84 しばしの別れ(ちょくちょく戻ってくる)
私の部屋に来たアンディ君は、真剣な表情で私を見てきた。
『おい、行くぞ』
『え? わ!?』
ネロがオレオールを連れて出て行く。
ネロがオレオールを抱き抱えて飛んでいったので、少々シュールだった。
猫は意外と長い──!
そして、私とアンディ君は二人きりになった。
「アンディ君、どうしたの?」
私はベッドの端に座っていたので、その隣をアンディ君に勧める。
アンディ君は少し戸惑ったものの、それに従った。
「……」
「アンディ君?」
「その、シンシア」
「ん?」
「僕は、これから魔族国に留学することになった」
「え?」
「ネロの体から作られた、他の武器を受け継ぐ事にしたんだ。そのついでに、修行をつけてもらうことになった」
「それは、おめでとう、でいいのかな?」
なんだろう。胸がドキドキする。
嫌な意味で。なんでだろう?
「多分。名誉なことだと思う。ネロ達? に認められて、魔族国で修行つけてもらえることになって。そんな事、本来なら頼んだとしてもあり得ないと思う」
「うん。それで、どのくらいの期間行くの?」
「学園に入学するまでだから、約五年だね」
「長いね。出立は?」
「五日後……。ドライエックさんの帰国に合わせて。僕も一緒に行く。ジョニーさんもついてきてはくれるけど、一ヶ月のほとんどはこちらに戻ってくるそうだから、向こうでは僕とネロで殆ど過ごす予定だよ 。住まいはドライエックさんが用意してくれるけど」
「そう、なのね」
あれ? 私、結構ショックなのか? なんで?
おめでたいはずなのに……。
「それは、寂しくなる、ね……」
あ〜、しまった。おめでとうと言えばいいのに……。
本音が……。
「僕は、今回の事で、自分の無力さを痛感した」
「え? でも箱庭ではかなり強かったよ?」
「あれは、ドライエックさんに少し力を貸してもらったんだ。僕の本当の力じゃない」
「そうなの?」
「マルシアルさんの助力もあったし、僕一人ではシンシアを助けられなかった。だから、僕は君を守り切る為に強くなりたいんだ」
「そう……」
「でも、シンシアとは離れたくは、ない……」
アンディ君が泣きそうな顔で私の目を見る。
「私は一緒にはいけない」
魔族国の魔動具や魔術道具には興味はあるけど、私はまだそこまで手を伸ばしていいレベルではない。
だから、一緒には、行けない。
「分かってる。これは僕の我儘だ。強くなるために魔族国に行くのも僕の勝手だからね」
「そんなことは……」
アンディ君は今まで、我儘なんて言った事はない。
そんなアンディ君の初我儘を叶えられないなんて、なんて心苦しいんだ……。
「だからその、その代わりって訳ではないんだけど、その……」
「その?」
「添い寝、してくださいぃぃぃ〜」
「えええっ!?」
「そ、その、旅立つまででいいので、その……」
「ま、まあ、それくらいなら?」
「本当!? ありがとう!」
そう言って天使の微笑みを向けられると、断れない。
「それと、一緒にお風呂は……」
「それはもっと深い仲でないと無理!」
家族とか。恋人とか? いやでも、一緒にお風呂はおかしいような?
「じゃあ、僕と結婚してほしい!!」
「ええ!?」
「あ、まずは、婚約しよう!!」
「順番が逆!」
「そうすれば、一緒にお風呂入っても大丈夫だよね!?」
「え? えーと、多分? 良いのかな?」
「じゃあ! 今すぐ婚約しよう!!」
「え? え? ちょっと!?」
そのままアンディ君は、魔女工房を出て行った。
そして、三時間ほどで戻ってきた。
どこに行っていたのかと思っていたら……。
「王宮ととスノーデイジー侯爵家と、カプセラ伯爵家へ行ってきた!」
何をしてきたかといえば、私との婚約を認めさせてきたとか。
そして、婚約証明書を貰ってきたらしい。関係者のサイン入りで。
な、なんてアグレッシブなんだ、アンディ君!
「そ、それで、許してもらったの?」
「うん!」
許されたんかい!!
「養父のスノーデイジー侯爵には前々から言っていたし、陛下には婚約認めないと、マグノリア公爵継がないって宣言したら、了承もらったよ!
