50 シャノンが来た!
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交流会の話が出た日から五日後、シャノンが来た。
「久しぶりね、シンシア・カプセラ!」
「いらっしゃい、シャノン・レオパルドプランタ!」
そうしてしばらく見つめあった後、私たちはガッチリと握手をした。
お父様とエリカさんが、相変わらずだな〜って雰囲気で見ている。
弟のロイは不思議そうにしている。
シャノンは私の従姉妹で、お父様の兄のローマン伯父様の娘だ。
我が一族特有の、ミルクティー色の髪に、彼女のお母様であるマイナさん譲りの緑の瞳を持つ女の子だ。
年齢は私やアンディ君と同じ十歳。
顔立ちは従姉妹なので私とも似ているが、シャノンの方がキリッとしている。
多分、性格も彼女の方がしっかりしている
この度、交流会に参加する為、単身王都にやってきたのだ。
まあ、専属の侍女さん達も一緒だけど。
初めて彼女に会ったのは、五年前。
私のお父様を、前妻のヘザーから助けるために奔走していた頃。
師匠と、まだお父様と結婚する前のエリカさんと共に、当時のレオパルドプランタ子爵領に行って、魔獣の水ナメクジを他退治したり(師匠が)、記憶水晶の鉱山を造ったり(師匠とエリカさんが)したのだが、山で転んでドレスを汚したので、その時にシャノンのドレスを借りたことが始まりだ。
当時は会話はなかったけど、以降お礼などの手紙のやり取りをし、お父様との生活が落ち着いてきた頃には、年に一回くらいは里帰りについて行った。その時によく遊んだのだ。
あの頃は、訳あって男装っぽい格好をしていたエリカさんも、今では普通にドレスを着ている淑女だ。
ロイを出産以降、なんとも言えない色気が漂っているのは気のせいではないだろう。お父様のお陰かも?
さて、交流会まで約一ヶ月。
それまでにドレスを用意し、礼儀作法の復習、当日の注意事項などを一緒に学んだりする予定だ。
なんでも、当日は主催者の王妃様に直接、ご挨拶をしなければいけないらしい。
ヒェ〜、緊張する〜。
でも、夜会とかお茶会とか参加する様になったら、主催者への挨拶は必死だから今から慣れておいた方がいいのか。
期間中シャノンは、カプセラ伯爵家のタウンハウスに滞在する。
その間は、私もなるべくタウンハウスに行くつもりだ。
だってシャノンに会えるのは、かなり難しい。
というのも、シャノンは基本的に領地から出てこない。理由は勉強と領地の手伝いが忙しいから。なので、こちらから出向かないと基本的には会えないのだ。
正直、夜会とかお茶会とか面倒くさいと言っていたし。
まあ、気持ちはわかる。
誰だって、やりたいことだけやっていたいし、面倒な社交やらなんやらなんて、やりたくもない。
頻繁に帰る事になるので、アンディ君には申し訳ないと送り迎えは断ったが、タイミングが合えば養父様やお兄さんに修行をつけてもらえるし、座学の勉強もできるからと以前と同様に、同じタイミングで帰る事になった。
「久しぶりね、シンシア」
「また美人になった? シャノン」
「口がうまいわね。あなたも美少女加減に拍車がかかっているわ」
「ありがとう。シャノンもね!」
軽口をたたきつつ、シャノンを客室へ案内する。
ここはシャノン専用なので、彼女は自由に室内を模様替えしている。
「荷物の搬入が終わるまで、お茶にしましょう」
と、エリカさん。
荷解きはシャノンが連れてきた侍女がやるそうだ。
私たちはサンルームへ向かう。
サンルームは庭園に面しているガラス張りの部屋で、陽の光を熱を取り込みつつ、冷気を遮断することができる温室の様な広間だ。
冬場のお茶会などはここで行われるので、上級貴族はサンルームを持っていることが多い。
私の生家のルビア伯爵家には無かったけど。
「今日のおやつは、マンダリンオレンジのムースケーキです」
ビスケット生地の上に、白いムース。その上にマンダリンオレンジの果肉入りゼリーが載っている。
これは、カプセラ伯爵家の料理人が作ったらしい。
マンダリンオレンジはすなわちミカン。なんだか懐かしい味がする〜。
「もうそろそろ、アンディ君もくるわ」
と、カレンさん。
「アンディ君が?」
「そう。衣装の打ち合わせにね。これからすぐに仕立て屋が来ます!」
「ええ!?」
「正直、期限がギリギリなので既製品になってしますのですが、その分、細部にはこだわりますね!」
「シャノン疲れてないの〜?」
ジャノンが疲れていたら、明日に変更できるかも!?
