42 魔物
◆◆◆
「うぎゃっ!?」
転移したら、柔らかい何かの上に落ちた。
お陰で怪我をせずに済んだけど。
「──シンシアちゃんに、アンディ君!?」
「ここは──」
『転移成功だな』
「着地は失敗……、って、あ! エリカさん!」
良かった無事だった!
ん? なんか変な感触が……。
「うわ!?」
私とアンディ君、そしてネロの下敷きになっていたのは、菫色の髪の女性。
「だ、大丈夫ですか〜?」
ヤ、ヤバイ! 殺っちまった!? 若干七歳にして前科者に!?
「そう思うのなら、どいてあげた方がいいかもね」
「え? お父様!?」
「シンシア……」
「お父様、無事だったのですね!? 良かった!!」
エリカさんに続いてお父様の無事を確認し、私の頭の中から菫色の髪の女性のことは綺麗さっぱり消えてしまった。
「一応ね……」
私は、お父様に抱きついた。
「でも、そのお姿は?」
お父様はピンクのドレスを着ており、頭には金髪のカツラをかぶっている。その上には髪飾りタイプのティアラ。
どこからどう見ても、お姫様だ。
「ええっと。嫌がらせ、かな?」
曖昧な表情を浮かべるけど、お父様が無事で良かった。
「二人とも助かりましたが、何故来たんです?」
エリカさんはアンディ君を助け起こし、ジョニーさんは菫色の髪の女性を捕縛している。
もしや、すでに色々終わった後?
「おい! なんなんだお前ら!? オレを無視するな!!」
いや、まだ残っていた。
「ランタナ侯爵、すでにお仲間は戦闘不能です。降参してください」
ランタナ侯爵ってことは、あれがエリカさんの元夫、デクスター・ランタナ侯爵。
確かに顔は良いが、何というかそれ以外はダメそう感が滲み出ている人だ。
原作ではエリカさんに酷いことするみたいだけど、既に未来は変わっているのか?
「は? うるさい! まだだ!!」
デクスターは、懐から何かを取り出した。
手の平大の雫型の黒い石。
なんだか、嫌な感じがする。
「──馬鹿者! やめろ!!」
何かに気づいたジョニーさんが叫ぶ。
デクスターはジョニーさんの言葉を無視し、雫型の石の尖った方に親指を突き刺し、石に自分の血を吸わせると、宙に投げた。
すると、石からブラックホールのような黒い光が発せられ、禍々しいモノが現れる。
「──」
その場にいた全員が息を呑んだ。
それは、全体的な印象としは、獅子に似ていた。
赤黒い体毛に鋭い爪。たてがみのようなものもあるので獅子に見えるが、その顔は崩れつつも肥大化しており、大小幾つもの目がある。口からは鋭い牙が覗くが、不正咬合すぎて凄まじい嫌悪感を催す。
それより何より、明確な殺意と身にまとう命の危険を感じる何か。
とにかく、怖気が走るというか、凄まじい嫌悪感を感じる造形をしていた。
「まさか、魔物を……」
──これが、魔物?
そういえば私、レオパルドプランタ子爵領で、魔獣の水ナメクジを見たことはあるけど、他の魔獣や魔物を見たのはこれが初めてだった。
いや、こっわ! 周りに蠢くモヤモヤは何? 瘴気? 悍ましすぎる!!
