11 魔獣を退治しよう!!
◇
「ようこそ、お越しくださいました……」
馬車から降りると、若い男性が出迎えてくれた。
その彼が、私を見て瞠目している。
私も驚いた。
緩くひとつに結ったミルクティー色の髪と、マゼンタより少し赤みの強い瞳。
その顔はお父様をもっと、男らしくしたような感じで──。
明らかに私とお父様と、血縁関係がある人だ。年齢はお父様よりも、少し上位だろうか。
「──失礼しました。私、ローマン・レオパルドプランタと申します。こちらへどうぞ」
応接室へ案内される。
「どうぞ、おかけください」
それぞれソファーに座る。
私は師匠とエリカさんに挟まれて、一緒に座る。対面にローマン様。
侍女によって、テーブルの上に紅茶が置かれる。
「本日は、お話しをする機会を頂きまして、ありがとうございます」
師匠が言った。ビジネス用のキビキビした師匠だ。
「私はアゲートの魔女。こちらは弟子のシンシア・ルビア嬢。それに友人のエリカ・ランタナ公爵夫人」
「ランタナ侯爵夫人も、ようこそおいで下さいました。……ルビア、ということは、ショーンの……?」
「ええ。分析と修復の固有魔法を持つ、利発なお子さんですよ」
「そう、ですか……」
ローマンさんは少し泣きそうな笑顔で、こちらを見た。
「シンシアです。よろしくお願いします。……ローマン様は、私のお父様のお兄様ですか?」
「うん。そうです。君にとっては伯父になるね。弟は──ショーンは元気ですか?」
つまり私にとっては、伯父様ということだ。
「……少し、元気です」
本当の事を言うのは憚られて、変な返答になってしまった。
「そう、ですか。あの子には、仕方がなかったとはいえ、可哀想なことをしましたから……」
ローマンさんは目を伏せる。
ああ、色々察してしまったらしい。申し訳ない。
「その件も含めまして、お話をさせていただきます。お手紙の方にも書かせていただきましたが、我々は、レオパルドプランタ子爵領の復興支援と、領地開発のお手伝いをしたいと思っています」
「はい。拝見させていただいております。なんでも、ルビア伯爵家から施された援助資金も全て返済して頂けるとか」
「ええ。代わりと言ってはなんですが、レオパルドプランタ子爵にはチランジア公爵の寄子になってもらいます。こちらはチランジア公爵からの挨拶状です」
師匠は公爵様から預かった手紙をローマン様、いえ伯父様に渡した。
「拝見いたします。──なるほど。それは構いません。むしろありがたいお申出です」
伯父様は読み終えた手紙を、控えていた従者に渡した。
「そもそも我が家は、平民の成り上がりです。
祖父の代には領地運営に必死で、父の代には災害の後始末のため、社交の機会を逃していました。
現在はショーンがルビア伯爵家に婿入りしたので、その庇護者であるスターアイズ公爵家の傘下に入っているような状態ですが、正式なやりとりをしたわけではありません。なので別の家の寄子になることは、問題ないでしょう。──それで、どうするのですか?」
「まずは領地を豊かにするために、必要な資源を確保します。それにはまず、北東にある山を利用したいのです」
「山、ですか?」
「そして、湖の方も調査しましょう。並行して復興支援も。ああ、資金は当面、私共が援助します。返済は領地が整ってからで構いません」
「な、なるほど? もちろん、構いませんが……」
「ではひとまず、湖に向かいましょう」
「湖、ですか?」
伯父様が不思議そうに師匠を見る。
確かに、山に鉱脈を創る事とはあまり関係がないけど?
「まずは、災害の原因となったモノを処理しましょう」
◇
というわけで、レオパルドプランタ子爵領の中央にある湖に向かった。
師匠が言っていたとおり、その湖はまん丸だった。不自然なくらいに。
絶対に自然にこうはならないし、人工的に造ってもここまで丸くはならないんじゃないかってくらいに丸い。
大きさは直径が前世の五十メートルのプールくらい。湖としては小さいだろうか?
良く見れば湖の淵は岩、いや巨大なブロックをくり抜いた様にも見える。継ぎ目がない。
湖の周りには柵などはなく、大きな流入河川も流出河川も見当たらない。
水源は地下水だろうか?
