39 思い出した
◇
シンシアには、前世の記憶がある。
そしてこの世界が、前世で読んだ『リザンテラ〜土の中に咲く花〜』という、ちょっぴりハードな恋愛漫画と似た世界だということを知っている。
ちなみに、ウェブ漫画だ。
……最近はちょっと、忘れていたけど。
主人公は姉のポーラであり、シンシアは、前半の学園編での敵対キャラクター、所謂、悪役令嬢のポジションだ。
そして、デクスター・ランタナといえば、作中の半に登場する、印象的なキャラクターの一人だ。
もちろん悪い意味で。
尤も、作中の時間軸では彼は既に故人だったけど。
ランタナ公爵家の一人息子として生を受けた彼は、とても優秀ではあったが、魔力量が平民と同じくらいにしかなかった。
この国では、貴族であれば一定量の魔力を有するのが普通だ。
これは有事の際にその魔力を国に提供することが義務付けられているからであり、そのための特権階級でもあるからだ。
なので、魔力量が多ければ平民であっても貴族の養子として迎え入れられることもあり、功績を残せば爵位を得ることも可能だ。
この為、貴族の生まれで魔力量が少ないとなると、貴族としての義務を果たせないとして蔑みの対象になることもある。
もちろん、国としてはそういった差別は許してはいないが、人の心までは規制できないのだ。
魔力の少ないデクスターは学園に入学すると、その現実を嫌でも突きつけられた。
そこから彼は歪み、自分より下の平民の恋人を作ってのめり込んでいった。
上級貴族とはいえ、魔力のないデクスターには婚約者はおらず、その上、抱えている商会の経営は不振。
そこで婚約者に選ばれたのが、アンダースノウ侯爵家の長女、エリカさんだ。
エリカさんは魔力量も多く、金属を自在に操る得意魔法も持っていた。
デクスターの二歳年下と、年齢も近く、商会の運営にも詳しい。
しかも父親同士が学園時代の友人同士ということもあり、エリカさんが選ばれた。
しかし、デクスターはこの婚約の意味を正しく理解せず、平民の恋人との関係を精算しないまま結婚。
そして愛人となった恋人を優遇し、妻になったエリカさんは放置。使用人にも冷遇させる。
嫌気がさしたエリカさんは早々に別居。自分の商会を立ち上げ、夫のデクスターを見限ったのだった。
その後、離縁に漕ぎ着けるが、エリカさんの有用性を知ったデクスターはエリカさんを拉致・監禁し、エリカさんの商会を奪っただけではなく、自分から離れないように、エリカさんと再婚。無理やり子供まで産ませた。
用が済むと、エリカさんのことは薬漬けにし(実際には監禁した頃から薬は盛っていたらしい)、その結果エリカさんは亡くなってしまう。
自体を知った、エリカさんの実家のアンダースノウ侯爵家は、報復としてかつての友の家である、ランタナ侯爵家を没落へ導く。
デクススターも愛人も、協力した使用人も全て、死罪に追い込んだ。
その後、養子に出されたデクスターとエリカの息子であるロイは、逆恨みした人物に間違った知識を与えられ、アンダースノウ侯爵家を恨む。
復讐を決意するが、失敗。真実を知り後悔しながら死んで行くのだ。
このロイ、主人公のポーラとも仲良くなるショタ枠で結構人気があったのだ。しかし最後は無惨な死を遂げるので、当時はコメント欄が追悼コメントで溢れていた。
だって、ロイ君。作中屈指のいい子だったからね……。
もちろん、物語が始まる前に死ぬはずだったお父様が生きていたり、私とお父様ががルビア伯爵家から既に離縁している時点で原作とはすでに乖離しているが、エリカさんが原作通りにならないという保証はない。
だったら、エリカさんも危険だ。
だけど今回は流石に師匠も、ランタナ侯爵家のタウンハウスに行くことは許さないだろう。
なら一人で行くしかないけど、私は生物の治癒魔法以外の光属性の魔法を何とか使えるレベル。
心許ないな……。
いや、迷っている暇はない。とにかく行かないと!
とりあえず、魔力回復薬と通常の回復薬をポシェットに詰め込む。
ないよりマシだからね!
あとはお父様の、フワフワゴーレムのフワワも一応連れて行こう。
武器は……、無いな!
