17 恋に堕ちた才女 ヘザーside
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ヘザーはルビア伯爵家の一人娘として産まれた。
両親に可愛がられて育ち、それでいて将来は女伯爵になるための研鑽も怠らない、真面目な少女だった。
ルビア伯爵家は聖女を輩出した事もある名門で、その歴史は百年以上。
治癒の特異魔法を発現する者が多い一族だった。
ヘザーに聖女の適性は無かったが、強力な治癒の特異魔法を発現した。
治療師になる事も考えたが一人娘である為、家を継ぐことを選んだ。
同時に休日などの時間がある時に救護院や治療院に赴き、治療の手伝いをすることで治癒魔法を有効活用し、自己鍛錬とした。
その姿勢が当時のチランジア公爵の目に留まり、彼の次男との婚約が成立する事になる。
学園に入学してからも努力は怠らず、試験では常に十位以内の成績を収めた。これは当時の女性としては、過去十年の間で最も優秀な成績となり、ヘザーは才女として学園で有名になった。
婚約者との仲も良好で、将来が輝かしいものと信じて疑わなかった。
それに翳りが出てきたのは、学園を卒業して四年が経った頃だった。
ヘザーは二十二歳となり女伯爵となるために日々、父に付いて領地運営の勉強と救護院での治療活動に奔走していた。
本来なら二十歳で婚約者と結婚する予定だったが、チランジア公爵家でトラブルが起きたのと、ヘザーの女伯爵としての教育が上手くいかなかった為、予定よりも婚姻が伸びてしまったのだ。
チランジア公爵の方のトラブルは、チランジア公爵家が有する商会が制作している同一システムを利用したゴーレムがエラーを起こし、その復旧のためにここ数年忙しくしていたのだ。その為、婚約者とは殆ど会えない日々が続いた。
ヘザーに関しては、それまで優秀だと言われてきたヘザーに為政者としての才がないのでは、という意見が出始めたのだ。
ヘザーは確かに優秀だったが、それは勉強などの知識を習得する能力や、与えられた仕事をこなす能力は優れていたのだが、その知識を実際の仕事に活用し、為政者として人をまとめあげ、引っ張って行く能力は芳しくなかった。
また、独善的であり、領民の意見をあまり聞かず、自分が考えた改善策を押し付けるといった事が続いた。それが領地に適した政策であれば問題はなかったが、そうではなかった。だからヘザーの考えた改善策は上手くいかず、ヘザーはそれを領民のせいにし癇癪を起こす様になった。
結果、領民との関係は悪くなる一方だった。
それでもヘザーは自分が正しいと信じて疑わず、領民たちを無能と決めつけていた。
一度ついた悪評を払拭するには、相当な努力が必要だ。しかし、ヘザーは改善案は出すが、それを実現するための努力は他人任せだった。
ヘザーの父はそれを重くみて、ヘザーの教育期間を予定よりも長く取った。改善を信じて。
その後父は、ヘザーは当主に向いておらず、治療師になる方が良いのではと提案したが、それに対しヘザーは烈火の如く怒った。
手がつけられなくなり、その話は保留となった。
そんな上手くいかない日々、婚約者に会えない日々に心を病んでいたヘザーは、気晴らしにスターアイズ公爵が主催した夜会に参加した。
婚約者は都合が付かなかった為、父のエスコートだったが、学生時代の友人にも会えて良い気晴らしになった。
そして、運命の出会いをしてしまう。
相手は、アーロン・ハートシード。
ハートシード男爵家の次男で、学園では同級生だった。
同じクラスになった事はなかったが、その整った容姿で当時から多くの女性と浮き名を流していた男性だ。
ネイビーの髪と、少し色合いの違う同色の瞳。
挨拶をした後、少し二人で話をした。
女性の扱いに長けた彼に、疲弊いしていたヘザーは心奪われた。
胸の高まりが止まらなかった。
学園を卒業してから彼は、後継である兄の補佐をしているらしい事が分かった。
そして、学生時代から彼がヘザーのことが好きだったという事も発覚。
その言葉にヘザーは心が躍った。
そして、彼こそが自分の運命の相手だと、信じて疑わなかった。
アーロンと連絡を取る様になり、二人だけで会う様になるのにも時間が掛からなかった。
それは当時専属にしていた侍女のアドバイスもあり、ヘザーは彼女の言葉と自分の心に従った。
