44 最後の時間 デクスターside
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……なぜ、オレはあの時、あの少女の申し出をなんの疑問もなく、受けたのだろうか?
「──ランタナ家は男爵に降爵。罪人デクスターは貴族籍を剥奪。犯罪奴隷として北東の辺境での無期限の労働に処する!」
「……っ」
デクスターが告げられた処罰は、事実上の死刑と同義だった。
作業内容は罪状によって異なるが、大抵の凶悪犯は北東の辺境に送られる。
そしてこの国で最も過酷なのが、その地での労働だ。
クリムソン王国の北東には魔の森が広がり、その向こうには現在は敵対こそしていないが、虎視眈々とクリムソン王国の領土を狙う国がある。
この魔の森には強力な魔獣が跋扈しており、それを掻い潜り隣国の刺客がやってくるのだ。
そんな激しい戦闘が日々起こっている魔の森で、罪人達は辺境伯の私兵や雇った冒険者たちが倒した魔獣の素材の回収を任される。
もちろん護衛などはなく、自分の身は自分で守らなければならない。
戦闘に慣れていない者、危険察知能力の低いものは初日で大体命を落とす過酷な土地だ。
凶悪犯に魔力資源の回収を任せるのかと、問われることもあるが、強力な魔獣やそれを掻い潜る隣国の刺客と殺りあう北東の辺境の者たちが、今更凶悪犯如きに遅れをとることはない。
それに毎日のように魔獣が倒されているので、魔力資源に困っていることもない。
なので多少くすねられても、彼らは気にしない。
そもそも、ここに送られてくる罪人たちは、三年以上生き延びることはないので、彼らの御所業などに興味は無いらしい。
また、逃げ出したとしても、罪人刻印によってこの土地からは出られず、出ようとすれば命を奪われるので、罪人達がたとえ逃げ出してもどうせ領地外には出られないため、対して慌てもぜずに一応の捜索を行うらしい。
そしてこれは、デクスターに協力した裏ギルドのメンバーも同様の刑となった。
本来なら死罪でもおかしくはないが、北東の辺境が人手不足ということでこうなったようだ。
もちろん、彼の愛人であったカレンもだ。
ちなみに、この国の鉱山には鉱山奴隷はいない。
この国で取れる殆どの鉱石が貴重な物質であるため、罪人に触らせたくないのと、特殊な採掘方法により人手をあまり必要とせず、人手が必要な場面ではゴーレムを使う方が効率的だからだ。
「つ、謹んでお受けいたします……」
なんとかそれだけを搾り出す。
この後は家族と最後のひと時を、家族と過ごす事が許された。
両親がどうしてもと、申請したらしい。
おそらく安くはない料金を支払ったはずだ。
場所は拘留所の一室。
貴族向けの部屋で、茶器一式と茶菓子などが用意されていた。
室内には家族しかいないが部屋の外には騎士が待機しており、ここでの出来事も監視され、記録も残される。
母はずっと泣いており、父は悲痛な面持ちで俯いていた。
そして父が、重い口を開く。
「……デクスター、何故この様な事をした? いや、いつからそのように愚かになってしまったんだ?」
デクスターの父は、悲壮感を漂わせながら問うた。
「父上……」
「何故魔物など持ち出した!? 他の事も許される事ではないが、まだ、なんとか出来たのだ! だが魔物は駄目だ!! お前もこの世界に生きているのなら、わかっていただろう!? これは、世界そのものへの裏切り行為だ!!」
「あ……」
それは、この世界の常識だった。
国が違えど、世界の裏側であろうとも、崇めている神が違えど、瘴気が全ての生き物にとって害悪であり、魔物を扱うのは禁忌。
だが、デクスターはすっかりその事を忘れていた。いや、瘴気や魔物への危機感が無くなっていたというべきか。
とにかくあの時のデクスターは、普通ではなかった。
「だが、お前一人で魔物を用意できる筈がない。一体誰に唆された?」
デクスターは、スターアイズ公爵の名は口にしなかった。いや、出来なかった。
その名を口にしようとすると、自分の中の魔力が暴れ出し、胸を締め付ける。それは比喩ではかく、実際に心臓周りの魔力が嫌な挙動をするのだ。
皮肉にも、魔力の少ないデクスターはこの時初めて、自身の魔力を認識した。
「──」
「……口には出せぬか」
「は、い……」
「何故、こんな事になってしまったんだ……」
それは、デクスターが一番知りたかった。
◆
デクスターは、ランタナ侯爵家の一人息子として生まれた。
家は領地運営の他に、記憶水晶の加工をする商会で大成した。
数代前の先祖が、どんなに小さな部品にも魔術式を刻印する技術を生み出し、その技術の使用料だけでも莫大な富を生み出したのだ。
しかし、不相応な大金を得た当時の先祖は、次第に散財を繰り返す様になった。
そして利益のみを追求する様な商売をする様になり、デクスターの祖父の代には、人が離れてしまい、財政難に陥った。
それでもなんとか、デクスターの父の代で多少は持ち直したが、無理が祟り父は体を壊してしまった。
そして、使用料を徴収できる期間も過ぎた。
デクスターの父は息子に商会の復活を託したが、当の本人は魔動具や魔法技術には全く興味は無く、学園でも魔動具の授業は出来る者に押し付けて、なんとか卒業した。
最後の手段にアンダースノウ侯爵の娘、エリカと結婚させたが、これもデクスターの所業で破綻になった。
その挙げ句に今回の事件だ。
擁護のしようがないだろう。
「やはり、私の血を引いていない者を後継ぎにしたのは、間違いだったか……」
「……え?」
「あなた!?」
「サンディー、君は黙っていなさい。……デクスター、お前は私の子ではない」
「──っ」
デクスターは足元が崩れるような感覚がした。
「サンディー、君は子供ができないことに焦って、不貞を働いたな?」
「ラッセル──」
デクスターの母、サンディーは青ざめる。
「だが、私も両親もその事を責めたりはしなかった。何故だかわかるか?」
「……」
「私は幼少期に患った熱病のせいで、子種を作れない体になっていた。子供を作れる可能性が全くないわけではないが、限りなくゼロに近い。故に養子をもらう予定だったのだ」
「わ、私は……」
「この事は両家で同意の上だった。婚約するときに君にも伝えた。そして君はそれを了承した。
忘れていたとは言わせないぞ?
