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第9話 普通という尊さ〈前編 アメリア七割パパ……?〉

11



 ヘルレアは案外あっさりと帰って来た。一時間も掛かっただろうかと、カイムは思案していると、ヘルレアは手招きで行くぞと、冷たい再会の挨拶をして、彼をある店の前まで連れて来た。


 店内に入ると革の匂いが満ちている。バッグが一つづ丁寧に陳列されていて、男性店員が畏まってカイム達を迎い入れた。


 ヘルレアは好き勝手に店内を物色すると、断りも無く革製の大型ボディバッグを手にした。このバッグもまた、ヘルレアと初めて会った時と同じ種類の品だった。腰でバックルを止めて、臀部(でんぶ)へバッグが来る構造だ。ヘルレアが今手にしているのは、かなり簡素なデザインで、以前持っていたバッグよりも、更に装飾が無い。ウエストベルトは太く、少々無骨で男性向けのようだ。


 前に身に着けていたバッグの方が、おそらく相当高価なものだったのだろう。カイムのような、ほぼ一級品しか見たことのない人間が見ても、見窄(みすぼ)らしさが一切なく、細かいところまで造り込まれていた。


「……造り変えたいものだがな」王が店員の前で無遠慮に呟く。


 カイムは王のそうした独り言に気がそぞろになる。あれは、ヘルレア自身で手を加えたバッグだったのだろう。物に干渉するという綺紋(きもん)ならではの効果のしかただ。


 けれど、王は今も綺紋が使えない。


 そして、同時に身体能力も落ちているようだった。


 このような状態でクシエルや綺士に襲われたら、今度こそ生命はないだろう。


 そもそも、高位にある妖魔の類いですら相対することが(あやうい)のではないか。


 カイムは頭の痛い思いで王を見つめる。


 番を持たせる事は叶わないのだろうか。それで全てが解決するわけではないが、それでも王が生きているだけで、世界の在り方は一切が変わるのだ。


 カイムには、王の心を動かす事は出来ないのだろうか。


 ならばせめて、と。


 王の()り所となれたら。


 生きる場所ではなく、死にいく場所として――。


 カイムが心ここにあらずでいると、ヘルレアが自分で会計を始めてしまう。カイムが慌てて歩み寄ると、ヘルレアは面倒臭そうに彼を見上げた。王はライブラのライセンスを手にしている。


「僕に払わせて下さい」


「もう別に払ってもらわなくてもいいけどな。ほら、このライセンスで金ならどうとでもなる。あと一応、クレジットカードの再発行申請もしておいた。エスコートという名のパパ、ご苦労さん」


 カイムはやはり奇妙な感覚に陥る。


 庶民的と言えば語弊があるが、あまりに人間臭い。人間社会に順応して、規範に則り生活する。カイムが知っていた、あるいは戦っていた王はそこにはいない。


 知っている気になっていただけ。

 

「あ、そうだ。靴は今履いているのでいい」


 ヘルレアがバッグのバックルを留めながら、片手間に靴を示した。


軍靴(ぐんか)でいいのですか」


「いい会社(とこ)と取り引きしてるな。履きやすい、くれ」


「それは全く問題ありません。贈らせて頂きます」


「そうだな、まだ行きたいところがある。少し面倒だが……」


「面倒なことであろうと、幾らでもお付き合い致しますよ」


「なら、違法な電子端末を取り扱っているところを教えてくれ」


「承知致しました。ですが、うちでも扱ってますけど、」


「だから、そんな紐付けされそうなもの、使うわけがないだろう」


 カイムは我慢出来ずに吹き出した。親が子供に防犯用の端末を持たせる様が思い浮かんだ。


「もういい、端末を貸してくれ」


 カイムがヘルレアへ電子端末を貸すと、ダイヤルを押して通話を待ち始めた。相手はなかなか出ないようだ。王は苛立ち始めて、端末を壊されてしまいそうな雰囲気だった。


「おい、バングレン!」


 カイムは、唖然とした。


 潰し屋バングレン――粗暴な振る舞いをするインテリ。


 ヘルレアが通話するバングレンとやらが、あの男以外だとは思えなかった。


「てめえ、借りは返してもらうぞ。あ、飯だ? そんなの知るか。どうせ臭え飯しか食ってないんだから、どうだっていいだろ!」


 一体、ヘルレアとバングレンに何があったのか。カイムなどへ向ける口調より数段酷い言葉使いだ。まるでチンピラが恫喝しているかのように、ドスを利かせた声音までしている。


 ヘルレアが二言三言交わすと、端末をカイムへ投げて寄こした。


「変わってくれとよ」


 カイムは溜息をつく。ヘルレアに言われると、拒否し難い。


『よう、ノヴェクの旦那』


「久しぶりだな、バングレン」


『ヘルレアに会えたようで、これは喜ばしい。いずれ、お花を贈らせていただきますぜ』


「お前はやはり得体がしれないよ。ヘルレアと知り合いだったとは」


『何、大したことじゃない。()()()()で生きていれば嫌でも打つかっちまう。いつも、知りたくも無いものばかりですぜ。本当なら、ヨルムンガンドなんざ、()()()()()が関わるべきじゃない』


「君等が普通の人間なら、この世は成り立たないと思うが。僕ですら君達とは関わり難い」


『褒め言葉と受け取っておきますぜ』


「ところで、何か話があるのか」


『いえ、挨拶をと思いまして。こういうのは何より、人脈が大事なんでさあ。サービスしますので何かありましたら、どうぞお引き立てのほどを――〈レグザの光〉と〈聖母の盾〉には、お気を付けて……』


