49 魔女工房での生活
◇
私とアンディくんはそれぞれのタウンハウスから、魔女工房に戻ってきた。
「それじゃあ、アンディくんの衣装もお母様に頼んでおくね」
「うん。お願いするよ」
交流会についても参加が決まった。
後でエリカさんに魔術メールを出して、報告しておこう。
魔術メールは転移魔法を応用した、手紙や小物を即座に相手に送ることが出来る、最新の連絡手段だ。
前世のノート位のサイズの台の上に小型の魔法陣描かれており、そこに乗る程度の物なら基本的に手紙以外も送ることができるのだ。
一応、受取拒否も設定できるらしい。
ただ、この転送装置がまだまだ高価で、個人で持っている人は少ない。
でも、私の周りの人達はほとんど持っている。
うん、すごい!
フワフワゴーレムの機能の一つでもある、映像通信や音声通信の技術も一応あるけど、まだまだ普及は難しいとか。というか、あまり普及はさせたくないらしい。
『交流会って、うまい飯とか出るのか?』
「お茶会形式のガーデンパーディーだから、軽食とかお菓子は出るんじゃない?」
『マジか!』
「でも、ネロは表に出せないから、陰に潜んでいてもらうことになるだろうな」
『えー?』
「場所が王宮だからねぇ」
それ以外でも問題だけど。
でも、ドラゴンの形をしたゴーレムということにすれば、ワンチャンあり?
いや、貴族の令息令嬢ならTPOは弁えないと良くないか。
『ちぇー。まあ、王族ってあんま好きじゃ無いし、別にいいけど〜』
「そうなの?」
「おかえり〜」
魔女工房内に入ると、師匠のアゲートの魔女が出迎えてくれる。
それと師匠の旦那さんらしい、ジョニーさん。
ジョニーさんはアンディくんの剣の師匠でもある。
「ん? アンディ、怪我をしているな」
ジョニーさんがアンディの怪我に気づく。
「一番上の義兄に稽古をつけてもらいました」
そういえば、アンディくんの一番上のお兄さんは騎士学校に通っているらしい。
ちなみに、お義父上は、白の騎士団の騎士団長だとか。
アンディくんの家は、騎士のエリート一家なのだ。
「そうか。今から修行は?」
「できます!」
二人は戻ってきて早々、魔女工房の庭へ向かった。元気だな〜。
「じゃあ、シンシアちゃんは、アタシのお手伝いね!」
「は〜い」
私と師匠は工房内の作業場へ向かう。
私は〝分析〟と、〝修復〟の二つの特異魔法を持っている。
その為、そういったことが得意なアゲートの魔女の、弟子になったのだ。
魔女工房では主に、魔道具や魔動装置の修理やメンテナンスを行なっている。
国からの依頼もあるが、一般の方からの依頼も受け付けているので、毎日程よく忙しい。
元々師匠は、国境や王都の周りに設置されている、結界発生装置のメンテナンスのために長期にわたってこの国に駐在しているらしい。
でもそれだけだと暇なので、普通の修理師もしているとか。
「今日は、調理用魔道具一つと掃除用魔道具が二つ。照明の魔動具が一つあるわ〜」
「そこそこありますね……」
他の国はわからないが、クリムソン王国では魔動具やゴーレムといった、魔法技術が使われた道具がかなり普及している。
これは、大昔にこの国にそれら技術を授けた、シナバーの魔女と呼ばれる存在がいたお陰らしい。
ちなみに、シナバーの魔女は師匠の親友であり、師匠でもあるらしい。
そんな関係で、師匠はこの国を担当しているとのこと。
年齢? 魔女様は長生きらしい。
そんな国なので、魔動具やゴーレムを作る商会がある。
例えば、エリカさんのご実家のアンダースノウ侯爵家が経営しているアンダースノウ商会は魔動具の先駆者で、お父様の実家がお世話になっている寄親のチランジア侯爵家のソリダゴ商会は、ゴーレム製作の第一人者だ。ほかにも、マイナーな似た商会も多数あるとか。
そして、そういった商品が普及しているということは、壊れた時に修理する必要が出てくる。
その為、この国では修理師にも需要があるのだ。
魔動具が壊れたら基本的には修理するのが一般的で、買い換えるのは致命的に壊れてから。
