61 本当の名前
「ヴェネッサ・へデラ・クリムソン。国王陛下の妹よ」
カーテシート共に名乗るヴェネッサ殿下に、周りにいた人々がざわついた。
勿論、良い意味ではない。
いきなり子供に絡んだ上に、騒ぎを起こしての自己紹介だ。
ヴェネッサ殿下がそういう人物ということが、印象付けられてしまった。
……まさか、わざとではないよね?
しかし、ヴェネッサ殿下は気にする様子は無い。というか全く全然、気にしていない!
「それでは、改めて言うわ。ワタクシと一緒に来なさい」
「な、なん──」
「お断りします。たとえ王族でも、正式な手続きや書類もなく、人を連れて行くことはできません」
と、アンディ君が私を庇うように、前に立つ。
頼もしい。ありがとう、アンディ君!!
「まあ、生意気ね。それも悪くはないけど、今は不要よ?」
その時、どこからともなく黒猫が現れて、私たちのいるテーブルの上に乗った。
琥珀色の瞳が、私達を見据える。
赤い首輪についている鈴がチリンと鳴った。
「私は、この国で最も高貴な女性なの。だから、何をしても許されるのよ!」
傲慢な言葉と共に、辺りの気配がざわついた。
違う。
パラソルの下の影が濃くなり、闇を作り出している。
それが、ざわめいている?
闇から、黒い手が伸びてくる。
狙いは──、私!!
「な!?」
手を黒い手に掴まれ、アンディ君の後ろから引き摺り出される。
「シンシア!!」
アンディ君に手を引かれ、抱きしめられる。
同時にアンディ君は、自分の影から黒い剣を取り出し、私の腕を引いている黒い手を切断する。
切断された黒い手は、力無く石畳の上に落ちて消える。
「あら? あなたも闇属性の魔法使い? でも弱々ね!」
黒猫の姿が化け猫のように変化し、襲いかかってくる。
「ぐっ──」
アンディ君が応戦するが、子供の体重では無理だ。
近くの席を巻き込みながら吹っ飛ばされる。
「アンディ君!!」
「だ、大丈夫……」
どうやら、ネロが影をクッションにしたことで、アンディ君に大きな怪我はなさそうだった。
「うーん。生意気な子を躾けるのもいいけど、今はあなたの方が欲しいわ!」
ヴェネッサ殿下が狂気を孕む目で、私を見る。
「──っ」
怖くて、身がすくむ。
「さあ、一緒に──」
「おや、この国の王族は随分と横暴なのですね?」
そこへかけられる声。
「あら? ワタクシを誰だと……、!?」
その声の主を見た途端、ヴェネッサ殿下は青ざめる。
「お久しぶり、と言ってもあなたは覚えてはいないでしょうが、一応言っておきます。お久しぶりですね、ヴェネッサ様」
「あ、あなたは──、ワタクシは知らないわ!!」
そう言って、ヴェネッサ殿下はマナーなんてかなぐり捨てて走り去る。
遠くで、従者らしき人と合流して何か言われていたので、勝手に単独行動をしていたのかもしれない。
「さて、大丈夫ですか、小さなレディ」
竦んでいた私に手を差し伸べたのは、褐色肌に銀の髪と青色の瞳を持つイケメン。
年齢は二十代くらいで、異国の上等な服を着ている。
ドライエックさんとは別系統な服だ。何となく、砂漠とかスパイスといった単語が脳裏を掠める。
「あ、ありがとうございます」
「向こうの彼も大丈夫そうかな?」
「あ、アンディ君!!」
慌てて、アンディ君位駆け寄る。
「大丈夫!?」
「へ、平気。シンシアは?」
そうは言うが、あちこちに擦り傷はある。
「アンデジ君が守ってくれていたから、平気だよぉ」
こんな子供にこんなことを知るなんて、なんて酷い人なんだ、ヴェネッサ殿下は!!
