30 日常業務と修行と買い食い
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「はあ……」
「……お父様、大丈夫?」
「え? う、うん! 大丈夫! えーと、今日の分は……、痛っ」
お父様が作業室の棚に腕をぶつけている。
「……大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫!」
お父様がエリカさんを送って行った日から、二日が経った。
その間にお父様の手の平の怪我はすっかり良くなったのだが、お父様はエリカさんが巻いてくれたっていう包帯をまだ取っておいて、たまに眺めてはため息を吐いている。
それでも修理の手は休めず、ちゃんと修理はしているのでさすがだけど、ちょっと心配だ。
何かあったのだろうか?
……訊いても教えてくれなさそうなので、今日の仕事をしよう。
今回の依頼は、なんと王宮からのものだ。
王宮に勤める使用人や騎士などが夜に持ち歩く、魔動ランタンのメンテナンスと、魔力石の交換が主な依頼内容だ。
魔動ランタンは手に持って使う灯りで、仕組みとしては火を使うランタンとそう変わらない。
燃料のオイルが魔力石に置き換わり、その魔力を灯りに変換しつつ、ランタンの中で灯り続けるように設定した術式を刻印した記録水晶が内蔵されている感じだ。
オイルランタンよりも、前世にあった電池式のランタンの方が近いかも。
師匠の元へは王宮や貴族からも、こういった修理依頼がよく来る。
もちろん、魔力石の交換くらいなら自分たちでもできるけど、メンテナンスとなると専門家に任せることが多い。
王宮や上級貴族なら専属の修理師がいるのだが、今回は数が多いため、一部がこちらに回ってきたらしい。
魔女様の工房だから、一応信用もあるらしい。
まずはメンテナンスとして、バラせるところを全てバラして綺麗にする。その後、不具合がないか確認。あれば修復。最後に新しい魔力石と交換。ちゃんと動くが確認して終了。
仕組み自体は単純なので、七歳児の私でもできる。
流石に不具合の修理はお父様に任せているけど。
今回は九十七個ほど請け負ったらしく、今週はこの仕事にお父様は追われている。
なんでこんなに一気に依頼が? と思ったがどうやら王宮の各部屋や廊下などに設置されている、据え置き型の魔動灯りから、盗撮盗聴系の術式が組み込まれた小型魔術装置が見つかった為、現在大慌てで王宮は隅から隅まで調べられている最中だとか。
実害は今の所出ていないらしいけど、怖い話だ。
前世でもあったような事件が、剣と魔法の世界でも起きるなんてね。
ちなみに、件の小型魔術装置は、取り付けた魔動具や魔動装置から魔力を得るため、記録水晶の近くに設置されているらしく、大変分かりやすいらしい。
明らかに後付けされているから。まるで寄生虫みたいだね〜。
そう、透明の記憶水晶から違う種類の輝石がくっ付いているみたいに……って、これじゃーん!
「お、お父様! これって!」
「あ。これ、マズいね。魔女様に報告してくる!」
◇
その後、王宮の方にも連絡が行き、騎士団の方々も来て仕事どころではなくなったので、私はアンディ君とネロと一緒に、街へ遊びに行くことにした。
衛兵ではなく、騎士が来るということは、今回の件かなりやばいみたいだ。
一体誰が王宮内の盗撮盗聴なんてしたんだろうね。
ちなみに、アンディ君は、ジョニーさんに教えてもらいながら算術の勉強をしていたそう。
そのうち、本格的な家庭教師も雇う予定らしい。
外出には、防犯用(?)にお手伝いゴーレムのピクトくんもついてくる。
本来はちゃんとした防犯用ゴーレムも師匠は持っているのだが、その殆どは現在お父様のご実家のレオパルドプランタ子爵領に貸し出しているので、あまり余裕がないらしい。
ちなみに、レオパルド子爵領では、領地開発も始まり、師匠は日々忙しそうにしている。
「シンシア、僕たちだけで大丈夫なの?」
アンディ君は不安そうだ。
そういえば、彼は上級貴族のお坊ちゃんなので、護衛無しでの外出は不安なのかもしれない。
一応、アンディ君にも手乗りフワフワゴーレムのモフフが付いているので、万が一はぐれても連絡も取れるし、最終的には転送機能で魔女工房には帰ってこれるから、大丈夫だろう。
『どこいくんだぁ?』
魔剣の化身である二頭身ドラゴン状態のネロは、アンディ君の頭の上に帽子のように被さっている。
この状態のネロはぬいぐるみ程度の重さしかないので、アンディ君に負担はないらしい。
「平気平気、目的地は噴水広場だし。あ、先にここ寄って行くよ!」
「ここはデリッシュ食堂さんですね。食堂と名がついていますが、平民向けの少々お高いレストランといった処です」
と、ピクト君。
とても良い声である。
『何? ここで飯食うの?』
「流石にお子様のお小遣いじゃ無理だよ」
「じゃあどうするの?」
「お小遣い稼ぎ!」
「『お小遣い?』」
「すみませーん! シンシアでーっす」
現在は午後三時過ぎ。
デリッシュ食堂さんはお昼と夕方の時間帯にしか開店していないので、今行っても邪魔にはならない、はず。
「あらあら、シンシアちゃん。ピクト君も。そちらはお友達?」
おかみさんのマーシアさんが出迎えてくれる。
