70 狙いは……
※途中で視点が変わります。
◆◆◆
「えーと? おはようございます?」
魔女工房では、朝食と夕食は一緒にとるのが決まり、ってほどではないけれど、それが習慣だ。
いらない時や時間が合わない時は事前に連絡しないと、お料理ゴーレムのクチーナに怒られるのだ。
とにかく、朝夕の食事の席には魔女工房の同居人が一堂に会するのだ。
なので──。
「シンシアちゃん、おはよう」
「おはよう」
「おはようシンシア。よく眠れた?」
『ふぁ〜あ。おは〜』
上から師匠、ジョニーさん。アンディ君にネロ。
この三人と一匹は良い。いつもの面子だ、
「おはようございマ〜ス……」
三日前、アンディ君を勝手に強化したことで、師匠とアンディ君のご家族にしこたま怒られた魔族のドライエックさんは、五日間の謹慎とおやつ禁止を言い渡された。それからずっとショボショボしていて元気がない。
「よっ、おはようさん」
「ど、どもッス……」
ルイスはいつもの通り。ご飯は朝晩、きっちりたっぷり食べる。
で、ルイスが連れてきた謎のおっさん。いや、お兄さん?
ルイス以外の人とは交流を禁じられているのか、いまだに名前も知らない。
師匠は早く出て行ってほしいみたいだけど、事情を知っているからか強くは言えないっぽい。
「どうしたの?」
席に着くと、隣の席のアンディ君が話しかけてくれる。
「いや〜、魔女工房も人が増えたなって」
「まあ、家賃払ってくれれば、文句は言えないわね〜」
「あはは……」
ついでにトラブルを起こさなければ、ね。
◇
朝食が終わると、それぞれの時間。
私と師匠は修理の仕事のミーティング。その結果、この日の仕事は、かなり忙しいことが判明。ちょっと憂鬱だ。
アンディ君とジョニーさんは訓練。二人ででランニングに向かった。
ドライエックさんは自室で謹慎。食堂でフルーツサンドイッチはオヤツじゃないとクチーナに宣言していたが、却下されていた。魔族って、甘いもの好きなの?
ルイスさんとお連れのお兄さん(まだ二十代だったらしい)も自室に籠って何かをしている模様。
その後、二人で一緒にどこかへ出掛けて行ってしまった。二人はいつまでここにいるんだろう?
ちなみに、従業員用の部屋は四つあるが、並びはルイスさんたち、アンディ君、私、ドライエックさんとなっている。ドライエックさんの部屋は私のお父様が元々使っていた部屋だ。
なので、できれば綺麗に使って欲しい。
そんな訳で、私と師匠は仕事だ。
「今日は、修理品が多いですね……」
「そうねぇ〜。修理自体は難しくはないけれどね〜。今日中期限の物もあるけど〜。まあ大丈夫でしょう」
この日は朝から、多数の修理品が持ち込まれていた。
修理の内容は、魔力石交換、定期メンテナンスなどの通常修理の他に、破損修理の依頼がやけに多い。
ランタンとかの小物が多いが、普段の三倍はある。
嵐などの災害後なら、分からなくもないが、不思議だ。
師匠も首を傾げていた。
私や師匠であれば、特に時間も魔力もそこまで消費しないで治す事ができるが、ちょっと大変だ。
「とにかく、終わしちゃいましょう!」
「はい〜」
ライダースーツみたいな作業服の師匠と共に、作業に取り掛かる。
私もオーバーオールの作業服姿だ。
今日の修理品で、一番多いのが本体表面の傷や破損。
そこそこ高いところに置いていたのが、落ちたらしい。同じ理由の破損が多数。
一応、強化魔法もかけられてはいるが、大体一年間で効果は切れる。
以降は有料でかけることは出来るが、メンテナンスの料金とそう変わらないので、追加でかける人はあまりいない。
今回の修理品は破損と言っても大きなものではなく、ガラス部分のヒビと金属部分の歪みとかだ。
ほかの、魔力石交換や魔動具メンテナンスは、通常通りの量だったので、本当に地震でもあったのかも?
