57 魔族のお客様
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治医療総合院でのお仕事から数日後、魔女工房に珍しいお客様が来た。
「ドライエックと申します。魔族です! よろしく〜」
そう名乗った魔族さんは、イエーイとピースサインをする。
黒くて長い髪を持つドオライエックさんは、ほとんど人間と大差ない姿だ。
しかし、頭に生えている二本の角は、明らかに彼が人間ではないことを示している。
ちなみに、瞳は線目なので、見えない。
エスニックな服装を着ており、耳には三角の大きなピアスをしている。
名前からは判断できないが、声の感じと体格から男性らしい。
年齢は二十代半ばから三十代くらいに見えるが、魔族は長寿らしいので見た目通りの年齢ではないのかもしれない。
私とアンディ君は、師匠に呼ばれて一階の事務所の隣にある応接室に集まった。
ネロはアンディ君の頭の上で寝ている。
「いらっしゃいませ。シンシア・カプセラと申します」
ご挨拶のカーテシー。
「アンデイ・スノーデイジーです」
アンディ君は紳士の礼を。
「それで、えーと、師匠のお客様?」
「いいえ。アンディ君の、よ〜」
「僕、ですか?」
いきなり指名されたアンディ君は驚いている。
どうやら、アンディ君も寝耳に水だったようだ
「そうよ〜。色々調節してたから、大変だったわ〜。彼、お忍びで来てるから、王宮には申請してないの〜。だから王様達には内緒ね〜」
ああ、治医療総合院でのお仕事最終日、師匠が来れなかったのはこれが原因か。
ちなみに、ドライエックさんは、普通の人間の旅行者ということになっているらしい。頭の角は隠せるんだとか。
それって、バレたら厄介なことになるよね?
「それでどういった、ご用でしょうか?」
と、アンディ君。
「邪神竜ネロ、あるいは暗黒魔剣ネロをご存知ですよね?」
「え?」
アンディ君は、膝の上でヘソ天状態で寝ているネロを強く抱きしめた。
なんか、すっごい中二病な単語が出たけれど、大丈夫か?
『んあ?』
その影響で、目を覚ますネロ。
波乱の予感……!?
「知っているというか……」
邪神竜とか、暗黒なんとかは知らないけど、ネロと言ったら、ねぇ……?
『ふぁ〜あ。何?』
猫みたいな伸びをすると、ネロは周りを見渡した。
「まさか、ここまで自我を取り戻しているとは──!」
ドライエックさんは細い目をかっ開いて、驚いて……、いや、感動している?
あ、瞳の色は金色だ。
『何だよおっさん。誰だよ?』
「生意気なのも、良き! さすが、最年少の神竜!!」
「ネロ、失礼な言い方は──」
「ああ、お気になさらず。元気なのは良い事です」
「は、はあ……」
一咳してから、ドライエックさんが続ける。
「皆さん、こういった昔話をご存知ですか? 昔々、ある国に白銀の竜がいました──」
ドライエックさんの説明。
昔々、とある国に白銀の体に蒼の瞳を持つ美しい竜がいた。
彼は人間を好きになり、彼等に寄り添って生きていたが、良くない考えを持つ者達に騙されて殺され、その体は武器と防具に加工された。
そしてその魂は魔力を得るため(諸説あり)に、剣に封じられる。
人間に裏切られた竜は彼らを恨み、呪いを振り撒くようになって、その国を滅ぼした。
白銀の武器や防具は黒く染まり、装備すれば膨大な力を得る代わりに必ず命を落とすという呪いを付与した。
それでも、人々にとっては魅力的な武器なので、竜から作られた武器や防具は世界に散らばって、戦などで多くの犠牲を出した。
自体を重く見た魔族国は、それらを集めて呪いが薄まるまで保管する事にした──。
というお話。
「その魂が宿った魔剣がアンディ君に取り憑いているこのネロなのです。そして、小生はその武器達を集めて、呪いが薄まるまで保管する予定だった、その魔族です!」
「はあ……」
物語自体は知ってる、かも?
