29 裏ギルド カレンside
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昨日、エリカを説得すると勇んで出て行ったデクスターは、魂の抜けたような表情で帰ってきた。
その後、夕食も取らずに自室に籠り、朝になっても起きてこないのでカレンが様子を見に行くと、虚ろな顔でベッドの上で膝を抱えて座っていたのだった。
説得は失敗したようだ。
(なんでこんなにショックを受けているのかしら? 自分でそうしたくせに。バカな男!)
「あれだけオレに任せろと言っていたクセに、情けないわね……」
愛人のカレンはため息をつくと、冷ややかにデクスターを見ている。
今更、元妻を口説くのは嫌だと言っていたが、結局は自ら赴いた。
結果は散々。
堆いプライドはポッキリ折れ、一晩自室に閉じこもっていたというわけだ。
「まあ、あれだけ冷遇していて、やり直そうと思う女の方が稀よ。そんな女、頭が弱いかお花畑なだけだものね!」
「カ、カレン。辛辣だな……」
デクスターは涙目でカレンを見る。
「だって、あなた頼りないんだもの! このままだと、あなた終わるわよ? スターアイズ公爵がヤバい人だって事は、あなただってわかっているでしょう?」
「──ハイ」
(ハイ、じゃないんだけど!)
「とにかく、今ままでみたいにお友達に頼んで、あの女にお願いするだけじゃダメだから、ちょっと乱暴な手段を取るわよ?」
「し、しかし、スターアイズ公爵に献上するのに怪我は……」
「お抱えの魔法使いがいるんだから、ちょっとの怪我くらいなんとかするでしょう?」
「それは、まあ。多分……」
「あたしは、お友達と打ち合わせしてくるから、あなたは彼らに支払うお金を準備しておいて。あと、身支度くらいはしときなさいよ!」
「あ、ああ」
情けなくオロオロしているデクスターに苛つきつつも、カレンはそれを無視してタウンハウスの敷地内にある別宅へ向かう。
エリカがいた頃にカレンが生活していた場所だ。
カレンは本館で暮らしたかったのだが、両親にバレるとまずいので、ここで生活していたのだ。
今は本館で生活しているのでカレンは使ってはいないが、ガラの悪いお友達を本館に招待するのは気が引けるので、ここを打ち合わせの場所にしている。
別宅のドアを開けると、酒とタバコの匂いがする。
それと男達の下卑た笑い声。
それが心地よくと思えるのは、カレンにとって慣れ親しんだものだからだ。
「あんた達、羽目を外しすぎ」
「カレンさん」
「それで、どうなの?」
「流石に警戒心の強い方のようですね。お願いするだけじゃ付いてきてはくれませんよ」
「でしょうね。なら、次からはもう少し過激にお願いしてみなさいな。ちょっとの怪我くらいはしちゃうかもしれないけど、なんとかなるでしょう」
「ええ、仕方ありませんとも」
「ああ、犯すのは禁止。スターアイズ公爵様がご所望だから」
「そりゃ残念」
「バリーが戻るのはいつ頃?」
「ニ〜三日中には戻るはずだ」
「それなら、バリーが戻ったら、計画を進めましょう。それまでは今まで通りにして頂戴」
「分かりました」
(まったく、貴族の男の愛人になって、贅沢して暮らす筈だったのに!)
