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Side:魔人ヴィヴィ 絶望の獣

 Side:ヴィヴィ



 闘技場にせり上がってきた部屋からは、魔物たちがわらわらと姿を現す。



 いろいろな魔物の咆哮が、闘技場の壁を震わせた。



 目の前の大量の魔物たちは、たった一人の人間のためにダンジョンからかき集められた者たちだ。



 ヴィヴィはその光景を睨みつけていた。



 彼女の視線の先には、異様な静けさを纏う神々戎斗が立っている。



 昨日までとは明らかに違う、底知れぬ力を秘めた存在へと変貌していた。



 武を鍛え抜いた配下の精鋭たちが、力を奪われ、塵芥のように倒れていく様は、彼女の心に深い恐怖を刻み込んだ。



 命令に従わなかったとはいえ、惨敗を喫した配下の無残な姿は、上位存在であるヴィネの指示だったとはいえ、制御不能な何かを生み出してしまったことへの後悔と恐怖を掻き立てた。



「かかれ! アレを生かしておくな!」



 ヴィヴィの号令により、大量の魔物たちが、神々戎斗へ向かって襲いかかる。



 この場で神々戎斗を討ち滅ぼさなければ、上位存在のヴィネが必ず戦いを挑むことになる。



 そうなった時、勝敗がどちらに傾くのか、ヴィヴィには読めないでいた。



 ダンジョン内に潜む全ての魔物を闘技場に集結させ神々戎斗へ挑ませたのは、ヴィネとの戦いを回避させるための最後の賭けだった。



 闘技場に、怒涛の如く魔物たちがなだれ込む。



 下級の魔獣から、巨大な体躯を持つ亜人まで、その種類は多岐に渡る。



 しかし、自分に向かってくる大量の魔物を見ても、二刀を構えた神々戎斗は微動だにしない。



 その瞳は静かに、迫り来る魔物たちを捉えていた。



「俺の餌をたっぷりと用意してくれたようだな。感謝しといてやる」



 最初に飛びかかったのは、鋭い爪と牙を持つ狼型の魔獣だった。



 戎斗はそれを容易く見切り、最小限の動きでかわす。



 次の瞬間、魔獣の身体から剣が生え、痙攣し、みるみるうちに絶命し、力を吸い取られた。



 戎斗が何かを呟いたかと思うと、絶命し、倒れ伏した魔獣の亡骸が立ち上がり、ゾンビたちが地面から湧き出てきた。



 その光景を目の当たりにした魔物たちは、一瞬怯む。



「数はこちらが上。怖気づくな! 進め!」



 ヴィヴィの放つ威圧に押され、魔物たちは再び神々戎斗へと襲いかかる。



 次々と繰り出される魔物たちの攻撃は、爪、牙、炎、氷、毒など、多種多様だったが、神々戎斗はそれらを全て受け流し、力を奪い続けた。



 戎斗は水面を滑るように、無駄のない動きで魔物たちを翻弄していく。



 闘技場は瞬く間に、魔物の亡骸で埋め尽くされていった。



 その数は増えるほどに、神々戎斗の纏う気は強さを増していく。



(このままでは……。アレは止められない……)



 ヴィヴィの焦燥は頂点に達していた。



 これほどの数の魔物をもってしても、致命傷一つ与えられない。



 それどころか、戎斗は魔物たちの力を吸収し、ますます強大になっている。



「私が出るしか……。けど、勝てる気が……しない」



 ヴィヴィは自らも戦いに参加しようとしたが、足が竦んで動かない。恐怖が彼女の全身を支配していた。



(あの化け物は、一体どこまで強くなるのだろうか。このままでは、自分も……喰われる)



 戦闘への参加を躊躇していたヴィヴィの背後で轟音が響いた。



 彼女の部下であり、強力な魔人である一体が、神々戎斗に挑んでいたのだ。



「ヴィヴィ様、こいつは私が相手をします! 援護を!」



 巨躯を誇り、強大な魔力を持つその魔人は、これまで神々戎斗が相手にしてきた魔物とは格が違った。



 魔人は咆哮と共に、大地を揺るがすほどの拳を戎斗に叩きつけた。



「魔人って言うから、もっと強いのかと思ったが、これなら闘技場の精鋭たちの方が強かったぞ。期待はずれだな」



 戎斗は部下の魔人の拳を片手で受け止めていた。



 信じられない光景だった。ヴィネから生み出され、魔物よりも強い存在である魔人の渾身の一撃を、いとも容易く受け止めたのだ。



「弱いが、喰えば俺の力になる」



「がぁあああっ! 拳がぁ!」



 骨が砕ける音が響き渡り、部下の魔人の拳が戎斗によって握りつぶされた。



「ヴィヴィ様! 援護! 早く援護を! 頼みます!」



(無理だ……勝てるわけがない……。あんなバケモノに、私たちが勝てるわけがなかった)



