18 ただ側で見ている事にします ???side
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私はアリウム男爵家の長女として生まれました。
家族は父と弟。母は数年前の流行病で亡くなりました。
特に目立った家系ではなく、貧乏ではないが裕福でも無い、そんなごく普通の下級貴族の家柄でした。
家族全員、特異魔法は持っておらず、聖女を輩出したこともありません。
父と弟は土属性の魔法の、私は水属性の魔法の適性がありましたが、使えたのは生活魔法程度。便利であはりましたが、その程度の魔法しか使えないくらい平凡な一族でした。
そんな私でも、学園へ通う年頃になれば王都へ行く事ができます。
領地が遠いので、寮生活にはなりますが、それでも初めての王都での生活は楽しかったのです。
勉強は大変でしたが、友人もできて充実した生活を送っていました。
ヘザーに出会ったのは、二回生になった時でした。
学園では一回生の時は、家柄でクラスが決まりますが、二回生からは成績でクラスが決まります。
人数の関係でギリギリ最上位のクラスになった私は、数少ない女子であるヘザーと直ぐに仲良くなりました。
最上位クラスとはいえ、私はその中での成績は最下位付近。
なんとかヘザーに勉強を見てもらいなから、最下位ににならないようにする日々。
その為、勉強が忙しく、一回生の時の友人ともクラスが分かれてしまったこともあり、疎遠になってしましました。
そうして私には、ヘザーしかいなくなりました。
努力の甲斐あり、最終学年である三回生になった時も最上級のクラスになる事ができました。
ヘザーともまた同じクラスだったことを喜びました。
三回生になってからも努力を怠らず、勉強の日々。
そしてなんと、二学期の学期末試験で得意な教科で学園一位を取ったのです。
それ以外はいつもの通りでしたので、総合順位はいつもより良い程度でいたが、とても嬉しかった事を覚えています。
これもヘザーと一緒に勉強をしているおかげです。
だから、彼女にお礼を言いたくて呼び出したのですが、彼女の様子がおかしいのです。
それでもヘザーへ礼を言うと、ヘザーにものすごい形相で睨まれ、激しい罵倒を浴びせられました。
私は何が起こっているのか、すぐに理解は出来ませんでしたが、それでも分かったことは、ヘザーは自分以外の女子が、彼女より上位の成績を収める事を良しとしていなかったという事でした。
それ以来、ヘザーからは距離を置かれていましましたが、一週間ほど経った頃またヘザーに呼び出されたのです。
内容は、以前の事を謝りたいと。
あの時のヘザーの様子は、試験のストレスによる一時的なものと考え、その呼び出しに応じました。
その日の放課後、私は指定された場所に向かいました。
場所は学園内にある図書館の二階。
ここには学生なら誰でも利用できる自習室があり、個室も備わっていたのでよくヘザーと利用していた場所でした。
特にバルコニーの設置された個室は人気で、気晴らしができる他、景色がいいので恋人同士の勉強会という名の逢瀬の場にも使われていたといいます。
ヘザーはその個室にいました。
バルコニーに出て、その真紅の髪を風に遊ばせていました。
私が声をかけると、赤に近い茶色の目が私を捉えました。
そして微笑みます。
ああ、やっぱりあの時の事は間違いだったのだと思い、彼女の隣に立ちます。
そして、ヘザーが口を開きました。
「貴女、邪魔だわ」
それは謝罪の言葉ではありませんでした。
次に感じたのは、強い衝撃。
どうやら私はヘザーに強く突き飛ばされたようです。
そして、勢い余ってバルコニーの手摺りを超えてしまい──。
更に強い衝撃を受けて、私の意識は暗転しました。
◆
次に目が冷めた時、私は知らない部屋にいました。
白を基調とした部屋で、薬品のような匂いがします。
なんとなくヘザーにされた事を思いだし、自分が治療院か医療院にいるのだと理解ができました。
体が動きませんが、痛みも感じません。私の体はどうなってしまったのでしょうか?
