27 午後の授業
途中で別視点に切り替わります。
◇
その日の午後は、エリカさんによるマナーの授業だ。場所はいつも、食堂を利用させてもらっている。
「シンシアちゃん、倒れたって聞いたけど、大丈夫だった?」
エリカさんは快気祝いにクッキーを沢山持ってきてくれた。
手作りらしい。美味しそう!
「はい。魔力切れを起こしてしまって」
私が倒れたのと、アンディ君の準備のため、この五日間はエリカさんお授業はさらにお休みになってしまったのだった。
なので、アンディ君とエリカさんはこれが初めましてなのだ。
「初めまして、エリカ・アンダースノウです。お二人にマナーをお教えする事になりました。よろしくお願いしますね、アンディ君」
と、見事なカーテシーを披露するエリカさん。
「アンディ・スノーデイジーです。よろしくお願いします」
アンディ君は見事な紳士の礼をする。
え? すんごい様になっている。
凄い。
私なんて、カーテシーする時、今だに足がふるえるんだが?
「スノーデイジーという事は、騎士団長の?」
「はい。ぼくの養父ネイサン・スノーデイジーは、現在、白の騎士団の騎士団長をしています」
「そうなの!?」
騎士団長って、騎士で一番偉い人じゃん!
「シンシアちゃん」
「あ、ごめんなさい!」
いきなり大声で会話に割って入るのは、マナー違反だ。
「それでは、二人共席についてください」
◇
久しぶりのエリカさんの授業で分かった事は、アンディ君のマナーは完璧。少なくとも私の目にはそう見えた。
そして、私のマナーのレベルは、あまり高くない。がっかりだ。
どうにも、前世の感覚が邪魔するのか、苦手意識が出てしまう。どうしても、こんなマナーなんて覚えるくらいなら、貴族なんて辞めてやるわって考えが頭をよぎってしまうのだ。これはいけない。
そういえば、アンディ君は侯爵家のご子息なのだ。養子ではあるが。
なら、マナーが完璧でも不思議ではない。
ちなみに、私は五歳までほぼ放置されて育ったので、マナーの方は本当に最低限。
実母が見栄で雇った家庭教師が、読み書きや計算を教えるついでに少し教わった程度だ。その後は、エリカさんに教わっているので何とかやれているが、ぶっちゃけ魔法と違って楽しくも無いので、モチベーションが上がらない。
だが、だからと言ってやめる気も、諦める気もない。
だって、出来ないままなんて負けたみたいで、ムカつくからね!
◇
「今日はこの辺りにしましょう」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました……」
その後はエリカさんが持ってきたクッキーでお茶会。
紅茶をクチーナさんが淹れてくれる。
「スノーデイジー公爵家は、私の実家の親戚ですね。少し遠縁ですが」
「そうなんですか!?」
「確か、母方の曽祖母の妹さんが嫁いでいるはずです」
「そうなんですね〜」
と言うことは、エリカさんから見てアンディ君は、えーと、なんだ? 再従兄弟だっけ?
えーと……、とにかく親戚だね!
世間って狭いね!!
