67 迷いと決意 アンディside
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「……」
アンディは自室の窓枠に座って、景色を見ていた。
窓は開けているので、暖かくなってきた空気が部屋に流れ込んでくる。朝夕はまだ冷えるが、昼間はもう魔動具の暖房器具は必要ないだろう。
魔女工房は少し高台にある上、他に視界を遮る建物が無いため、自室からは王宮までの景色がよく見えた。
今日は師匠のジョニーが出払っているのと、スノーデイジー侯爵家のタウンハウスに帰った時に、長兄のチェイスに散々稽古をつけてもらった為、休みとなった。
シンシアは修理依頼があったので、工房で仕事中。
ネロは食堂でおやつを強請っている時間だ。
なのでアンディにとっては、久しぶりに何もしない時間となった。
普段なら、座学の自習や読書などをするのだが、この日はなんとなくそのどれもが手につかない。
そうなると、必然的に物思いに耽ってしまう。
そうして思うのは、自分の事。
両親の仇のことも、これからの事も考えなければならない事は沢山あるが、その中で最も頭の中を占めるのは『どうしたらもっと強くなれるか』という事だった。
答えは分かっている。
ドライエックの言う通りに魔族国で修行し、ネロの他の武器や防具を譲って貰えばいい。
多分、そんな選択肢のある自分は幸せなんだと思う。
それでも、迷ってしまうのは──。
(シンシアと離れたくないな……)
この五年間、二人は殆ど一緒に過ごしてきた。
そして現在、シンシアはアンディにとって、更になくてはならない存在になっていた。
少なくとも彼女がいなければ、アンディは自身に取り憑いた〝魔剣ネロ〟の脅威に怯えながら生きることになり、両親の仇を取ろうなんて考えもしなかっただろう。
今のように二頭身ドラゴンのネロとも協力どころか、和解すらできなかったと、アンディは思う。
だからアンディは、自分を助けてくれたシンシアをそれ以上に助けたいと思うし、守りたいとも思う。
そしてできればずっと一緒にいたいし、もっと親しくなりたいし、彼女だけの特別にもなりたい!
……思考が逸れた。
だがそれには目の前の問題を解決しなければならないし、強くなる必要もある。
師匠であるジョニーは、かなり強い剣士だ。修行に関しても教えることに慣れているので、過去にそう言った仕事をしていたのかもしれない。
しかし魔女工房では、十分な訓練は難しいだろう。特に様々な実戦経験を積めない出来ないことがネックだ。
(だけど、それには……)
思考が堂々巡りを始める。
「悩み事ですか?」
「わぁっ!?」
いきなり声をかけられた上、目の前にドライエックの顔が現れ、アンデイは声を上げる。
「うわっ、びっくりしました! いきなり大きな声出さないでください!!」
そして何故か、ドライエックの方が驚いて抗議してきた。
「そ、それは申し訳ないですが、それを言うなら、いきなり目の前に現れないでください!!」
「いや、失敬失敬!」
ドライエックはフワフワと宙に浮いていたが、そのうちアンディの横に座った。
窓枠の席が狭くなったので、アンディは窓枠から降りて椅子に座り直した。
ドライエックは窓枠の席を占領した。
「窓から外を見ていましたら、憂いを帯びた美少年が見えましたので〜」
「そ、そうですか……」
胡散臭そうに言うので、本心かは分からない。
「そういえば、決心はつきました? 魔族国に来ること」
「え?」
アンディはドキリとした。
丁度その事について考えていたから。
「そろそろ小生も帰ろうと思いましてね。いや〜、部下が早く帰って来いって、うるさいのです。ここ数十年の有給を、一気に消化しているというのに……」
どうやらドライエックには部下がいるらしい。
もしかしたら、結構偉い立場の人なのかもしれない。
「その、正直、心惹かれています。今よりも多分もっと強くなれると思うので。ですが……」
「ですが?」
「そ、その、えーと、シンシアと、離れたくない、です……」
