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第26話 闇への誘い

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「こんな屠殺(とさつ)場のような場所に取り残されているのか。蛇であろうと人間であろうと、この状況では放って置けない。探し出すしかないだろう」ジェイドは銃に弾丸を装填してから、周囲を窺う。


「どちらかと言うと見つかるなら蛇がいいものだ。人間は事後処理が面倒だからな」


 ヘルレアは手直な家の扉を、足で蹴り開けると中に入って行く。


「そこの家に人がいるのか?」


「いや、近かったから入っただけだ。私でも正確に目標が見定められるわけではないからな。所謂(いわゆる)、しらみ潰しをするしかないだろう」


 ヘルレアは全く警戒した様子もなく、部屋を流す様に見て行くと、納戸を開けた瞬間立ち止まった。


「相当知能が高かったらしいな。死体をバラすのさえ目立たない場所で行っている。これで、綺士共だと確定だな」


 ジェイドが納戸を覗き込むと、血溜まりの内に、肉が毟られ骨が剥き出しになった死体が、三体転がっていた。ヘルレアは納戸に入ると死体を足蹴にして上向かせる。


「内臓を残らず食っている」


 腹が抉れてどす黒い空洞が出来ている。弄られた肋骨の中もスカスカだ。


 ヘルレアはさっさと納戸を出て、別の家へと向かった。何軒回ってもやはり同じ様に、どこかしら隠れられそうな場所に、家人の成れの果てが放置されていた。


「徹底的に食い荒らしていったみたいだな」ヘルレアは裏庭に面した家に辿り着いたので玄関へ回った。


 その家の扉は全開になっていて、廊下にまで雪が吹き込んで積もっていた。


「先程までと状況が違うな」ヘルレアが目を細める。


「不吉極まりない」


 ヘルレアが先に家の中へ入ると、廊下の端に開かれたままの扉があり、覗いてみると、そこは地下に繋がっている階段だった。階段の直下には老人の死体がある。


「食い荒らされていないようだ――いや、使徒に殺されたのではない。銃で殺されている」


 地下は暗くジェイドにはよく見えなかった。ヘルレアはそれに気づいたのか、電灯のスイッチを押した。ジェイドは慎重に階段を降りると、老人の弾痕を詳しく調べようと近寄った。しかし地下に降り切って眼に入ったのは小部屋に散乱する四肢をもがれた死体だった。その近くには良く見慣れた銃が転がっている。頭を探して顔を良く見ると、数日前まで言葉を交わしていた仲間の顔だった。


「ジェイド、どうした」


「ラスティン……影の猟犬(ゴーストハウンド)の仲間だ」


 ジェイドはもう一つの頭を拾って顔を見ると、やはり同様に親しい者の顔だった。


「こちらはランドルフだ……結局、何も出来なかったようだ」間に合わなかった。


 だが、涙も出なかった。悔しさや落胆はある。けれど、この世界で長く生きて来たジェイドは、心の一部をどこかへ置き去りにしてしまっていた。


「おい、それならオルスタッドとかいう男は、ここに居ないみたいだぞ。死体は二つしかない」


 確かに頭部と胴体は二つずつしかなく、部屋のどこを見ても三体目が居ない。


「ならば――この弾丸を受けた老人は蛇で、彼を殺したのがオルスタッドということか?」


「あり得ないとは言えない。しかしオルスタッドはどこか別の場所に、転がっていなとも限らない。探すぞ!」


 ジェイドは二人の班員には何も出来ないので、取り敢えず頭部を胴体に添えて、改めて老人の銃創を検閲した。


「この銃創は確かに、ステルスハウンドで使われている銃からのものだ」


 ヘルレアはそれだけ聞くと、階段を上がって行ってしまった。ジェイドも王を追い掛けて地上階へ戻ると、ヘルレアは部屋を調べていた。


「何もないし、何も居ない。仕方ない、シャマシュ」


 ヘルレアが呼ばわると、外套が盛り上がり、そこから件の珍妙な生き物が浮遊しながら出て来た。


「ジェイド、何かオルスタッドの持ち物はないか。なるべく本人が長く所持している物がいい」


「先程、オルスタッドのペンライトを拾った。これは軍の支給品ではなく、オルスタッド個人の持ち物のようだ。臭いを辿らせるつもりか。状況から見てかなりの日数が経っているようでも可能なのか? それに、なんとなく思ったのだが、王も臭いを辿れるのではないか」


「シャマシュは臭いだけを辿るわけではないようだ。臭いというより持ち主の気配を辿っている。私は集中するとシャマシュより感覚は利くが、不快この上ないからしない。綺士が居れば楽なんだがな」


