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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

カヘルンカ

作者: 杠煬

カへルンカ : 

 M県に伝わるあやかしの一種。

 白い顔に、表情の読み取れないうつろな目と、耳元まで裂けた大きな口を持つ、人の姿をしている。

 黄昏時を好んで現れ、道行く人に「行クンカ?帰ルンカ?」と問うてくる。

 答えずにその前を通り過ぎても、進む先に何度でも現れる。

 その目を見て「帰る」と答えると、道に迷い、目的地に着くことができなくなる。

 逆に、目を見ずに「行く」と答えれば、何事も無いという。

 しばしば、知り合いの姿をして現れると言われる。

 そのためM県では、黄昏時には、人に会っても目を合わせるなとの古老の教えがある。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「最終退社デス。」

「最後ニモウ一度、戸締リヲ確認シテ下サイ。」


機械音の無機質な案内を聞きながら、彼は事務所の扉に施錠し、会社を後にした。

彼の名は、出村忠則。

去年部長に昇進し、この会社の一部門を任されている。


外は暗く、少し離れた繁華街からは、ややぼんやりした喧騒が伝わってくる。

飲み屋が閉まるにはまだ時間があるが、飲みに行くには微妙な時間。


出村の家は、その繁華街を抜けたはずれの、会社から歩いて二十分程の距離にあった。

家路を急ぐ。

妻と一人娘の待つ家へと。


このところ残業が続いていた。


売上は芳しくない。

特に出村の部署は。

上からは責められ、下は言うことを聞かない。

ストレスで、最近は酒の量も増えてきている。


繁華街の誘惑を振り切るように帰りを急ぐ。

飲み屋へ入れば長居をしてしまい、明日の仕事に差し支えると分かっているから。


だが、澱んだストレスで荒んだ心は、アルコールの癒しを求めて出村を苛む。


結局コンビニへ立ち寄ると、度数の高い発砲性の酒を2本買った。

外へ出てすぐ缶を開け、ぐびぐびと流し込む。

「ちくしょう、何で俺ばかり。」

荒い息と共に、日々の不満が漏れ出る。



課長だった頃は、まだ良かった。


気に食わない上司を、さらにその上の上司に媚びて味方に付け、追い落とした。

陰口を叩き、仲間外れにするだけで良かった。

上司が会社を去り、晴れて部長となった。

今度は、足元を固めた。

年が近く、ライバルになりそうだった部下を上司権限で追い詰めた。

同じようにその部下も会社を去った。



二人とも、退職の際には、どこか表情の無い目をしていたのが印象的だった。

そう、まるで死んだ魚の目のような。



上司の覚えはめでたい。

部下達は皆若く、自分を慕ってくれる。

出村は束の間、自分の天下を喜んだ。



だが、ほころびはすぐに現れた。


上司の顔色を伺うことに長けた性格は、失敗を恐れるが故に冒険ができない。

売り上げは緩やかに下がり始めた。


出村が退職に追い込んだ二人は、出村とは違い、仕事を楽しむ性格だった。

そのため、大きな失敗もするが、それ以上に大きな成功を収め、結果的に売り上げを微増で維持していたのだ。



今や部下達は、出村と同じ事なかれ主義の小物ばかり。

いくら声を上げても、売り上げは下がり続けた。



「どいつもこいつもっ!」

力任せに空き缶を投げ捨て、出村は再び帰路についた。



繁華街の外れには、いかがわしいホテルがいくつかある。

飲み屋街の喧騒も遠くなり、きらびやかな光もくすんでくる。



ちょうどそう、まさに黄昏時のように。



肩を寄せ合う恋人達が歩いている。

あるいは、許されざる忍ぶ恋か。

近道とはいえ、ここでは一人歩きの出村の方が異質な存在だ。


ふと、目の前を歩く二人が気になった。


男の後ろ姿が、かつて追い落とした上司に似ていたのだ。

...そして隣にいるのは、出村の妻だった。


「おいっ!」

思わず肩を掴むと、元上司はゆっくりと振り向いた。

あの時と同じ、死んだ魚の目をしていた。

と、その口角がつり上がり、口が耳まで裂けた。


...ニタァ....


「ドコヘユク?...イエニ...カヘルンカ?」


「う、うわぁぁぁっっ!!!」


出村は思わず駆け出していた。

何だ?

何なんだ、あれは?


人じゃない!

あの目、あの顔!

俺は夢でも見ているのか?


角を曲がると、一件のラブホテルから出てきた二人にぶつかって、無様に尻餅をついた。

二人を見上げる。

「うわぁぁぁっっ!!!」

そこにいたのは、ライバルになりそうで追い払った部下だった。

死んだ魚の目をしていた。

隣にいるのは...出村の娘だった。


何故だ?

二人は家にいる筈だ。

何故ここにいる?


きっと他人の空似だ。

そうだ。

早く帰らないと!


...ニタァ....


「ドコヘユク?...イエニ...カヘルンカ?」


思わず叫んでいた。

「帰るっ!俺は家に帰るんだっ!」


出村は走った。

走って、走って、なかなか家には着かなかった。


道行く人々が出村を見る。

皆、虚ろな目をしていた。

なのに、口は大きく裂けて笑っているのだ。


...ニタァ....

...ニタァ....


..ドコヘユク?...

..ドコヘユク?...


...イクンカ?...

...カヘルンカ?...


出村は叫びながら、よろよろと走り続けた。


いつしか、会社に戻ってきていた。

鍵を開けて、事務所へ転がり込む。


「オカエリナサイ、オカエリナサイ...」

電子音が鳴り響く。

大きな音が鳴り響く。


ふと出村は窓を見た。


出村の顔が写っていた。

死んだ魚の目をして、口が裂けた出村の顔が...









翌朝、事務所で首をつった出村の死体が発見された。

警察は自殺と断定。

いつしか忘れ去られる出来事の一つとして処理された。

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