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第15話 獣達の舞踏〈後編 死の輪舞〉

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 アメリア国の首都に〈天秤協会(ライブラ)〉は本拠地を置いている。協定を結んだ国は世界各国にあるが、このアメリア国ライブラ本部は、他の駐留地と、規模も在籍する協会員の質も一線を画す。一般的に協会員は、一括りにライブラと見なすものだが、籍地がレベル、ランクと言った上下を、明確に表す指標であった。


 (あら)ゆる災害に対処する協会員達。その本部に籍を置く者は――特にハイランカーは――組織的国家的な紛争鎮圧、神や妖魔などの人外対策と言った、大規模災厄を、個々人で処理を行う者も少なからずいるという。協会員(それ)自身が既に災害級の集団でもあった。


 ライブラは首都の一等地と言える場所に高層ビルを構える。ライブラ周囲のビル群は、どんぐりの背比べといった具合なのだが、けして周りが低層階の建物ではない。ライブラが一つ抜きん出て、他の社屋を圧倒する程、頭一つ高い。


 そうして大きな持ちビルがあるのだが、多くは事務仕事を行う職員ばかりが目立つ。それもそのはずで、実務を行う協会員は、互いに干渉しかねない危険性を知っている。特にハイランカー達が集まるライブラ本部には、理由がない限り、滞在しないのが自然発生的に規則のようになっていた。


 ヨルムンガンド、その他の人外、神狩り妖魔狩りが、同時に複数居合わせるという異常事態が、普段の日常で起こりかねない――そう考えてみれば、ライブラ本拠地の異常性が容易く想像できる。


 そうして、社屋内はトラブルを粛々と回避して、平常通り静寂を保っている。その静か過ぎるビル、最上階付近に会長室はあった。


 部屋は白い壁とグレーの絨毯というモノトーンなので、無機質でこざっぱりとしている。室内にあるのは会長の机と来客用の応接家具のみ。最も目を引くのは一面ガラス張りの壁面で、高層ビルが立ち並ぶ街を眼下に一望出来る。足元で見下ろすビル群は、僅かに霞んでいて、蟻の塚が密集しているかのようだった。


 ライブラの新会長アンゼルク・ルドウィンは会長の座に腰を下ろして、タブレットを持った秘書と向かい合っている。まだ、アンゼルクは会長となったばかりなのだが、まるで以前から会長席(ここ)が自らのものだったように、リラックスしている。


「会長、ステルスハウンドから使徒の件で、回答がまいりました。人員を今回の件で派遣するとの事です」


「僕が要請した通り、(ゴースト)が任務に当たるのですか」


「いえ、通常部隊の派兵を了承しています」


「なるほど、精鋭部隊を派兵する程の事態ではないとのステルスハウンドは認識しているのですね。それは少々困りものですね。特殊な技能を期待して派遣要請をして名指しで希望したのですが」


「私も少々遺憾に思っております。専門家であるはずのステルスハウンドが、今回のように人を翻弄するだけの知恵を持った使徒が多数発生したというのに、単純な掃討作戦で派兵される部隊だけで対応させようというのは、一種の驕りなのではないかと」


「まあまあ、それだけ僕等協会の人間を信頼していると考えてもいいでしょう。影を出すに値しない、お前達協会員がいるのだから通常部隊でも協力すれば十分に対応できる、と」


「だと、いいのですけど……私は、いいえ協会はあまりステルスハウンドへ、いい印象を持っておりません。

 対、双生児の筆頭に位置する数ある中の一つで、付き合いも長いですけど、協会に対する姿勢に敬意が感じられないように思わざるおえません。

 秘密主義は仕方のない事ですけれど、協力関係を築いている今、全面的に協力してくれたとしても良いのではないかと」


「彼等も、彼等なりの事情があるのでしょう。僕等にも事情があるように。

 良いではありませんか、引き続き協会の精鋭部隊を派遣しましょう。僕等とて、無能の集まりではないのですから」にっこりと微笑む。


「会長がそうおっしゃるのなら、私も異存はがあろうはずもありません。我が協会の会員は双生児の専門家ではありませんが、ステルスハウンドに劣るはずもありませんから」


「では、早速人選に入ってください。僕も合間を縫って様子を見に行きますから。双生児に関連する事は大事になりかねないのですから、慎重にそれでいて迅速にが、肝心ですよ。さあ、それではよろしくお願いします」


 秘書が部屋を去ってから、アンゼルクは椅子に深く腰掛け足を組むと、机の引き出しからガラス製の爪ヤスリを取り出し、爪を削り始めた。爪の尖っていた部分を、徹底的に削り込んで丸くする。机には爪の粉が白く散って行った。


 アンゼルクは鼻で嗤う。


 ――猟犬の無能共、今この時になってヘルレアを引き入れるとは。良くやったものだ。


 アンゼルクの諜報員からその情報が入ったのは、ほんの数日前だ。ヘルレアはステルスハウンドに協力はしているものの、(つがい)になる事はないだろう、という報告だ。


 当たり前だ、そうなっては面白くない。それでは、先代の双生児達となんら変わりのない流れになってしまう。ヨルムンガンドの本能の赴くままでは、見たい情景が見られないだろう。


 ――使徒どもが騒ぎ出したのは時期として悪くない。


「騒ぎの渦中、わざわざ、猟犬を名指しにしたものだけど、出せなかったのか、それともあのお坊ちゃんを怒らせたかな」


 ステルスハウンドが影の猟犬を出さなかったのは、明らかにヘルレアと関わっているからだとアンゼルクは確信している。選ぶも何も、通常の部隊を出すしか、他に手はなかったのだ。


 一方で、こちらも意図的な無礼を働いた事は承知している。カイムという男は、温和のように見受けられるが、あれだけで猟犬の主人が務まるはずもない。


「これから何か動きがあるかもね――期待しているよ」


 何が見られるのか、楽しみでならない。猟犬とヘルレアの成果は何だ。双生児の片王を殺せるのか。それとも綺士を狩れるのか。綺士はまだしも、ヘルレアが番を得たらしい成熟した王を殺せるとは思えない。


 新会長就任に時間を掛けたのは期限を待っていたからだ。ヘルレアはもう長くない。そして番を持つ気もない。どうしようもなく愚かな王は単身、自分の半身とも言える片割れを殺しに行く。筋書きとしては最高だ。後に残るのは何か。


 ヘルレイアは死ぬだろう。


 半身を殺した王はどうする。殺戮の限りを尽くし街には骸が転がるのか。それともいっそ焼け野原にしてしまうのか。考えたら切りがないが、結末は破滅にしか向かいようがない。


 アンゼルクは立ち上がると窓から景色を望む。ガラスに手を掛け――整えられた爪を立てて――外の景色を見渡した。


 ほとんどの人間が知らない戦いだ。影に潜み暴虐の限りを尽くす二人は、人間を隠れ蓑にして社会に巣食う。いわば人間社会にとっての()()である。


 静かな笑いが漏れた。救いようのない現実だ。戦って、戦って、いずれどちらも食い潰されていく。勝者とて、敵も味方も無い、双方の骸で出来た玉座に座るのだから。


 ――ヘルレアは今、どんな顔をしているのか。


 出来るならあの美しい顔が醜く歪む顔が見たい。抗って、抗って、朽ちていく姿が見たい。


「……ああ、僕では下手に近付けば殺されるな」


 小さく笑い出すと、それが止まらなかった。涙が目尻に溜まるまで笑って、アンゼルクは拳を振り被り窓に叩き付けた。窓の外、その眼下には人々が暮らす街が広がっていた。


 ――さよなら、僕の愛しい弟妹(ヘルレア)




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