51 交流会①
◆
そうして、あっという間に交流会の日になった。
音花火が上がり、朝からなんとなく周りの空気がソワソワしている感じがする。
これはあれだ。前世の小学校の時の、運動会の朝に似ている。
この一ヶ月は大変だった。
アンディ君もシャノンも、マナーは完璧。
社交会の知識も豊富。
私一人だけが戸惑っていた。
なんとか、及第点はもらえたけど、ギリギリだったな……。
こういう時に、前世の知識はあまり役に立たないのだった。
「むぅ〜」
「ロイどうしたの?」
「……」
ところで何故か、昨日からロイの機嫌が悪い。
ずーっと私から離れなくなった。
特にアンディ君に対しての当たりが強い。
「ロイ〜、向こうでお父様とおやつ食べようね〜」
「や〜、しんしぇあ〜! あ〜」
『え? オレ様も!? あ〜』
お父様が気を利かせて連れて行ってくれた。
ロイの手には唾液まみれのネロが抱きしめられていたが、そのまま一緒に連れて行かれてしまった。
ネロは犠牲になったのだ……。
「ごめんね、アンディ君」
「い、いや、大丈夫……」
そうは言っても流石にショックみたい。
しかしロイは、なんでアンディ君を邪険にするんだろう?
ネロのことは気に入ってるみたいだから、魔剣に取り憑かれてるのが原因ではない筈だけど。
シャノンに対しては、お父様とエリカさんとそう変わらない。
謎だ。
さて、私とアンディ君は、準備の為に前日からカプセラ伯爵家のタウンハウスに泊まっている。
交流会は午後からなので、それに向けて準備をしなければならない。
「今回の交流会は、二番目の兄のドウェインも参加予定です。後ほど馬車で迎えに来ます」
と、アンディ君。
アンディ君の義理の兄の一人であるドウェイン様は、十二歳で一応参加資格はあるそうだ。
十歳の時にも参加しているが、交流会は毎年参加してもいいそうなので、特に問題はないらしい。
送り迎えの馬車は、アンディ君の家が手配してくれる。
ああ、弟や妹の付き添いの為に、資格がある内は毎年参加オッケーなのか。
「へ〜、ご挨拶しないとね〜。アンディ君のお兄さんなら、私のお兄様みたいな物だし!」
弟弟子のお兄さんだからね!
「え!? う、うん。そうだね」
アンディ君は少し顔を赤くして、うなづく。
「どうしたの? 熱ある?」
子供って、遠足とかのイベント前に熱出すことあるよね?
前世の同僚のママさんが、よく愚痴ってたのを思い出す。
「わっ!?」
思わすアンディ君の額に触れると、思いっきり身を引かれた。
「あ、いや、ごめん! 驚いて!!」
「う、うん、私もいきなりは良くなかった!!」
そりゃ、いきなり額に触られたら、誰だってびっくりする。
アンディ君もびっくりしたのが恥ずかしかったらしく、赤くなっている。
私も自分の無作法に顔が赤くなるのを感じる。
「わ〜なんか空気が甘ったるいな〜」
「そうね。今日のおやつは甘くないものにしましょうか。ジンジャークッキーとかいかが?」
「チーズクッキーとか? それとも、クラッカーにチーズでも乗せます?」
「いいわね〜」
『それ、うまいの?』
いつの間にか、ロイから逃れたネロが戻って来ていた。
ロイの唾液でドロドロだった。
そんなわけで各々準備をし、交流会に挑むことになった。
◇
そうしてそれぞれの準備も終わり、出発の時間になる。
「初めまして。アンディの二番目の兄、ドウェイン・スノーデイジーです」
迎えに来た馬車から現れたのは、茶色の髪に青い瞳の細身の美少年だった。
メガネをかけているので、知的な雰囲気もある。
スノーデイジー公爵家は騎士の家系らしいので、少しイメージと違うかもしれない。
あと名前のイメージ的に、もっとムキムキの人を想像していた。なんとなく。
「兄上、ありがとうございます」
と、アンディ君。
「シャノン・レオパルドプランタでございます。本日はよろしくお願いいたします」
「あ、シンシア・カプセラです。よろしくお願いします!」
シャノンを見習い、慌ててカーテシー。
相手は令息とはいえ侯爵家だ。失礼は良くない!
