74 必ず助ける アンディside
◆◆◆
「シンシアが、連れ去られました……」
アンディは自分の見たもの、起きた出来事を、アゲートの魔女とジョニー。それにたまたま一緒にいたドライエックに伝えた。
ネロはアンディの肩の上に乗っている。
「黒髪の男の子は、精霊かしら〜?」
アゲートの魔女は、ジョニーとドライエックを見る。
「恐らくな」
「この気配はそうだね。闇の精霊だね。王ってほどではないが、大精霊レベルじゃないかな?」
「わかるのですか!?」
「ええ。でも、油断したわ〜」
と、アゲートの魔女。
「まさか、直接乗り込んでくるとはな」
と、ジョニー。
二人の言葉には、悔しさが滲んでいる。
「それはつまり──」
「ヴェネッサ殿下の仕業ですね」
アンディの言葉を引き継いだのは、銀髪褐色の美青年。青い瞳が一堂を見据える。
「マルシアル殿! 転移魔法を使って勝手に中に入ってはいけない!!」
それを追ってくるのは、アンディと同じ年くらいの金髪紫眼の美少年、この国の第一王子クラウド・アンモビウム・クリムソンだ。
その後ろからドルフと、少しやつれた中年男性がついてくる。
「ええっと? どちら様〜?」
アゲートの魔女は、微笑みながら言葉にトゲを含ませる。
自分のテリトリーに魔法で勝手に入ってこられて、少々ご立腹の様だ。
「申し遅れました。私はカッライス王国第四王子、マルシアル・コマドレッハ・カッライスと申します。
本日早急にお知らせしたいことがございまして、無礼を承知で転移でまいりました。ご了承を」
そう言って、マルシアルは頭を下げる。
「えっ!? ちょっ!!」
他国の王族が頭を下げたのに慌てたのは、アンディだけで、他の面子は特に慌てた様子もない。
それがこの場の力関係でもある。
「まあ、事情があるのなら今回は許します。ですが──」
アゲートの魔女の顔から笑みが消える。
「次はありません。あまり魔女を侮ってはいけませんよ?」
凄まじい圧が、マルシアルを襲う。
「は、はい……。申し訳、ありません……」
流石にマルシアルも頭を垂れて、謝罪するしかない。
「わかればいいのよ〜。それじゃあ、あなたの持っている情報を、全部教えてくださる〜?
アタシの大切な弟子が誘拐されたんですもの、出し惜しみはしませんわよね〜?」
アゲートの魔女は威圧するのをやめて、いつもの調子に戻る。
「もちろんです!」
「それで? 何が起きているのです?」
「シンシア嬢を攫ったのは、ヴェネッサ妃、いえ、ヴェネッサ殿下の手のものです。おそらくは、契約している闇の精霊でしょう」
「発言、よろしいでしょうか?」
と、アンディ。
「どうぞ。私のことは気にぜず、ご自由に発言していただいて大丈夫ですよ。公の場ではありませんし、我々の目的は同じでしょうから」
「わかりました、ありがとうございます。
ヴェネッサ殿下がシンシアを連れ去ったとして、その理由は何ですか?
