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第六話


「わかった、引き受けさせて貰うわ」

「難しいわがままを言ってごめんね」

「いいのよ。この街一番のブティックポレットならこの程度、朝飯前だわ。リュカのおかげでクラリスもすっかり良くなったんだから。今ならどんな服でも作れちゃいそう」

 人形師の家を訪ねた翌日。俺は診療所でルイーズと仕事の話をしていた。今回依頼するのは人形師の家に居たドール達全員分の服。数にして十着以上、それも今着ている服に似せた物を。人形師に会う為に皆を綺麗にしてあげたい。ボディも、服も。そんな俺のわがままをルイーズは二つ返事で引き受けてくれた。

「リュカも大変ねぇ。こんなに沢山の子を一度にお手入れって」

「そんなに酷い損傷がある訳じゃないから大丈夫だよ。服を作る方が大変だろうに」

「うちは人手があるのよ。皆で手分けしちゃえば本当にすぐ出来ちゃうんだから! それにしても……まさかこの街にナポレオン型を作った人形師が居たなんてねぇ。世間って狭いもんだわ。ナポレオン型のお洋服はうちでも取り扱ってるけど、他のサイズに比べるとやっぱり小さくて縫いにくいのよ。そんなサイズの人形を一人で作ってたって、驚きだわ」

「本当だよ。昨日ナポレオンのボディを見せて貰ったんだけど、どの部品も細かくて繊細なんだよ。それでもしっかり焼き上げられていて強度もしっかりしてる。他の子にも言えるんだけど、本当に作り上げた人の腕が凄い。天才か、天才でなければ化け物だよ。こんな凄い人が居たのに、何で俺達は知らなかったんだろう。いくらキャストドールやソフビドールが主流になりつつあるからって、ビスクドールを作る人形師が居なくなった訳でもないのに」

「私、ブリジットおばあさんについて家で聞いてみるわ。街の外から来てくれるお客さんからも何か聞ければいいのだけれど」

 昨日人形師のドール達に聞いてわかった事、人形師はブリジットという女性で、失踪当時は齢五十幾つ。居なくなって十五年経っているので今の年齢は六十代後半、七十を超えているかもしれない。年齢を考えると猶予はあまり無い。とにかく早急に見つけないと、モルガンやナポレオンと交わした約束が果たせない。

「俺は何処を当たろうかなぁ……。街の人はリオや自警団の皆が当たってくれるし、街の外に知り合いなんていないし。師匠が居たらまた何か違ったんだろうけど……」

「リュカはリュカにしか出来ない事をしたらいいのよ。情報収集は私達も出来るけど、ドール達を綺麗に磨き直してあげるなんて、とてもじゃないけれど私には出来ないわ。クラリスが怪我をした時ここに連れてくるのはあんたがクラリスの怪我を治せるから。あんただってうちに服の注文寄越すじゃない、それは私が服を作れるからでしょ? だからリュカは胸張ってりゃいいの。人形の怪我を治せるのはこの街で自分だけなんだって。頼りにしてるわよ、ドクター?」

「だから俺は医者じゃないって、人形修繕師だって何度も言ってるじゃん。……でもありがと。そうだよね。俺が皆を綺麗にしてあげなくちゃ、それは俺にしか出来ないんだから」

「ふふ、その意気よ。あんたにくよくよしてるとこなんて似合わないんだから、しゃきっとしなさい。そんな所見せたらモルガンだって不安がるでしょ」

 診療台に座るモルガンに視線を移す。子守唄を聴きながら眠っているかのような、穏やかな顔。ドール達に痛覚は無い。今の眠りについた時、苦痛が無かったのは唯一の幸いか。けれどそれが故に相棒と離れ離れなのは果たして。

「今リオやマリーが君の相棒を探してくれているからね。もう少しの辛抱だよ」

「おばあさんの所に帰る前に新しいお洋服に着替えましょ。綺麗なおべべで待ってたらきっと喜んでくれるわ。ブリジットさん、どんな顔をしてくれるか楽しみね、モルガン」

 ルイーズの指がモルガンの頬を撫でる。冷たいビスクの体、それでも人の温もりは伝わる。今は眠る彼の心にも、その温もりは伝わっているだろうか。

「……何となくだけど、モルガンとナタエナルって雰囲気似てる気がするわ」

「魔法石が砕けたっていう共通点があるからかな」

「そういうのじゃなくて、造形的な意味での話よ。どちらもヒューゴ型だからかしら」

「ナタエナル連れてきて、並べてみる?」

「ちょっと興味あるわ。ヒューゴ型の男の子二人が並んだらどうなるかしらね」

 隣の治療室から、眠るナタエナルを連れ出す。ヒューゴ型の男の子で、二人とも魔法石を失っている。共通点はそれだけ。雰囲気が似ているなんて、共通点による先入観だと思うけどなぁ。ナタエナルを診療台の上のモルガンの隣に座らせる。