水の透明度は高く、波がほとんど立っていないので、水の中の奥まで見えるが、底は見えない。相当深いらしく、見ているだけで背中の辺りがゾクゾクしてくる。
魚影は見えない為、魚はあまりいないらしい。
正直、数年前に氾濫したとは思えないほど、静かな湖だ。
だが、湖沿いの空き地には廃材などが置かれ、災害が確かに有ったことが垣間見える。
しかし、この大きさの湖が氾濫して、領地に深刻なダメージを与えられるのだろうか?
「この湖は領地の丁度真ん中に有るので、中央湖と呼ばれていまして──」
伯父様が説明している。そのまんまな名前だ。
「この領地に大きな川はありませんが、地下水は豊富です。おそらくはこの湖のおかげかと思われます。
六年前の災害の時は、近年稀に見る様な大雨が降っておりまして、それにより氾濫してしまった様です。
具体的には、湖の水が爆発的に増え、領地内に張り巡らされた地下水を圧迫、その水が領地何の各所に噴出した様です。
その為、畑や住宅に深刻なダメージは出ましたが、死傷者は少なかったです。現在は人が生活できる程度には復興していますが、全ての地下水の整備は厳しい状態ですね……」
「ふむ、なるほど」
師匠は湖の淵に屈んで、水に触れる。
「──この湖は本来、氾濫を起こすような湖ではありません」
と、師匠。
「そうなのですか?」
と、伯父様。
「もともと、この湖は水の精霊の棲家でした。神代の頃の気配が濃いからでしょうね。もちろん災害などとは無縁。では何故、六年前、氾濫が起きたのか? 原因はコレですね」
師匠は湖から少し離れると、キラキラ輝く小さな石みたいな物を、どこからともなく取り出した。そしてそれを湖に投げ入れる。
すると、湖の水面に虹色のラインが走り、何かを描き出す。
──魔法陣?
「これ、は──!?」
魔法陣が形成されると、湖の表面が波打ち水面が山の様に盛り上がる。
しかし迫り上がった湖の水は、見えない壁に阻まれて岸には溢れてこなかった。
師匠が湖の周りに結界を張っているらしい。
そうして魔法陣の上に現れたのは、透明な巨大なナメクジ? いや、ウミウシ? あるいは、アメフラシ?
とにかくそんな形状のモノ。
水色の半透明で綺麗なので、私のよく知っているナメクジのような嫌悪感はない。
いや、やっぱりちょっと気持ち悪い!
それがいきなり陸上に吊り上げられた魚のように、魔法陣の上でビチビチと蠢いている。
ひょえ〜。
「これは、水ナメクジ!? しかし、この大きさは……」
「水ナメクジ?」
モンスターってこと!? いや、魔獣か。
すごい! 異世界っぽい! いや、魔法とか普通に使っていたけど!!
「ウォータースラッグは魔獣の一種でね〜。元は、中型犬サイズにしかならないんだけど、稀にここまで大きくなる子もいるのよ〜」
あ、師匠の口調が戻った。
「この子が元々いた水の精霊を追い出したのね〜。それで水の精霊と争いになり、その結果、周りを巻き込んで大変なことになったのね。それがあの災害につながったのね〜」
「こいつが──」
伯父様が憎々しげにウォータースラッグを睨む。
「この子を倒せば、また水の精霊は戻って来る筈よ〜」
「しかし、どうやって?」
「こうしますわ〜」
師匠が指を弾くと、ウォータースラッグの首がねじ切れた。
「──!?」
ウォータースラッグは断末魔をあげる間も無く、事切れた。
ウォータースラッグの体はドロドロに溶け始める。
「えい!」
師匠が手をかざすと、ウォータースラッグの死体が青い炎をあげて燃え上がる。
そして、頭部と青白くきらめく何かを残して消えた。
「魔物でなくて良かったわ〜。魔物だったら、聖女様の派遣依頼をしなければならなかったもの〜」
魔獣と魔物は違うからね。
「あらあら、結構大きなヤツが取れたわね〜」
いつの間にか師匠の手元には、ウォータースラッグの体から出てきた物が乗っていた。
それは私の頭ほどの大きさの、青色の石?
そしてウォータースラッグの頭部が足元に転がり、切断面からは粘液が流れている。
ウヘァ〜。
気付けば、湖の上に形成されていた魔法陣も消えていた。
「これは、水属性の魔力石!? この大きさ、一体いくらに──」
伯父様も驚いている。
「魔力石の方は国の方で買い取ってもらいましょう。全く、いったい誰がこんな大きなウォータースラッグを持ち込んだのかしらね〜」
師匠は、伯父様に魔力石を渡す。
「え? おっと!」
魔力石の重さに、伯父様が少し驚いている。
あれ? 師匠は軽々と……? あれ?