そんなんで作ってる商会は儲かるのかと疑問だが、その辺りは貴族がお金をお落としているらしい。
貴族金あるなとも思うが、そこは下取りとまとめ買いで新品や新商品を少し安く購入できるとか。
それに専用規格の魔力石があるので、その売り上げがかなりあるとか。
この世界、発電所やガス会社が無い代わりに、魔力石がそれらの代わりを担っている。
据え置き型の魔動具の場合も、魔力を供給する設備が建物自体に施されていて、建物自体に魔力石を設置する場所がある。前世のプロパンガスに近い仕組みだ。
これも商会の売上になってたりする。
あとは下取りで引き取った物を直して、中古品として売り出したりして、平民の方々も魔動具を購入できるのだとか。
そんなことを、祖父となったアンダースノウ侯爵に説明された。
お父様とエリカさんの結婚式の席で!
変わった人だったな……。悪い人ではなかったが。
ちなみに、私の特異魔法を知って、将来アンダースノウ商会に就職しないかと誘われた。
これは、将来は安泰!?
なお、アンダースノウ商会もソリダゴ商会も、認定を受ければフリーの修理師も認めているそうだ。
魔女工房はそのフリーの修理師に当たる。
「それじゃあ、ちゃっちゃと直しますか!」
以前はお父様が主導で修理をしていたが、結婚してエリカさんの商会へ移ったので、今は私が主導で修理をしている。
もちろん、師匠もお手伝いゴーレムのピクトくんも手伝ってくれるけど。
十歳の子供が仕事していいのかって感じだが、この世界では小さいうちから職人の弟子になって仕事を手伝う、いわゆる丁稚とか徒弟みたいな制度? が普通にあるので、お手伝いという名目なら問題はない。
ちなみに、お小遣いという名の給料も出るのだ。
そもそも、私は転生者で前世では十二代半ばで死んだため、普通の子供とは違うので、師匠もいろいろ許してくれる。
なお、お手伝いゴーレムで緑のピクトグラムみたいなピクトくんは、本来、修理の仕事をお手伝いするのがお仕事らしい。
なので、意外にも細かい作業が得意。
子供がするには危ない事は、ピクト君にお願いしている。
「それじゃあ、できる物だけでいいからお願いね。分からないやつは後で一緒に直しましょう」
師匠はレオパルドプランタ伯爵領の都市開発で忙しいので、基本的には私とピクトくんに丸投げだ。
まあ、大体直せるからいいんだけどね〜。
流石に、魔術動具の修理依頼が来たら、師匠が直すけど。
「は〜い」
今回の依頼品は、調理用魔動具一つに、掃除用の魔道具が二つ。それに照明の魔動具が二つ。
調理用の魔動具は箱型で、中に冷めた料理を入れて温めるヤツ。
そう、前世の世界にあった電子レンジ的な魔動具だ。
名前は温蔵箱というらしい。
ただ、電子レンジみたいに電熱波でどうこうして温めるのではなく、純粋に箱の中の温度を上げて温めるので、オーブンの方が近いかも。見た目は電子レンジの方が近いけど。
ちなみに、オーブンとの違いは、冷えた料理を温めるのが主な使用目的という事。温度を変えれば、オーブンとしても使えるらしい。
だったらオーブンでいいじゃんということで、実はあまり人気の無い魔動具だ。
オーブンの魔動具も普通にあるし。
症状としては動かないとの事。
まずは、分析の特異魔法で状態を視る。
どうやら、術式を組み込んだ記憶水晶に不具合があるらしい。
私は早速、解体して中を確認する。
修復の特異魔法を使えば、解体しなくても直せるが、それだと万が一魔法が使えなくなった場合に何も出来なくなる為、緊急事態の時以外は普通の修理師同様に修理する。
ちなみに、この魔動具は、前世の家電よりも軽い。
勿論、不用意に動かない様にあえて重くしてはあるが、内部構造は動力の魔力石と術式を刻んだ記憶水晶くらいしかないのて、電子レンジサイズの魔動具も、私一人で運ぶ事も出来る。
私は、魔動具を解体し、記憶水晶を取り出す。
記憶水晶にはヒビが入っており、術式を分断していた。これでは動く訳がない。
でもこれなら、追加の材料や部品はいらないな。
しかしなんで、記憶水晶にヒビが?
