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Side:ヴィヴィ 始まりの時



 Side:ヴィヴィ



 所沢の空は、夕焼けの名残を残す茜色と、夜の帳が降りてくる群青色が混ざり合い、独特のグラデーションを描いていた。



 その静謐な空の下、地上の出口に姿を現したのは、異形の存在、魔人ヴィヴィだった。



「人!? どこから?」



「おい、ここは立ち入り禁止だぞ!」



「すぐに出ていけ!」



「人間風情が口を開くな。私は収奪の魔王カイ様が配下、魔人ヴィヴィ! これより、殲滅を開始する」



 収奪の魔王カイとなった戒斗からの冷酷な指示を受け、彼女は容赦なく、自らに与えられた力を解放していく。



 ヴィヴィに与えられた力は、以前とは比較にならないほど強大だった。



 彼女の前に立ちはだかるのは、B級をトップに集められた十数名の探索者たちだ。



「何を言って――ひぐぅ」



「D級程度じゃ、ワンパンでミンチかよっ! ヤベー! 魔人だ! 魔人が出たぞ! 援軍呼べ!」



「アラートだ! アラート鳴らせ! 強いぞ! こいつ! がはっ!」



「ダメだ! 攻撃が通じねえ! 魔法もダメだ!」



「早く、援軍を――」



 彼らは必死に応戦するものの、その攻撃はヴィヴィにはほとんど通用しない。



 まるで岩に卵を投げつけるように、無力だった。



 ヴィヴィの一撃が放たれるたびに、探索者たちは悲鳴を上げ、地に伏せていく。



 ダンジョンの出入り口を守っていた探索者たちは瞬く間に息をしない死体に成り果てた。



「私が倒すことでもカイ様に力が集まっていくのか……。隷属スキルの影響かしら?」



 死骸となった探索者から、光の球が飛び出し、戒斗が来るであろう方向に飛んで行ったのをヴィヴィは見送る。



「なら、もっと敵を屠ってカイ様の力となってもらわないと」



 翼を生やしたヴィヴィは、上空へ飛び上がると、ある建物を探して視線を凝らす。



「あった。あった」



 ヴィヴィの視線の先にある建物は、多くの探索者が集まる、魔物から街を守る防衛の要とも言える探索者ギルドだった。



 ダンジョンの出入り口で、けたたましくなっているアラートに対応しているらしく、多くの探索者が行き交っている。



「あれが探索者どもの巣。あそこにいる者たちを殺せば、カイ様の力が増す。そうすれば……褒めて頂けるかしら……フフフ」



 建物を見つけたヴィヴィは、口元に不気味な笑みを浮かべると、信じられないほどの巨大な火球を作り出した。



 空を焦がすような熱気を帯びた火球は、ギルドの建物へと一直線に落下していく。



 着弾と同時に、轟音と衝撃波が街を襲った。



 爆風は周囲の建物を紙屑のように吹き飛ばし、ギルドの建物は、中にいた職員や探索者ごと、跡形もなく消し飛んだ。



 噴煙のような煙が立ち昇り、新たにでき上った巨大なクレーターだけが、そこに何があったかを物語っていた。



「あぁっ! すごい! カイ様より頂いた力で、私は以前とは比べ物にならないほどの力を! それに新たな力がカイ様に集まっていく!」



 ヴィヴィが作り出したその異様な光景は、瞬く間に所沢全域に緊張を走らせた。



 数年ぶりに発令された魔物襲来アラートが、けたたましい音を立てて街全体に響き渡る。



 住民たちは何が起こっているのか分からず、戸惑いながらも避難を始めるが、その動きは混乱の中で遅れがちだった。



「力を持った人間どもをもっと殺し、カイ様の糧にして、褒めて頂かないと」



 ヴィヴィの破壊はそこで止まらなかった。彼女は機械のように、感情を失った破壊兵器と化し、街を蹂躙し続ける。



 炎は燃え広がり、黒煙が空を覆っていく。



 倒壊した建物のがれきが道を塞ぎ、混乱した人々は逃げ場を失って火に巻かれて焼け死んでいく。



 数時間後には、街の景観は一変していた。



 多くの建物が倒壊し、いたるところで火災が発生。



 街は悲鳴と怒号、そして焼ける臭いに満ち溢れていた。



 怪我人や、命を落とした人々が、いたるところで無残な姿を晒していた。



 かろうじて生きている防災無線から「所沢での事態を重く見た日本政府は、緊急事態宣言を発令。探索者ギルドもこれを受け、最高戦力であるSランク探索者の派遣を決定」と繰り返し放送が流れている。



 そんな防災無線の放送を聞きながら、高台から静かに見下ろしていた戎斗は、満足げに微笑んでいた。



 破壊活動を終えたヴィヴィが戻ってきて、戒斗の前に跪く。



「カイ様、ご命令通り、所沢の街を壊滅させました」



「よくやった。お前のおかげで新たな力もたくさん奪えた。後で褒美をやる」



 戒斗からの褒め言葉に、ヴィヴィは身体の芯が震えるほどの嬉しさが駆け抜けていく。



(あぁあぁああっ! こんなの……気持ちよすぎる!? 自分が役に立つと戒斗様に思ってもらえただけで、こんなにも嬉しいなんて! でも、こんな顔を見られたら絶対に呆れられてしまう! 顔を隠さないと!)



