22 弟弟子ができました
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「シンシアちゃん、新しい弟子を紹介するから事務所に来て〜」
「新しい弟子、ですか?」
自室で勉強していると、師匠が声をかけてきた。
ルビア伯爵家から私とお父様が離縁して、約二年が経った。
私シンシアは七歳となり、父のショーンと共に師匠のアゲートの魔女の工房で住み込みで働いている。
といっても働いているのはお父様で、私はたまにお手伝いをしつつ、魔女の弟子としての修行と淑女教育に明け暮れているのだが。
師匠と共に工房の事務所に向かうと、すでにお父様と師匠の夫のジョニーさんがいた。
私はお父様に抱きつく。それを受け止めてくれるお父様。二人でニコニコする。
そして、初めて見る顔に気づく。
「この子よ」
そこに居たのは、曇り空みたいなアッシュグレーの髪とスカイグレーの瞳を持つ、可愛らしい男の子だった。
年齢は私と同じくらいだろうか。
少し暗い表情なのが気になるが、それ以上に気になるのが彼の魔力の流れ。
〝分析〟で視ると、なんか変?
──異なる二種類の魔力が微妙に喧嘩している? どういう状況? 大丈夫なのか? あ、一応腕輪で制御してる? 師匠の魔術動具かな?
「彼の名前は、アンディ・スノーデイジー。スノーデイジー侯爵家の三男君よ〜」
「……よろしく、お願いします」
アンディ君はペコリと頭を下げる。
侯爵ってことは上級貴族のお坊ちゃんか。
「じゃあ、アンディ君に一緒に暮らす仲間を紹介するわ〜。
まずはアタシ。知っているとは思うけど、アゲートの魔女よ〜。アゲートさんでも魔女さんでも、好きな様に呼んでね〜。
こっちは私の夫みたいな感じのジョニー。剣の腕は一流よ〜。
そして従業員で修理師のショーンちゃんに、彼の娘であり私の弟子のシンシアちゃん!
アンディ君からすると姉弟子になるわね〜。同じ歳だし仲良くしてね〜!」
私って、姉弟子?
つまり、アンディ君は私の弟弟子?
姉……、弟……。
私はニンマリと笑うと、アンディ君の目の前に躍り出る。
「よろしくね、アンディ君! 分からないことがあったら、なんでも訊いてね!!」
お姉さん風が吹きまくる!
◇
その後はアンディ君の歓迎会なお茶会。
丁度午前の休憩時間に被さるので、ジョニーさんとお父様も同席する。
私はお父様の隣に座る。
今日のおやつは人気店のチョコレートケーキだ。師匠がこの日の為に予約して買ったらしい。
おやつを食べながら、アンディ君の身の上についての説明を受ける。
といっても師匠が殆ど、喋っているんだけど。
アンディ君はケーキも食べずに俯いている。
大丈夫?
アンディ君はある物に取り憑かれており、そのある物と彼自身の魔力の相性が悪い為、魔力暴走で命の危機にあったらしい。それを師匠が〝魔力封じ〟の腕輪で抑え、その制御を覚えるために師匠の元へ来たらしい。
「ある物ってなんですか?」
「魔剣ネロ。人を恨む邪竜から作られた、呪いの剣だ」
ジョニーさんが説明する。
「ま、魔剣ネロ……」
なんて中二心を擽ぐる名前。
アンディ君を見ると、なんだか虚な眼差し。
あ、これ深刻なやつですね、好奇心は封じます。
「魔剣ネロというのは──」
ジョニーさんの説明はこうだ。
その昔、とある国があった。
その国には、人に友好的な竜がいた。国は竜によって栄え、外敵からも守られていた。
しかし、新たに王になった若い王は自分の力を誇示する為、竜を殺しその体から武器や防具を作った。
そして、竜の魂は魔力制御の為に剣に封じられていた。
竜は信じていた人々に裏切られ、呪いを生み出した。
呪いの効果は、その武器や防具を装備した者の戦闘力を、一時的に上げるが最終的には狂戦士化し、誰彼構わず殺害するようになり最後には魔力が暴走して装備している本人も死に至るというものだ。
この狂う程度は人によって異なるらしいが、最終的に魔力が暴走して死ぬのは確定らしい。
若き王はこの呪われた装備を全て身に纏い、そして国は滅び、最終的には本人も死んだ。
周りの国との国交をほぼ断絶していたこの国の事態を、魔族が把握したのはそれから数年後の事だった。
その時には竜から作られた武器も防具も、何者かの手により持ち逃げされ売られ、その行方はわからなくなっていた。
事態を重く見た魔族はそれらを回収し、封印するために動く。
呪いとはいえ、使用者の能力を上げ狂戦士化させるので、戦の多い場所では重宝された。その為、回収にはかなりの時間がかかったらしい。
それから数百年経ち、なんとかほとんどの武器と防具を回収できた。
しかし、魔剣ネロだけは竜の魂が入っているからなのか、見つけて回収しても魔族の国に届けられる前に誰かに奪われてしまうらしい。
そして、ようやくこの国にあることがわかり、なんとか見つけたのが二年前。
どうやらアンディ君に取り憑いているらしいのが分かったが、まだ影響が出ていないため様子を見る事に。
その後、魔剣の影響が出始めたのでご両親に接触。アンディ君を預かる流れになったらしい。
「そうか、大変だったね……」
お父様が労わるように声をかける。
「……」
アンディ君は無言だ。
ちょっと、お父様が心配してくれてるでしょう!?