恥ずかしさのあまり、真っ赤になって語尾が小さくなる。
「え゛?」
ドライエックは線目を見開らいた。金色の瞳がアンディを唖然と見ている。
「あっ、はははははっ! な、なるほど、なるほどっ。好きな子と離れたくないか〜」
「わ、笑わないでくださいよ……」
「いやー、別に揶揄ったわけではないんですよ〜。長く生きていると、そういう感情なんて、希薄になってしまうので、新鮮だったというか、なんというかって感じです!」
「は、はあ……」
「まあ、心配しなくても大丈夫です。期間は学園に入学するまでの五年間。転移魔法で好きな時に戻って来れますし、魔術メールの通信範囲内ですよ。あれ、ウチの国で開発したので!」
「そ、そうなんですね……。ですが、それにしても、僕の方の問題を解決しないと、すぐには行けません」
「その問題とは?」
「それは──」
アンディは自分の両親とその仇の事を話した。
「ふむ。それなら、少し協力しましょう。もっとも、大体的に手を貸すと国に怒られるので、アンディ君の能力をちょっと向上させるだけですが……」
「お、お願いします!!」
「ウム、任せ──ガッ!?」
「ドライエックさん!?」
勢いをつけて立ち上がったドライエックは、窓枠の上部に頭をぶつけ、衝撃で窓の外に落ちていった。
◇
それから二人は、魔女工房の庭に出た。
「というわけで、まずはアンディ君の魔法の属性を、確認しよう!」
二階から落ちたドライエックは、自分で治癒魔法をかけてすぐに復活した。
「今更ですか?」
アンディも魔女工房に来て、少ししてからアゲートの魔女が持っている鑑定水晶で、自分の属性魔法や特異魔法を調べた。
しかし、魔剣ネロに取り憑かれている事で、ネロとアンディの魔力が混ざり合い、測定水晶では明確な鑑定ができなかったのだ。
一応、適性のある魔法は光と闇属性で特異魔法も持っているらしいのだが、現在は魔剣の影響でその光属性魔法と特異魔法は使えない状態になっている。
「そうだよ。アンディ君の属性魔法は、ちょっと複雑なことになっているよね」
「そうですね」
「これは、アンディ君とネロの魔力の性質が全く違う為、反発してるからなんだ。これは一般的な属性の相性の事ではなく、種族の違いによる性質だね。
今はネロが君の魔力にある程度合わせているから、彼の魔力や能力が使えている状態だ。でも君自身の魔力は殆ど使えていない。まあネロがある程度、君の魔力を自分の魔力に変換してはいるけど」
「ネロが……」
現在、アンディが使える魔法は、影から剣をいくつも作り出せるというものと、自分の影を操るといったもの。
どちらもネロ由来の魔法だ。
「そもそも、アンディ君とネロの今の状況は、ネロが君に取り憑いている状態だからね〜。せっかくだから本契約しちゃおうか!」
「できるんですか? というか、大丈夫なんですか?」
「魔力の相性は良くないけど、本人たちの相性がいいから問題ないと思うよ?」
(本当かな〜)
「というわけで、ネロを呼んできて欲しいのですが……」
『お〜い、アンディ〜』
そこへ丁度良くネロがやってくる、いや、体にそぐわない小さな翼で飛んでくる。
どうやら、おやつをたらふく食べて、満足したらしい。
『こんな所にいたか。何やってんだ? ドライエッグも』
「ドライエックです。乾燥卵じゃないです。いや〜、丁度いいところに来てくれました」
『なんだよ?』
「そろそろ、アンディ君と契約しませんか?」
『あ? 何、そういう事?』
ネロがジト目でドライエックを見る。
「ええ。アンディ君も、もっと強くなりたいそうですし」
『そうなのか、アンディ?』
「うん。僕はシンシアを絶対に守れるように、助けられるように、もっと強くなりたい!」
『ふ〜ん、まあ、誰かの為なら、まあいいか。やってみろよ。まあ、アイツが認めるかどうかは、知らないがな』
「あいつ?」
『会えばわかる。まあ、元はオレ様と同じ存在だし、命までは取らないと思うから、大丈夫だとは思うけどな〜』
「不安にさせるような事を言うなよ……」
「では準備をしましょう!」
そういう事になった。