外側をよく見てみると、微かに凹みがある。
これは落としたか、ぶつけたかしたな……。
それを修復の特異魔法で直す。
記憶水晶のヒビは綺麗に無くなる。
術式も綺麗に繋がった。
魔力石はまだ充分あるので、交換は不要。
最後に全体に修復の魔法をかける。これで外側の凹みも直った。
試しに動かしいてみると無事に動く。
修復完了だ。
直し終わったら元の状態に戻し、どんな症状があり、どういう風に修復をしたかを修理報告書に記入。
後で師匠に確認はしてもらう。
これで一つ目終了。
次は、掃除用の魔動具。
モップ型と、スティック掃除機型の二種類。
ちなみに、名前は魔動掃除機と魔動モップ。捻りは無い。
モップ型の方は、先端のモップ部分が二つに分かれており、それが回転して掃除する。
使用者はそれを持って前後に動かすだけで、掃除ができるというもの。
結局使用者が動き回るのは変わらないらしい。
掃除機の方は、前世のスティック掃除機とほぼ同じ。
先端の部品が、広い場所用と狭い箇所用の二種類あって、必要に応じて取り替えられる。
後はゴミを吸い込んで溜めておく部分があり、その上に持つところがある。
この世界、床掃除は箒が一般的だったらしく、その為か似た見た目のスティックタイプの掃除機の方が人気だ。本体を引っ張って掃除するキャニスタータイプの掃除機は見たことがない。
師匠によると、一応キャニスタータイプの掃除機もあるが、貴族の邸宅や王宮、劇場などの広い場所を掃除する為に使われる物らしい。業務用って感じの位置付けなのだろうか?
ちなみに、ロボット掃除機みたいなヤツは、少なくともこの国では普及していない。代わりに家事用ゴーレムがこういった魔動具を使って家事をするのだとか。あるにはあるらしいけど。
依頼内容は両方とも、メンテナンスと魔力石、消耗部品の交換。
まずはモップタイプの方。
一つ目の修理品同様、分析の特異魔法で状態を視て状態を確認。
特に不具合はなかったので、清潔の魔法をかけて綺麗にしてから魔力石を交換する。
先端のモップ部分も新しいものに交換。
消耗品部分は、十分ストックがあるので魔法で治すより交換する方が魔力が無駄にならなくて良いのだ。
掃除機タイプの方も同様に。
分析で状態を確認し、不甲斐はなければ清潔の魔法で綺麗にし、フィルターと魔力石を交換する。
こちらは中身には不具合はなかったが、本体部分にヒビが入っていたのでそれを修復した。
この世界、一応プラスチック的な素材がある。
材料はスライムの一種から作られているらしい。
そのスライムを養殖する事に成功したらしく、安定して材料の供給ができるとか。
ちなみに、この世界でプラスチックっぽい素材があったら大抵原材料はこのスライムらしい。
その素材は、熱にも冷凍にも衝撃にも強いらしいので、ただのプラスチック的な素材ではない。
この物質が取れるスライムはブロブと呼ばれ、それから作られるプラスチック的な物質はブロブチックと呼ばれている。
……これ絶対、発明者に転生者か転移者いるよね?