確かに以前町で出会った時は、シンシアに何処か執着していた様子ではありましたが……」
「詳しくは我々も詳しくは分からないのですが、おそらく単に気に入った、のでしょう」
「そ、それだけで!?」
「彼女はそういう人間ですよ。好きな物、欲しいものはどんな物でも手に入れますし、とことん愛します。
ですが、反対にそうで無いものは、とことん排除しようとするのです」
「それで、そちらの方は?」
とジョニー。
彼は魔女工房の護衛でもあるので、見知らぬナイスミドルを警戒しているらしい。
「彼は、ハドリー・クレープミルトル。ヴェネッサ殿下が嫁ぐまで、彼女の執事をしていた人物です」
「それは──!」
「当時のヴェネッサ殿下の所業を、最も間近で見ていた人物ですね」
「これで、ヴェネッサ殿下を告発できるのでは?」
「はい。ですが問題が発生しました」
「え?」
「ルイス・タンジーがヴェネッサ殿下に捕えられてしまいました」
「え? ルイスさんが? 確かに彼もヴェネッサ殿下に因縁はあるでしょうが……」
最悪いなくても、と、アンディは考えてしまう。
とにかく今は、多少の犠牲があっても、ヴェネッサを追い詰めたかった。
「彼は、ヴェネッサ殿下を追い詰めるために、多くの証拠や証言を集めてきました。それを利用しないのは惜しいのです。ヴェネッサ殿下を追い詰める材料は一つでも多い方がいい。それに──」
一息置いて、マルシアルは続ける。
「彼は唯一、最後まで婚約者の仇を取るために尽力してきました。それは、無念を感じてきた他の被害者家族にとっても希望だったのです。私はそれを、無駄にしたくはありません」
「そう、ですか……。そうですね」
そこでアンディは自分の都合しか考えていなかった事に、少し恥ずかしくなった。
ルイスも大切な人をヴェネッサによって失った者同士。もっと、彼と協力しても良かったかもしれない。
「ああ、気に病まないでください。彼の居場所はわかっています。おそらくシンシア嬢も、そこにいるでしょう」
「え?」
「どうやら彼女は、世界と世界の狭間。亜空間と呼ばれる場所にいるみたいです。
亜空間収納でよく使われる場所ですね。
ヴェネッサ殿下の適性は闇魔法であり、上級の闇の精霊と契約していますので、空間魔法が使えても不思議ではありません。
しかし、我々だけではは、その場所に行く事は不可能。そこで皆様にご協力をお願いしたくて、本日参りました。
それと、このお二人の保護をお願いします」
マルシアルは躊躇なく、頭を下げる。
「頭をあげてくださいな。さてそういうことだけど、どうします〜」
アゲートの魔女は、ドライエックを見る。
「え〜、何故、小生を見るのですか〜?」
「協力してくれれば、スイーツ食べ放題……」
「モチロン、協力しますとも!!」
「失礼ですが、そちらの方は?」
と、マルシアル。
「ああ、申し遅れました。小生、魔族国の魔術研究所の所長をしております、ドライエックと申します〜。
あ、休暇で旅行中なので、あまり公にはなさらぬ様に〜。
マグノリア公爵は小生の研究仲間? 的な? とにかく友達でした〜」
「え? 魔族国のドライエック様といえば、前魔王様──!?」
「も、申し訳ありません!! 何も知らなかったが故、ご無礼な態度を!!」
マルシアルとクラウドの王族二人が、急いで頭を下げている。
「魔族!?」
「初めて見ました……」
対して、ドルフとハドリーはある意味冷静だった。
「ああ、気にしないでください〜。小生、前魔王とか、魔術研究所の所長とかやってますけど、くじ引きでハズレを引いただけなんで〜」
「ぜ、前魔王……?」
アンディも唖然としている。
ネロは飽きてきたのか、うつらうつらとしている。
「とにかく、亜空間への出入り口は開けますから、後はお願いしますよ、アゲート」
「もちろん。とはいえ、私たちが表立って協力するのは良くないわね〜『魔女の石』からは、何の連絡もないし……。
アシストするくらいなら、問題ないのだけれどね〜」
「それなら私が行きますよ。元々、その為にこの国まで来ましたから」
と、マルシアル。
「だったらアンディ君、行ってきたらいいよ! 強化した実力も確かめたいでしょう?」
と、ドライエック。
「……そうですね、僕が行きます」
『おわ!?』
アンディのいきなりの大声に驚いて飛び起きる、ネロ。
「それじゃあ、先ずはヴェネッサ殿下の箱庭を探すから、それまでアンディ君は休んでいると良いよ!」
「え? しかし──」
「シンシア嬢を助けに行くのに、汗臭いって思われたくはないでしょ?」
そういえば、アンディは訓練を終えてそのままだ。
普段ならその後にシャワーを浴びるのだが、今回はシンシアが連れ去られて慌てていたので、忘れていた。
