79 再会 アンディside
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時は少し遡る。
アンディとマルシアルは、屋敷の二階部分でヴェネッサと対峙していた。
「全く、ワタクシの箱庭に、勝手に這い入り込むなんて!」
一階から上がってきたらしいヴェネッサは、スリットの入った体のラインが出る際どいナイトドレスを着ており、メイクも艶やかなもの物に変えていた。
耳元にはイヤリング、首元にネックレス。右腕の手首にはブレスレットをつけているが、どれも黒い石をつけている。
シンシアとお茶会をしていた時とは、真逆の妖艶な装いだった。
「ここはワタクシとお兄様の愛の巣なのよ!? アーテル・レムレース共よ、コイツらを殺しなさい!!」
対峙したヴェネッサがそう叫ぶと、彼女の影が広がり、そこからネコのデフォルメされた着ぐるみを、溶かして崩した様な化け物が複数現れる。
「アンディ君!」
「はいっ!」
アンディは剣を抜いて化け物と鍔競り合い、その体を三分割にする。
マルシアルは転移の魔法陣を、化け物達の頭部のみに展開。
魔法陣が発動すると頭部だけにそれが作用し、少し離れた場所に頭だけがぼとりと転移した。
しかし化け物は倒されても、闇に解けると再び肉体を再生せさせて復活してしまう。
「これが彼女が契約している、闇の精霊ですか?」
「いいえ。おそらくは闇の眷属。闇の精霊の手下みたいなモノですね。
自我すらまだ無い、下級精霊のなり損ないと言いますか……。いえ、闇の精霊の魔力で作られた、人形と言ったほうが良いでしょうか?」
「それでは、倒しても問題は?」
「ありません!」
再び闇の化け物が襲いかかる。
アンディはそれを斬り裂き、マルシアルはそれを先ほどと同じように削る。
ヴェネッサはアーテル・レムレースにアンディ達を殺せと命令しただけで、細かい事は全く指示していない。
それ故に、統率は取れておらず、本領は発揮できていない。
なので、アンディ達は特に苦戦はしていないが──。
「数が多くて、キリがない!」
「そうですね〜、困りました。魔力切れを待つのも癪ですね……」
倒しても倒しても闇の化け物は蘇り、それどころか増えている。
「あははは。さっさと死になさいっ!」
ヴェネッサは愉快そうに笑っている。
もはや正気では無いだろう。
「彼女は魔法が得意そうには見えませんよね?」
と、アンディ。
「ええ。闇魔法に適性はある様ですが、魔法の修行をしていたという報告はないですね」
「ということは、彼女自身の魔法ではない?」
「恐らくは。闇の精霊からこいつらを操る権能の一部を、借りている状態でしょう……」
「なるほど。だとすると遠隔操作装置か何かを使っている感じですか」
「可能性は高いです」
会話を押しつつも、二人は闇の化け物を倒し続ける。
可能性がありそうなのは、ヴェネッサの身につけている装飾品だ。
ただ、アンディの今の実力では、ヴェネッサに傷を付けずにそれだけを破壊するのは、少々難しい。
(今僕が持っている能力で、できることは──)
思い出すのは、あの剣を持たない騎士団長の戦い方。
(今の僕では、魔力操作に少し不安はあるが……)
「ネロ、アシストしてくれるか?」
『しゃーねーな。できる限り近づけ』
影の中からネロが応える。
「……マルシアルさん、僕を彼女の近くに転送してもらう事はできますか?」
「できますよ」
「でしたらお願いします」
「何か考えがあるのですね。やってみましょう。ですが、危険だと思ったら、安全なところに飛ばしますので、ご了承願います」
「了解です」
マルシアルは隙をついて、アンディをヴェネッサの側に転送した。
「なっ!?」
「〝反射の盾〟!」
アンディはェネッサの近くに転移すると、反射する側を内側になる様に展開し、その中にヴェネッサを閉じ込めた。
〝反射の盾〟は、防御と同時に相手の魔法を反射させる効果がある。
あの夢の中で、剣を持たない騎士団長が、魔獣のマザーの光線を反射させた盾魔法だ。
光線とは違い、対象者にダメージは入らないが、それでも闇の眷属への魔力供給は断つ事ができたようだ。
魔力供給が無くなった闇の眷属達は、形を保てなくなり闇へと溶け、その闇もまた消えた。
アンディは、そのままヴェネッサのつけているアクセサリーを破壊した。
「こ、この……、タッカ! 今すぐきて! ワタクシを助けなさい!!」
「!」
途端に、嫌な気配が近付いてくる。
マルシアルは自分の近くにアンディを転移させ、アンディは自分達の周りに防護壁を張った。
同時に衝撃。
「──っ」
「なっ!?」
目の前に現れたのは、体の一部を闇に獣に変化させた黒髪と琥珀の瞳を持つ青年。
