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第五話

「出ていけ! 侵入者!」

「初めまして、ナポレオン型君。俺の話、ちょっと聞いてくれるかな」

「うるさい! 僕達のお母さんに何の用だ! お母さんはここには居ないぞ!」

「ちび助、ちっと聞いてくれや。俺達、お前に用があってここに来たんだよ。ここに住んでた人形師……お前の言う母さんとやらが居ないのも承知の上で来た。ドールが置き去りにされてるって聞いてな」

 リオと二人でナポレオン型君に説得を試みる。魔法石を外されていたとはいえ、長く放置されていたという自覚はあるようだ。俺達は彼からすればお母さんが留守の家に上がり込んできた侵入者、警戒されるのも無理はない。

「実は俺達、お前の母さんからお前達の様子を見てきてくれって頼まれてな」

 何を言っているんだこの馬鹿は。確かに俺は様子を見るように頼まれたからここに来たけど、頼んで来たのは自警団団長。間違ってもこの家の人形師じゃない。

「ちょっと、どうすんのさそんな嘘吐いて。嘘だってばれたらどうなる事か」

「良いんだよ。嘘も方便ってやつ。とりあえず今はだまくらかして残りのドールをどうにかしねえとだろ」

「それもそうだけど……。リオの馬鹿!」

ナポレオン型には聞こえないように耳打ちしていると、家具の隙間からぽつりとつぶやく声が聴こえた。ナポレオン型のものだ。

「お母さん……」

 泣きたいのを、寂しいのをぎゅっと堪えようとする、絞り出すような声だった。どうしてか、その声に胸が締め付けられる。

「……ねえ、ナポレオン型君」

 そっと膝をついて、ナポレオン型に話しかける。嘘は吐きたくない。この小さな人形にも、嘘なんて吐きたくない。大切な人を恋しがるこの子に、嘘を吐きたくない。ちらりと、隣に立ったリオに目配せする。ごめんね、そう意味を込めて。付き合いの長い幼馴染は俺の言いたいことをわかってくれたのだろう。仕方ないなって言いたげな顔で何も言わず頷いた。

「あのね、君に一つ謝らなくちゃいけない事があるんだ」

「……何……?」

「俺達、ここに君達の様子を見に来たのは本当なんだけど、君のお母さんに頼まれた訳じゃないんだ。……ごめんね」

 返ってくる声は無い、当たり前だ。俺からすれば師匠からだと聞いて受け取った手紙が、師匠からではなかった、みたいな話になるのだから。そのショックたるや、察するにあまりある。

「ナポレオン型君は、お母さんに会いたい? 俺達、これから君のお母さんを探すつもりでいるんだ。君が目覚める前に、この家に居た他の仲間たちを見つけたんだけれど、皆とても素晴らしい出来のドールだった。君のお母さんが一人一人大切に丁寧に作ってたんだって、見ただけでわかるくらいに愛情を注がれたドール達だった。俺は、どうしてこんなに愛情を注いだ子達を置いて、君のお母さんが出て行ってしまったのかどうしても気になってる。この家の持ち主を探して、その訳を知りたい。沢山の子供達を置いて、自分をお母さんって呼んでくれた子を残して、自分を恋しがって泣いてくれる君を置き去りにして、姿を消した君のお母さんの居場所が知りたい。置いていかれるのは嫌だもんね。大切な人がいきなりいなくなるなんて嫌だもんね……。俺だって嫌だ、もう二度とごめんだ」

 置いていかれるなんて、絶対に嫌だ。別れの挨拶も出来ないままに置いてきぼりなんて絶対にごめんだ。多分、俺はこのナポレオン型に自分を重ねてしまっている。だから彼のお母さんを呼ぶ声に胸が締め付けられて、今こんなにも苦しい。ナタエナル。師匠。二人とも俺を置いていなくなってしまった。寂しくて独り泣く夜だって未だにある。だからどうしても、この子を放っておけない。この家の子達をそのままにしておけない。この家の人形達を、お母さんと会わせてあげたい。

「図々しいお願いだというのはわかってる。君達のお母さんを探すのに、君の力が必要なんだ。君達の力を借りたいんだ。君のお母さんを探すために、君の力を俺達に貸してくれるかい?」

「……お母さんを探してくれるの……? お母さんに会わせてくれるの……?」

「おう! 俺様達に任せとけ!」

「……僕……お母さんに会いたい……。お母さんに会いたいよぅ……!」

「そこは狭いだろうからこっちへおいで。出てきて、君の名前を聞かせて?」

 俺の声に応えて、姿を見せてくれたナポレオン型君。そうだよね、大切な人と別れたままは嫌だよね。大好きなお母さんに会いたいよね。人とは違うはずのドールの体、小さな小さなガラスの瞳には不思議な事に涙が滲んでいた。 手を差し出せば素直に乗ってくれる彼と目を合わせて、優しく声をかける。

「初めまして、俺はリュカ。この家がある街の中心の方で人形修繕師をしているよ」

「修繕師……? 何それ、聞いたことない」

「簡単に言っちまうと人形専門の医者だよ。俺はリオネル、教会所属の自警団だ。こいつは俺の相棒のクロエ。よろしく頼むぜちび助」

「僕はちび助なんて名前じゃないぞ!」

「さっさと名乗らねえのが悪い」

「ちょっとリオ、そんな言い方無いでしょ? ごめんなさいね、いきなり押しかけてきて驚いたでしょう? 私はアン・マリー。のっぽの人間の方の相棒のようなものよ。小さな同胞、貴方の名前を尋ねてもいいかしら」

