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Side:ヴィヴィ 神々戎斗という男



 Side:ヴィヴィ視点



 魔人ヴィネがダンジョン主を務めていたダンジョンの出口まで、あと少しのところに人影があった。



 人影は戎斗とヴィヴィである。



「飲め」



「んくぅ。こ、これ以上は……飲めま――」



「俺が飲めと言っている」



「は、はい。んぅ。あぁ……」



 魔人ヴィヴィは、己の身に起きた急転に激しい衝撃を受けていた。



 魔人ヴィネによって創造され、常に強者として君臨してきた彼女が、今や髪の毛一本すら自由にできない隷属の身に堕ちたのだ。



 しかも、その隷属を強いられている相手は、生みの親である魔人ヴィネを打ち倒し、その力を奪い取った化け物、神々戎斗。



「まだ、飲めるだろ?」



「は……はい。カイ様がそれを私に望むのであれば……」



「お前は、俺のモルモットにしてやると言ったはずだ」



「……はい。私に拒否の権限はありません。飲ませてもらいます」



 ヴィヴィは戎斗から差し出された小さな黒い石を前に小さく呟いた。



 かつての彼女からは想像もできない、弱々しい諦念に近い声だった。



 戒斗が差し出す小さな黒い石は、収奪スキルを取り込めなくなったものが結晶化したもので、石を飲み込んだヴィヴィに、その力が身体に宿っていく。



 ヴィヴィは魔人ヴィネの忠実な部下として、その強大な力の一端を振るい、数多の探索者たちを蹂躙してきた。



 でも、今は戎斗から無理やり飲まされたスキル石によって、魔人ヴィネの部下だったときよりも、さらに強大な力を与えられていた。



(それでも、今の私では……彼に抗えない……。力こそ全て。それが魔人の掟……。私たちの存在意義だったのに……。これから、どれだけ力を得ても、彼に勝てる気がしない)



 圧倒的な力を見せた戒斗に隷属したことで、ヴィヴィの中に今まで感じたことのない、奇妙な感情が芽生え始めていた。



(恐れ……なのか……。それとも、自ら命乞いをしたうえ、隷属を受け入れた屈辱で傷ついた自尊心が暴走しているのか。生み主で自分にとって絶対的な存在だったはずの魔人ヴィネすら彼に勝てなかった事実を受け入れられていないのか。分からないけど……。こんな気持ちは始めて)



 戎斗の姿を視界に捉える度に、ヴィヴィの心臓は凍り付くように冷たくなった。



「お前には、俺が奪った力を授けてやる。その力で俺をいつでも殺せばいい。その権利はくれてやる」



 隷属したことで、彼の言葉はヴィヴィにとって絶対であり、それに背くことは、即ち死を意味する。



(私が……絶対に逆らえないことを知っているのに、なぜ、自分を殺す権利を与えるなどと……。忠誠を試されているのか?)



 生殺与奪の権限を握られているヴィヴィは、今や戎斗の所有物だ。



 そんな所有物に、自分を殺す権利を与えると言った戎斗の思考が、ヴィヴィには理解できずにいる。



(忠誠などを私に求めておらず、モルモットにすぎないお前にはそんな度胸も、力もないと言っておられるのか……)



 戒斗の言葉に、ヴィヴィがグッと拳を固めた。



(ただ……存在を……許されているだけ……。自分は、ただ存在を許されているだけなのだ)



「カイ様の命を奪う気など……」



 ヴィヴィは震える声で呟いた。



「返答がつまらんな。『承知しました』と言え」



 戒斗の金色の瞳に見据えられたヴィヴィは、恐怖から思わず目を逸らす。



 明らかに失望したような顔を見せた戎斗の姿を見て、ヴィヴィはまた屈辱を感じた。



 しかし、その屈辱の中に、彼女は今まで感じたことのない、ある種の快感を覚え始めていた。



(どうしてしまったんだろう……自分がおかしくなっていく……。なんで、こんな気持ちに……。隷属したから? それとももっと別のことで?)