「あ、そ、そうですね……」
「お昼もまだでしょうから、しっかりご飯も食べておいてね〜」
「はい……」
◇
それからアンデイはゆっくりと風呂に入らされ、そして食事をとった。
おかげで、平常心を取り戻し、冷静に物事を考えられる様になった。
(僕は、かなり冷静を欠いていたんだな……)
それから、身支度を整えて食堂に再度向かうと、既に皆揃っていた。
「多少は英気を養えたかな?」
と、ドライエック。
「はい。冷静になれたと思います」
「亜空間の入口も解析できたよ。北東区のこの邸だね」
ドライエックは、空中に表示している地図の、ある箇所を指差す。
そこは区画整理の影響で、廃墟になった屋敷が立ち並ぶ一角だった。
所有者がいるので、一応は警備はされている為、浮浪者などの棲家にはなってはいない筈だ。
ちなみに、この入り口は通常の亜空間への出入り口というわけではなく、ヴェネッサの箱庭へ繋がる、最も世界と世界の隔たりが薄い場所の事だ。
恐らく過去に何度か、ヴェネッサがこの場所で箱庭から出入りした事があるらしいとの事だった。
「廃墟っぽくってよかったよ。まあ、人が住んでいても、なんとかしたけどね」
と、ドライエックは笑う。
その場合どうしたのだろうと、一同は思ったが誰も突っ込まなかった。
ツッコミ役は不在であった。
「ここに……」
「アンディ君は、一時的に宝珠と盾の能力を使えるから、安心していいよ!」
「はい、ありがとうございます。──ネロ」
『ホイホイ。そりゃっ』
ネロがそう言うと、アンディの体が一瞬影に包まれる。
そして、その影が消えるとアンディの姿一瞬で、灰色の甲冑と赤いマントを羽織った姿に変わる。
その甲冑の胸の部分には、赤い宝玉が煌めいている。
『甲冑は盾の能力がある。胸元の宝珠は魔法の杖がアンディに使いやすい様に変化した物って感じだな』
「剣はどうする?」
『ふむ。こんな感じかな』
二頭身ドラゴンのネロが、その小さな手をくるくると動かすと、アンディの陰から鞘に入った黒い剣が現れる。
重さ長さ共に、今のアンディに相応しいサイズだ。
しかも、普段訓練などで使うものよりも、装飾が少し豪華だ。全体真っ黒で、鍔の中心に赤い石がはめられているという基本デザインは変わらないが。
『まあ、仮とはいえ、契約したからな。ちょっとは協力してやるぜ!』
「──ありがとう、ネロ!」
『俺は影の中に潜んでるぜ、何かあったら呼べよ〜』
「うん!」
そうして、準備が整った。
「では、始めましょうか」
◇
それから、クラウドはジョニーと共に王宮に転移で帰り、父である国王に事の次第を説明しに戻った。
アゲートの魔女は、アンディとマルシアルのナビゲーター。と言っても、あまり口を出す気は無いらしい。
ドルフとハドリーは、魔女工房内で待機。必要ならドライエックとアゲートの魔女の補佐。
ということになった。
アンディとマルシアル、そしてドライエックは入口のある、目的の屋敷に直接転移。
場所は、使われていないであろう、屋敷の一室。
ドライエックが、魔法で灯りを作り出し、部屋を確認する。
その部屋の壁には、人物画がいくつもかけられており、その前にはテーブルと一脚の椅子。
テーブルの上には空のワイン瓶とグラス。それに何かを燃やした残骸が乗った皿。
香を炊いたのか、不思議な香りが漂っている。
何となくアンディはその部屋に既視感があった。
顔を上げると、壁にかかられている絵画が目に入る。
どれも金髪紫眼の少年が二人描かれている。顔も雰囲気も同じ少年なので、双子なのかもしれない。
良く見ると、紫の瞳はそれぞれ色合いが違う。
異常なのは、すべての絵画にその双子の少年が描かれていることだ。
子煩悩な親でも、ここまでの数は飾らないだろう。
アンディにはその少年達にも既視感を抱く。
「これは……フィランダー陛下、ですか? ということはもう一人の少年は双子の弟君でしょうか?」
と、マルシアル。
「え? そうなんですか?」
「以前、王宮に来賓で招かれた時に、似た様な少年が描かれた人物画を見せてもらったことがあります」
「ということは、ここはその関係者……ヴェネッサ殿下所有の屋敷なのでしょうか?」
「かもしれませんね。さあ、ドライエック殿、お願います」
「はいはい」
ドライエックは、絵画の中で一際大きいものに手をかざすと、フイッと横に動かした。
すると、絵画のある場所の空間が裂け、そこから不思議な色合いの空間が覗く。
「ここが入口ですね。出る時はアゲートのゴーレムに伝えてください。あ、小生は魔女工房へ戻ります! アゲートがおやつ用意してくれてるんで!!」
「あ、はい」
兎に角、アンディとマルシアルは、ヴェネッサの箱庭に向かった。