「この辺りにウォータースラッグは生息していないのよね〜。精霊がしっかりお仕事してるから、魔素の流れも正常だし。いたとしてもこんなに大きくはならないし〜」
「……それ、は」
伯父様の顔が青くなる。多分、私も。
だってそれはつまり、誰かが意図的にこの巨大ウォータースラッグを、レオパルドプランタ子爵領の湖に放ったということになるのだから。
「魔獣の体内に形成されるのは、魔力石だけではないの。小さいけれど、記憶水晶も形成されるのよ〜。小さ過ぎて採取対象にはならないんだけどね〜」
そう言って、師匠はウォータースラッグの頭部に躊躇なく手を突っ込んだ。
「わわっ、師匠!? バッチィですよ!!」
「大丈夫よ〜。体に薄く結界張ってるから〜」
「え? そうなんですか?」
あ、分析の魔法でわかるかな?
分析の魔法で師匠を見ると、色彩が反転した視界の中で確かに師匠の体の周りだけ、青い色に覆われている。
私の分析の魔法は、こういうこともわかるんだね。
「おお!本当ですね! 結界が薄く貼られているのが分かります!」
「あら、分析の魔法を使ったの〜? そうやって分析する癖をつけておくと、上達するのが早くなるわ〜。でも、時と場所は弁える様にね〜。中にはそれを不敬と捉える人もいるし、魔法を使ってはいけない場所で使うと処罰される事もあるわ〜」
「はい、気をつけます!」
TPOは弁えないとね!
師匠はウォータースラッグの頭部から何かを取り出した。
粘液に塗れているが、指先サイズの煌めく石の様だ。
その後、ウォータースラッグの頭部は青い炎で焼却され、師匠の手も同じ炎で綺麗になった。
どうやらこの炎は、汚れを落とす機能もあるらしい。
なんの魔法なんだろう。火属性の清潔魔法?
「シンシアはもう魔法を使えるのですね……」
と、伯父様。持っている魔力石が少し重そうだ。地面に置いてもいいんですよ?
「もちろん。この計画の発端は、シンシアちゃんがお父様を助けたいという思いから始まったのよ〜」
「はい。お父様は、母のヘザーに虐げられています。私以上に」
「──それ、は」
「今度、母の恋人であるアーロンという男性が屋敷にやってきます。姉のポーラの本当のお父様です。そうなれば、お父様はさらに虐げられ、命すら脅かされるかもしれません」
「──それは、看過できませんね。魔女様、後ほどウォータースラッグについてなど、後ほど詳しくお教えください」
伯父様は重そうな魔力石をしっかりと持つと、師匠を見据えた。
「もちろんよ〜」
「りょ、領主様?」
「一体、何が起きたんですか?」
気付けば、周りには領民の皆さんが集まっていた。
まあ、あれだけ目立つことをしていたのだから、当たり前か。
「この方々は、我がレオパルドプランタ子爵領を救うために視察に来てくれた、アゲートの魔女様とそのご友人の方です」
「何だって!?」
「魔女様? 王都に今いるっていう?」
「ありがてぇ」
領民の皆さんが、拝み始めて今った。
それにニコニコと応える師匠。
「私達は、このレオパルドプランタ子爵領をより良い土地にする為に、これから様々な開発や事業を行う予定です。皆さんにはご苦労とご不便をかけるかと思いますが、何卒ご協力をよろしくお願いします。きっと今よりも良い暮らしが出来る事を約束いたしますわ」
師匠は営業スマイルで、そんな事を言った。
領民の皆さんはその言葉に湧く。
なんだか、前世の日本の選挙演説みたいだなと思った。
なんとか領民の皆さんをの熱気を収拾させ、次の目的地へ向かう。
次は──。
「では、次に山の方へ向かいましょう」
次は、山で鉱脈を作るんだね!
今更だけど、全く意味がわからないね!!
水ナメクジは、水の綺麗な所に生息している魔獣の一種です。
その身は癖がなく、シチューやスープにに入れると出汁が出て美味。
大きくなりすぎると、えぐみが出て食用には向かなくなります。