キッチンの方から、旦那さんとお料理ゴーレムのペパー君が手を振っている。
二人は夜の開店に向けて仕込みの最中らしい。
このお店は、マーシアさん夫婦とお料理ゴーレムのペパー君だけで店を回している。
マーシアさんがホール担当で、旦那さんが調理担当。ペパー君はその補佐だ。
開店時間は、午前中の十一時半から午後の十五時までと夕方十八時から二十二時まで。
料理は絶品で、私も誕生日なんかはお父様とここで食事をとったりしている。
ちなみに、ペパー君の名前は髪の色がペパーミントグリーンだったので、そこからとったらしい。
なので、某ペ⚪︎パー君とは何の関係もない。
「弟弟子の、アンディ君です。頭に乗っているのはアンディ君の……お友達のネロです!」
「あらあら、私はマーシア。ここの女将よ。よろしくねぇ。可愛いドラゴン型のゴーレムちゃんねぇ」
「よろしくお願いします」
『オレ様、ゴーレムじゃねぇけど〜』
「あんた、正体明かすと面倒だから、ゴーレムってことにしときなさい」
『しょうがねぇな〜』
コソコソッと、ネロに口裏合わせをさせる。
「マーシアさん、壊れた食器とかお鍋とかない? 直すよ!」
「そうねぇ。それじゃあ、これをお願い」
マーシアさんは、食器をいくつか近くのテーブルの上に並べた。
食器にはどれも青い葉っぱのような模様が描かれている。同じシリーズみたいだ。
ただ、どれも欠けたりヒビが入ったりしている。年季が入っているみたい。
「うちの食器はどれも亡くなった私の両親が買ってくれた物でねぇ、買い替えはできるけど捨てるのは惜しくって……」
つまりは形見みたいなものだね。
「お任せください!」
私は早速、お皿を一枚手にとる。
割れてはいないが、淵には小さな欠けとそこからヒビが伸びている。
どこかにぶつけたのかな?
私は分析と修復の魔法を使い、皿を元の状態に直す。
皿は新品同然に再生する。
「まあ、いつ見ても凄いわねぇ」
そんな感じで、テーブルに載っていた食器は全て直した。
「ありがとう! これでまだまだ使えるわ! これはお礼ね」
マーシアさんが、大銅貨を一枚くれる。
「え? 多くないですか?」
いつもなら小銅貨三枚くらいの働きなのに。
「これから、噴水広場に行くんでしょ? アンディ君にも何か買ってあげるといいわ」
「あ! ありがとうございます!!」
「ありがとう、ございます」
『あんがと〜』
「後ほど、魔女様からもお礼を」
そんなわけで、デリッシュ食堂を後にして、噴水広場へ。
ちなみに、大銅貨一枚が日本円で五百円くらいで、小銅貨い一枚が百円くらいだ。多分!
「意外と稼げたので、このまま噴水広場に行きます!」
噴水広場まではここから徒歩五分くらい。
昼間は屋台なども出ているし、近くに衛兵の詰所もあるので比較的安全な場所だ。
「何か食べたい物のある? 奢るよ」
今日稼いだ分の他に、日々貯めたお小遣いもあるので、現在私はリッチマンなのだ。
「いいの?」
『やったぜ!』
「あ、ネロは自重して。流石の子供のお小遣いだもの限度はあるわよ?」
『チェ〜』
「ありがとぉ!」
ネロは不服そうだが、アンディ君は目をキラキラさせて喜んでいる。
かっわいい〜。
そういえば、前世では兄はいたけど、弟妹はいたことがないんだよね。アンディ君は同じ歳だけど。
可愛い妹か弟。憧れるな〜。
お父様が、再婚でもすれば望み有り、か?
いや、ヘザーのことはトラウマになっているはずだし、難しいか。
今はアンディ君を弟として育てよう!
「シンシア! これは?」
アンディ君が目をつけたのは、フルーツ飴の屋台。
イチゴやブドウを三個串に刺したヤツや、リンゴを丸々一個使ったやつなど、前世の屋台を思い出させる。
私の他にも転生者や転移者がいるらしいので、こういた物も流行らせているのかもしれない。
「フルーツ飴だよ。果物に飴をかけて固めたやつ」
「はぇ〜」
「これを買おうか。どれが良い?」
「え? えーと、ブドウのやつを……」
『オレ様は、リンゴのやつ!』
「じゃあ、私はイチゴ。おじさんそれぞれ一個づつください!」
「はいよ〜」
お金を払い、それぞれ受け取り、噴水近くのベンチへ。
『甘くて固くてうまいな!』
ネロは自分の頭とほぼ同じ大きさのリンゴ飴を、ガリガリと食べている。
歯が丈夫ね〜。
「確かに!」
アンディ君もご満悦だ。
「ねー。あ、そうだ。アンディ君、私のいちご飴一個あげるから、アンディ君のも一個ちょうだい! シェアしよう!」
こういうの、姉弟っぽくない?
「うぇ!? い、いいけど……」
途端に顔が赤くなるアンディ君。
暑いのかな?
「ありがと〜」
私はアンディ君から一個もらい、お礼に私も一個あげる。
「ブドウの方も美味しいね」
「う、うん……」
『あ、いいな! オレ様にもくれ!』
「アンタ、もうりんご飴食べ終わってるじゃない……」
『いいじゃんか! 二人ばっかりズルイぞ!!』
「仕方ないな〜」
「ははは」
結局最後の一個は二人ともネロにあげた。
それから様々なお店を周り、お父様たちへのお土産を買い込み、工房に帰ったのだった。
既に騎士の皆さんは帰った後だった。
事情を聞かれただけで、特に酷い目には遭ってはいないらしい。ホッとした。
この世界というか、この国だけかもしれないけれど騎士の方々って衛兵の方々よりも怖い感じなのよね〜。




