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第八話

「……ごめん」

「何でナポレオンが謝るのさ」

「……僕が生まれたから、きっとマリーが……」

「ナポレオンは悪くないよ、君のお母さんもね。悪いのはマリーを捨てた人間さ。ナポレオンは何にも悪くない、ね?」

 納得出来ないと言いたげな顔、自分のせいじゃないなんて言われても納得出来ないのは身に染みてわかっている。

「誰かにそう言われてもなかなか納得なんて出来ないよね。俺も一緒だからよくわかるよ」

「リュカは誰に言われたの?」

「師匠とか、リオとか、ルイーズとか、ナタエナルの魔法石が砕けちゃった事を知ってる皆に言われたよ。ナタエナルはモルガンと違って、衝撃を受けて魔法石が砕けた訳じゃないんだ。ある時突然、本当に突然砕け散って……、俺の目の前で。あの時の俺達何してたっけな。あんまり覚えてないんだよね。ナタエナルの声とか、表情とかも。魂を得て一年も経ってなかった。何が原因だったのかは今でもわからない」

「リュカもお母さんと同じなんだ」

「同じじゃないよ。目の前で相棒の魔法石が砕けた事は一緒だけど、俺はナタエナルとは一年も暮らしてないんだから。君のお母さんとモルガンは何十年と一緒に生きてきて、でしょ? きっと、悲しかったと思うよ、苦しかったと思うよ。自分の目の前で相棒の魔法石が砕けちゃったんだから。俺とおばあちゃん、状況は違うけど似た者同士だからさ。おばあちゃんの気持ち、わかるんだ。魔法石が砕けちゃったのは不幸な事故だったかもしれない、でもそう誰かに言われてもやっぱり納得なんか出来なくて、あの時一緒にいたのに何も出来なかったって、自分を責める。俺、多分ナタエナルが帰ってきても謝ると思う。あの時何も出来なくてごめんなさいって。多分ブリジットさんも一緒だと思う」

「……もし僕がモルガンだったらね、お母さんに謝って欲しくない。だってお母さんは悪くないもん。本当にお母さんは悪くないもん。ナタエナルだってきっと一緒だよ。リュカは悪くない。誰も悪くない」

「……はは、そうだね。ありがとうナポレオン」

 小さな友人の頭を撫でる。この子のお母さんのそばには誰かいるだろうか。共に生きる誰かはいるだろうか。人形師ブリジットは寂しさを抱えてはいないだろうか。相棒も、作り出した子達も置いて、今どこにいるのだろう。ナタエナルはいなくなったけれど、俺にはマリーがいる。リオやルイーズ、クロエちゃんにクラリスちゃん、街の人がいる。ナタエナルがいなくて寂しいのは寂しいけれど、皆がいるからナタエナルがいなくても。おばあちゃんに、そう思える人はいるのかな。

 ぼんやりと居なくなった人形師に思いを馳せていると廊下から床板の軋む音と小さな足音が聞こえてきた。他の部屋で探し物をしていたマリーの物だろう。控えめなノックの後に開かれたドアの向こうから顔を出したのは予想通り今の俺の相棒だった。

「リュカ、そっちはどう?」

「マリー。……ねえ、マリー」

「何かしら」

 マリーを手招きして胡座をかいた膝に座らせる。大きな相棒は不思議そうな顔をしながらも大人しく従ってくれた。

「マリー、俺の所に来てくれてありがとう」

「何よいきなり。気持ちの悪いことを言うのね」

「何となく言いたくなって。駄目かな」

「しょうがないわね、この甘えん坊さんは」

「これからもよろしくね、マリー」

「あんたは私が居ないと駄目だもの。これからもお世話焼かせて貰うわ」

「こらー!」

 突然の大声にびくりと体が跳ねる。マリーを座らせた膝とは逆の膝に載せたナポレオンの声だ。俺の膝の上でぴょんぴょん跳ねながらぷりぷり怒っている。

「僕を挟んでいちゃいちゃするなー! 小さいからって僕を忘れないで! これ結構恥ずかしいんだからな!」

「はいはいごめんよ」

「ごめんなさい、ナポレオン」

「べっつに! お母さんとモルガンで慣れてるからいいけど!」

「いいんだ。ナポレオンは優しいね」

「僕はお母さんの子だからね! 怒ると怖いけど、本当は優しいお母さんだったんだから!」

 街の人から聞いた人形師ブリジットの評判。そのどれもに気難しくて頑固で怒りっぽいとあった事をナポレオンは気にしているらしい。一緒に聞き込みに出ていたマリー曰く、その話を聞く度に律儀に訂正していたらしい。ほとんど信じてもらえなかったそうだが。

「そんなに優しいあんたのお母さんは何処へ行っちゃったのかしら」

「そんなの、僕が聞きたいよ。お母さん、自分の事何にも言わなかったもん。努力を知られるのが嫌いだから僕らにも見せないで、悲しい事も苦しい事も全部独りで抱え込んでた。お弟子さんと大喧嘩して、お弟子さんが出て行っちゃった時も独りで泣いてたみたい。その時ばかりはモルガンも部屋から閉め出されてたな……」

「君のお母さんは弱い所を見せたくない人だったんだね」

「そっか、そう言えば良かったのか。うん、そうだよ。お母さんは自分の弱い所を見せるのが嫌いだった。街の人やお弟子さん、僕達にだって見せてくれなかったの」

「……そっか」

 ナポレオンの小さな頭を撫でる。弱みを人に見せない強がりな人形師、そんな彼女が相棒を失くしたとあっては。早く、早くドール達を彼女の元に帰してあげなくちゃ。

「……早くお母さん見つかるといいね」

「うん……」

「大丈夫、きっと見つかるわ。皆一緒だもの」

「ありがとう、二人とも」

 悲しげに笑うナポレオン。君が心の底から笑える様に俺達が頑張らなくちゃ。

「ところでリュカ、その本は何?」

「さっき取っただけで中のページが落ちちゃったんだよ。内容は聖書の一節。よくある絵本」

「お母さんのご本だからちゃんと直してね」

「ええと、紙に使える接着剤持ってないから帰ってからでいい?」

「しょうがないなぁ」

「それじゃ今日はそろそろ帰ろう。皆が待ってるよ」

 街を照らす陽光に夕焼けが滲む中を三人で帰る。今年の花祭りが終わってもうすぐ一ヶ月、夏はまだ遠い。春の夜の冷えが夕闇に紛れて俺達に迫ってくる。夏が来る前に人形師は見つかるだろうか。母を求めるドール達に引き合わせてあげられるだろうか。モルガンと別れた相棒は再び共に歩む事ができるのだろうか。それはきっと俺達三人にかかってる。神様、師匠、ナタエナル。どうか俺に力を貸してください。

 傾いた日に伸びる俺達の影はきっとなんとかなる。そう言っていた。


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