ほらこれ、国王陛下のサインと認証印。
シンシアのご両親はこれからここへきてもらうことになった。お二人はシンシアが良いって言えば認めるって!」
ちなみに、婚約証明書にはアンディ君のサインも、スノーデイジー家のサインも既にある。
あとは私と、カプセラ伯爵家のサインだけだ。
「ううむ……」
これも、アンディ君を元気付けるって言う意味では、心の支えは必要か……。
「わかった。私はアンディ君と婚約する!」
そう宣言すると、私の心が何故か安心した。
あれ? 私、不安だったのか?
「ありがとう!」
そして、私の家族が到着。
それと、スノーデイジー侯爵家の方々も。
人が多いので、食堂で話し合うことになった。
師匠はあらあらと微笑ましげに見守り、ジョニーさんは弟子の成長に感動しているようだった。泣いてはなかったが。
「アンディ君は、シンシアを幸せにできるのか? 裏切ったりしないか? 浮気なんてもってのほかだよ?」
と、いつになく厳しめモードなお父様。
それでも美少女感は、隠せていない。
「そうね。愛人なんて作ったら、男を辞めるくらいの気概がないとねぇ」
エリカさんも、厳しめモードだ。
まあ、お父様もエリカさんも、最初の結婚は悲惨だったので、無理もないし説得力がある。
多分、アンディ君が私を裏切るような真似をすれば、確実に男はやめさせられるだろう。無いとは思うけど。
……男を辞めるって、どういう事?
「はい。僕は生涯、シンシアだけを愛すると誓います!!」
「そ、それなら、僕は何も言えない」
そう言って、涙ぐんでエリカさんに慰めてもらうお父様。
二人の厳しめモードはすぐに終了した。
「シンシアちゃん。本当にいいのね?」
「はい。私もアンディ君を支えたいと思います」
「そう、わかった。それなら認めましょう」
そうして、女伯爵であるエリカさんは婚約証明書の証人欄にサインした。
私も本人欄にサイン。
これで私とアンディ君は婚約者となった訳だけど……。
「……」
改めて思うとちょと照れるな……。
その後、両家で話し合いが行われたが、それは和やかに終わったらしい。
「でも、このあと、五年も離れ離れなんて……」
「でも、転移魔法で、行き来に時間はかからないでしょ? 寮に入ってると思えば……」
エリカさんと、スノーデイジー夫人の会話。
そういえば、アンデイ君の一番上のお兄さんは寮暮らしらしい。
「こ、これから、よろしく願いします……」
「う、うむ。こちらこそ、な!」
エグエグ泣いているお父様に、ちょっと引きつつ、握手をするスノーデイジー侯爵。
お父様、侯爵にハンカチを差し出されている。確か、騎士団長らしいけど、いい人みたいだ。
お父様、大丈夫かな?
「シンシア」
「アンディ君」
「これからもよろしく」
「こちらこそ」
握手をする。
そしてその手にアンディ君が口付けする。
「!?」
「これで一緒にお風呂に入っても大丈夫、だよね?」
「エッ?」
なんだって!?
いやでも、ある意味家族となったのだから、アリなのか?
「多分?」
「やった!」
こうして、私たちの婚約は成立した。
約束通り(?)、夜は一緒に寝た。
もちろん、ネロとオレオールも一緒に!
アンディ君は、不満げだったけど。
お風呂に関しては……、ノーコメント。
◆
それからあっという間に、アンディ君の旅立ちの日になった。
見送りには私の家族と、スノーデイジー公爵家の皆さん、それのクラウド殿下がきてくれた。
それぞれ、励ましの言葉をかけて、別れを惜しむ。
ロイはずっと、不機嫌そうにアンディ君を見ていたけど……。
なんで?
「シンシアは、ぼくが守ってやるから安心しろよ」
と、オレオール。
「癪だけど頼んだ」
『よろしくな〜』
そして最後に私。
「これ……」
私は新しい、お守りペンダントを渡す。
以前あげたやつは、闇の精霊との戦闘で身代わりになって壊れてしまったのだ。
効果は前のと一緒というか、それよりも上乗せしたけど、デザインは邪魔にならないドックタグタイプにした。
嵌められている魔力石を交換すれば、ずっと使い続けられるやつだ。
ちなみに、魔力石の色はマゼンダ。私の瞳の色だ。
もちろんネロの分もある。今回は青色のリボンタイプだ。
「──ありがとう!」
そう言って、アンディ君が抱きしめてくる。
「すぐに戻ってくる」
「うん。元気で」
そうして、アンディ君はドライエックさんとジョニーさんと共に、転移魔法で魔族国へと旅立っていった。
その後、ほぼ毎日手紙が届いて、週に一回は帰ってくるようになるなんて、思ってっもみなかったけど!




