64 強襲
◇
「……」
アンディ君もヴェネッサ殿下についての記録を読み終わり、少々青い顔をしている。
「大丈夫か? アンドリュー」
「はい、大丈夫です……」
流石にダメージが半端ないようだ。無理もない。
「ヴェネッサ殿下がこんなにも……」
「俺も初めて知った時は、驚いている。叔母上が──」
「あの、お話の所申し訳ないのですが……」
「なんだ?」
「アンディ君のご両親は、魔獣に襲われたんですよね?」
「そういう事になってるね」
「その首謀者はヴェネッサ殿下?」
「と言われているが、証拠がないな。魔獣を使役する術も無いし、叔母上は兄二人に執着していたというが……」
「そのヴェネッサ殿下は、闇の精霊と契約していますよね?」
アンディ君もこの情報は知っているよね。
「なんだって?」
「確かに、ドライエックさんも言っていたね」
「ドライエック?」
「魔女工房に滞在している、魔族の方です」
「何!? 聞いていないぞ?」
「お忍びなので……」
「それでも、王宮に一報入れるべきだろうが!」
「あ〜すみません。その話は後ででも?」
「む、すまん」
クラウド殿下、偉そうだけど素直だ。
「で、ヴェネッサ殿下が契約している闇の精霊は、黒猫の姿をしています」
「確かに叔母上は、黒猫を飼っていたな……」
「私は、その黒猫が黒くて大きな獣に変化、いや変化するのを間近で見ました」
「──!」
「何!?」
「理由はわかりませんが、その闇の精霊を使って、その……」
私は言葉を濁して、アンディ君を見る。
「……ああ、ありがとうシンシア。あの時の僕は吹っ飛ばされて、その前後の記憶が曖昧だったんだが、なるほど、そうか──」
目を硬く瞑り、そして私を見るアンディ君。
何かを決心したような、男の顔をしている。
「両親の死因は突き止められそうだ」
◇
それから、三人で図書館の廊下を歩く。
「シンシア嬢は、アンドリューと一緒に住んでいるのか?」
「はい。魔女様の弟子ですので! 弟弟子として可愛がっております!!」
「そ、そうか。これからもよろしく頼む」
クラウド殿下は半笑いでそう言った。
何故?
「もちろんです!」
「いや、シンシア嬢は手強そうだな、アンドリュー!」
「クラウド殿下……」
そなことを話していると、ふと違和感に気づく。
人気がなく、影が濃い。
この旧資料室がある辺りは確かに、一般利用者が頻繁に来るような場所ではないけど……。
「殿下、アンディ君、なにか……」
おかしくないですか?
「ああ」
「二人とも静かに!」
アンディ君が私たちを守る様に立ちはだかる。
『ォオ──ン……』
廊下の奥で、獣の方向がする。
確実に何かがいる。
「……二人とも、走って!」
「くっ──!!」
「ひぃぃぃ!?」
私たちは一斉に全速力で走り出す。
確実に背後に気配がある。
大理石の廊下を駆ける爪の音と、獣の息遣いがする!?
走りながら後ろを見ると、巨大な黒い獣が今まさにアンディ君に襲いかかるところだった。
「アンディ君!」
私は、瞬時に〝光の帯〟でアンディ君の体を掴み、引き寄せる。
「シンシア!?」
「アンディ君は、殿下をお願い!!」
この三人の中で、一番死んではいけないのが第一王子であるクラウド殿下で、次が公爵家生まれで現在も侯爵家のご子息のアンディ君だ。
それなら、時間を稼ぐのは私の役目だろう。
「〝光の槍〟!!」
展開していた〝光の帯〟を、そのまま〝光の槍〟に変えて、黒い獣に応戦する。
しかし、黒い獣は光の槍に貫かれる瞬間、その姿を解いてやり過ごし、再び獣の姿を取るとその鋭い爪で襲いかかる。
「くっ!」
私はそれを防護壁で弾くが、一撃が重い!
後二、三発攻撃を受ければ、破られる!!
同時に、〝光の槍〟で応戦するが、手応えがない。
分析の特異魔法で、弱点でも探りたいところだが、そうなると視界の色が反転するので、逃げる時に不利になる。というか、緊迫した状態で三種類の魔法を同時に使うのは無理! 二種類までなら大丈夫だけど!!
