81 最終決戦の前に
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私は籠の中で眠り続けている黒猫を、ひと撫でする。
彼は今だに意識が戻らず、ずっと眠り続けている。
大怪我を負った上、元のご主人様との契約が切れ、かろうじて生きている状態らしい。
怪我の治癒は、師匠とドライエックさんが頑張ってくれたが、それでもいまだに意識は戻らない。
それに、名前を失ったので呼べる名前がないのが少々不便だ。
「シンシア、またそいつに構っているのか?」
アンディ君は、ムスッとしながら私の隣に座って抱きしめてくる。
助けに来てくれたあの日から、アンディ君のスキンシップが激しくなった気がする。
まあ、あんな事があったのだから、無理はないか。
「だってこの子は、悪くないんだよ? 悪いご主人様に逆らえなかったただけだもん」
「でも、それを選んだのはそいつだろ?」
「それはそうだけど……」
私が拐われた事件から三週間が経った。
事件の当事者で有る私やアンディ君、そしてルイスとカッライス王国のマルシアルさんは、保護と事情を聞く為に、王宮に滞在していた。
と言っても、子供で巻き込まれただけで本当に無関係だった私は、すぐにそれも終わり、今はアンディ君の精神安定の為に一緒にいる様な状態だ。
ちなみに、一週間ほど経った時に、家族と師匠達と面会する事ができたが、しこたま叱られた。
弟のロイにもだ。
今回の私は、完全に巻き込まれた形になるので、理不尽である。
いや多分、原作の繋がりのせいではあるんだが。
「ね、ねえ、シンシア、その、そいつと一緒に寝てたって本当?」
「え? えーと、目が覚めたら隣で寝てたかも?」
連れ去られた時にね。目の前に美少年がいてびっくりしたな。
「じゃあ、一緒にお風呂に入ったのは?」
「い、いや、入ってない! 断固拒否したから!!」
脱がされただけだよ! でも、相手は精霊だし!! そこは言わない方がいいか……。
「じゃあ、僕とも一緒に添い寝して、一緒にお風呂に入ったら、僕の方がシンシアと仲が良いってことになるよね!?」
「そ、そうかな〜?」
流石に一緒にお風呂はどうかと思うが、助けてもらった手前、断りにくいな……。
添い寝くらいならいいか? 子供同士だし。
いつの間にか、アンディ君を膝枕する形になっていたので、頭を撫でている。
アンディ君の手触りのいいサラサラの髪は、撫でていて気持ちがいい。
この三週間、アンディ君も大変だったんだ。
主に、ヴェネッサの裁判等の準備。あとはアンディ君が王弟であるマグノリア公爵の残した子供ってことで、色々あったらしい。
なので、今日くらいは、まったりしてもいいだろう。
この日は打ち合わせもなく、久しぶりの休みなのだった。
◇
あの後、ヴェネッサ殿下、いやヴェネッサは改めて裁判にかけられることが決まった。
といっても、罪は確定しているので、その罪のおさらいと、どんな刑に処されるかの発表。
裁判は殆ど形だけなのだとか。
すでに王族の籍は抜かれているので、彼女はただのヴェネッサとなった。
彼女のしてきた事が確実な証拠付きで提示され、生き証人の証言もいて、その罪は確定。
その上、嫁ぎ先でも似たようなことをしており、罰はそちらで受ける事が決まっている。
というのも、ヴェネッサはまだ離縁が成立しっておらず、国籍は今でも嫁ぎ先。
そのため、そっち国の刑が適応されることになったらしい。
その裁判にはルイスやマルシアル殿下などの当事者はもちろん、アンディ君も出廷することになったのだ。
なお、マルシアル殿下は弁護士の資格を持っているらしく、自国の代表として出廷している。
ちなみに、今回が異例なだけで、普段はちゃんと検事や弁護士がいてきちんと裁判をする。
アンデイ君はその場でネロとともに証言をするので、その打ち合わせと予行練習で、日々お疲れなのだ。
なお、私は貴族用の傍聴席で見学予定。
相手に姿が見えない席があるので、そこで見学する。なので、恨みつらみをぶつけられることもないらしい。
その時、部屋のドアがノックされた。
「アンドリュー、シンシア嬢。入るぞ」
相手はこの国の第一王子クラウド殿下だ。
アンドリューはアンディ君の本名だ。
「!!」
アンディ君はバッと起き上がると、髪の乱れを瞬時に直し、小さな紳士に戻る。
「どうそ!」
「二人共、揃っているな」
「おやおや」
やって来たのは、クラウド殿下とマルシアル殿下だ。
「なにかありましたか?」
「いや、闇の精霊はどうかと思ってな」
「相変わらず、目覚めませんね」
「そうか。彼の証言があれば、決定的なんだかな……」
「そうですね……」
今の証拠でも十分なのだが、どれもこれも過去の事件。
もっと確実な証言を得て、心からの謝罪と反省をヴェネッサから引き出したいらしい。
それには長年、彼女に従って色々やってきた闇の精霊が、最適なのだとか。
尤も、最近の犯罪ならルイスの証言で、ブットレア伯爵領で三名の殺人は証明されたので、殺人罪は免れないらしいけど。
ちなみに、ネロもだが人以外のモノが証言台に立つのは、恐らくこの国では初めてとなるとか。
「そういえば、クラウド殿下は、何故私達に協力してくれたのですか?」
この際、気になった事をきいてみる。
なんだかんだとこの三週間で、少し親しくなったのだ。
「それは、叔母上から母上と妹弟を守るためだ」
「え?」
「叔母上は、兄である陛下を愛するあまり、母上や俺たちを害そうとしていた。我々が離宮に移ったのは、母上が叔母上に階段から突き落とされて、怪我を負ったからだ」