怒りで、涙が滲む。
「──! ごめん、シンシア」
「謝るなよー! 悪いのはあの人だろ──!!」
私は思わずアンディ君を抱きしめながら、泣いてしまった。
「──っ!?」
アンディ君も何も言わずにされるがままだった。
そのうち、お父様たちが駆けつけ、私たちは魔女工房へ直帰。
私を助けてくれた、異国の褐色イケメンお兄さんはいつの間にか、いなくなっていた。
安全な場所とはいえ、子供二人を放置したドライエックさんとお父様は、師匠とエリカさんに叱られていた。
◇
魔女工房に戻ってくると、二人とも使用に身体の状態を確認された。
特に大きな怪我もなく、アンデイ君の擦り傷もすぐに治してもらった。
お父様は、応急に抗議文を出すらしい。
迎え位にきたエリカさんも、ヤッタレって感じだ。
なんでも、ヴェネッサ殿下は問題のある方らしく、普段は王宮の敷地内にある別邸に隔離されているが、隙をついては抜け出しているらしい。
警備どうなってるの!? って感じだが、前国王、つまりはヴェネッサ殿下のお父上が彼女を溺愛しているのと、キツく締めすぎると、それはそれで色々と問題があって、難しいとか。
他国に嫁いでいたが、数年前に戻ってきたらしいが、それについては詳しい説明はない。
謎が多いな。
だた、最近、王妃殿下が体調不良を理由に子供達と一緒に地方の離宮に引っ込んだのも、彼女が原因と言われている。
小姑問題かな?
「とにかく、私はあの人嫌いです! アンディ君に酷い事してぇ!!」
そう言って私は、またアンディ君に抱きつく。
「わ!?」
私の可愛い弟弟子に、酷いことを〜!!
そして、そのサラサラな髪をワシャワシャと撫でまくる。
最近、ロイにめちゃくちゃ喜ばれる、可愛がり方だ。
「わっわっ! シンシア、や、やめ……」
アンディ君は真っ赤になっているが、それがまた可愛い。
弟弟子と実の弟を一緒にするなって?
今私の中にはお姉さん嵐が吹き荒れているので、仕方がないのだ。
「シンシア、そろそろアンディ君を、離してやりなさい……」
と、お父様。
「え?」
ふと我に返ってアンディ君を見ると、真っ赤になって鼻血を出している。
「わー、アンディ君、ごめん〜」
でも、何故鼻血!? 無意識に手が当たっちゃった!?
◇
気を取り直して、緊急会議再開。
場所は魔女工房一家の応接室だ。ついでにお茶会も開催。
「いやー、あの方凄かったですね〜。あの黒猫もヤバかったですし」
ついさっきまで自室でお土産の仕分けをしていたドライエックさんが、戻ってきた。
どうやら、滞在先をホテルから魔女工房に変更したらしい。
ちなみに、従業員用の部屋は四部屋あり、お父様が出た為、二部屋空いている。
師匠はちゃんと宿泊費は取ると言っていた。
部屋数は、空間魔法で増やせるんだとか。魔女って凄い!
なお、会議のメンバーは、私とアンディ君、師匠にジョニーさん。
ネロはアンディ君の頭に覆い被さって寝ている。そういう帽子みたい。
お父様は、早速抗議文の準備をすると言って、エリカさんと一緒に帰って行った。
「あの黒猫? は何だったんですか?」
私は、ドライエックさんの言葉で、あの不思議な黒猫のことを思い出した。
化け物に変わったりと、変な猫だった。
「おそらく闇の精霊でしょうね。あの女性と契約しているみたいでした。実に哀れだ」
「精霊って、魔力を管理している?」
それがこの世界の仕組みの一つだ。
「そうです。昔は、精霊と仲の良い国もあったそうですけどね〜。その国では精霊と契約するのが、ステータスだったみたいですよ? 色々あってもう国自体が無くなっってしまいましたが」
何があったんだ、その国……。
「まあ、その国での出来事もあって、精霊はますます人と必要以上に関わらなくなったのです。今では精霊と契約する人は稀になりましたね〜」
「なるほど〜。ありがとうございます」
それって、ヴェネッサ殿下は強いって事?
ふとアンディ君を見ると、真剣な目で何かを考えているようだった。
そして、意を決したように顔を上げました。
「皆さん。聞いて欲しいことがあります」
「アンディ君?」
「あの人、ヴェネッサ殿下は、僕の両親の仇なんです。まだ、証拠は揃ってはいないのですが……」
「ええ?」
それって、かなりヤバイ案件じゃない!?
『ファ〜ア、アンディ、バラすのか?』
「ネロ! あんた、寝たふりしてた?」
『うつらうつら、してただけです〜』
「え〜と、続けていい?」
「あ、ごめん、アンディ君!」
「僕の本当の名前は、アンドリュー・マグノリア。マグノリア公爵家の、生き残りです」
「マグノリア公爵といえば……」
確か、亡くなった公爵家!
「へえ、その話」
その時、男の声が響いた。
「オレにも、聞かせてくれませんかねぇ?」
異世界探偵、ルイス・タンジーがそこにいた。
ドライエック「アゲートさんも少し前に、シンシア嬢とアンディ君とネロ君だけで、仕事させてましたよね?」
アゲートの魔女「アタシはフワフワゴーレムで常に監視してたから、ノーカンよ〜」




