55 忌々しい者達 コニーリアスside
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コニーリアスは、不快な気配に顔を顰めた。
「どうしました? コニーリアス殿?」
人好きそうな見た目のロクワット院長は、不意に足を止めたコニーリアスを不思議そうに振り返る。
「……魔女の気配がしますね」
「え? ああ、そうです。専属の修理師が怪我をしましてね。そんな時にスプリンクラーの配線に不具合が出てしまって。近々、監査もありますし、修理とメンテナンスをお願いしたんです」
一瞬、怪訝な顔をしたロクワット院長は、すぐに笑顔に戻り事情を説明する。
「そうですか……」
「魔女様とそのお弟子さんはとても良い仕事をしてくれています。今日は治療棟の消火水箱のメンテナンスをしてくれていますので、待っていれば会えますよ?」
「いえ、予定がありますので、結構です」
「そうですか」
コニーリアスはロクワット院長の申し出をやんわりと断った。
全ての仕事を終えて最後にここにきているので、予定があるというのは方便だ。
しかし、たとえ相手の爵位が自分よりも下であろうと、お得意様に媚を売るのも大切な仕事である。
二人は院長室のソファーに、向かい合って座る。
侍女──正確にはロクワット院長の秘書だが──が、紅茶を淹れ、二人の前に置いて下がった。
「いや、コニーリアス殿のが開発している、義手義足のおかげで、多くの人々が助かっています。これからもよろしくお願いします」
「助けになっているようで、良かったです。もちろん、これからも良い関係を築いて行きたいと思っていますよ」
コニーリアスの家は、医療器具の大商会を経営している。
その中には、ゴーレムの技術を応用した、義手義足も含まれている。
治療師がいれば、失った手足などの体の一部を再生することもできるが、欠損部の再生ができる治療師はごく僅かだ。
あるいは、切断された部分の状態が良ければ治せる治療師もいるが、魔獣に襲われて回収できない、あるいは状態が悪いと、完全に再生する事はできない。
もしくは再生できても障害が残ってしまう。それよりは、義手義足をつけた方が良い。
このため、この国では特に平民や裕福ではない貴族などが欠損レベルの怪我をした時は義手義足をつけるのが一般的だ。これは国から補助金が出ることも大きい。
義手義足は本人の魔力と接続することにより、自分の手足のように自在に使うことができるので、生活に支障は出なくなる。
最近は生体と変わらない義手義足も増えてきた為、コニーリアスの商会の需要も大きくなっているのだ。
なぜこの国がここまで人を生かそうとするのかといえば、大昔、戦などで人口が大いに減り、国の存続が危ぶまれた事があった為だ。
以降、義手義足の研究が他の技術同様に進められ、発展したのだった。
「コニーリアス!」
その時、一人の少女が転移してきた。
白い髪にピンクのグラデーションがかかった不思議な髪色と、黒い目の少女だ。
「ルーナ!?」
「お姫様が来て、暴れているの。対応して」
「またですか……」
コニーリアス・スターアイズ公爵は、ため息をついて席を立つ。
「ロクワット院長、申し訳ありません。急な来客の様です。この埋め合わせは、いずれ、また」
「は、はい。お気になさらず……」
コニーリアスは、ルーナと共にスターアイズ公爵家のタウンハウスへと転移した。
◇
「遅いわね、コニーリアス。ワタクシを待たせるなんて、とてもいい度胸ですわ」
スターアイズ公爵家のタウンハウス。その豪奢な応接室に、我が物顔でのさばっているのはこの国で最も高貴な女性。
「ヴェネッサ殿下、来る時は先触れをお願いします、と、いつも言っていますでしょう? そうでないと、今日みたいに仕事で私が対応ができなくなります」
「そんな事をしたら、お兄様にバレてしまうわ。変な勘違いをされたらどうしますの?」
ヴェネッサは奥義で口元を隠しつつ、コニーリアスを睨む。
その後ろでは彼女専属の執事が、申し訳なさそうに頭を下げている。
コニーリアスが彼女の監視の為に付けた、彼の息がかかっている者だ。
専属執事である彼は、ヴェネッサを止める事ができず、その結果、お忍びでこの姫はここにいるのだ。
交通手段はおそらく転移、あるいは彼女の契約している精霊の能力か。