後ろを見ると、クラウド殿下の姿が遠い。
ちゃんと逃げてくれたらしい。良かった!
あれ? アンディ君は?
「シンシアだけを置いて行く訳には、行かないからね!」
すぐ近くでアンディ君の声がした。
「アンディ君!?」
アンディ君は私を安心させるように笑うと、自分の影の中へと呼びかけた。
「ネロ、起きてるんだろう!? 力を貸せ!!」
アンディ君の呼びかけに、彼の影が揺らめき、その影が竜の姿を形作って獣に襲いかかる。
まるで、影絵の様な戦いだ。
黒い獣はそれを避けようとするが、竜の影は一瞬にして多数の影の剣の姿に変わり、黒い獣へと降り注ぐ。
『グギャッ!?』
『!』
黒い獣はダメージを負ったらしく、短い叫び声を上げる。
影の剣の豪雨が止むと、黒い獣は後ろに飛び退き、柱の影に逃げ込むとそれきり出てこなくなった。
「逃げた、か……」
「みたいだね〜」
私とアンディ君は、ほっとしてその場にへたり込んだ。
冷静になって考えると、私ってば戦闘向きではないのだ。それなのにあんな大それたことをするとは……。
しばらくそうしていると、クラウド殿下が騎士達を連れて戻ってきた。
そうして私とアンディ君は、事情を聞くために保護され、勝手に抜け出したクラウド殿下は大層怒られたらしい。
しかし、あの黒い獣の痕跡はなく、あれが何なのかは分からないままだった。
いや、多分あれは──。
◇
その後、ジョニーさんに迎えにきてもらい、魔女工房に無事帰宅。
お父様達にも連絡がいっており、後日、お説教が決定した。
師匠は怒ることはしなかったが、心配したのは師匠も同じということで、止めてくれる気はないらしい。
トホホだぜ!
ルイスさんは知らないオッサンと一緒に帰宅したらしい。
なぜか二人ともボロボロで。
一体何があったのか?
部屋に空きがないので、ルイスさんはオッサンと同室となった。
二人はお風呂に入って、ご飯食べてさっさと寝たらしい。
向こうも何か大変な事が起きっていたようだ。
つーか、そのオッサンは誰なんだよ……。
師匠は、にこやかに苦言を呈していた。
「うへ〜、ここまで家族に会うのが憂鬱なのは、初めてだ……」
「僕も似たようなものだよ。今度、スノーデイジー侯爵家に帰ったら、地獄の特訓が待っているって……」
と、アンディ君。
アンディ君の一番上のお兄さんは、騎士学校に通っており、脳筋気味でかなり強いとか。
「それは、御愁傷様?」
「なんで疑問系?」
「何となく?」
「何それ」
なんて二人で笑っていると、声をかけられる。
『……アンディ』
声の主はネロ。小さな翼で、パタパタと飛んでやってくる。
概念的な翼なので、大きさは関係ないらしい。
図書館から帰ってきてから、何か静かだったけど。
「ネロ?」
『あの黒い獣と戦って、思い出したことがある』
「何だって?」
『オレ様には、アンディに取り憑いた時の記憶は殆ど無かったが、その時の事を思い出した。オレ様がお前に取り憑いて初めて戦った相手はあの黒い獣だ。そして、お前の両親を殺したのはあの闇の精霊だ』
「──っ」
「それって……。というか、あの黒い獣は闇の精霊なの?」
やっぱりな、って感じだ。
『ああ、間違いない。精霊特有の気配もしたからな。あれだけ接近したら、間違えようもない』
「闇の精霊は、あんなふうに、人を襲うの?」
『いや? 闇の精霊は温厚でおとなしい。他の精霊ならブチギレるようなことをされても、やり返すより逃げることを選ぶ奴らだ。まあ。誰かに無理矢理命令されたとかなら別だけどな〜』
つまり、無理やり命令されていれば、殺ると。
「精霊って、頻繁に人間と契約したりするの?」
『最近では少ないんじゃないか?』
「なるほどね〜」
私はアンディ君を、盗み見る。
「……」
アンディ君は少し怖い顔で、じっと何かを考えているようだった。
まあ、これで確定したよね。
アンディ君のご両親を殺したのは、ヴェネッサ殿だって。
問題は、腐っても王族である彼女を、どう裁くかって事だ。




