな、私が見繕(みつくろ)ってやる」


 ヘルレアが真剣にペンダントを見て、手に取ったり光にかざしたりをしていた。そして、一つカイムに突き出した。そのペンダントは小さな花で、花弁が薄紫の色硝子で出来ている。


「これは(すみれ)だろうな。どうだ」


「可愛いですね。エマに良く似合いそうです」


「なら、これでいいな」


「王はどれにするんですか」


 ヘルレアは眼を(しばたた)いた。


「何故、私も買うんだ」


「買わないんですか」


「私にはあまり用がないからな」


「確かに、着飾る必要がないですものね」


「いや、そういう意味では」


「ならば、買って行きましょう。エマのペンダントを選んで頂いたお礼に、僕が選びます」


 ヘルレアは納得していない様子だったが、カイムは知らない顔をして、ペンダントに見入った。


 その振りをした。


 強引だとは分かっている。それでも、関わりを持ちたいのだ。何でもいい、繋ぎ止めたい一心で。


「本末転倒だな……」ヘルレアは溜息をついた。


 カイムはヘルレアに(なら)って花のペンダントを探していたが、王はそもそも女性ではないので、選ぶ方向性を変える事にした。


 ヘルレアに性は無い。番を持って成長するまでは無性の生き物だ。


 人間の場合、性とは不思議なもので、既に幼児期から好みが表れているという。車、ぬいぐるみ、モデルガン、人形――。


 カイム自身もそんな記憶が確かに残る。


 ならばヘルレアは何を好むのか。


 王は幼少期ライブラに捕らえられた。どういう状況だったのか、今だに詳細は漏れ聞こえて来ない。


 それに加えて王の生育歴も不明だった。


 ライブラは一切を闇の中で育んだのだ。


 あるいはノイマンが――。


 王には愛するものがあるのだろうか。


 カイムはトレーから指輪を手に取る。青い飾り石が一つ。石はヘルレアの瞳とは比べ物にならない程、浅く濁った色をしていた。カイムは指輪を元の場所に戻してしまった。


 一度見てしまったら、何者も抗えない苛烈な瞳。囚われて、それ以外は一切が褪せて見える。


 カイムは重く溜息をつくと、青い石がついた指輪の隣に、全く装飾の無い銀の指輪を見つけた。


 何もないまっさらな指輪だった。


 ヘルレアを横目で見ると、先程のウロボロスを(かたど)ったペンダントを手にしていた。


「まさか、そのペンダントがいいのですか」


「ヨルムンガンドがウロボロス着けて歩くのか? お笑いだな」


「さすがに、僕等には鬼門ですね」


「私にも買ってくれるらしいな。これをくれ」ヘルレアがウロボロスを突き出した。


「これ、双生児で殺し合う……」


「いいじゃないか。自らまで喰らいつくそう」



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