前者なら、彼にさまざまな魔法や魔術を叩き込んだ事が裏目に出た事になる。
コニーリアスは、苛立ちを押し込めるために息を吐く。
「……それで? どういったご用件で?」
顔には、営業スマイル。
もちろん、ヴェネッサは彼の心境など知らないし、興味もない。
「買い物に行きたいの。準備して頂戴」
「……誰のお金で?」
「ワタクシが、どれだけ貴方に協力してきたと思っているの?」
コニーリアスが記憶している限りでは、彼女の協力があったのは彼女の専属執事を死を偽装し、彼を回収した時ぐらいで、それ以外はむしろコニーリアスが彼女の尻拭いをしている。
果たして、この執事を助けた事に意味はあったのかと、頭を抱えたくなった。
「……なるほど〜? では準備を」
尤も、それ懇切丁寧にを説明したところで癇癪を起こして話にならなくなるので、無駄だろう。
彼女はそういう人間だ。
昔はそれなりに表面上は取り繕えていたのだが、嫁ぎ先から戻ってきてからはそれもできなくなっていた。
それが原因かは不明だが、現在彼女は王宮の敷地内にある別邸で、ほぼ幽閉されて生活している様だった。尤も、それも精霊が力を貸しているせいで、あまり意味をなしてはいないが、それを知る者は殆どいない。
コニーリアスは絶対零度の笑顔のまま、ヴェネッサに従った。
当のヴェネッサはコニーリアスの心情など気にせず、久しぶりに買い物に行ける事をただ喜んでいた。
◇
「申し訳ありません、閣下」
ヴェネッサは準備の為、侍女に連れて行かれた。
その間に彼女の専属執事デックスは、直属の上司であるコニーリアスに頭を下げる。
「いいえ、デックス。貴方のせいではありません。アレを止めるのは貴方では無理でしょう。貴方はこのまま、彼女の面倒を見ていてください」
「は、はい……」
デックスは胸を撫で下ろす。
コニーリアスは理知的な性格だが、いらないと判断されれば、なんの躊躇もなく切り捨てる冷酷な人物でもある。
どうやらデックスには、まだ使い道があるらしい。
「しかし彼女は、そろそろ捨て時かもしれませんね。腐っても王族なので、何かの役に立つかと思い援助を申し出ましたが、まさかあれほどとは……。全く、能力と精霊の持ち腐れですね。……ルーナ、どうです?」
コニーリアスは、専属魔法使いのルーナを見る。
「いらないわ、あんな瑕疵物件。彼もすごく拒否している」
コニーリアスには妻がいない。
しかし、息子として引き取った年の離れた弟は病弱で、貴族としての教育もままならず、彼の代わりはできない。
跡取りにするために養子として迎え入れた子供は、まだ躾の最中。
そうなると次に権力があり、常に邸宅にいるルーナが対応せざる負えなくなる。
その結果、ルーナはヴェネッサの事がかなり嫌いになった様だ。
「あなた達にそこまで言われるとは……」
コニーリアスは苦笑する。
「私達にも、選ぶ権利はあるわ。あんなの、死の淵に瀕していても選ばない」
ルーナの言い分を冷めた目で見つつ、デックスに向き直る。
「というわけでデックス、彼女は不要になりました。貴方は最後まで彼女を監視していてください。つまりはこれまで通りでいいです」
「……はい、畏まりました」
デックスは内心、冷や汗を流す。
そしてコニーリアスの冷徹さが、自分に向かなくて良かったと安堵した。
「あら、いいのね? 彼女、精霊とも契約しているのに」
「ですが、その精霊もそろそろ限界でしょう。自暴自棄になる前に自壊して欲しいものです」
「そう都合よく行くはずがないわ。コニーリアス、貴方が手を下せばいいじゃない。私達はもう関わりたくないから、何もしないわ」
「ようやく計画が軌道に乗ってきましたからね。それは避けたいのですが……。
まあ、彼女を恨む人物は多いですから、何もしなくてもその内、自滅するでしょうね」
(今回は、現国王に、協力した方が良いでしょうね……)
コニーリアスはその様を、傍観する事に決めた。
「コニーリアス、準備ができたわ! さっさと行きますわよ!!」
「……」
その後、コニーリアス達はヴェネッサの散財に付き合い、とても不快な時間を過ごした。
(今日は魔女に姫と、忌々しいモノに出逢いますねぇ。厄日というやつかもしれません)
そして、コニーリアスは当分の間、大人しくしている事に決めた。