来てくれる仕立て屋さんには悪いけど。
だって、ちょっと面倒なんだもん!!。
「ウチの領地に最近、転移ゲート建てられたの知ってるでしょ? 馬車には一時間も乗っていないから、そんなに疲れてはいないわ。それに、面倒なことはさっさと終わらせたいし」
「なるほど」
シャノンは夏休みの宿題、すぐに終わらせるタイプだね。
私はギリギリでやるタイプだ。
なお、転移ゲートは申請から設置までかなりの時間がかかる。お金もかかる。
周りの領地や、防犯面などの観点からいろいろ厳しいらしい。
それが設置できるということは、レオパルドプランタ伯爵領も信用ができてきたという事なのかな?
感慨深〜い。
そのうち、アンディ君も来た。
「初めまして、アンディ・スノーデイジーです」
アンディ君は、貴族の男の子用の平服を着ている。
普段はラフなシャツとベストとトラウザーズだけなのに。
見た目が良いと何を着ても似合うのだ。
『オレ様はネロだぜ!』
その頭には、いつものように二頭身ドラゴンのネロが乗っかっている。
正体は呪いを振り撒く魔剣ネロの化身だが、事情を知らない人々はペットゴーレムの一種だと思われている。
ちなみに、呪いはほとんど無効化されているらしい。
黒い鱗と赤い瞳が特徴だ。あと小さな翼。これでいつもパタパタ飛んでいる。
「お初にお目にかかります、アンディ様。シャノン・レオパルドプランタです」
シャノンは優雅に席を立ち、カーテシーを披露する。
やるなあ、シャノン。
その姿たるや、すでに立派な淑女である。
そうしてみんなでお茶をしいつつ、仕立て屋が来るのを待った。
◇
「お久しぶりですね、皆様」
「こんにちわ」
「よろしくお願いします」
エリカさんの親戚は、数々の商会を経営しており、この仕立て屋もその一つだ。
私は、五歳のあの日からいつもお世話になっている。
メインターゲットは女性だが、事前に希望を伝えておけば、子供用も男性用もなんでも用意してくれる。
ちょっと前にペット用の服屋やリボンなどのアクセサリーも一緒に取り扱っていたが、最近独立したらしい。
その元になったのは、ネロなのだが本人(本竜?)は知らない。
お礼に大量のお菓子が贈られたことだけは、知っている。
ちなみに、今回。お父様は別室でロイをあやしている。
ロイのギャンギャン言っている声が微かに聞こえるが、大丈夫だろうか?
イヤイヤ期なだけで、お父様のことが嫌いなわけではないんだが……。
「事前に伝えた通り、この子達に交流会用のドレスと礼服をお願いしたいの。一ヶ月ほどしかないから、既製品に手を加えるだけでいいわ」
「畏まりました。では皆様、こちらへ」
案内された先には、運び込まれたドレスとアンディ君用の礼服が並んでいる。
「まずは好きな色から選びましょう。それから形を選び、どういった手を加えるか決めます」
「あの、私たちよりも上級貴族のご令嬢達とドレスの色が被ったら、まずいですか?」
と、シャノン。
ああ、そういうのあるよね。
前世で読んだ悪役令嬢物の小説でも、そんなエピソードがあった気がする。
下級貴族の娘が上級貴族のご令嬢とドレスの色が被って、いじめられる的な。
それをスパダリヒーローが助けたりね〜。
あれ? 社交界に出るようになったら、そういう事も気にしないといけないのか?
メンドイな〜。
「そうですね〜。社交界に出ると、そういう気も使う必要はありますが、子供同士の交流会でしたら、そこまで気にする必要はありませんよ」
あ、やっぱりそういうのあるんだ……。
「ありがとうございます! では、好きな色を選びます!!」
と、シャノンは嬉しそうにドレス選びに向かった。
まあ、好きな色のドレスを好きな様に着れるのも、今だけかもしれないしね〜。
シャノンは、イエローの生地にオレンジのグラデーションが映えるドレス。
足元に向かうほど、オレンジ色が濃くなる。
目は引くが派手ではなく、秋の紅葉の様な落ち着いた色合いだ。
シャノンは、オレンジとか黄色とか赤とか、そういった色合いが好きらしい。
私は目立ちたくないので、派手なのは避けたい。
かといって黒はよくない。暗すぎて逆に目立つ。
昔、似合う言われた色は、ピンクとかラベンダー色だけど、最近の人気色らしく私よりも爵位の高いご令嬢達と被る可能性がある。
それなら──。
あ、これ。
目に止まったのは、青と灰色の中間のような色のドレス。
猫のロシアンブルーの毛並みに似た色合いで、心惹かれた。
ブルーグレイって色かな?