いいや、このまま行こう!!
私には光属性の魔法がある!!
「ホワワ、私を……」
えーと、お父様のフワフワゴーレムは手元にいるから……。
「エリカさんの元へ転送して!」
「ホワ〜?」
ホワワは不審そうにしている。
「だ、大丈夫! 師匠には許可とってあるから!」
事後報告予定だけど。
「ホワ〜」
仕方ないな〜って感じで了承してくれた。
魔法陣が展開された瞬間──。
「シンシア?」
アンディ君が部屋に入ってきた。
「え? 転移の魔法陣!? 何やってるんだ!」
『わわ、坊主、転送に巻き込まれるぞ!?』
私を止めようとアンディに抱きつかれた瞬間、転移の魔法が発動した。
◇
「あたた……」
「シンシア、大丈夫?」
『どこだココ〜?』
気がつくと、私とアンディ君、そしてネロは何処かの建物の中にいた。
「転移直前に人数が増えて、座標がズレたのかな?」
「ゴ、ゴメン! シンシアが心配で……」
「いや、良いんだよ。焦って正常な判断ができなかったのは事実だし」
お父様もピンチだが、このままだとエリカさんもピンチだが、無謀なことをしてしまった。
反省。
まあ、ジョニーさんもいるから大丈夫なんだろうけど……。
『しっかしここはどこだ? 嫌な感じがヒシヒシするぜ』
「そうだね……」
私たちが今いる部屋は、埃っぽくおそらく長年使われていない部屋だ。
お香でも焚いたかのような不思議な香りが漂っている。
お香は嫌いじゃないけど、この匂いはあまり好きではないな……。
「灯つけてみようか?」
「うーん、ちょと待って。モフフ、この場所がどこかわかるかい?」
「モッフ〜」
アンディ君についているフワフワゴーレムが、空中に地図を映し出す。
その画面の明かりで部屋の様子がわかる。
片付いてはいるが、家具に布がかけられていたりと使われてはいない部屋らしい。
部屋の壁には絵画がかけられているようだが、画面の灯りだけではよく見えなかった。
いやそれより……。
「フワフワゴーレムにそんな機能があるなんて、私知らないんだけど……」
「え? そうなの?」
「今まで、通信と転送の機能しか使っていなかったし」
「転送機能があるなら、この国の地図くらい入っているんじゃないかって色々、調べたんだ。そしたら見つけたんだけど……」
もしや、アンディ君の方が、フワフワゴーレム達に詳しいのでは?
『それよりここは何処なんだよ?』
「えーと、ちょっと待って……。あれ?」
「どうしたの?」
「ここが、王都なのは間違いないね。でも……」
『でも?』
「ここは、北東区の廃墟街だ」
「廃墟街?」
王都にそんなところあるの?
「昔、区画整理があってそれで廃墟になってしまった場所だよ。中には貴族の使っていない別宅とかもあるから、綺麗なところもあるのかも?」
「それなら、人もいないかな? 灯りつけても大丈夫?」
「おそらく」
私は光属性魔法で、ゴルフボール大の灯り作りだす。
部屋は確かに長年使われてはいないらしい。壁には絵画がかけられおり、その一際大きな絵には二人の男性が描かれていた。
金髪と紫の瞳の男性二人。
顔も同じだから双子? あ、片方は瞳が紫がかった青だ。顔は同じだから、やっぱり双子なのか?
よく見れば、同じ男性たちを描いた絵画が、いくつも壁一面に飾られている。
その前には一脚のテーブルと、一人掛けのソファー。テーブルの上には枯れた花が生けられた花瓶とワインボトルとグラス。何かの灰が残った小皿が乗っている。
誰かがつい最近まで、ここで酒を飲んで、お香を焚いていたのか?
故人を偲んでいた?
今は人の気配はしないけど。
「よし。今度は僕のモフフで、エリカさんの元へ転送してもらおう」
「え? いいの?」
「ショーンさんとエリカさんが心配なのは、僕も同じだよ」
「ありがとう、アンディ君!」
私は思わずアンディ君に抱きついた。
「わわ! それじゃあ、行くよ。今度は近いし、確実に行けると思う」
「うん!」
再び転送の光に包まれた。