◆◆◆
カレンは平民として、この国に生まれた。
母は下級娼婦。父は知らない。母から詳しく聞いた事もない。
母は元は男爵家のご令嬢だったらしい。
しかし、男女関係で色々とやらかし、贖罪と借金の返済の為に娼婦になったという。
美貌を生かして高級娼婦になったが、その性格が災いして娼館を点々とする事になり、結局相応しい場所に収まったという訳だ。
あたしの事は最低限の衣食住だけを与えて、基本的には放置。
そのうち母は家にも帰って来なくなったので、あたしは子供の頃から一人で生きていかなければならなくなった。
しかし、学もマナーもなっていない子供を雇う場所は無く、必然的に盗みに手を染める事になった。
食べ物を盗み、捕まれば殴られる日々にも慣れた頃、母の死を知った。
客とトラブルになって刺されたらしい。
遺体は、娼館が面倒を見てくれて、共同墓地に収められた。
幸い、借金の方はすでに返し終わっていたらしいので、あたしが背負うものは何もなかった。
何も、だ……。
あたしは、最後までなんの感情も湧かなかった。
ただ、あの性格の悪さなら、そりゃ最後はこうなるだろうな、と思った位だった。
そんな母が、なぜあたしを産み育てたのかと言えば、高級娼館時代に寵愛を受けた上級貴族の紳士が、父親の可能性が高いから、らしい。
あたしを孕った時期はその人としかヤッていなかったのと、瞳の色的にその可能性が高いとか。
まあ、結局はそれを活かす事はできなかったみたいだが。
高級娼館なのに避妊はどうしたと、今のあたしなら思うが、中には愛人狙いであえて避妊をしない娼婦もいるらしい。
つまり私は母が幸せになるための道具だったのだ。
そして、利用価値がなくなったから、あんなにも興味がなかったのだ。
母の働いていた下級娼館の支配人はそんな事を母の墓前て話し、何か困った事があればいつでもおいでとあたしに名刺を渡して去って行った。
なので早速、頼らせてもらった。
成人していないうちは小間使いとして、姐さん達の身の回りの世話をする事になった。
しかし、母は同僚の彼女達とも度々揉め事を起こしていたので、当然姐さん方には嫌われていた。そして、その娘で似た容姿の私も、彼女らに嫌われていびられる日々となった。
客を取る様になると、意外にもあたしは人気があった
どうやら母に似た容姿のあたしは、結構容姿に恵まれていたらしい。初めて母に感謝した。
だけどそうなると始まるのは、姐さん方のやっかみ。
あたしは何もしていなかったけど、客がどんどんあたしに流れてしまって、結果的にガチ恋していた姉さん達の客を盗ってしまうことになった。
そのせいで、刃物沙汰にもなってしまった。
身の危険を感じたあたしは娼館をやめて別の娼館に行ったけど、そこでも似た様な事が起きたので結局は行く宛のない、似た境遇の者達が集まる区域に住み着いた。
そうなると今度は、この容姿が邪魔になる。
美人は得をする事もあるが、同時に厄介ごとにも巻き込まれてしまう。
つまりは、見た目の良い身寄りのない若い女は、人攫いの格好の獲物だったのだ。
あたしも人攫いにつかまりかけたが、それを助けてくれたのがバリーだった。
あたしも彼の仲間になり、様々な事を手伝う様になった。
別にバリーに恩返しがしたかったとかじゃない。ただ、命を脅かされない居場所が欲しかっただけだ。
そして、仲間には寛大なバリーを慕う者は増え、今では裏社会で知らない者はいない位には大きくなった。
そしていわゆる、裏ギルドというやつになった。
ギルド名は『ファング』。
裏ギルド・ファングは依頼があれば何でもやる組織。
そこに正義も義憤も無い。ただ、金を払ってくれればどんなに外道な行いもするギルドだ。
裏社会には、悪い連中が集まって、似たような組織を作ることが多いが、うちのギルドはは頭一つ抜きん出ていた。
あたしは、情報収集と資金調達の為に体を売るようになり、最終的には上位貴族の愛人にまでなる事ができた。
このまま、デクスターの愛人として生きつつ、密かにバリーに協力する生活を楽しむつもりでいた。
別に正妻の座が欲しかった訳ではないけど、デクスターはあたしを優先し、白い結婚を貫いた。
彼が上位貴族の令嬢であるエリカを蔑む様子は、凄く気分が良く愉悦に浸れた。
だからエリカあなたは、あたしを気持ち良くさせるために酷い目にあってほしい。
ああ、母さん。
こんなに性格が悪いなんて、あたしやっぱりあなたの娘だったのね。
◆
それから数日が経って裏ギルドのリーダー、バリーが帰ってきた。
他国にいる弟に会ってきたらしい。
弟は、他国で似たような裏ギルドのリーダーだとか。
そっちのギルド名は『クロー』というらしい。
あたしは会った事はない。まあ、これからも会うこともないだろう。
「さて、今回の依頼はなんだ?」
「デクスター・ランタナ侯爵の元妻のエリカという女を攫ってきて欲しいの。あるいは向こうからこちらへ来たくなるように説得してほしい」
「なるほどね。男装が好きな美人というわけか。こういう気の強そうな女に、自分の性別をわからせてヤルのが、気持ちいいんだ」
「言っとくけど、公爵様に献上するから、手を出すのはダメよ?」
「そうかい。ではまずは周りから攻めていこう。この女以外は何してもいいんだろう?」
バリーは自分の両拳をガキンッと合わせる。
彼はガタイが良く、筋肉質な体をしている。
戦闘スタイルもその肉体を生かしたものが多いし、しかも強い。
「まあ、その辺は程々に」
「まかせときな」
こうして戦力は揃ったのだけど、あたし達はバリーが脳筋である事を忘れていたんだ……。




