34 国境を囲む結界発生装置
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エリカさんをアンダースノウ侯爵領に送り届けた後、私とお父様と師匠はそのまま北西の辺境へ向かった。
ここはアンダースノウ侯爵領の隣にある辺境伯が管理する土地で、領地内の国境を囲う結界壁の管理も行なっている。
本日はここにある結界発生装置の、メンテナンスにやってきたのだ。
転移ゲートを使ったので、さほど時間をかけずに着いた。
「いらっしゃ〜い」
北西の辺境伯は、その名の通り北西の辺境を守る統治者だ。
ご当主様は、確か御年七十三歳のおじいちゃんだ。
いまだに現役らしく、有事の際には彼が指揮をとっているらしい。
一説には、魔族か何かの長命種の血が入っているため、長生きの一族なのだというが、真偽は不明だ。
「本日はよろしくお願いしますね、閣下。こちらは弟子のシンシアちゃんと部下のショーンちゃん。お手伝いの為に一緒に連れてきたの」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
「おやおや、可愛らしいねぇ。姉妹かな?」
「あらやだ、二人は親子よ〜」
「ではお母様? お若いねぇ」
「い、いえ、その、父と娘、です」
「え?」
お父様の言葉に、お爺ちゃん辺境伯が宇宙猫みたいな顔になる。
「す、すまんのう、お詫びにお昼はうんと豪華にしておるからのう」
「い、いえ、お構いなくっ」
私達は早速、国境にある結界壁へ向かった。
馬車は辺境伯の邸宅に置かせてもらい、後は師匠の転移で魔法で行くことになった。
現在、クリムソン王国で辺境伯がいるのは、北西、南西、北東の三ヶ所の辺境。
南西の辺境は陸の貿易の窓口で、人と物の出入りが激しい賑やかなところ。
北東の辺境は魔の森と関係が微妙な国に接している、サバイバルなところ。
そして、北西の辺境は国境の向こう側には砂漠が広がっており、他の辺境よりは比較的穏やかなところ。
この砂漠は北から北西に広がっていて、砂に潜む系の魔獣の生息地となっている。と言っても、北東の魔の森に潜む魔獣よりは温厚で、近づかなければ害はない。それでも年に数回討伐して数を減らさないといけないので、辺境伯が置かれている。
ちなみに、北側は精霊の住む山脈のおかげで守られている、と言われているのと、治める旨みがないため辺境伯はいない。
南側と南東側は海に面しており、青の騎士団が守っているので、辺境伯は置いていないとのこと。
北から西にかけて隣接する隣国は友好国なので、そこに接する国境は平和。密入国者はいるらしいけど。
結界壁はこの国の国境上に設置された城壁で、一定間隔で結界発生装置が設置されている。
これは大昔の大戦時代の遺物であり、現在も稼働している。
有事の際には、結界発生装置により国全体に、結界を等張り巡らせる事ができるそうだ。
これと同じ機能の装置が、王都を囲う城壁にもある。
ちなみに、海の中にも結界発生装置は設置されている。壁部分はないが、一定間隔で海から装置だけがニョッキリ生えている状態だとか。メンテナンスが大変そうだ。
北西の辺境には二十機の結界発生装置があり、それ等を今回全てメンテナンスをする。
全部一日で終わるのかと思ったが、定期的に行っているから、そんなに時間はかからないらしい。
まずは一番端っこの結界発生装置の場所に転移する。
一番北にあり、一番辺境伯の邸宅から離れている。
城壁の上からは、砂漠が見えて圧巻だ。時折、東洋の龍みたいなものが姿を見せては、また砂に潜っていくのが遠くに見える。
師匠によると、ワーム系の魔獣らしい。こちらから何もしなければ無害だそうだ。
そして──。
「はえ〜、これが……」
「僕も間近で見たのは初めてですね……」
結界発生装置は、金属の台座の上に大きな丸い水晶玉(?)が乗っているデザインだった。