いや、子供にそんなことを言うのは良くないわ。
親元を離れて寂しいから暗い顔をしているのだろうし。
失礼な態度は追々直していけばいいわ。
私は姉弟子なんだからね!
アンディ君は相変わらす暗い顔で俯いている。
ケーキにも紅茶にも手をつけていない。
子供だったら、もっと甘いもの喜ぶもんじゃない?
これはマジで深刻なヤツだわ。
「アンディ君……」
私が声をかけようとした時、アンディ君の影がゆらめいて伸びた。
──え?
「!」
「!?」
影が触手のように伸び、対面に座っている私に迫る──!?
と思ったが、触手の目的は私ではなかった。
アンディ君の目の前にあった彼の分のチョコケーキを掴むと、ケーキは影の中に消えた。
──ええ!?
私を守るように抱きしめていたお父様も、剣に手をかけていたジョニーさんも固まっていた。
師匠はあらあらと言って、いつもの調子。
影がケーキを? どういう事?
再び影が伸びる。今度はアンディ君の分の紅茶の入ったティーカップを掴むとまた引っ込んだ。
そして、空になったティーカップがペイッとアンディ君の陰から吐き出される。
「わわっ!?」
それを受け止める私。
「ご、ごめんなさい」
アンディ君が真っ青の涙目になりながら、謝る。
ちょっと可愛い。
いや、泣き顔が可愛いというのは、良くないな。
「わ、私は、大丈夫……アンディ君は?」
ティーカップを戻す。
「大丈夫です……。僕の影がごめんなさい!!」
「こ、これが、魔剣ネロの影響?」
アンディ君はこくりとうなづいた。
影からニョロニョロが出てきて、食べ物を食べる? いや、食べているのかはわからないけど。
まあ、貴族としては生きづらそうな呪いだ。いや、人としても。
「まあ、これも影響の一つだけど一番マシなヤツよ〜。魔封じの腕輪してないと、アンデイ君と魔剣の魔力の相性が悪くて、アンディ君普通に死んでいたからね〜」
もっと深刻だった。
どうやら、完全に封じると魔力がパンクしてアンディ君にも悪影響が出るらしく、ガス抜きの為に命に別状がないレベルの影響は残したらしい。
その影響が、影が勝手にケーキ食べる事?
「おそらく、呪う魔力が足りなくて、食べ物で補おうとしているみたい〜。まあ、全然足りないでしょうけど〜。嫌がらせみたいなものね〜」
と、師匠。
嫌がらせって……。
魔剣ネロの呪いがナーフされすぎている。
「とりあえず、アンディ君は工房を案内するわ〜。お部屋も準備してあるから、シンシアちゃん荷解き手伝ってあげてね〜。ピクト君にも手伝わせるから」
ピクト君は前世の世界で、非常口に描かれているあの緑色のピクトグラムに似た見た目のお手伝いゴーレムだ。大きさは、成人男性と同じくらい。
私がピクト君と呼んでいたらそれが名前になった。
普段は工房内の掃除や、お父様の助手をしている。あくまでもお手伝いが使用目的なので、戦闘力は一般人とあまり変わらないらしい。
「わかりました!」
とりあえず、午後の予定が決まった。
「こんにちわー」
その時、工房の受付に聞き覚えのある声が響いた。




