41 対峙 エリカside
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エリカはアゲートの魔女から託されたフワフワゴーレムのポワワで、ショーンの魔力を捜索する。
そして彼のいるであろう部屋の扉の金属を操作して壊し、部屋に押し入ると男が女を押し倒していた。
女の様子から察し、エリカは男を思い切り蹴り飛ばした。
身体強化の魔術動具を身につけていたので、これくらいは造作もない。
「──エリカ、さん?」
「え? ショーンさん!?」
ここで初めてエリカは押し倒されていたのが、ショーンだと気づいた。
「ショーンさん! 大丈夫ですか?」
エリカはショーンに駆け寄ると、自分が着ていた上着をショーンにかけてやる。
「あ、ありがとう。その、こんな姿で……」
ショーンは恥ずかしそうに身を捩る。
「気にしないでください。お綺麗ですよ」
そう言ってエリカはショーンを横抱きにする。
「え? え? エリカ、さん!?」
「身体機能を強化する魔術道具を付けていますので、心配しないでください。でも、慣れてはいませんのでしっかりと捕まってくださいね?」
そう言って微笑むエリカは、貴公子そのものだった。
「は、はい……」
ショーンはその笑みに完全に心を打ち抜かれ、ぽや〜っとなりながらも、エリカの首に手を回す。
部屋を出ると、廊下にはバリーの手下どもが湧いてきた所だ。
エリカは壁を蹴る。
すると、廊下に設置されていた魔動照明を構成していた金属が形を変え、男達に襲いかかる。
「これは──!?」
「設置型の照明は壁の中には魔力石と繋がり、スイッチと連動する配線が通っていますからね。それを通して操りました」
「すごい──」
ショーンは、エリカの特異魔法が、金属操作だったことを思い出す。
エリカはショーンを横抱きにしながら、廊下を疾走する。
「一人で来たのですか?」
「いいえ、ジョニーさんが一緒です。屋敷のどこかで悪漢どもを蹴散らしている筈です」
エリカとジョニーはひとまず、ランタナ侯爵邸の庭に転送された。
そこから屋敷内に潜入。
屋敷内にはならず者が多数いたので、ジョニーがそれを引き受け、その隙にエリカはポワワを使ってショーンの居場所を探したのだ。
もちろんエリカの姿を見つけ、襲いかかってくる者もいたが、金属を自在に操る特異魔法で蹴散らした。
階段に差し掛かると、多くのならず者達が階段を上がってくるところだった。
「ポワワ、アレを!」
「ポッワ〜」
エリカの懐からクリーム色の毛並みのモフモフゴーレムのポワワが飛び出し、空中に魔法陣を展開する。
そこから無数の魔録鉄鋼性のネジが転移する。
それを変形させつつ、男達に射出。
「があっ!?」
「なんだっ!?」
彼らの手足を重点的に射抜き、動きを封じる。
返しをつけておいたので、当分は身動きが取れないだろう。
通常、エリカの特異魔法は対象に触れていないと操作はできないが、アゲートの魔女の協力とアシストでポワワと魔力を同調させたことにより、ある程度離れていても金属を操作できるようになったのだ。
「ショーンさん、跳びますんでしっかりと捕まっていてくださいね!」
「え? ──うわ!?」
エリカは階段の最上部から一気に跳んだ。
身体強化の魔術動具により、高さもショーンの重さも感じさせずに階下へと降り立った。
そのまま、玄関ホールへと走る。
しかし──。
「エリカッ!!」
二人の前に立ちはだかったのは、エリカの元夫デクスター・ランタナ。
「……ランタナ侯爵。お久しぶりですね。このような事をなさるとは、大層趣味が悪い」
大層という言葉には、なんの関係もないショーンを攫った上、女装をさせ、男に襲わせようとしたことにかかっている。
「え? いや、そいつにドレスを着せたのはカレンの趣味だ! オレじゃない! それに本当は、エリカを連れてこようとしただけだ。ちょっと相手を間違えてしまったが……」
エリカはショーンを一度下ろすと、「失礼」と言ってその耳を塞ぐ。
「屋敷にいる悪漢に、ショーンさんを襲わせたのは?」
「は? いや、それは……」
「知らないのであれば、管理不行き届きですね。あのような者達の手を借りるなど、ランタナ侯爵家の名に泥を塗る行為です」
「う、うるさいっ! お前が戻ってくれば済む話だ! バリー!」