シルエットは、デフォルメしたコーンに乗ったアイスクリームみたいで、玉の部品は前世の世界に有ったプラネタリウムの投射機を思わせる。
とにかくでっかい。
「これが、結界発生装置よ〜。メンテナンスは、分析で視て、不具合があれば直す、なければ全体に清潔の魔法をかけて終了よ〜。二人とも、まずは分析で視ててね〜」
清潔は光属性の魔法の一種だ。
「はい」
「わかりました」
私もお父様も、分析の魔法を展開して師匠の作業を視る。
しかし、魔力発生装置のシルエットは黒く塗りつぶされており、視る事ができない。
「……師匠、見えないです」
「不可視の防御魔法が、かけられていますね」
そりゃ、国を守る装置だもの。防犯魔法くらいかけてあるよね。
「あら、承認するの忘れていたわ。ここに二人とも手を触れて」
師匠が結界発生装置の下部にあるパネルを開けると、画面とそれより小さいガラス板、そしてボタンみたいなものが現れる。
スイッチを入れると、画面に文字が現れた。
前世のパソコンというか、何かの機械そのものだ。
師匠はそれを操作していく。
「それじゃあ、ここに手を当てて〜」
師匠が、画面下のガラス板を指差している。
まずはお父様が言われた通りにする。
「はい」
次に私。
ガラス板に手を置くと、魔力が微量に吸い取られた。
フワフワゴーレムに魔力を登録した時と同じ感覚だ。私達の魔力を登録したらしい。
その後、登録を管理すると、パネルを閉じる。
「これで、視えるわよ〜」
再度、分析で視てみると、今度は見えた。
構造としては、魔動具とあまり変わらないが、ほぼ立方体のでっかい記憶水晶に、スンゴイ緻密な魔術式が組み込まれているのは分かる。
デカい丸い部分は、プラネタリウムの投射機みたいに結界を展開する部分らしい。
特に不具合は視えないので、クリーンの魔法をかけて終了だ。
ちなみに、クリーンの魔法は、私もお父様も使える。私もお父様も、適性のある魔法属性が光なのだ。
しかし私もお父様も、治癒などの生き物を治す魔法は使えないので、そういう血筋なのかもしれない。
同じ属性の魔法でも適性がない魔法もあるのだ。
「それじゃあ、次に行くわよ」
そうして二十基全てをメンテナンス。
特に不具合もなく、無事に終わった。
時刻は、午後一時過ぎ。
予定よりも早く終わった。
報告がてら、北西の辺境伯のお爺ちゃんの邸宅へ転移で戻る。
報告を済ませ、少し遅い昼食を食べ、私達は再びアンダースノウ侯爵領の邸宅へ向かった。
今日は、一泊させてもらうのだ。
旅行みたいで、ワクワクするね!
◇
私達がアンダースノウ侯爵領の邸宅に帰ってきたのは、午後三時すぎだった。
師匠は王宮への報告と、仕事が忙しいのでエリカさんに挨拶をすると、先に転移で帰った。
私とお父様は明日、師匠の馬車で帰る予定だ。御者のデカい灰色のフワフワゴーレムも置いて行ってくれた。
お昼が遅かったし、夕食には時間があるので、エリカさんに領地を案内してもらう事になった。
アンダースノウ侯爵領は、とても整備された場所だった。
道は舗装され、街灯も至る所にある。アンダースノウ侯爵領は、かなり裕福みたいだ。
王都とはまた違った華やかさがある。
お土産を買おうと思ったが、よく考えてみると誰に買おうか悩む。
師匠とジョニーさんは良く来ていたらしく、今更お土産はいるのか? って感じ。師匠に至ってはついさっきまで同行していたし。でも買っていかないのも不義理だ。
お父様は一緒にいるし。
あとは、アンディ君とネロか。
二人に何か買ってあげて、あとは皆んなで食べられるお菓子でも買っていけば良いかな?
お菓子はエリカさんのオススメを教えてもらうとして、アンディ君とネロ何を買えば良いだろう?
そういえば私、アンディ君の好みとかよく知らないな。甘いものと剣術の修行は好きそうだけど。
ネロは食べる事だな。酒は嫌いなんだっけ?