自分の子供を持てない君には申し訳なく思うが、傾いた事業を立て直すためには、この婚姻はどうしても必要だっだのだ。
だが君は、本心では納得していなかったんだな……。それに関しては、申し訳なく思う」
「ち、違います! わ、私は、貴方の為を思って……」
「君がどうしても子供を望むなら、一族の中から血筋に問題のない者を当てがってもよかったんだ。
──なぜ、君はよりにもよって、我が家となんの関係もない平民と……。
その結果がこれだ。
いや、魔力がなくても平民の血が入っていても、相応の努力をしていれば問題は無かった。なぜこのような愚か者になってしまったんだ……」
「わ、私は、あなたを愛していたから、あなたに我が子を──っ!」
デクスターは父親の言葉に血の気が引いたと同時に、様々なことに納得がいった。
必要以上に自分に優しくする母と、厳しくする父。
貴族であるのに魔力が平民と同じ量しかない自分。
そして、いつも感じていた居心地の悪さ。ここが自分の居場所ではないという感覚。
その感覚を忘れたくて、自分が居心地がいいと思う方向へ流れた。
平民であるカレンに惹かれたのも、貴族の令嬢であるエリカを嫌ったのも当然だった。
──ああ、オレは最初から、違ったんだ。
父はオレンジの髪に青の瞳。母は金髪にブラウンの瞳。
それぞれ、その家系の特徴的な色合いだ。
デクスターは朱色の髪に緑の瞳。
髪色はまだしも、緑の瞳の者は両親どちらの家系にも現れない特徴だった。
おそらく、デクスターの本当の父親の目は緑なのだろう。
母は身分ではなく、色合いで相手を選んだに違いない。
「……父上、いや、ランタナ侯爵」
「デクスター?」
「母を──、侯爵夫人を責めないで下さい。全てはオレ……私が、招いた結果です。この話をすれば、私はおそらく死ぬでしょう。おそらく、そういう呪いをかけられています」
呪いの話をしただけで、体の中でわずかな魔力が暴れ始める。
「デクスター? ……後悔はないんだな?」
「はい。お二人とも、今までお世話になりました。魔物の種を私に託したのは、スターアイズ……」
「そんな……」
『──ダメよ』
「ぐぁっ!?」
少女の声が響いたのと同時に、デクスターは胸を抑え、そして血を吐いた。
『残念ね。生きていていれば、スターアイズは助けてくれたのに』
(それは、公爵の奴隷として利用するために、か?)
『だって、それしか貴方の使い道なんて無いでしょう? 貴方には既に生きている価値などないのだから』
(なら、ここで終わりでいいさ。ここで惨めに死んでいくのが、オレらしい)
『そう、それなら、仕方がないわね』
デクスターの胸の中で、何かがグシャリと握りつぶされる。
夥しい量の血を吐き出した。
「デクススター!! 誰か──!!」
「いやあああああっ!!」
心臓を潰されたデクスターは、机に突っ伏した。
(──ああ、結局、エリカには、謝れなかった。彼女には、悪い事を、し……)
そこでデスクターは意識を手放した。
その後、デクスターの死には呪いが関わっていることがが分かった。
彼の両親にも疑いはかけられたが、彼らの周りにここまでの呪いをかけられる術者がいない事と、今更息子を害する理由がなかった為、すぐに疑いは晴れた。
結局彼を殺した犯人は特定されず、迷宮入りとなった。
彼の証言は確かに記録されたはずだが、その人物が罪に問われることはなかった。