弟のロイに読んであげた絵本に、そんなお話があったかも知れない。
でも騎士と竜の昔話ってメチャクチャ種類あるから、他の話とごっちゃになってるかもしれない。
でもなんで、昔話にドライエックさんが出てくるんだろう?
え? それくらいの年齢ってこと?
まさかね……。
「な、なるほど……」
再度、ネロに視線が集まる。
ネロは暇そうに後ろ足で体を掻いている。
本当、猫みたい。
『ん? 話終わった?』
「いや、今、最高潮だ」
と、アンディ君。
「それで、その、ネロの武器を集めていたドライエッグさんが、一体どういったご用なんですか?」
「まさかネロを、回収しに!?」
「いえいえ、違います。様子を見にきたのと、ご提案と、あと観光です。八割くらいは観光が目的です」
「ほぼ観光に来てる!!」
「いや〜、久しぶりにネロ君の武器を手入れをしようと保管庫に行きますと、あらビックリ。ネロ君の呪いが綺麗さっぱり無くなっていたんです!
それで、アゲートさんに連絡を取ると、なんと本体である魔剣ネロの呪いが無効化されて、宿主と仲良く過ごしているというではないですか!」
「はあ」
それって、私が魔剣を直した影響だよね? それから三年経ってるけど、今更〜?
「それじゃあ安心だね〜、いずれ様子を見にいかないとな〜、とか思っていたら、あっという間に三年経ってしまって……。それでこのたび、クリムソン王国まで来た次第です☆」
「様子を見に行こうと思い立ってから、時間経ち過ぎじゃないですか?」
「いや〜、魔族は寿命が長いので、その辺おおらかと言いますか〜。むしろ、十年以内に顔を出しただけ、できた方だと思ってください〜」
「そ、そうですか……」
それ、おおらかって言っていいの?
「それで、提案というのは?」
「アンディ君。他のネロの武器と防具、いらない?」
「え?」
「保管庫もさ、面積が限られているじゃない? それなのに呪いの無くなった物を置いておくと、他の呪物が保管できないじゃない? だから、良かったら引き取ってくれないかな〜と思って?」
「……」
何だか、物凄い申し出をされているんだが。
「まあ、引き取ってもらうには、魔族国に直接取りに来てもらわないと、いけないんですけどね〜。
転送魔法を使うと、国同士のやり取りになるし、人を使って送ると盗難の危険があるから、色々、面倒なんですよね〜。
だからアンディ君には冒険者にでもなってもらって、何かの報酬という事にして渡すのが、一番良いんですが……」
「そ、それは……」
戸惑うアンディ君。
「もちろん今のままでは、ネロシリーズを使いこなせないでしょうから、修行をつけてもらえるように手配することも可能ですよ?」
「その場合は、ジョニーがつきそうから、安心してね〜」
と師匠。
でもそれって、つまり……。
「アンディ君は、しばらくの間、魔族国に行くってことですか?」
「そうなるね〜」
それは、離れ離れになるってこと?
あれ? 何でだろう。なんか、嫌、かも?
なんで?
「まあ、直ぐには決められないでしょうから、じっくり考えてください。小生、しばらくはこの国に滞在します故。主に観光をしています。
あ、何かあればこちらに連絡を。それでは!!」
そう言って、ドライエックさんは魔術メールのアドレスが書かれた名刺を残して、とっとと去ってしまった。
ルンルンで。
本気で、観光する気、満々だ!?
「……」
アンディ君を見ると、じっとドライエックさんの名刺を見ている。
強くなれるって、男の子にとって魅力的なことだよね。やっぱり、アンディ君も強くなりたいのかな?
「アンディ君、ドライエッグは当分この国にいるから、じっくり考えて大丈夫よ〜」
「そうだ。アンディの思うようにしなさい。だが、魔族国に行くことも、良い経験にはなると思う。しっかりと考えるといい」
と、師匠とジョニーさん。
「そう、ですね。考えてみます」
そう、決めるのはアンディ君だ。
私が行かないでなんて、言えるはずがない。
あれ? 私はなんで、アンディ君に行って欲しくないんだろう?
弟弟子がいなくなって寂しい?
謎だ。
 