「ま、そういう事なんで、観念してくださいよ、奥様!」
デクスターの側にいたバリーと呼ばれた男の体が、一瞬にして盛り上がり、筋肉が増量する。
その手には、巨大な斧。
「身体、いや筋力強化か?」
エリカはショーンを後ろに庇い、剣に手をかける。
「さてね」
(おそらくは私と同じく、魔術道具による強化、だとは思うが……)
平民は基本的に魔力が少なく、特異魔法を発現することも少ない。
だが稀にそうでない者もいる。そういった者は貴族の養子に入るか、保護されて然るべき教育を受けるのが常だ。しかし、そう言った網にかからず、平民として過ごす者も、ごく少数だが存在する。
そして、魔術動具は魔力石がついているので、本人の魔力量や魔法の才能の有無に関わらず、魔術効果を得られるアイテムだ。
生活道具の魔動具とは違い、所有するだけでも身分証明書などが必要になる物もあるが、何事にも抜け道はある。
(どちらも絶対にとは言い切れないが、やることは変わらない、か)
「エリカさん──」
ショーンがひっそりと話しかける。
「ショーンさん?」
「あの男の両手にある腕輪。あれが筋力増強の魔術道具です」
「──! なるほど〝分析〟ですね!」
「はい」
「ショーンさんは下がっててください!」
バリーが大斧を振り下ろす。
エリカはそれを、悠然と避ける。
大理石の床に穴が空き、ヒビが入る。
デクスターが何か騒いでいるが、今はどうでもいい。
(パワーはあるが、動きは鈍い)
とはいえ、エリカも剣術は嗜む程度。
長引けば不利になる。
それに一撃でも貰えば、致命傷だ。
機動力が大幅に下がり、なす術がなくなってしまう。
「ポワワ!」
ポワワの転送魔法により、再び魔力鉄鉱製の釘を飛ばす。
「おっと」
しかし、バリーの皮膚はそれをほとんど通さない。
「無駄だ、俺の鋼の肉体にそんな物は効かない!」
しかし、エリカはバリーの言葉に耳を貸さず、攻撃を避けつつ魔力鉄鉱製の釘を放つ。
今度はいくつかの釘を合成し、鋭い杭状にした物をぶつけてみた。
バリーの体に多少は刺さっているが、それまで幾度と修羅場を潜り抜けてきたバリーにとっては、大した傷にはならない。
(威力が足りないか──!)
それにエリカの動きにも、翳りが出てきた。
いくらアミュレットで肉体を強化しても、連続して動き続ける体力には限界がある。
それが貴族のご令嬢ならば、尚更だ。
それに、床はバリーの攻撃でボロボロ。
回避するエリカにとっては、動き難い事この上ない。
「そろそろ、諦めてくれませんかねぇ!!」
バリーは、エリカの動きが鈍くなった所で、大斧を振りかぶった。
「──!」
エリカは、ここで剣を抜き、それを床に突き立てる。
そこに魔力を流せば、バリーの周りに散らばった魔力鉄鉱が有刺鉄線のような形状に変化し、バリーの体に突き刺さりながら拘束した。
ついでにバリーが身に纏っていた金属系の装飾具も操り、彼を拘束するのに一役買ってもらった。
「がっ!?」
そして、両手のアミュレットを破壊すれば、バリーの肉体は元に戻る。
バリーは大斧を取り落とし、無力化された。
「さて、これで終わりですね」
「ぐっ」
「あら? まだよ」
女の声が響く。
見れば菫色の髪の女性──、カレンがショーンの後ろから、首元にナイフを当てている。
「あなたは……」
「お久しぶりね、元奥様」
「ショーンさんを離せ」
「あなたが、あたし達の言う事を聞いてくれたら、ね」
「どうしろと?」
「まずは、武器を捨てなさい。その奇妙なホワホワもよ」
「……」
エリカは、言う通りにした。
剣から手を離し、ポワワを少し離れた所に優しく投げる。
「そのまま両手は頭の後ろで組むの。……そう。デクスター、早く元奥様を拘束して!」
「あ、ああ!」
「いや、そのまま誰も動くな」
厳かな声が響く。
「ジョニーさん。悪漢共は?」
「粗方片付けた。後はここだけだな」
「な──、何よ、アンタ! こいつがどうなってもいいの!?」
「ぐっ」
カレンがショーンの首に、ナイフの刃を当てる。
傷が出来、血が滴る。
「……」
「……」
流石に抵抗できないと踏んだのが、カレンはニヤリと笑う。
カレンが勝利を確信した瞬間、彼女の頭上に魔法陣が現れる。
そこから二人と一匹が飛び出してきて、カレンの上に降り注いだ。