そうしてすぐに、男女の関係となってしまった。
多くの女性と関係を持ってきた彼は、寝台の上での女性の扱いにも長け、それまで何も知らなかったヘザーはあっという間に、彼にのめり込んだ。
もはやそういった行為の虜となってしまったヘザーは、女伯爵としての勉強も責任も放棄し、救護院にも訪問しなくなり、暇さえあればアーロンとの行為に耽るようになった。
ヘザーは快楽に溺れ避妊するという考えが浮かばず、アーロンは敢えて避妊をしなかった。
その結果、ヘザーはアーロンの子を妊娠した。
それに気づいたのは、婚約者と結婚する予定の半年前だった。
ヘザーは全てを両親に伝え、婚約を解消し、アーロンと結婚する事を望んだ。
これに両親は激怒。
アーロンとの結婚は認められず、元の婚約はヘザー有責で破棄された。
チランジア公爵家には多額の慰謝料を支払い、ヘザーの評価は地に落ちた。
それでもヘザーは目覚める事はなかった。
そしてそんな彼女を支援したのはスターアイズ公爵家だった。
スターアイズ公爵家は慰謝料で財政が傾いたルビア伯爵家を支援し、ヘザーに新しい婿候補を紹介した。
それがショーンだった。
ショーンはヘザーよりも七歳年下で、まだ学生だった。
儚げな美少年であり、それがまたヘザーの評価を下げた。
自分のやらかしで婚約破棄になったのに、実家が困窮している美少年を金で買った、と。
ヘザーは憤った。
自分はただ、運命の相手と出会い、愛し合っただけだ。
それなのに、こんな事風に言われるなんて、世界の方が間違っている、と。本気でそう思っていた。
ヘザーは自分は貴族社会の犠牲になっただけだと。
そして被害者であるヘザーは、自分が何をしても良いと思った。
第一子のポーラを産んで落ち着いてきた頃。ショーンが長期休暇の際にルビア伯爵家のタウンハウスに滞在する事が決まった。
だから、彼を寝室に引き摺り込んで、慰めの道具に使った。
泣き喚く彼を無理矢理穢すのは、思ったよりも気分が良かったし、気持ちが良かった。
苛立った心も癒されてゆく。
初回に避妊薬を飲むのを怠り、ショーンの子を孕ってしまったのは想定外だったが、それまでの醜聞と女伯爵という立場が堕胎を許さなかった。
仕方なく、シンシアは産んだが、世話は侍女に丸投げした。
流石にシンシアを孕っている間は、アーロンとは会えなかった。
合わせる顔がなかった。
手紙のやり取りだけはしていたが、それだけでは寂しさを埋められなかった。
体が回復すると、その寂しさをショーンを使って埋めた。
ショーンの美しい顔が、泣いて嫌がる様は、ヘザーの心を満たしてくれた。
何をしても良い相手がいる事が、こんなに楽しいとは!
シンシアが生まれて少し経った頃、両親が相次いで亡くなった。
元々ヘザーのやらかしもあって心身ともに衰弱していたのと、近年体調が悪そうだったので、不思議には思わなかった。
それよりも、これでもっと自由に出来る、とそう思っただけだった。
愛するアーロンとの子供ではないシンシアには、特に興味がなかった。
それまで散々やらかしていた上、女伯爵であるヘザーが堕胎など許されなかった為、産んだだけだ。
シンシアが生まれた時、ヘザーとショーンの間に起きていることを知らない両親は、戸惑いながらも喜んでいたが、ヘザーにとってはどうでもいい存在だった。
だから病と偽り、いずれ衰弱死を装って亡きものにしようとも思っていた。
そのことを両親が亡くなったことで、以前よりも会える様になったアーロンに得意げに言ったが、彼は渋い顔をした。
「実はオレも、望まれない子供だったんだ。だから、そういうことを君がするのは悲しい」
そう言った。
そんなことを言われては、ヘザーはシンシアを直接的に害する事ができなくなった。
最低限の衣食住と勉強を保証し、子育てに慣れていた年老いた侍女に世話を任せた。
そして、シンシアが生まれてから五年が経った。
◆
ポーラの誕生日以降、疲れているのかヘザーはショーンとベッドを共にする事なく、グッスリ眠る様になった。
よく眠れるので体調は良いが、欲求不満が溜まる。
だから、以前よりもアーロンと会う頻度が増した。
仕事はショーンが行えば良いので、ヘザーは完全に彼に丸投げしていた。
そして、いつでもアーロンと一緒にいたいので、彼を従者として迎え入れることを決めた。