そして、日が暮れる前にエリカさんは帰ることになった。
夕方前とはいえ淑女の姿のエリカさんが、一人で出歩くのは危険だと思うけど……。
「それなら僕が送っていくよ」
と、お父様が名乗り出た。
今日の仕事は終わりらしい。
「え? 大丈夫ですか?」
お父様は今年で二十四歳の筈だけど、いまだに美少女にしか見えないんだよね〜。
「え? どういうこと?」
お父様が怪訝そうな顔をする。
「お父様の方が守られそう。ジョニーさんの方がいいのでは?」
「いやいや、ジョニーさんは魔女様や工房を守るのが本来の仕事だからね、そうすると、エリカさんを送り届けるのは僕が適任だよ!」
珍しく食い下がるお父様。
「大丈夫かな〜。何かあったら、ホワワで連絡してくださいよ〜?」
フワワは手乗りサイズのフワフワの毛並みを持つゴーレムだ。
転送のための目印や通信機になる上、結構知能が高いので自分で臨機応変に動いてくれる。
フワワはピンクの毛並みでお父様に付いており、私はホワワという白い毛並みの子が付いている。
アンディ君にも、青い毛並みのモフフが付いたらしい。
ちなみに、フワフワゴーレムは、師匠の使い魔のうちの一種だ。
「大丈夫、それじゃあ行こうエリカさん」
「ええ、お願いします」
私とお父様のやり取りを、クスクス笑いながら眺めていたエリカさんは、お父様の手を取った。
◆◆◆
時刻は午後四時ごろ。
日はまだ高く、町には人が溢れていた。
エリカの商会兼工房は、魔女工房から徒歩数十分くらいの所にあり、周りは金物を扱う店が立ち並んでいる。
「シンシアは分析の魔法と修復の魔法を同調させて、その物の最上位の姿を脳裏に思い描くことができるらしいんですよ。我が娘ながら成長が凄まじいです〜」
「あら、シンシアちゃんは将来有望ですね」
二人の共通の話題となると、シンシアの事になる。
「──でも、最近アンディ君との距離が近いような気がするんですよね」
「もう仲良くなったんですね。アンデイ君も心強いでしょうね」
そうやって会話に夢中になっていると、いきなり目の前に何者かが立ち塞がった
「「!?」」
相手は明らかに、悪漢といった見た目の男が三人。
「ほーん、こいつ?」
「黒髪、黄水晶の瞳……だな」
「おい、黒髪の嬢ちゃん。オレたちと一緒に来な」
「──!」
「なんですか、あなた達は!」
ショーンがエリカを守るように前に出る。
「こっちは?」
「可愛い顔してんな、一緒に連れてくか?」
「余計な奴はいらん。依頼は黒髪の女だけだ」
「あら、誰かのご依頼? 招待状はもらっておりませんが?」
エリカは心を乱す事なく、そう言った。
ここで慌てふためくのは悪手だ。なんとか時間を稼ぎつつ、情報を得たい。
「出していねぇからな。急用だから俺たちが直接迎えに来たんだ」
「ではお断りいたします。急用でも、このような不躾なお誘いをされる様な知り合いはおりませんので」
「なら力づくだな」
男の一人がエリカに手を伸ばす。
「──っ」
「やめろ!」
その手をショーンがはたき落とした。
「何しやがる、テメェ!」
「うわっ!」
その行動に激昂した男は、ショーンを突き飛ばす。
尻餅をつくショーン。
「ショーンさん!」
エリカがショーンに駆け寄る。
「おい、余計な事をするな」
「だ、だが──」
「いや、すまないお嬢さん。乱暴する気はなかった。だが、怪我をさせたくなければ、大人しく付いてきな。別に何かしようっていうんじゃない。アンタに用がある人がいるんだ」
「──っ」
「なんだ何だ?」
「喧嘩か?」
「まあ、女性二人を相手に!」
「衛兵呼ぶか?」
「おれ、呼んでくる!」
騒ぎを聞きつけて、人が集まってくる。
「チッ、引くぞ!」
男たちはあっさりと引き下がった。
「大丈夫かい、あんた達?」
「え、ええ。ありがとうございます。ショーンさん、大丈夫?」
エリカはショーンを助け起こした。
「……はい。えーと、お恥ずかしいところを……」
ショーンは服の誇りを払いつつ、恥ずかしそうにする。
「いいえ。庇ってくれて嬉しかったです。ありがとう。あら? 手の平、怪我してますね」
「え? 本当だ」
見れば、ショーンの右手の平には擦り傷ができ、うっすらと血が滲んでいる。
「工房に着いたら、治療しましょうね。アゲートの工房に戻るより、うちの工房に行った方が早いですし」
「い、いえ、おかまいなく」
「あら、修理師として大切な手ですよ? ちゃんと労わってあげないといけません!」
「は、はい……」
少し怒ったような表情は、意外にも少女のように見え、ショーンは思わず見惚れてしまう。
「それじゃあ、行きましょう」
エリカは心配だったのか、ショーンの怪我をしていない左手を掴むと、自分の工房へ急いだ。
エリカに掴まれた左腕が、なぜか熱く感じた。