「大丈夫なんですか?」
「軽傷だったし、既に完治しているので、問題ない」
「陛下も叔母上を罰したかったが、嫁いびり程度では大した罪に問えなかったからな。様子を見ていた」
「陛下は、彼女のやってきた罪を知っていたのですか?」
「勿論。クェンティン叔父上もな。もし前国王陛下が叔母上を幽閉するなどして、しっかりと罰していたら、『十二令嬢事件』以降の被害者は出なかっただろうと、陛下も言っていた。……あ、っと、すまん、アンディ」
確かに、ヴェネッサの行いは勿論だが、前国王の判断ミスが本当に酷い。
カッライス王国との関係を危うくし、その上、息子であるアンディ君のお父上も死なせてしまった。
ルイスによるとつい最近まで『十二令嬢事件』について調べただけで処罰されていたというから、本当に救えない。
「いえ、大丈夫です」
「なるほど。ありがとうございました」
その後、また部屋がノックされた。
ちなみに、ここは私に割り当てられた部屋である。
「はい」
「シンシア〜、失礼しますよっと。おや、殿下達も、ご機嫌麗しゅう」
と、貴族のちゃんとした服を着ているルイスが、部屋に入って来る。
無精髭も剃り、長い髪を後ろで一つにまとめていると、それなりにイケメンに見える。
「今更、畏まらないでください。むず痒くなります」
と、マルシアル殿下。
「そうだ。君は既に俺たちの、仲間だからな!」
と、クラウド殿下。
ルイスはその調査能力と、神代の遺物である義手のおかげで、この国直属の探偵(?)となってしまった。これからは、騎士や衛兵ではこなせない事柄を柔軟に対応する感じになるらしい。
要は密偵? それが進化すると探偵になるから、探偵でいいのか?
まあとにかく、これから忙しくなりそうだと愚痴っていた。
「あれもこれも、シンシアのおかげなんだ。で、改めて礼を言いに来た訳だ。ありがとうな、シンシア!」
「いえ、そんな。私は修理師として、直せる物を直しただけですから!」
「意外と謙虚だな!」
「意外とってなんですか?」
なんて、ルイスと言い合っていると、隣から不穏な気配がしてくる。
「ルイスさんさ〜、なんだか、シンシアに馴れ馴れしくない?」
と、アンディ君が暗い眼で、見てくる。
「そう? まあ、データ共有した仲だし?」
「は? シンシア、どういう事?」
「え? ああ。ルイスの義手が壊れた時に直して、それから私が得た分析のデータをルイスに送れる様になったみたい?」
詳しい事は不明。
一応、申告したけど、調べるのは後になった。
今は、みんなヴェネッサの裁判で忙しいからね。
「え、ずるい! 僕にもやって欲しい」
「いや〜、ルイスの場合、義手が受信のやり取りしてくれたみたいで、生身だとどうすれば良いか、わからないんだよね」
「ぐぬ、僕も義手に……?」
「勿体無い事は、やめておけ」
アンディ君の企みは、ルイスによって嗜められる。説得力が重い。
「一説には、昔、粘膜接触で情報のやり取りをしていた国があるそうです」
と、マルシアル殿下。
「ねんまくせっしょく?」
「つまりは、口付けとか、ですね?」
「ええ!?」
それは、男女関係なく!?
「なるほど!」
「アンディ君!?」
アンディ君が、いつになくヤル気に満ちている。
「それが本当だとしても、今、送れるデータはないよ?」
「ぐぬぬ」
「とにかく、これででやっと諸悪の根源を裁く事ができますね」
「ああ、そうっすね。久しぶりに墓参りにでも行きますかね。いや、最近参る墓が増えましてね〜」
「ルイス……」
「いい報告がでできるな」
「ええ……」
その後、ささやかなお茶会をして、一同は去って行った。
◇
その夜、私は不思議ない夢を見た。
『助けてくれてありがとう』
「……どういたしまして?」
なんのことだろう? というか、誰だろう?
『お礼に君の力になりたい。その為には、名前が必要だ。君が付けてくれないか?』
「私が?」
目の前に、黒猫が現れる。
この子が、声の主か。
『頼む』
「そうだな〜」
艶やかな黒い毛並みは、光を反射して天使の輪っかを作る。
こういうのを表す言葉があった様な?
たしか──。
「オレオール……」
オレオール、確か天使の輪っかとか、後光みたいな意味だった様な……?
あれ? 違ったかな?
『オレオール、良い名だ』
あれ? 決まっちゃった? 良いのかな!?
黒猫はニコリと微笑み、そこで夢は途絶えた。
「ニャア!」
「……!」
目を開けると、猫の鳴き声がら聞こえた。
急いで起きると、目の前に琥珀色の瞳の黒猫がいた。
いや、完全な黒猫ではなかった。
顔はハチワレになっており、全ての足の爪先と胸元は白い毛になっている。タキシードを着ている様な毛色になっている。
あと、前よりも小さい。子猫サイズだ。
「タッカ? いや、オレオール?」
「ニャア! そう、覚えていたね。良かった!!」
「わあ、喋った!?」
「まあ、力は精霊王様に大幅に剥奪されたが、闇の精霊なのは変わらないからね」
「ええ?」
「これからも、よろしね。シンシア!」
「ど、どういうこと!?」
「シンシアが、ぼくの新しいご主人様ってこと。まだ仮だけどね」
「なんで!? 私、あなたには何もしてないよ? むしろ、邪魔してたじゃん!?」
「うーん、嫌な契約を破棄する勇気をくれたから、かな?」
「ええ〜!?」
こうして、タッカ改めオレオールは目を覚まし、言葉の通り、私達に協力してくれる事になったのだった。
それとは別に、アンディ君とは何故かバチバチになるのだった……。
なんで?