「……似てるかなぁ……?」

 ビスクドールとキャストドール、当然ながら作られた年代が違う。年代が違えば好まれる顔の造形も当然変化するもので、モルガンとナタエナルでは似ているという造形の共通点は見られなかった。けれど、二人の顔を順に見比べると言われた通り雰囲気が似ている気がする。気がするだけだけれど。

「何だかお互い顔も知らない遠い親戚って感じの似方してない?」

「うーん……。ナタエナルは俺の師匠の作品だけど、モルガンは師匠の師匠とか、さらにその上の師匠の作品かもしれないね。こういうのってどうしても師匠の作品の影響を受けるから、モルガンを作った人形師と俺の師匠に何らかの関わりがあるかも、って所かな」

「ほら、遠い親戚なのは合ってるじゃない」

 ルイーズと二体のヒューゴ型の顔を見比べているとドアベルが揺れた。

「ただいま、リュカ」

 人形師ブリジットの行方を探しに出ていたマリー達が帰ってきた。マリー、ナポレオン、リオ、クロエちゃん、クラリスちゃん。全員揃っている。

「皆お帰り。何か良い話は聞けた?」

「新しい収穫は全く。ばあさんが腕のいい人形師だったっつう話はめちゃくちゃ聞いたけどな、俺達が求めてるのはそんな話じゃねえんだよ……」

「でも、司祭様が王城に手紙を出してくれる。王様なら何か知ってるかもって」

「ううんそうかぁ……。王城に、ってことは情報があっても無くても返事に時間がかかるよね。参ったなぁ」

 皆で頭を抱える。街中に聞き込みをしても有力な情報は得られなかった。司祭様がツテを当たってくれるとは言っても欲しい情報が手に入るかわからないし、その返事が帰ってくるのも時間がかかる。

「仕方ないじゃない。今日探し始めたばかりだもの。簡単に見つかったら苦労しないし、ナポちゃん達だって嬉しいけれど、世の中そんなに甘くないんだから引き続き頑張りましょ」

「……呼ぶならレオンって呼んで……」

「おいおい、顔真っ赤じゃねえか。泣くなナポ公。男だろ」

「だからリオは僕をナポ公って呼ぶのやめろー!」

「それだけ元気があるんなら大丈夫だな」

「ぶー……」

「それにしてもどうする? クラリスのパパとママがおばあちゃんの事知らなかったら、クラリスに出来ること無くなっちゃう」

「お仕事はいっぱいあるわよ。おばあさんの家にいたドール達の新しいお洋服、帰ったら早速型紙起こしから始めましょ」

「俺も関所の警備に当たらせて貰うかな。関所を通る連中から何か聞けるかもしれねえ。団長に話通して自警団総出で情報集めてみるわ」

「俺は人形達の手入れが終わったらあの家を調べてみる。ブリジットさんの行方の手がかりが残ってるかもしれないし」

「よし、明日からそうすっか。お前の母さんは俺達がちゃんと見つけてやっから泣くなよ、ナポ公」

「だから僕は……! ……うん、ありがとう……」

 目を潤ませる小さな小さな友人。その頭をそっと撫でる。涙が一日でも早く乾くように、悲しい顔をする日が一日でも減るように俺達が頑張らなきゃ。

「随分しおらしいわね、ナポレオン。昨日ははしゃぎにはしゃいで大暴れしてた癖に」

「まあまあ。うちで使ってる道具は人形師の家じゃ見ないものもあるだろうし、好奇心がくすぐられちゃうのは仕方ないよ。変にいじって怪我されるのは困るけど、ちょっとした探検くらいならいくらでもどうぞ」