そんな事を考えていると、『アミュレット・タリスマン専門店』というのを見つけた。
「エリカさん、これなんですか?」
「これは『お守り』だね。悪いものを避けたり、身体の向上などを目的とした魔術動具の一種だよ。元は戦闘時に少しでも生き延びるために身につけた、魔術系のアクセサリーが元になったそうだよ」
「そうなんですね〜」
こちらの世界にも、お守りってあるんだね。
そういえば、前世のゲームも武器や防具以外に特殊効果があるアクセサリーを装備する、みたいなのがあったね。そんな感じかな?
あ、アンディ君のお土産、これで良いか。
ちなみに、アミュレットは良く無いモノを避ける事に特化し、タリスマンが身に付けた本人の能力向上の効果があるらしい。両方の効果を兼ね揃えた物もあるそうだ。
「この店、見ても良いですか?」
「良いですよ」
「お守りか〜。僕も何か見ようかな?」
お守りには色々な効果と、デザインがあった。
前世の日本を彷彿とさせるお守り袋型、ネックレスやブレスレットなどのアクセサリー型など。
老若男女、それぞれに対応したデザインが揃っている。
こちらでは、魔術動具として本当に効果があるものらしい。
ちなみに、この店、全国展開している有名ブランド店らしい。
お土産というと、その地域でしか手に入らないものを、と思うが他に思い浮かばないからね! 仕方ないね!!
さて、どんなものがいいだろう?
まず、サイズがあるものは却下。
アンディ君のサイズなんて分からんし、子供はすぐ大きくなるっていうし。
あと、剣術してるから邪魔にならないやつが良いね。
お守りなら、出来るだけ身につけられる物の方が良いか。
というわけで、無難にペンダント型にした。
後は効果だけど、アミュレットなら魔除け、呪い除け、病除け等。
タリスマンは身体能力向上、筋力向上、毒耐性向上、魔力量向上、魔法威力向上等など、無数にある。
うーむ。
選べないし、よくわからないから、アミュレットとタリスマンの効果、全部乗せで良いか!
ネロにはリボンタイプのやつにして、こっちも効果は同じヤツで!
結構な値段になったけど、今まで稼いだお小遣いで足りたから良いか!
ふと、師匠にしている借金の事を思い出すが、気にしない! それは稼げる様になってから返せば良いのだ!!
お父様も何か買ったらしい。
こうして短い時間だったが、観光もできたし満足。
後になって、自分の分を買い忘れたことに気づいたけど、……まあ、いいか!
このお店、王都にもあるらしいし。機会があれば買いに行こう。
それにはまず、お小遣いをためないといけないけど!
◆
翌日、私とお父様は、王都に戻っできた。
「アンディ君、ネロお土産!」
「あ、ありがとう」
『食い物?』
「違うよ、お守り」
「お守り?」
「アミュレットとタリスマンっていう、魔術装具だよ。お守りっていうの。選ぶの面倒だから、効果は両方全部盛りにしたよ!」
「あ、ありがとう!」
アンディ君のは、台座の上に石を嵌め込んだ一般的なペンダントタイプ。
嵌め込まれた石は魔力石で、台座部分に術式が刻まれている。一応、魔力石を交換すればずっと使えるが、『身代わり』の効果が発動するとお守り全体が壊れてしまうので、他の全部乗せお守りよりは少し安い。
すまない、アンディ君。私のお小遣いではこれが限界だった。
魔力石の色は虹色で、ダイヤモンドカットをされているのでそれがキラキラと輝く。虹色は全部盛りにしかない色らしい。
「ネロはリボンタイプね」
黒い鱗が印象的なので、落ち着いた色合いの赤いリボンを選択。
こちらは術式が刺繍されている。これも金属パーツ同様、効果が増えると値段が上がる。
『まあ、ありがたく受け取っておくぜ』
ネロの首元にリボンを結んでやる。
なんか、可愛さがアップしてしまった。
「ありがとう! 大切にする」
『あんがと〜』
一応、『身代わり』についても説明したけど、それでも喜んでくれた。
良かった。
その後、師匠達とお菓子系のお土産を頂いた。
音速でネロがリボンをお菓子クズまみれにしたのは、良くない思い出。