 ヴィヴィは身体の震えを必死で抑え、恍惚としている顔を見られないよう、静かに頭を下げた。



「あ、ありがたき幸せ!」



「仕上げは任せろ」



 戒斗の掌に、太陽を凝縮したかのような、超高熱の光球が現れた。



 それは、見る者の目を焼くほど強烈な光を放っていた。



「カイ様、まさか!?」



「俺の理想の破壊はコレだ。お前も覚えておけ」



 戎斗は、その光球を所沢の街の中心部に向けて放った。



 光球は空を切り裂き、目標地点に到達すると同時に、強烈な光と熱を放出した。



 街は文字通り焼き尽くされ、塵一つ残らずに消滅した。



 かつて人々が生活を営んでいた場所は、巨大な焼け野原と化した。



「分かったか?」



「は、はい。しょ、承知しました」



 ヴィヴィは目の前に広がった光景を見て、戒斗の力がまたさらに増したことを再認識する。



 と同時に、彼に必要とされる人材となるにはもっともっと自らの力も強化しなければならないと認識を新たにした。



「さて、所沢は地図上から消えたが、俺のことを知りたいやつらが近づいてきたらしいな」



 上空には報道機関と思われるヘリコプターの姿が、いくつか見えた。



 カメラが戒斗たちの姿を捉えている様子がいくつか見受けられる。



「落としましょうか?」



「待て、落とすな。あいつらには俺の存在を世の中に知らしめてもらう必要がある」



 戒斗が指を鳴らすと、姿が巨大になった。



 ヘリコプターのカメラは巨大化した戎斗に向けられていく。



 その中で、戒斗は冷酷な表情で宣言する。



「所沢ダンジョンのダンジョン主、魔人ヴィネは、この収奪の魔王カイが倒した。これよりは魔人も人間も、俺が全てを殺す。せいぜい震えて眠れ!」



 戒斗の言葉は、収奪の魔王カイの言葉として、電波を通じて世界中に配信された。



 ヴィヴィは、その様子を傍らで恍惚の表情を浮かべながら見ていた。



(私は世界の終りまで、戒斗様の隣に居られるだけで満足できてしまうだろう……。彼が最後に殺す魔人になれるよう、頑張らないと)



 戒斗の言葉、彼の力、そして彼の存在そのものに、何かが満たされていくような、陶酔にも似た感情が渦巻き、言いようのない快感を覚えていた。



 ヴィヴィは、この男に従い、彼の望む破壊を続けることに、何の迷いもなかった。



「これでよし。ヴィヴィ、俺たちは次のダンジョンを潰しに行くぞ」



「は、はい。すぐに支度をいたします! カイ様の食糧などを調達してまいります」



「支度などいらん。全部現地調達だ」



 戒斗はヴィヴィを抱え上げると、翼を生やして飛び上がり、追いすがるヘリコプターを振り切った。



 こうして所沢は、地図上からその名を消した。



 かつて、そこに存在した人々の生活、思い出、全てが、一瞬にして消滅した。



 残ったのは、収奪の魔王カイとなった戒斗の冷酷な世界の破壊宣言と、ヴィヴィの狂気に満ちた忠誠だけだった。



 この所沢の惨劇は、日本のみならず世界に大きな衝撃を与えた。



 惨劇を目の当たりにした人々は、言葉を失い、恐怖に震えた。



 テレビの画面に映し出される変わり果てた街の姿は、まるで地獄絵図そのものだった。



 黒煙が立ち上る焼け野原には、そこにあったはずの街が消え、そして何よりも、そこに人の気配が全く感じられないことが、見る者の心を深く抉った。



 凶悪な魔人の存在、そしてそれを操る魔王と名乗る者の存在が認知されたからだ。



 彼らが、人類にとって、これまで想像もしていなかった脅威となることを、この事件を通して世界に知らしめたのだった。



 この出来事は、単なる都市の消滅という悲劇に留まらず、その後の世界情勢に大きな影響を与えることになる。



 政府は緊急対策本部を設置し、今後の対応について協議を重ねた。



 しかし、具体的な対策を打ち出すことは容易ではなかった。



 敵は強大な力を持つ魔人であり、それを操る魔王と名乗る者は、常識では考えられないほどの力を行使したのだ。



 魔物同様に従来の兵器や戦術は、彼らには通用しない可能性が高いとの見解も探索者ギルトから出されている。



 世界各国もこの事態を深刻に受け止め、情報収集と対策の検討を始めるが、情報が錯綜し、真実が掴めない中で、各国は不安と焦燥に駆られていた。



 そんな状況下で、人間と魔人、そして力を求める魔王カイの思惑が複雑に絡み合い、世界は更なる混乱へと突き進んでいく。



 所沢の焼け跡は、その混乱の始まりを告げる、静かなる墓標として、そこに在り続けるだろう。


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