「もう、リュカは甘いんだから」

「……僕、あの家から出たこと無かったの。あの家で、お母さんやモルガン、皆とずっと一緒だった。お外に出ようとしたらお母さんが怒るから」

「ナポレオン型はどうしてもそうなっちまうよな。ナポレオン型を相棒にしてる奴ら皆同じ事言ってたわ。俺の相棒は一人で外に出せんって」

「私、この間猫ちゃんにいたずらされてるおちびちゃんを見たわ。助けてあげたのだけど、おちびちゃんを相棒にしている女の子にだから駄目だって言ったのにって怒られてたわね。リゼット型も一人でお外は大変そうだけど、更に小さいナポレオン型はもっと大変よね」

「クロエ、一人でお外平気だよ」

「そりゃお前はな。俺の相棒なんだし当たり前だろ。魔法使いの相棒は強くねえと」

「クラリスもマリーお姉ちゃんみたいに一人でお使い行きたい。クラリスだって一人でお外行ってみたい。でもパパもママもルイーズも駄目って言うの」

「当たり前じゃない。私のこんなに可愛いクラリスが一人で外に出ちゃったらかどわかされてしまいそうだもの。そんな事する人、この街には居ないとわかっててもどうしてもね」

「……もしかしてここにいる人達って皆お母さんと一緒?」

「あはは、多分ね。俺も君のお母さんの気持ち、わかっちゃうなぁ。俺は人形は作らないけど、作ってたら多分俺も同じ事言ってると思うよ。だって外で転んで怪我なんてして欲しくないし、外で怖い思いなんてもっとして欲しくないからね。でも、ナポレオンやクラリスちゃんの気持ちもわかるよ。やってみたいのに駄目って言われるともっとやってみたいってなるよね。俺の師匠も過保護気味だったから」

「あのおっさん、確かに過保護だったな。いたずらしたら容赦なくげんこつ食らわされたけど」

「リオ、おっさん呼ばわりがお師匠さんに知られたらげんこつ一発じゃ済まないわよ。あの人、普段は笑って大概の事は許してくれるけど本気で怒った時は誰も手が付けられないんだから」

「ねえ、リュカのお師匠さんってどんな人? 人形師なのは知ってるけど、聞いてみたいな」

「俺の師匠? 良いよ。どこから話そうか。そうだなぁ……。俺、元々は孤児院に居たんだけどね、孤児院の子供って相棒ドールがいない子もいるから、そんな子供のために人形を作ってくれてたのが俺の師匠。俺の相棒ナタエナルも、リオの相棒のクロエちゃんも師匠の作品だよ」

「うちのクラリスは別の人形師の作品よ。クラリスを作った直後に街を出ていったそうだから、私は会った事がないの。リュカのお師匠さんが初めて会った人形師ね」

「その縁があって俺は師匠に引き取られたんだよね。弟子入りって訳。確か七歳になる前の話だったかな? 捨て子だったから誕生日、良くわかんないんだよね。でも孤児院に来て七年目になる前の秋に弟子入りしたんだ。十歳になるまで人形作りはさせて貰えなかったけどね。大体どんな所でも弟子入りとか修行は相棒に魔法石を与えてから始めるから、師匠もそれに倣いたかったんだとは思う。人形作り以外の事をしたくなったら直ぐに言えって口酸っぱく言うくらいだったから、本当に俺の事大事にしてくれてたんだって今になって思うよ。変人とか、変わってるとか言われがちな人だし、俺もそう思う時もあるけど、人形を作る時の目だけは真剣だったなぁ。作ったドールには完成した途端興味を無くすのは俺もちょっと神経を疑うけど、皆貰われて行くんだから変に愛着持たないようにしてるんだって。どこまでが本当なのかはお師匠相手じゃさっぱりわかんないけど」

「やっぱ聞けば聞くほど変人だな、お前の師匠」

「でも、そんな師匠でもナタエナルの魔法石が砕けちゃった時は流石に動揺してたよ」

「いやあれは誰だって動揺するわ馬鹿」

「うん、まあこんな感じの俺の師匠なんだけど、実は来年の神勅人形師に選ばれているんだよね。神勅人形師に選ばれるなんてこの国の人形師にとってこの上ない誉なのに、そのお役目を放り出して今頃何処をほっつき歩いてるんだか。自由人故にいろんなアイデアが止まらない人だったけど、ここまで自由にやってるとは弟子としても頭が痛いよ」

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