 恐怖によって支配されたヴィヴィは、立っていることができずにその場に崩れ落ち、ガタガタと震えることしかできずにいた。



「ヴィヴィ様ぁああああああっ! たすけ―――」



 部下の魔人が必死の形相で助けを求め、ヴィヴィに助けを求めるが、それもむなしく、戒斗の剣で心臓を一突きされて小さく痙攣したかと思うと地面に倒れ伏した。



「あぁあああぁあああぁあああああああっ!!!」



 絶望的な光景を、ヴィヴィは叫んで見ていることしかできなかった。



 魔人でさえ、力を増した戎斗の前では無力だった。



(もっと早く、処分するべきだった。処分しておけば、こんなことには……。ああ……。悪い予感が当たってしまった……バケモノが生み出されてしまった)



 魔人の力が完全に吸い取られると戎斗は静かにその場を離れた。



 そして、腰を抜かして動けないヴィヴィの方へとゆっくりと歩き出した。その足取りは重々しく、しかし確実に近づいてくる。



 ヴィヴィは後退りながら、震える声で叫んだ。



「やめて……! 来ないで……! 来ないで! バケモノ!」



「酷い言い方だな。俺をモルモットにしたのはお前だろうが?」



「ち、違う。私は反対した! ヴィネ様が!」



「命令に従ったということで、お前も同罪だよ」



「私がヴィネ様に逆らえるわけが――」



「知ったことか」



 戎斗の歩みは止まらない。その瞳には、獲物を捉えた獣のような光が宿っていた。



「いや……、いや、いや、いやぁあ! 死にたくない! 死にたくない! いやぁあああ!」



「俺だって同じ気持ちさ。死にたくないってずっと思ってた。あの洞窟でも、この闘技場でも。お前らが俺で遊んでる最中、ずっと俺は生き残りたい。死にたくないって思ってたんだ。俺の気持ちを味わってみてどうだ?」



「いや、いや、いやぁあああっ! こ、殺さないでください! お願いします!」



 必死に後ずさるヴィヴィの背後には、闘技場の壁が迫っていた。逃げ場はない。彼女は完全に追い詰められた。



「た、助けて。助けてください。殺さないで。お願いします。殺さないで」



「俺がお前を殺さない理由が何かあるとでも?」



「お、お願いします。何でもします。だから、どうか、命だけは。命だけはお願いします」



 恥も外聞もなく、魔人としてのプライドも捨てたヴィヴィは、必死に戒斗へ助命を願い出た。



 ヴィヴィの必死の助命にも、戎斗の表情は一切変わらなかった。



 剣を二振り取り出すと、ヴィヴィの両腕に突き立てる。



「あぐぅ!」



 ヴィヴィは闘技場の壁に張り付けにされてしまった。



「お前の処遇は後だ。そこで大人しくしてろ。先に倒すやつが来たようだ。あと、邪魔をしたら即殺す」



 戒斗が、闘技場の客席に振り返ると、ヴィヴィに聞きなれた声が響いた。



「神々戎斗、ようやく我と戦うのにふさわしい者となったようだな。ここまで強くなるとは想像していなかったぞ」



 声の主は、魔人ヴィネだった。彼は嬉々とした表情を浮かべ、戎斗を見つめていた。その瞳には、狂気とも言えるほどの興奮が宿っている。



「ヴィネ様……! なぜここに……? お休みになられると申されていたはず!」



 ヴィヴィの問いに、ヴィネはにやりと笑った。



「なぜだと? 決まっているだろう。この素晴らしい光景を見に来たんだ。ようやく、待ち望んだものが現れたのだ。待っていられるわけがないだろう」



(あの表情…‥。ダメだ……。もう、ヴィネ様と戒斗との戦いは避けられない。どっちが勝っても私の命は……)



 ヴィヴィは自分の身体から力が抜けるのを感じた。



(魔人でありながら敵に怯え、醜態を晒した私をヴィネ様が許すわけもなく、かといって戒斗が勝てば、餌とされる。どちらが勝っても私は消される運命……)



 彼女の人生は、完全に終わった。残されたのは、絶望と、迫り来る破滅への恐怖だけだった。



「本当に素晴らしい。お前の得たその力、我と同じ上位存在にのみ与えられた力かもしれんぞ」



「さあな。知らねえ。俺は全部奪って、この世界を終わらせたいだけだ。こまけぇことは知ったことか」



「それくらい簡単な思考の方がいい。上位存在の他の連中は小難しいことばかり言うやつらだからな。喰うか、喰われるかの殺し合いをするとしよう。お前を倒せば、我はさらに強くなるはずだ」



 ヴィネの言葉に呼応するように、神々戎斗の体が僅かに震えた。そして、その纏う気が、更に強さを増していく。



「言ってろ。俺はもう喰われる側じゃなく、喰う側だ」



 ヴィネは最初から、この状況を望んでいたのだ。戎斗の力を利用し、自らの力を更なる高みへと引き上げるつもりだったのだ。



「言いおる。結果は見えてるがな」



 ヴィネは狂気に満ちた笑みを浮かべ、闘技場の客席から戎斗を見下ろしていた。



 動く者がいない闘技場は、静寂に包まれた。静寂とともに、空気が張り詰めていく。



 ヴィヴィはただこの戦いの結果を見守ることしかできずにいた。

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