「こちらこそ、よろしくお願いします。それでは参りましょう」
シャノンはドウェイン様に、私はアンディ君にエスコートされて馬車へ乗り込んだ。
「本日の交流会には、第一王子クライド・アンモビウム・クリムソン殿下も参加します──」
ドウェイン様は、交流会の流れについて軽く説明してくれた。
交流会は王妃殿下と、第一王子殿下の挨拶から始まる。
その後、爵位の高い順、つまりは公爵家から順にお二人にご挨拶。
その後は各々で軽食を取りつつ交流、といった感じ。
ちなみに、クラウド殿下は第一王子ではあるが、まだ王太子ではない。
もう決定はしているが、立太子の儀は十六歳の成人の儀と共に行われるので、それまでは第一王子のままらしい。
……やっぱり、過去の歴史で何かあったのだろうか?
「私達の爵位は違いますが、そのちょうど真ん中辺りに並んでいれば、一緒にご挨拶できるでしょう」
ドウェイン様の提案で、ちょっとホッとした私とシャノンだった。
◇
王宮に着くと、既に多くの馬車で混雑していた。
こういった場所でも家格が高いほど優先されるので、爵位が低いほど早めにくると長く待つことになる。
王宮的には来た順で良いじゃんって感じらしいが、古くからの慣習はそう簡単には変えられないらしい。
まあ、私たちはスノーデイジー侯爵家の馬車できたので、比較的早く降りることができたけど。
そして、さっさと受付を済ませて会場に入った。
馬車は終わった頃にまた迎えに来てくれるそうだ。
会場には既に多くの貴族の令息令嬢がいた。
普通の社交界なら、ここで知り合いや繋がりを持ちたい相手に挨拶するのが一般的だが、今回は子供同士の集まりなので、そこまで気にしないでいいとの事。
そもそも、私の知り合いはアンディ君とシャノンだけだ。
他に知り合いなどいないのだった。
「開始時間まで時間があるから、公爵家について説明しておくね」
と、ドウェイン様。
今回、私達と同年代で交流会に参加している公爵家の子供は、三人いるらしい。
一人目は、キャメロン・ナイトスラーリリー公爵令嬢。
金髪エメラルドの瞳で縦ロールの気の強そうな美少女で、クラウド殿下の婚約者候補の一人。
家は武力方面に顔が広く、父上は総帥らしい。
騎士家系だが、聖女を輩出したこともある家。
二人目はジョハンナ・バーベナ公爵令嬢。
青い髪にワインレッドの瞳の落ち着いた雰囲気の美少女で、キャメロン嬢とは正反対の印象を受ける。
女系の一族で、彼女の母が家を継いで女公爵をしている。また、魔法省のトップでもあり、魔法使いを多く輩出している一族らしい。こちらも、クラウド殿下の婚約者候補。
三人目はメレディス・ホーロロギウムヘルバ公爵令息。
銀髪に琥珀色の瞳の儚げな美少年。
父上は神殿の枢機卿。
妹がいで、聖女として凄まじい才能があるので、家での肩身が狭いらしい。
この三人は、同じ歳ということもあり、幼馴染でもあるという。
あと、第一王子も。
「とりあえず、この三人に目をつけられなければ大丈夫だよ」
「は、はい!」
こういう話を聞くと社交界、貴族社会って感じがする。
前世市民の私には少々、荷が重い……。
ちなみに、この国には公爵家が六家あるらしい。
残りはチランジア公爵家、スターアイズ公爵家、マグノリア公爵家だ。
チランジア公爵家やスターアイズ公爵家にも同年代の子供はいるらしけど、チランジア公爵家は過去にすでに参加してる為、今回は不参加。
スターアイズ公爵家の子供は体が弱いとのことで、三年連続で不参加らしい。
マグノリア公爵家は、不幸な事故で一家全員亡くなってしまった為、その地位と財産と領地は現在、国が預かっている状態だとか。
なので、元々六家あった公爵家は、現在五家しかないそうだ。
「……」
ドウェイン様の説明の最中、アンディ君はやけに静かだったのが気になったが、交流会が始まったので、すぐに忘れてしまった。
王妃殿下と第一王子のクラウド殿下が会場に現れ、大きな歓声に包まれる。
確か、王妃殿下はチランジア前公爵の娘さんだったはずだ。
王妃殿下は、銀髪と若草色の瞳が印象的な聡明そうな美人、といた感じだ。
クラウド殿下は、金髪に紫色の瞳をした美少年。