「皆下がれ。瘴気に穢されると、聖女でないと浄化ができんぞ!」
と、ジョニーさん。
『豁サ繧堤函縺阪→縺礼函縺代k繧ゅ?蜈ィ縺ヲ縺ォ豁サ繧!!』
魔物は訳の分からない事を喚きながら、体から触手のような物を伸ばして攻撃してくる。
ジョニーさんがそれを往なしつつ、剣と魔法で応戦する。
私達はそれを避けた為、エリカさんとお父様それと菫色の髪の女性(拘束中)、私とアンディ君とネロの二組に分かれてしまう。
私は光属性の魔法の防護壁を展開し、アンディ君とネロを守りつつ、分析で魔物を視てみる。
「!」
私の特異魔法の一つである分析の魔法は、生き物相手でも使うことができるが、その場合は相手に直接触れるか、〝光の帯〟などで魔力的な接触をしていないと詳しくは視ることができない。
それは逆を言えば、ある程度なら生き物でも視る事ができる。
そして分析で視た魔物の中身は、心臓に当たるような部位に雫型の魔力源、いや、瘴気を生み出す心臓部の様な物があった。
それ以外は、なんというか、臓器らしき動きをしているものは確認出来ず、ただ、よくわからないものが蠢いている様だった。
世界に影響を与えるために、瘴気にとりあえず側だけ形作ったといった、感じだろうか。
なんにせよ、あの雫型の心臓部が多分、核だ。ならそれを貫けば……。
私は、光属性魔法の〝光の帯〟の展開準備をする。
魔法はイメージ。
まず魔物を拘束するようなイメージをする。〝光の帯〟は、複数の帯が対象に巻きつき、動きを封じる魔法。
そのうちの一本。それを鋭い刃──、いや一点を貫く感じで針……じゃなくて槍の方がいいか。
その光の槍が、分析で視えている魔物の核を貫くイメージをする。
「〝光の帯〟!」
まずは魔物の動きを封じる為に〝光の帯〟を展開。
魔物に触れている部分から、ジリジリと嫌な感覚が伝わるが、私自身には影響はないらしい。
『!?』
「!」
ジョニーさんとの戦いに集中していた魔物は、〝光の帯〟にあっさりと捕まった。
「〝光の槍〟!!」
魔物が私を認識する前に、〝光の槍〟で魔物の核を貫いた。
手ごたえ有り。
うわ〜、嫌な感覚がするぅ〜〜。
私はすぐ様、〝光の槍〟の魔法を解除した。
『豁サ繧……』
その隙を逃さず、ジョニーさんは魔物の首元を剣で刎ね、核の辺りを、二重、三重に斬る。
魔物は倒れ、その体は崩れててゆく。
誰もが勝ちを確信した時、落ちた首が不自然に転がり、近くに倒れている筋肉質の男の近くで止まった。
そして、首は大きく跳ね、男の体の中に飛び込んだ。
まるで水面に落ちたかの様な波紋を、男の体に残して。
そして──。
「な──」
男は立ち上がった。
自身を拘束している金属を無理矢理引きちぎったので、その身体は全身から血がしたたり、腕は不自然な方向を向いてしまっている。
魔物の影響か、肌や血の色が色がどす黒く変わる。
あれが、瘴気に穢されたという事?
いや、それどころじゃない。
魔物に取り憑かれた? いや、乗っ取られたのか!?
その場にいる誰もが、あまりの事態に息を呑んだ。
『……』
「!?」
首が不自然な動きでこちらを向く。
真っ黒な目が私をとらえる。
『あなたに死を……』
「〝瘴魔〟だ! エリカ、魔女と神殿に連絡を!!」
ジョニーさんが指示を飛ばしながら、斬りかかる。
し、瘴魔?
「了解です!」
魔物──、いや、瘴魔はその体から黒い触手を伸ばして応戦しているが、その顔はずっと私に向けられている。
白目をなくした黒い目が、ずっと私を見ている。
……私、狙われてるな。無理もないけど!
「アンディ君、ネロ。動ける?」
「う、うん」
『アンディ』
「え?」
『構えろ』
「!」
瘴魔の右手が私に向けられる。
その手が伸び、指が私に迫る。
視界の端で、ジョニーさんが走り、エリカさんとお父様が焦っているのが見える。
魔法を展開──。間に合わない。
その先端は刃の様に鋭利だ。
人間の爪が、猛禽類の鉤爪のように変化している。
子供の肌など容易く切り裂かれ、細い首は簡単に切断できるだろう。
防護壁が割られた。
鉤爪が目の前に迫り──。