なお、このブロブチック、ガラスの代わりとかで魔動具にもガッツリ使われている、便利な素材だ。
魔法石は含有している魔力が減ると、次第に黒く変色するので、減り具合がわかる。
なお、魔力が無くなった魔力石は、充電すればまた使える。
ウチで充電してもいいが、基本的には販売元に送って新しい物と交換するのが一般的。
というわけでメンテナンス終了。
試しに動かすとちゃんと両方ともちゃんと動いたので、大丈夫だろう。
魔道具の状態と作業内容を修理報告書に書いて完了。
ちなみに、この二つの掃除用魔道具は、デリッシュ食堂の女将さんからの依頼。
魔女工房でもお馴染みの、ちょっとお高いレストランだ。
定期的に依頼してくれるので、とても綺麗。
えーと、フードウォーマーの方は、衛兵の詰所から?
あ〜、なるほど? お仕事、ご苦労様です!
最後に照明の魔動具一つ。
魔女工房で一番持ち込まれる頻度が多いのが、照明器具。特にランタンタイプの手に持って使うやつ。
理由は防犯の為に、国から定期的に希望者に支給されるから。無料ではないけど格安で手に入るらしい。
そんなわけで持ち運びにも便利なので、買い物やお出かけついでに持ち込む人が多い。
今回持ち込まれたのは、少々古い型のランタンタイプの照明魔動具。
どういうわけか叩きつけてしまい、本体がひしゃげて、ガラス部分が割れてしまったそうだ。
ガラス部分は破片は回収できなかった部分もある。
一体何があったのだろうと気になるが、まあいい。
分析で見てみると、記憶水晶部分にもダメージがある。
買い換えた方が早いような気がするが、思い出の品らしい。
……それを叩きつけたの?
と、とにかく修復だ。
とりあえず、記憶水晶を取り出して、全体を大まかに直そう。
足りない部分はそれと同じ物質を用意する。
この場合は割れたガラスと同じものを。
幸い、その為の材料は揃っている。さすが魔女工房。
〝光の帯〟も使って慎重に分解し、記憶水晶を取り出す。
少しヒビがあったが、なんとか無事。
それを修復すれば、記憶水晶の方は大丈夫。
次は本体の方。
ガラス部分は破片が足りないので、同じ素材のガラス板から切り出して補う。
分析の特異魔法で、ガラスの種類と必要量を測定。
私が行うと危ないので、ピクトくんに必要分を切り出してもらう。
そして切り出した分のガラスと本体を並べ、分析の魔法で今できる最上の状態を選択し、修復魔法と同調。修復魔法で直す。
私の分析の特異魔法は、レベルアップしたのか視界にポイントや説明文などが表示されるようになった。
最近はそれで調べて、その時点で相応しいレベルの修復を選択するだけで、直せるようになったのだ。
レベルという概念はないみたいだけど。
本体が直った。歪みがないかチェックし、大丈夫なら記憶水晶を元に戻し、ついてでに魔力石も交換して終了。
試しに灯りを付ける。ちゃんと付いたので、修理完了だ。
修理報告書を書いて終了。
あー、終わった。終わった。
後は師匠に確認してもらったら完全に終了。
今更だけど、魔動具は魔力で動く道具の略だ。前世でいう家電製品みたいな感じ。
基本的には生活用の道具のことを指す。
他に魔術動具という物もある。
こっちは簡単にいうと、誰でも魔法が使える様になる動具で、より専門的。これも魔女工房では修理を受け付けているし、本来はこっちの方が専門らしい。
魔術動具は流石に私はまだ一人では治せないので、こっちは師匠が治している。
ゆくゆくはそれも直せるようになるだろう!
そうして、気付くと時刻はお昼を結構過ぎていた。
魔女工房ではお昼は好きな時間にとっていいので、呼ばれたりはしないのだ。
仕事は殆ど終わったし、食堂でお昼食べよっと。
アンディくんはもう食べちゃったかな〜?
ピクト君に食事に行くことを伝えて、私は食堂に向かった。