私は気付かなかったけど。
なお、最新魔道具のガラス部分は要面にコーティングがされているので、割れても飛び散ることが少ないので、修復魔法で直しやすいのは助かる。
今日中の物は六個ほどあるが、特に難しい修理ではないし、日数に余裕がある方も、難しい修理はないので、ほとんど今日中に終わらせられるだろう。
その後、師匠と二人で手分けして修理しまくった。
ちなみに、師匠は生物用の治癒魔法を変異させて、私と同じように物も直せるようにしているらしい。
魔女って凄い!
◇
そして、依頼を受けたほとんどの修理が完了。あとはメンテナンスと魔力石交換の簡単なものだけとなった。
気付けば、お昼はとうに過ぎており、もはや午後のティータイムの時間になっていた。
「殆ど治せてよかったわ〜」
「そうですね〜」
「アタシは配達希望のお客さんに修理品を届けてくるから、シンシアちゃんはお昼ご飯てべててね〜。
疲れたから午後は休業にするわ〜。外の立て看板はアンディ君に回収を頼んどくから、安心して〜」
「わかりました。行ってらっしゃ〜い」
私は工房の受付で師匠を見送ってから、食堂に向かおうとした。
「すみません」
そこで声をかけられた。
「え?」
振り向くと、私と同じ歳くらいの少年がいた。
黒髪に琥珀色の瞳と白すぎる肌の美少年で、黒いシャツとトラウザーズを着ている。
首には赤いチョーカーをつけており、それが目を引いた。
ん? いや、チョーカーじゃないな?
赤い首輪!?
それに気づくと、なんだか背徳的な雰囲気が……。
「い、いらっしゃいませ。せっかく来ていただいたのですが、午後は休業で……」
あれ?
魔女工房は高台で少し奥まった場所にあり、店の入り口までは一本道。
師匠とすれ違わなかったのかな?
「修理の依頼では、ないです」
そう言ってにっこりと笑う。
アンディ君とはタイプの違う美少年だ。
退廃的な感じ?
「あなたに用があるんです」
「え? 私? あ……?」
琥珀の瞳と目が合う。すると、くらりと視界が歪んだ。
「──っ!?」
何とかカウンターに縋り付いて、ぶっ倒れるのは回避する。
なんだ? 疲れてる? 病気? とうとう私も治医療院のお世話になる時が──?
「!」
私がカウンターに縋り付いていると、影が刺した。
目線だけを向けると、その少年がカウンターの中に入ってきていた。
「いいな〜、かわいいな〜、きみがぼくの主人だったら良かったのに……。見る目のない自分が嫌になるよね〜」
「〜〜っ」
体から力が抜け、ズルズルとカウンターからずり落ちる。
それをその少年が支え、横抱きにする。
抵抗すら出来ず、されるがままだ。
「ご主人様は君のことは大切にするって言ってるから、抵抗しなければ酷い目には遭わないと思うけど……、まあ、ぼくが守ればいいか」
その言葉を最後に瞼が落ちる。
額にあたたかい感覚が落とされたけど、それが何かはわからなかった。
◆◆◆
同じ頃。
アンディは訓練が終わったので、庭から工房内に戻ろうとしていた。
庭に出入りするには、工房隣のランドリールームを通るか、工房直通の搬入口を使うか、受付店舗部分を通るかの三通りがある。
搬入口は基本的に閉ざされているので、普段はランドリールームの出入り口を利用している。
ただ、この時は外に出している立て看板の回収を、アゲートの魔女に頼まれたので、受付の方へと向かった。
ちなみに、ジョニーは、お手伝いゴーレムと共にランドリールームで洗濯物の取り込みをしている。
そうして店の前で見たのは、気を失ったシンシアを横抱きにして連れ去ろうとしている黒ずくめの少年。
「──おい! シンシアに何をしている!!」
「!」
アンディの姿に気付くと、黒衣の少年はニヤリと挑発的な笑みを浮かべて、アンディから距離を取った。
「ふーん? きみはこの子のことが好きなんだね?」
「なっ!?」
「でも残念、この子はぼくがもらうよ」
そう言って黒衣の少年は、シンシアの顔に顔を寄せ額に唇を落とす。
「ふざけるな!」
アンディが駆け寄り、怒りに任せて手を伸ばす。
が、二人の姿は闇に包まれ、一瞬にして消えしまった。
「──っ!?」
アンディの手は、ただ宙を切っただけだった。