彼がヴェネッサと契約している、闇の精霊の本体だろう。
闇の精霊タッカの攻撃は、事前に張っていた防護壁で防ぐ事ができたので、アンディの判断が功を奏した事になる。
「全く、せっかく良いところだったのに……」
「お黙り! そもそも、ワタクシが襲われているというのに、なぜすぐ来ないの!?」
「お楽しみタイムを邪魔するなといつも言っていたのは、貴女ですよ?」
「そ、それは、何もない時は、でしょう!? 有事の際は別だわ!!」
ヴェネッサは、顔を赤くして反論している。
「はいはい。で? こいつらを倒せばいいのか?」
「殺すのよ!!」
「……了解です」
言い終わらぬうちに、闇の精霊はアンディ達に襲いかかる。
防護壁が破られ、衝撃で吹っ飛ばされる。
アンディはネロのアシストで自分の影を操って体勢を立て直し、マルシアルも直ぐに魔術展開の準備を整える。
「ん? 君、シンシアの匂いがするな」
と、タッカ。
「お前は、シンシアを連れ去ったやつだな……? シンシアはどこだ!?」
タッカの攻撃を剣で受けながら、アンディは詰問する。
「教えない」
「何!?」
「そりゃ彼女は大切なお客様だからね。ぼくはそのお世話係なんだ。彼女の入浴も着替えも、そして添い寝もぼくの仕事だ」
「──っ」
明らかな怒りを滲ませるアンディに、タッカは愉快そうに続ける。
「君、シンシアの事が本当に好きだったんだね。それは悪いことをした。でも安心してね。
これからはぼくが彼女を大切にするから、心配はいらないよ!」
「ふざけるな!!」
激昂したアンディは、魔力を込めて、タッカに斬りかかる。
「おっと」
タッカはそれを受け流し、そして獣の爪でアンディを切り裂く。──が、『盾』の効果がある甲冑は、そのダメージを減少させる。
吹っ飛ばされるアンディを受け止めるマルシアル。
「アンディ君、落ち着いてください」
「──っ、はあ。すみません」
呼吸を整え、怒りをなんとか押し込めるアンディ。
そして、次の一撃をと構えた瞬間、轟音と振動が屋敷内に響く。
「な──っ」
「これは……」
「〜〜っ」
「ぎゃああっ!? なんなのよ!!」
それは下から上へと斜めに突き上げ、三階あたりでようやく止まった。
衝撃で舞った埃で、正体は掴めなかった。
アンディは、防護壁を展開し、様子を伺う。
舞う埃の中からタッカが襲い掛かり、防護壁を壊してまたも鍔迫り合いになる。
「ああ、そういえば、シンシアの肌は白くて滑らかで、とても美しかったなぁ?」
「──っ」
その瞬間、アンディの怒りが爆発し、最大出力で剣から魔力を帯びた斬撃を放った。
再び屋敷を揺るがす衝撃が走り、タッカはそれで吹っ飛ばされる。
吹っ飛ばされた先は、二階階段のギャラリーになったスペース。
アンディはそれを追う。
タッカは、壁に激突し膝をついていた。
そこへ、ゆっくりと近づくと足音が聞こえた。
振り返ると、マゼンタの瞳と目が合った。
「アンディ君!?」
「シンシア!!」
シンシアは階段から飛び降りる勢いでアンディに抱きつき、アンディはそれを力強く受け止めた。
「なんでここに?」
「シンシアを助けに来た」
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。──無事でよかった」
「わっ!?」
アンディが更にシンシアを抱きしめる。
「お〜い。俺もいるんだけど〜?」
完全に無視されている、ルイス。
「では、私が抱きしめてあげましょうか? ルイス」
「げっ、マルシアル!? 断じて遠慮します!!」
「げっ、とはなんです? せっかく私自ら助けに来たというのに」
「いえ、感謝してま〜す。あ、それより、あいつらは!?」
体勢を立て直したタッカがmボロボロの状態で一堂に立ちはだかる。
「はあ、全く。面倒なことに……」
「タッカ、そこまでして、なんで……」
シンシアには、タッカの体の状態が視えていた。
「それが、契約した精霊の、定め、だからね……」
タッカは尚も戦うつもりの様だ。
「アンディ君。ここは彼の、闇の精霊が作った空間だから、彼が倒れると崩壊して私たちも巻き添えになるかもしれない」
「それなら無力化する」
「お願い……」
シンシアがタッカを心配するのは気に入らなかったが、彼を倒してしまい箱庭の崩壊に巻き込まれるのは避けたい。
アンディはシンシアの言葉に従うことにした。
アンディは剣に魔力を込める。
タッカも持てる限りの魔力を漲らせる。
そしてお互い、最大限の魔力を込めた斬撃がぶつかり合う。
アンディの胸元で、何かがバキリと割れる音がした。
ヴェネッサは、一階にある広間の一つを自室にしています。