ヘザーは浮かれていた。
だから水面下で事態が動いていることに、まったく気付かなかった。
気がつけば、シンシアとショーンはルビア伯爵家から離縁していた。
シンシアが魔女の弟子に選ばれたのだった。
魔女が出て来ては、ヘザーに打つ手はない。従うしかなかった。
ショーンの実家に転送したアレも、いつの間にか魔女たちに狩られていたようだ。
そのうちスターアイズ公爵に何か言われるだろうが、ヘザーはアーロンとの再婚に密かに心を躍らせていた。
嫌な思いはしたが、結果的には目障りなシンシアとショーンと離縁できて良かったと思った。
そして、予定通りにアーロンを迎え入れた頃、タウンハウスにスターアイズ公爵が先触れも無くやってきた。
傍には、白地ににピンクのグラデーションのある不思議な髪色と、闇の様な黒い瞳を持つ少女がいる。確か少女はスターアイズ公爵のお抱え魔法使いだった筈だ。以前一度だけ見た事がある。
魔法使いなので、見た目通りの年齢ではないだろう。
ヘザーはアーロンと再婚できる喜びから、急転直下となった。
スターアイズ公爵家は、ルビア伯爵家とアーロンの実家であるハートシード男爵家の寄親だ。
レオパルドプランタ子爵への支援金も、六年前の慰謝料も、彼が援助してくれたのだ。
逆らうことはできない。
「ショーン殿と離縁したそうですね。どういう事ですか?」
齢三十二歳の公爵は、金髪赤眼の長身の美丈夫だ。かけている銀縁メガネが、彼の冷徹さを際立たせている
彼は笑みを絶やさず、ヘザーとアーロンを見据えている。
凄まじい圧に、二人は言葉を紡げない。
「コニーリアス、そうやって圧をかけていると、話が進まないわ」
魔法使いの少女が言った。
「……そうですね、ルーナ。いや、申し訳ないです。いきなりの事だったので、感情を抑えられませんでした。
それで、どういうことでですか? レオパルドプランタ子爵はいつの間にかチランジア公爵の寄子になっていましたし、施してあげていた支援金も一括で戻ってきた上、その後、領地内の山から記憶水晶の鉱脈が見つかったというではありませんか。 この分だと湖に転送した魔獣もバレていますね。もうレオパルドプランタ子爵には手が出せなくなってしまいましいたよ」
「レオパルドプランタを頼子にしなかったのは、あなたの判断じゃない? コニーリアス」
と、ルーナと呼ばれた少女が言った。
「それは、切り捨て易くする為に、あえて、ですよ。まあ、油断していたのは否定しませんが」
「そ、その……」
説明、と言われてもヘザーにも、何が起こっているのかわからなかった。
実際、最近はスターアイズ公爵に放っておかれているのを良いことに、レオパルドプランタ子爵領の監視すらしていない。そもそも仕事すらしていない。
していたことといえば、アーロンとの逢瀬と閨事だけだ。
それでもなんとか身に起きたことを説明した。
「ふむ、魔女が出てくると厄介ですね。こちらは表立って動けないので、どうしても後手に回ってしまいます」
「しばらくは大人しくしていましょう。急ぐことはないわ。急いでボロを出す方が不味い」
ルーナと呼ばれた少女が言った。
「そうですね。仕方がありません。代わりに他の事を進めましょう」
ヘザーは密かに息を吐いた。
よくわからないが、あの魔法使いのおかげで少しは救われたのだろうと。
「さて、しばらくは目立つことはできませんが、ヘザー女史には頼みたい事があるのです」
「なんでございましょう?」
「私が進めている新事業の補佐を頼みたい」
スターアイズ公爵は、一呼吸置いてから笑みを深めた。
「具体的には、とある薬草の栽培と、新型のメンテナンスです。ほら、あなたの所にいる試作品。あれを量産できる様にしたいのです」
「は、はあ。薬草の栽培は、いいのですが、わたくしメンテナンスは……」
「問題ありません。あなただからこそできる事ですよ。ああ、戻ってきた支援金は、その準備金として使ってください。返さなくて結構です」
「そう言う事でしたら、お受けいたします」
もとより、拒否権はない。
──それが、この先ルビア伯爵家を、さらに窮地に追い込むことになるとしても。
ヘザーは真面目な優等生が、ちょいワルイケメン男に堕とされてしまったイメージ。
あと、アーロンのテクが凄すぎて、○⚪︎○○中毒気味になっています。