 ヘルレアはジェイドからペンライトを受け取ると、ふらふらしていたシャマシュの顔の前に差し出した。シャマシュは興味深そうにペンライトを受け取りと、何やら振り回して遊び出した。あまつさえ、ペンライトの使い方に気付いてスイッチを入れると、あの定番である顔の下からライトを照らして変顔をやってのけた。


「シャマシュ、遊ぶな。このペンライトの持ち主を探せ」


 シャマシュはヘルレアの声に反応して耳を仔犬のように動かした。


「待て、この村にまだ生きている人間が居ると言っていたな。その気配がオルスタッドだといいのだが、そう都合よくいくとは思えない。先にこの村を調べてから進もう」


「それでいいのか? 探すのは早ければ早い程良い結果になるだろうに」


「俺はステルスハウンドの人間だ。蛇の脅威があれば、それを排除する義務がある。たとえ仲間の捜索をしていようと、一般人の安全が最優先になる」


「奇矯な事だな」


 ジェイドとヘルレアは猟犬の遺体が見つかった家から出て、まだ捜索が済んでいない住居へ向かった。シャマシュは興味深そうに二人の後を浮遊してついて来ていて、その手には大事そうにペンライト抱えていた。


「分かっているようなものだが、猟犬は……死体はどうなる?」ヘルレアがぽつりと呟く。


「部下の役目は終わった――ヘルレア、白百合の話は聞いているか?」


「死体を放り出すのは賢明だが、花がどうした?」


「白百合はな、猟犬に取って特別なんだ。殉職した猟犬だけが、唯一主人から手向けられる……そうだな、こう言うべきか、送り出してもらえるんだ」


「送り出すも何も、死んで遺体も無いし、意味が無いだろう」


「カイムが何も話していないなら、俺もこれ以上は言わないが。ヘルレアが思うよりずっと、意味のあることなんだ。たとえ肉体が館へ帰れずとも」


「なんだ、単なる遺族への慰めか」


 ジェイドは真が何も言えず、黙り込むしかなかった。


 それから、家を数軒回ったが、死体が見つかるばかりで生き物の姿は見えない。もうほとんど探索していない家はなくなり、二人と一匹は村の外れに位置する家へ向かった。


 ヘルレアは玄関の扉を開けると、入り口で立ち止まった。暗く長い廊下が続いていて、ジェイドの見る限り家の中には何も居ないようだった。


「ここに何か居るな」


「人間か、蛇かは」


「分かっているようなものだが、人間であるお前を尊重して分からないと言っておこう」


 ヘルレアは廊下を進みキッチンへ向かうと、顔を(しか)めた。


「胸糞悪い音を立てやがる」


 ヘルレアが床下収納の扉を持ち上げると、人間の女が背中を丸めて小刻みに揺れていた。下には皮を肉ごと削ぎ落とされた赤黒い人間が、腸を引きずり出されていて、その先は女の姿に隠れて見えない。


「やれ、ジェイド」ヘルレアは、ふい、と踵を返して行ってしまった。


 ジェイドは至近距離から女の後頭部を撃ち抜き、驚き振り返る人形(ひとがた)の蛇へ銃弾を容赦なく叩き込んだ。蛇は痙攣して床下収納へ倒れ臥し、まるでその姿は棺に横たわるかのようだった。


「ここまで荒らされるとは」


「喜べ、このクソヘビ。お前に相応しい滑稽な棺をやろう。安らかに眠れ……この村は、全滅だ」


 ヘルレアは微かに笑って、足蹴に収納扉を閉めた。


 村には結局、人間の生き残りはいなかった。ジェイドとヘルレアは家を出て、当初の方針通りにシャマシュに探索を任せる事になった。


「いいか、このペンライトの持ち主を探すんだ。生きてても、死んでても、蛇になっていてもいい」


 シャマシュは仔猫のように鳴くと、歩く速度で浮遊して村を横切り、森へ入って行った。


 シャマシュの移動する速度は、ジェイドに取っては遅く感じられて、王を先頭にして歩く時より、かなり楽であった。ヘルレアには遅過ぎるようで焦れているようだが、王はシャマシュを急かす様な事はしなかった。


 また森を歩く行程に戻ったが、ジェイドは村にいるよりはずっと楽な気がした。それはシャマシュの浮遊速度だけではなく、殺戮が行われた場所から離れて行けることが理由に他ならなかった。


「その、シャマシュとやらは、幾つの時作ったのだ」


「確か四、五才の頃だったな。動物を作ってみようと思って、こいつが出来た。正直に言うと出来損ないで、綺士の代わりにはならないが、悪くはないと思っているよ」


「やはり、王というものは綺士がほしいものなのか」


「妙な言い方をして興味を引いた様だな。色々誤解を受けかねない話にも関わるから、話すべきではないだろう」


「好奇心は身を滅ぼす、か」


「どちらの?」




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