 この変化は、強者として過ごしてきた彼女にとって耐え難いものだった。



 同時に、この戒斗から与えられる無言の屈辱感こそが、快感の発生源だとヴィヴィはうっすらと感じていた。



「しょ、承知しました」



 ヴィヴィがそう告げると、戒斗は彼女の顔をグイと無理やり自分に近づけた。



「お前には、俺の護衛を任せてやる。常に傍に置いてやるから、いつでも殺せるぞ」



「護衛の任務、承りました。カイ様に隙あらば、その命を頂きます」



「いい返答だ。期待してやろう」



 今の彼女には拒否権はない。戒斗から与えられた屈辱を噛み締めながらも、ヴィヴィは渋々命令に従うことにした。



(……仕方ない……命令なのだから……。そう、これは命令。所有物となった私は、命令を遂行しなければ捨てられる存在)



 戒斗からの要求に屈した彼女の心には、今まで感じたことのない、熱い感情が入り混じっていた。



(もしかして……私は、神々戎斗に必要とされたがっているの? まさか……そんなわけが……)



 そんなヴィヴィの気持ちを無視するように、彼女から自らの満足する回答を得た戒斗は、言葉を続けた。



「さて、今回はこれが最後だ。飲め」



「は……い」



 自分の意に沿ったヴィヴィに興味を失い、素っ気ない態度と言葉でスキル石を差し出した戒斗に、彼女は再び屈辱を感じた。



(自分は彼にとって、ただの実験道具でしかない。感情も、意思も、何もない、ただの実験道具になりきることを求められている)



 ヴィヴィはスキル石を飲み下し、新たな力を得た。



「ヴィヴィ、地上に出たら目に付くニンゲンどもの住む街を焼き払え。残らずだ」



「ち、地上に出るのですか!?」



「当たり前だ。俺は世界を破壊する。俺がぶっ壊す世界は、お前ら魔人たちの住む地下世界だけではなく、地上も含まれてる」



 戒斗の言葉に、ヴィヴィは混乱をきたした。



 魔人ヴィネは、純粋に力の探求のみに特化し、地上への侵攻などは全く考えておらず、ひたすらにダンジョン内に留まっていた。



 しかし、戎斗はあらゆるものを奪いつくし、壊し尽くして、世界を終わらせようとする絶対的な意志を感じさせた。



 それは、ヴィヴィにとって未知の、そして理解を超えた思考だった。



 戒斗の金色の瞳が、狂気を宿したように見開いていく。



「ぶっ壊せるならぶっ壊してみろという声も聴いた。そいつがこの不公平な世界を作った元凶だって思っている。そいつを殺して世界を終わらせれば、俺は満足だ」



 その狂気を宿した視線の中に、自分が存在して姿が存在していないことが、ヴィヴィにはなぜか悔しかった。



(この人の中には、誰も存在していない。全てが奪うべき物で、壊すべき対象物。私も……その中の一つにすぎない。便利だから使う道具なだけ。それが……なぜか悔しい……。道具にすぎないけれど、この人に認めてもらいたい……。あの瞳の中に自分が写り込みたい)



 彼女は今まで一度も感じたことのない、ある種の独占欲を戒斗に対し、感じ始めていた。



 道具ではなく、人として存在を戒斗に認めさせることで、自分の与えられた屈辱を晴らせるとヴィヴィは思った。



(私のやることは決まった。迷いはない。ただ、一心不乱に彼の野望を成就するため力を尽くせばいい。どんな強敵だろうが、薙ぎ払い、焼き尽くしていくのが、私の使命)



「承知しました。これより、私が先陣として人間どもの街を焼き払ってまいります。カイ様はゆっくりと起こしください」



「派手にやれ」



「御意」



 ヴィヴィは、戒斗と別れると、一人でダンジョンの出口へ向かった。


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