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中指の輪 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやの好きな図形はなんだい? 丸、四角、三角の中だとさ。

 気分によっていろいろと変わると思うが、一部の心理テストだと近い将来、自分に起こることが分かるのだという。

 丸なら円満。新しい出会いがあっても、そいつを自分の輪の中へ取り込み、丸くおさめることができよう。

 四角なら角立。あらたまった空気でもってきっちり物事をおさめられるが、知らぬ間に立つように立った角が、見えていない人間関係などをつつくかもしれない。

 三角なら突貫。一点を鋭く貫き、目標に達することさえあるかもしれないが、とどまることを知らず、また新しい点を見つけて進んでいくだろう。


 と、いった具合になるかな。

 中でも丸の平和ぶりは際立つ。数ある図形の中でも角が存在しないことは、いかにも特殊だ。

 またどこかしらからなぞっていけば、また同じところにたどり着ける点で、他の直線や曲線とも異なる。

 この山や谷なく戻ってこられるところも、穏やかな永遠を意味し、多くの約束や願望などがそこに閉じ込められることも珍しくない。


 輪はアクセサリーとして、人が身に着けることも多いな。

 そこに込められた願いはなんだろうか。

 シャレか、約束か、願望か?

 いずれも自身が望む方向ならいいが、ときにいつの間にかこしらえられるものだってある。

 俺の昔の話なんだが、聞いてみないか?


 当時の小学校だと、学年集会がしばしば行われていた。

 堅苦しい挨拶とか、あまり興味をそそられない報告や連絡がメインのこともあるが、ときにレクリエーションをやるときもある。

 身体と頭を定期的に働かせての健康維持もあったのだろうが、当時の俺としては遊ぶことと競うことは、同レベルの関心事だったからな。集会の短い時間のレクも同様だ。


 その回はじゃんけんのジェンカだったか。

 あのフォークダンスのジェンカのステップで進んでいき、音楽が止まったところで近くにいる人とじゃんけん。負けた人が勝った人の後ろにつき、肩につかまりながら、再開した音楽とともにまた前進を続けていく。

 自然、参加者は勝ち続けた者の後ろについていき、長い蛇のような列ができる。そうして最後は一騎打ちで締めくくられるわけだ。


 長く列を作れた者こそ最強。ただ一度の敗北さえ許されない高み。

 シンプルなことは、いいことだ。

 俺はこのジェンカでもって最強たるために、来る日も来る日もじゃんけん特訓に打ち込んだよ。

 俺流のじゃんけんのコツは気迫だ。グーの形にこぶしを握りこみながら、相手に目力めぢからを叩きこみ、飲み込むようにして手を突き出す。

 勢いに飲まれた相手はへたってしまい、こちらのグーに合わせる気骨を持てなくなる。つい指を広げてチョキか、パーを出してくるものだ。

 そこをついて、俺の初手は8割がたチョキになる。そればかりだと足をすくわれるから、残り2割にグーもパーも混ぜる。

 相手が気圧されるかを見てからの判断だな。こればかりは俺流だから、いざ教えろといわれてもよく分からん。自分で頑張ってくれ。

 

 