「何だって……おい、」


 ヘルレアがカイムから端末をもぎ取り、切ってしまう。


「もういいだろう、車を呼べ」


 そうした経緯で、買い物をしていた振興の街を離れ、未開発地区へ行く事になった。ヘルレアは如何にも危なげな通りを平気で歩き回ると、慣れた様子で怪しい店へ行き、電子端末を何事も無かったように買っていた。


 怪しい買い物を終えると、また街の中心地に戻った。


「結構うろうろしましたね」


「少し休むか。たしか公園があったから、そこでいいな。デートの定番だろう、喜べ」


 商店の中心地に大きな公園がある。広場には、まだ青い芝が生え揃い、石畳の区画にはベンチが等間隔に設置されている。緑の垣根を背にしてベンチに座った。


 カイムは小さく息をついた。


「もう、疲れたのか。ジェイドは雪山をほとんど眠らずに歩いたぞ」


「戦闘行為前提の任務をこなす、ジェイドと一緒にしないでください。僕、内勤です」


「内勤とは弱いものだな。戦闘力ゼロだ。でも、ステルスハウンドのトップなんだよな。世の中、不思議だ」


「たしかに、王の世界は完全な弱肉強食ですからね。使徒同士ですら食い合いますから」


「あまりヘロヘロしてると、今度こそ本当に食うぞ。久し振りに生身の人肉を感じて、ハイになったからな」


「う、……どうぞ」鳥肌が立つ。


「お前は何を想像した。普通なら怖がるところだぞ。そっちの意味で食ってくれなんて――カイムも結構好きだな」


「真顔で言わないでください。さて、次はどこへ行きますか?」


「誤魔化すな。まあ、待て。人間は何か飲み物でも必要ではないのか」


「人間である僕本人が、一番気が付きませんでした。買ってきますね。何がいいですか」


「水でいい」


「お任せください」

 

 カイムは公園内にある自販機で、久し振りに飲み物を買うと、ヘルレアの待つベンチへ戻る。しかし、ヘルレアが一人で居るはずのベンチの前には、男が一人いた。


 カイムがひっそりと近付いて行くと、ヘルレアと男が話している。カイムは思わず首を振ってしまった。薄々あるだろうなと、思っていた展開にやはりぶち当たった。


「どうして、ここに独りでいるの?」


「公園で休んでいたんです。お兄さんは私に何か用ですか」


 ヘルレアが別人のような口調と、にこやかな態度で喋っている。ヘルレアに話し掛けている男は中々の容貌をしていて、ヘルレアがお兄さんというだけあって、二十代そこそこだろう。


 男がヘルレアの隣に断りもなく座って、馴れ馴れしく近付く。


「独りで寂しそうにしていたから、大丈夫かなって思ったんだ」


「私、()()とデートしているんですけど」


「本当?」


「ええ、だから独りではないんです」


「ねえ、顔をよく見せて」


「駄目、知らない人に顔を見せてはいけないと、パパに言われているの」


「そうか、残念だな。ねえ、恋人はいつ来るの。そんな人、本当は居ないんじゃない? お兄さんと遊ぼうよ」


「公園で?」ヘルレアは子供のように無邪気だ。


「もっと楽しいところへ行こうよ……二人で、」


 カイムは眉をひそめ……はっと、そんな自分に気が付いて驚いた。カイムはあの男を意外な程不快に感じている。既に猟犬をけしかけたくなってて、不味いと思って思考を払う。本当に猟犬が襲いかかってしまう。


「楽しいところってどこ? お兄さん」


「君が行ったことのないところだよ。天国に行かせてあげるから」


「天国って本当にあるの?」ヘルレアが可愛らしく笑う。


 そうすると男が、ヘルレアへ手を回し肩を抱こうとした。カイムはもう見ていられなくて、何も考えず飛び出してしまった。


「うちの()に何かようですか?」


 ヘルレアがあるかないかの微妙な顔をしている。男が驚いていた。


()()よかった。遅かったじゃない」ヘルレアがカイムの元へ掛けて来て、可愛らしく背後に隠れる。


「あんた本当に親父? なんか違い過ぎないか」男はカイムの容姿やら、その他の不自然さを察知している。全く引こうとしない。


 正直カイムは嫌で堪らなかった。最高の強者であるヘルレアへ男が絡んだことより、カイム自身が絡まれるのが怖ろしかった。


 これで猟犬が怒らないはずもない。主人への無礼で猟犬は幾らでも猛る。主人(カイム)が居るから抑えられるが、それでも猟犬をこういった状況に曝したくはなかった。


「……僕達に構わないでくれ。こういう特別な子の背後(うしろ)にいる人間というのは、君のような若者にさえ優しくないよ。僕がこの子の父親だというのは、確かに嘘だ。けれど、護衛だからこれ以上無礼を働けば、僕は君を排除しなければならなくなる」


 男はカイムの言いように顔色を変えた。さすがにカイムのまとう雰囲気も、普通では無いと感じたのだろう。眉を顰めると、逃げるように素早く去って行った。


「……、一応お聞きしますけど、大丈夫ですか」


「なあ、せっかく、恋人待ち合わせ設定にしてやったのに、なんでそこを自らパパ設定にするんだよ」


「あ、そうか、そうですね。滅多に出来ないヘルレアの恋人役が出来たのに、勿体無かったですね」


「カイムも一応それらしく振る舞えるんだな、首領(ドン)。あとお前、何か出来るみたいだな」


「何かというと……若い頃、戦闘経験はありますよ。でも、昔のことです。もうただの事務員ですから」


「代表取締役という名の事務員か。大層なことだな――あのさパパ、嫁になったらアメリア国の七割買ってくれるか?」


「どこでも、いくらでも」




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