なんか好きな色だ。
「私、これにします!」
「──っ!?」
私の選んだドレスを見た瞬間、アンディ君が顔を真っ赤にして顔を背けた。
何故!?
「アンディ君?」
「い、いや、なんでもない。僕はこれにするよ」
アンディ君は深みのある青色の礼服。藍色ってやつかな?
「あ、いいんじゃない? アンディ君の髪色と人名の色に合って……」
そこではたと気づく。
私の選んだドレス、アンディ君の瞳の色にそっくりじゃん!!
「に、似合うと、思いま〜す」
「う、うん……」
なんだか、変な空気になってしまって照れる。
この色のドレスを選らんだのは、意図的ではないのです。
本当です!
「アレで、婚約してないってマジですか? エリカさん」
「そうなのよね〜。さっさとすれば良いのにね〜」
シャノンとエリカさんが何か言っているが、私の耳には届かなかった。
その後、ドレスと礼服にどういった手を加えるかを相談し、靴やアクセサリーを選んでなんとか終了。
後の話し合いは、エリカさんとするらしく、私たちはクッキーと紅茶を頂きながらの喋りタイムだ。
おまけで、ネロの服も準備するらしい。ペット用の礼服を流用するとかで、ネロも採寸されていた。
「そういえば、第一王子は私達と同じ年齢らしいわね」
と、シャノン。
「第一王子?」
そういえば、この国は〝王国〟だから、王様がいて王妃様がいるわけで。
そして、お二人のお子さんは、王子様や王女様になるわけだ。
なんというか、接点が無さすぎてそういう存在を忘れていた、というか、意識していなかった。
たまに王宮からも修理依頼は来るけど、王族の方々と直接会うなんて事、滅多にないもんね〜。
「ああ。第一王子にはまだ婚約者はいない。今回の交流会はそれを決める可能性もあるな」
「ええ!? まだ十歳だよ?」
「王族ならむしろ、遅い方じゃない?」
「上級貴族なら、生まれる前から婚約者が決まっていても不思議じゃないね」
「ええ〜!」
そういうモノなのか!?
いや、王族も貴族も、血を残すのは大切だから、不思議ではないか。
前世で読んだ小説でも、そういうのあったし。
っていうか、リアルでもあるのか……。
「そして、私にも婚約者はまだいないわ。二人は?」
「私もいないな〜」
「僕も、いない……」
そう答えると、シャノンは「そうなんだ、へぇ〜」と生暖かい目で見てくる。
何故!?
「それなら、二人も相手を見つけるべきじゃない?」
「そうだな〜」
一応私も貴族だから、そういう事もあるのか。
前世でも未婚で死んだから、想像できないな〜。恋人もいなかったし。
「想像できないけど、シャノンはどんな相手がタイプがいいとかあるの?」
「そうね〜、私と一緒に実家を支えてくれる人がいいわ。将来は実家を手伝いたいし、領地はないけど、結婚するときにお父様が子爵の爵位をくれるっていうし、後継でない方がいいかも? あとはデスクワークが得意な人がいいかな〜」
「結構、具体的ね」
シャノンは小さい頃から、師匠が派遣した護衛用のゴーレム(仁王像みたいなムキムキ)や、チランジア公爵の伝で手配された騎士様達を見て育ったためか、筋肉質の殿方が少し苦手と昔、言っていたっけ。
「シャノンは?」
「私は……、どうだろう? 考えた事もないからわからないな〜。アンディ君はどう?」
「え? 僕!?」
なんだかソワソワしているアンディ君にも聞いてみる。
「え、えーと、ミルクティー色の髪にマゼンタの瞳の子が、その、好きです」
そう言って、赤い顔で見つめてくるアンディ君。
こっちも何だか具体的だ。
「はえ〜、そうなんだ〜」
「ええ!?」
ショックを受けるアンディ君。
何故!?
「見つかるといいね〜、理想の相手!」
「そ、そうだね……。ア、ハハ……」
「哀れね〜」
『鈍感にも程があるだろ〜』
シャノンとネロにも呆れられた。
だから、何故!?