王子様らしい王子様といったところ。
金髪と紫系の瞳は、王族の血が入っている証と昔は言われていたそうだ。
今は、魔力の質などから血縁関係を割り出せるので、その限りではなくなったらしいけど。
二人の挨拶の後、参加者達はご挨拶のために長い列を作る。
と言っても、一言二言で解放されるので待ち時間はそんなに長くはなさそう。
そうして私達の番になる。
侯爵家と伯爵家の境辺りに並んでいたので、先にドウェイン様とアンディ君が挨拶をする。
「王妃殿下、クラウド殿下。お目に書かれて光栄です。スノーデイジー侯爵家が次男、ドウェインと申します」
「同じく、スノーデイジー侯爵家三男、アンディでございます。本日はお会いできて光栄です」
そう言って二人は紳士の礼をとる。
「面を上げよ。そなたらの忠誠、しかと受け取った」
受け答えはクラウド殿下がしている。
それで終わりかと思ったが、クラウド殿下がもう一言付け加えようとする。
「其方は──」
その言葉はアンディ君に向けられているようだった。
「ご挨拶ありがとうございます」
そこへ王妃様が気を聞かせて言葉をかける。
なので、クラウド殿下が何を言いたかったのかは不明だ。
アンディ君達は「失礼します」と一例して私達の番になった。
「レオパルドプランタ伯爵家が長女、シャノンでございます。お招き頂きましてありがとうございます」
「カプセラ伯爵家が長女、シンシアでございます。お会いできて光栄でございます」
「よくぞ参られた。そなたらの活躍、常々耳にしておる。これからも励むと良い」
これでご挨拶終了。
ちなみに、クラウド殿下の言葉は「そなたらの(家の)活躍」という意味だ。
まだ十歳だというのに、しっかりと勉強しているらしい。
この国の未来は、安泰かもしれないな!
無事に挨拶も終わり、アンディ君達と合流。
特にやることも無くなったので、あとは軽食やスイーツを楽しむことにした。
緊張が無くなって、少しお腹が空いたかも。
いつの間にか、ネロもアンディ君の影から出てきていた。
王宮で作ったらしいお菓子の数々はどれも美味しかった。
ネロはバクバク食べられないのが不服そうだったが、我慢してくれていた。
下手に目立つのは良くないとわかっているらしい。
あと、ネロは王族はあまり好きではないらしく、目ぼしいお菓子をパパッと食べると、さっさとアンディ君の影の中に隠れてしまった。
他の参加者も皆、挨拶が終わったらしく和気藹々とした雰囲気に包まれている。
まあ、一部の令嬢達は、クラウド殿下に群がっているが。
クラウド殿下も嫌な顔をしないで相手をしているので、取り繕うのは上手いらしい。
それを横目に見ていると、一際甲高い声が上がった。
「あなた、失礼ですわよ!!」
「確かに今の行動は、見過ごせません……」
なんだなんだと顔を向ければ、その渦中にいたのはローズピンクの髪色の女の子──、私の異父姉のポーラだった。
そこで、私にも血の繋がった姉がいた事を思い出す。
というか、この世界が前世で読んだ『リザンテラ〜土に中に咲く花〜』というウェブ漫画の世界と似ており、異父姉のポーラがヒロインだった事を思い出した。
尤も、一緒に暮らしていた時も実母に交流を禁じられていたから、彼女の為人はいまだにさっぱりわからないんだが。
薄紅色のフワフワなドレスに身を包んだポーラは、先ほどドウェイン様に注意しろと言われた、公爵令嬢のキャメロン嬢とジョハンナ嬢の二人と対峙している。
それを困ったように見守る、メレディス公爵令息とクラウド殿下。
どうやらポーラが、格上の誰かに何か失礼な事をしたらしい。
そこで誠心誠意謝れば良いのに、ポーラはきょとんとしたまま動かない。
それがご令嬢二人の怒りに、ますます火をつけてしまう。
あれは自分が何をしたか理解していない顔だ……。
悪気が全くない。
でも周りがあそこまで怒っているという事は、かなり失礼な何かをやらかしたのだろう。
元お母様は、一体どういう教育をしているのだ?
結局ポーラは謝罪をしないまま、侍女さん達にどこかに連れて行かれ、その後、交流会に戻ってくることはなかった。
一体何をしたんだポーラ……。