 そいつが功を奏したか。何度目かのジェンカの集会で俺はトップとなる。

 最後の相手は、俺の勢いに負けじとグーを出してくるタイプだったが、勘の働いた俺はとっさにパーを出してからめとり。栄誉を賜る側へ回れたわけだ。

 周りのみんなから拍手を浴びるのの、なんと心地よいこと。力を入れすぎて汗ばんだ手のひらを握りこみつつ、俺は胸を張っていたんだが。


 ふと、右手に中指から火照りを超えるひりつき。

 集会のときは気にしなかったんだが、いざ教室の自分の席へ戻ってから確かめると、中指の付け根に、ひもで縛ったかのような形のミミズ腫れが浮かんでいたんだ。

 指の裏表をぐるりと巻く一線。指輪のようだなと思った。

 少し意識して見なければ他の人からは気にならないレベルだが、指でじかに触るとそのふくらみははっきり読み取れる。

「気持ち悪いなあ」と、暇を見つけては指でこりこり。蚊に食われた痕にするみたいに、引っかいてしまう俺。

 それをやるとろくなことにならないぞと、親に言われたことがあるが、気になるものは気になる。

 こうすることが解決につながると、自分のやり方を信じてやまず。それでいて何日も、俺はその指の輪と戦うことになったんだ。

 それに抗うかのように、かの輪はますます熱と隆起を帯びて、はっきりとその存在を主張し始めてきたのさ。



 そうしてひと月あまりが過ぎたころ。

 水泳シーズンとなり、体育のある日は朝方に体温を測るようお願いされるようになっていた。

 泳ぎの達者な俺としては、楽しみな時間に違いないが、その日の体温計は無情にもプール入りをはばかる数値を示す。

 高かったんじゃない。低かったんだ。

 俺の平熱は36.5℃。そこから前後1℃ほどの変化は、一日の中での許容範囲と聞いたことがある。

 それが温度計は34℃台を叩き出したんだから、俺も親も目を疑ったさ。

 続けて3回測っても、結果はその異常な域を脱せず。機械の故障だと思ったが、ウソをついての惨事もまずい。

 ついに連絡帳にその旨を書かれて、今回は見学と相成った。


 納得がいかない。

 俺に自覚症状はなく、親にじかに手で触ってもらったが、身体に冷たく感じる部分はなかった。後者に関しては、この温度差が手で判断できるか不安なものがあったけれど。

 水着一式を持つことも許されず、先生に連絡帳を渡さねばならないという、この時間がなんとも屈辱。


 ――せっかく存分に泳いで、あわよくばまたほめたたえられたかったのに。

 

 あの時のジェンカで得た賞賛が、いまだ俺の中にうずいていたんだ。

 


 プールは二コマ目の授業だった。

 見学者は、俺ただ一人。ますます気に食わない。

 先生はみんなの指導のため、反対側のサイドからメガホン片手に指示を飛ばしていた。

 学校の水泳は水難事故の恐れを減らすのが、目的のひとつでもあるだろう。

 まずは基本の水中歩行からで、皆が一列になりながらプールの縁に沿って歩いていくのを、俺はぼんやり見守っていたんだが。

 

 いきなり、身震いがした。

 手足の末端から起こったそれは、たちまち腕や脚を伝って胴体へ走る。

 つい先ほどまで、暖かい空気にぬくんでいた胃腸が、肺たちが、たちまち水に付け込まれたかのように冷えていく。

 目線を落とした俺が見たのは、普段の色をすっかり失い、打撲を負ったように青紫色に染まりきっている自分の手足だったんだ。

 痛みはある。だが、それ以上に自覚するのは冷たさ。

 いまこの手足の周りに、雪さえ舞えそうなほどの寒気が取り巻いている。それがさんざんに肌を、内側の肉を、血管を苛めているんだ。

 もしやと、こわばりつつある腕を動かし、なお増す痛みに顔をしかめながら、体操着の裾をまくってみる。


 今まさに、青紫は版図を広げつつあった。

 すでに胸から下は、手足と同じ色に染まりきり、今や鎖骨に及ぼうというところ。

「うっ」とうめきながら詰まった息も、どこか胸刺す冷たいものに。そのうえ奥の鼓動さえも、ひと打ちするたび氷水を吐き出しているかのよう。

 紫が広がるのと逆に、今度は胴体から手足の末端へ。なお痛みを助長する冷水が、流れとなって注がれる。

 ほどなく、頭にもそれらは上ってきた。

 その強さはアイスクリーム頭痛もかくや。俺に目を閉じ、顔に手を当て、うつむきながら耐えることを強いてくる。とても前を向いていられない。

 吐き出す息さえ、氷のつぶてを含んでいるかのようだ。軽いせき込みが喉を打ち、心なしか鉄の香りを漂わす。

 他の箇所も痛みが引かないまま。まとう寒気はなお強まっていく。


 このままじゃ、頭全体が冒されるのも時間の問題。でも、どうすれば……。

 ためらう俺だが、冷たくなっていく全身の中、ただ一か所がにわかに熱を発してくる。

 体操着の裾をめくる右手の中指、あのミミズ腫れ。

 よく見れば、その腫れのみこの青紫の染まりの中で、元来の赤みがかった表面を保っていた。それは普段にも増して、指輪としての形を浮かび上がらせている。


 その赤みが一気に指先、手のひらの双方へ飛んでいく。

 火のような勢いで広がるそれらを受けると、青ざめていた肌がみるみる熱と元の色を取り戻す。

 時間にして何秒もかからない、あっという間のことだった。おそらく俺の姿勢を見た先生が様子を見に来た時には、すでに俺の身体はいつも通りに戻っていたほどだ。

 あの指輪状の腫れも、すっかり引いて形もない。

 

 指輪はこの時に備えて、俺が大いに興奮した熱を閉じ込めていたんじゃないかと思う。

 俺の身体が、それこそ輪のごとく「循環」を続けられるようにな。


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