その時誰かが部屋に入ってきました。
一人は白い髪にピンクのグラデーションという不思議な髪色をした少女。
もう一人は金髪に赤眼の長身の男性。恐らく上級貴族の方でしょうが、思い出せません。
最後の一人は青い顔をしたヘザー。
「お目覚めですか? では貴女の現状をお伝えします」
男性は有無を言わせずに話し出します。
尤も私は声すら出せないのですが。
「貴女はヘザー嬢によって、図書館の二階から突き落とされて大怪我を負いました」
「……」
やはりあれは、現実だった。
「打ちどころが悪く、もはや貴女は以前のような日常生活を送ることは、不可能でしょう」
まさか、私、一生このままなの?
「ですが、ご安心を。貴女には新しい体を、ご提供させていただきました」
「……?」
意味が分からなかった。
新しい体を、ご提供させていただきました?
それではまるで、私の体がすでに新しい体になっているような口ぶりです。
「ですが、すぐに用意できた体は、元の貴女の体とは似ても似つかない姿となってしまいました。それに関しては申し訳ないと持っています」
私の体が、すでに新しいものに変わってしまった事が前提で、話が進んでいきます。
嫌な予感がします。でもそれはおそらく、合っているのです。
「ですが、ご安心ください。今の容姿は以前よりも美しい容姿に仕上がっています。お喜びください」
どこをどう喜べというのか。
私の容姿は美人ではありませんでしたが、亡き母に似た容姿をしていました。
だから嫌うどころか気に入っていたのです。
それをまさか、私の意見も訊かずに勝手に変えられたのでしょうか?
「しばらくは今の体に慣れるために、リハビリをする必要がありますが、ちゃんと最後まで責任を持って面倒を見ますので、ご安心ください。さて、お疲れですね? 詳しいことはもう少し回復したらしましょうか」
確かに、色々ありすぎて意識が遠のきそうです。
「あ、あの!」
ヘザーが口を開きます。
「貴女が悪いんだからね!? せっかく面倒を見てあげてたのに、私よりいい成績なんてとるから!! 男爵令嬢のくせに!!」
ここまでしておいて、ヘザーの口から謝罪は聞く事ができませんでした。
「でも、貴女のことはウチで雇ってあげるから、感謝することね!」
嫌です。
という言葉は出す事ができませんでした。
たとえ肉体が変えられても、彼女の下で働くなんてまっぴらごめんです。
だから、時がきたら逃げ出そうと考えましたが、今の私はそれが永遠に叶わないのだと思わなかったのです。
◆
それからどれくらいの期間が過ぎたのかはわかりません。
それでも少しずつ私の体は回復し、声を発せるようになり、体を動かせるようになり、そして歩けるようになっていきました。
たまにヘザーが来て治癒魔法をかけてくれるおかげか、恐らく全身酷いことになっていた私は、想定よりは早く回復できたと思います。
ヘザーのことはもう嫌いですが。
そして、自分の身の回りのことを自分でできるようになってきた頃、私は初めて自分の姿を鏡で見ました。
濃い茶色の髪にそれよりは薄めの瞳。
確かに美人ではあるけれど、元の私とは似つかない、顔の造形と体型。
それはお母様譲りのピンクブロンドの髪とチェリー色の瞳、どちらかといえばスレンダーだった元の姿とは真逆の印象を受けたました。
自分の体に触ってみる。
人と同じような質感。でも何故か違和感がある。
「おや、動けるようになりましたか。良かった良かった」
久しぶりに見る、金髪赤眼の長身の男性。
「あの、助けてくださって、ありがとうございます。ですがこの体は、一体……?」
「ふむ。君の体は──」
結果から言えば、私の体は人間のものではなくなっていました。
元の体は損傷が激しく、既に処分されたというのです。
もはや、元に戻る事は叶いません。
それでも、もっと技術が進めば元の容姿っと同じに作り変えてくれると言われましたが、断りました。
だって本当の私は既に死んでいるのですから。
しかもヘザーに突き落とされた日から三年も経っており、世間で私は行方不明扱いをされているということも分かりました。
全てのことがどうでも良くなった私は、日常生活ができるまでに回復すると、名前を変えて、前に言われた通りにヘザーの家で雇われることになりました。
元々、どこかの家で侍女として働く予定ではあったので、仕事自体は自体は苦になりませんでした。
新しい肉体は疲れることもなく、少しの食事と睡眠で活動できるので、仕事に慣れてきた頃にはこの体で良かったかもしれないと、思うようにもなりました。
唯一の欠点は、定期的にヘザーの治癒魔法をかけてもらわないと、意識を失うということでしょうか。後は特殊な薬も毎日摂取しなければなりません。
ヘザーも文句を言わずに治癒魔法をかけてくれるので、今の生活も悪くないと思ってきた頃、聞いてしまったのです。
あの長身の貴公子とヘザーの会話を。
「彼女の様子はどうですか?」
「問題はありません。ちゃんと動いていますわ。言われた通り、定期的に治癒魔法をかけることも怠りません。薬も飲ませています」
「そうですか。そのまま続けるようにお願いします。しかし哀れなものですね。二階から落ちて、たかだか骨折程度で元の可愛らしい肉体を失うとは。まあその肉体は長生きをしたい多くの貴族達を救ったので、めでたしめでたしですが」
──!?
「それは仕方がありません。彼女がいると、邪魔だったんですもの。この方法なら、貴方の臨床実験もできて、一石二鳥でしょう?」
「まあ、貴女の思惑はどうでもいいです。ちゃんと、長生きさせてくださいね。彼女にはかなりの額を投資していますから」
「も、もちろんですわ!」
「では、また様子を見にきますので──」
長身の貴公子が帰るそぶりを見せたので、急いで応接室から離れる。
自室に逃げ込むと、先ほど聞いた会話を反芻しました。
あれはつまり、私は肉体を取り替えられるほどの致命的な大怪我では無かったにもかかわらず、私は体を変えられてしまったという事。
しかも、私の元の肉体は……。
そして、ヘザーは私のことが邪魔だというだけの理由で……。
そんなの、許せない──!
それから、私の心には復讐の炎が灯った。
普段の態度は変えず、ただヘザーの人生が悪い方へ進むようにアドバイスをし続けた。
婚約者以外の相手に恋心を抱いて悩むヘザーに、獣人族に伝わる運命の番の話を持ち出して背中を押したり、領地運営に悩んでいれば、ルビア伯爵家の領地には適さないけど最近有用になった方法を何気に進めてみたりと、些細なことを続けた。
意外にもヘザーは私の言葉を聞き入れ、私の望んだ方へと突き進んで行った。
結果、ヘザーは婚約者との結婚前に他の男の子供を妊娠し、婚約は破棄。
以降、彼女の評価は地へと堕ちていった。
代わりに婿入りしたショーン様には申し訳ないとは思うが、ヘザーの評価が下がるなら多少の犠牲は仕方がないと思えた。
それは、シンシア様が生まれてからも同じだった。
どういうわけか、それまでシンシア様の世話そしていた侍女が辞めてから、私が彼女の専属となってしまったが。
シンシア様には興味もないが、無下にするほど憎くも無かったので、普通に接していたのだが、それがショーン様に好意的に捉えられてしまったらしい。
仕方なく世話をしていましたが、シンシア様が五歳の頃、彼女の不審な行動に気づいた。
この世界の神話や歴史などを調べたり、多種族に興味を持ったり……。
恐らく何かを企んでおり、本来なら止めるべきなのですが、シンシア様に何かれば、ヘザーの評価はますます落ちることになるでしょう。
それこそが私の望み。だから放置しました。
ですが結果は意外なことになりました。
シンシア様は魔女様の弟子になり、ショーン様と共にルビア伯爵家から揃って離縁したのです。
ヘザーは魔女様の前でもやらかし、大恥をかいたとか。
いいですね。とてもザマァでございます。
その場を直接見られなかったのは残念ですが、二人の旅立ちを祝いそれでよしとしましょう。
最後にシンシア様をお見送りしました。
きっと彼女の未来には素晴らしいものが待っているのでしょう。
私の体はヘザーの治癒魔法なしには生きられない状態です。だから一緒には行けませんし、行く気もありません。
だから、彼女の最後の瞬間まで側にいましょう。
貴女が破滅する、その日まで──。
一体、誰の話なんだ……?