「う……うん……。僕、ナポレオンって言うの。ナポレオン型のナポレオン。皆からはレオンって呼ばれてたよ」

 ナポレオン型のナポレオン。雷が落ちてきたかのような衝撃が全身を走る。

「えっ。じゃあつまり君が? 本当? えっ凄い!」

「どうだ! すごいでしょ!」

「おいそこの人形馬鹿。俺にもわかるように話せ、一人で鼻息荒くしてんじゃねえよ」

「えっと、ナポレオン型のナポレオン君って事はこの子がナポレオン型で」

「リュカ、落ち着きなさい。あんたが興奮するのも無理は無いけど。リオ、あんたは司祭様にこの国の常識を一から叩き込んで貰いなさい。ドールの型の名前って、原型のドールに付けられた名前をそのままいただくのよ。私はマガリー型だけれど、マガリー型の原型ドールの名前はマガリー。そもそもマガリーという名前は聖書にでつくる真珠の瞳を持つ人形の名前よ」

「じゃあ……クロエはリゼット型だが、リゼット型の原型になったドールはリゼットって名前だったのか?」

「その通り。聖書のリゼットはいつも微笑みを浮かべる幼い女の子の人形ね。リゼット型の原型ドールも聖書のリゼットと同じく笑顔の素敵な女児の姿をした人形だったと聞くわ」

「だった……ってえと、原型ドール自体はもう無くなってるんだな?」

「人形師亡き後に壊れちゃったり、作った人形師のお墓に一緒に入ったり、理由は様々だけど、今残る型のドールの原型は残ってないんだ。まさか、本当にまさかだよ!」

「はいはい落ち着け。要するに何だ。ナポ公が今現在残存する唯一の原型ドールって訳だな?」

「その認識で大体は合ってると思うけどナポ公って何! 僕はナポレオン! 略すならレオンって呼んで!」

 マリーがリオに俺の興奮の訳を説明してくれている間に息を整える。初めて目にする原型ドールに興奮してる場合じゃない。俺はナポレオンのお母さんを探すんだから。

「ねえ、ナポレオン」

「なぁに? 人形のお医者さん」

「俺は医者じゃなくて人形修繕師……。えっと、この家にいる人形達なんだけれど、皆君と同じく魔法石を外されていたんだ。一人一人に返してあげたいんだけど、どれが誰の物か俺達じゃわからないんだ。君はわかるかな」

「もちろん! 僕に任せて!」

「良かった。皆一階の工房にいるからこの子も一緒に皆の所に行こう」

 魔法石が収められた宝石箱をマリーに預けて、人形師の相棒ドールと思われるヒューゴ型を抱きあげる。早くこの子にも魔法石を返してあげなくちゃ。

「……モルガン……」

 肩に乗ったナポレオンがぽつりと呟く。モルガンとは、今俺の腕の中で眠る彼の事だろう。

「この子。モルガンって名前なんだね。意味は確か……海の歌、だっけ」

「意味までは知らないよ。……モルガンはお母さんの相棒だったの」

「どんな子だった?」

「いつもお母さんと一緒に工房にこもってた。お母さんが人形を作るところを見るのが好きなんだって。僕が生まれる所も一緒に見てたみたいだよ」

「ナポレオンはどう? お母さんが人形を作ってる所は見た?」

「うん。僕の弟や妹をいっぱい作ってたよ。皆貰われてっちゃったけど。ナポレオン型だけじゃなくて他の人形を作ってるのも見たよ。マガリー型とかヒューゴ型を作る時は大変そうだったな。一個一個のパーツが大きくて焼くのが大変って言ってた。僕がナポレオン型じゃなかったら手伝えたのになぁ」

「人形作りは体力仕事だからねぇ」

「リュカも人形を作った事あるの?」

「昔にほんのちょっとだけ。俺には人形師の師匠がいてね、その仕事を手伝ってたんだ」

「リュカのお師匠さんはどんな人? 僕のお母さんより凄い?」

「どうだろうね。俺の師匠も腕の良い人形師だったけど、君のお母さんには負けるかも。だって俺の師匠は原型ドールが作れなかったから」

「えへへ。僕のお母さんって凄い人でしょ!」

 ナポレオンと言葉を交わしながら階段を降りる。目指すは皆が待つ工房。この家の人形達は俺を受け入れてくれるかな。受け入れてくれないことには修繕も出来ない。何とかして仲良くなりたいなぁ。

 工房では先程のドールたちが変わらず俺達を待ってくれていた。早速魔法石を返してあげよう。ナポレオンの指示通りに魔法石を正しく返す。残るは一人、モルガンだけ。なのに魔法石は無くなってしまった。

「モルガンの魔法石が無い……? 他の所にあるのかな」

「この家にある魔法石は今ので全部。他に反応も無かった。クロエが探したから、間違いない」

「じゃあ何処に……」

「きっとお母さんが持って行っちゃったのよ」

 人形師の残したリゼット型が声を上げる。彼女が言うには、人形師が居なくなる前に、モルガンの魔法石が砕けてしまったと。そこからお母さんがおかしくなって、魔法石を奪う様に彼女達から外したのだとか。

「……それでお母さんは出ていっちゃったの? 僕達を残して……? どうして?」

「ナポレオン。君は何も聞いていないのかい?」

「知らないよ! モルガンの魔法石が砕けてたなんて! 知ってたら君に真っ先に言ってるさ!」

「……一つ聞きたいのだけれど、モルガンの魔法石ってどう砕けたかわかる?」

 リゼット型に尋ねる。声を上げてくれた彼女は俺の問にこう答えてくれた。

「お母さんの目の前でモルガンが転んでしまったの。直ぐに起き上がると思っていたんだけど、起きないからお母さんが様子を見たら……。きっと転んだ衝撃で割れてしまったのよ。お母さんの手の中にあって良く見えなかったけれど、真っ二つに割れてしまっていたと思うわ」

「真っ二つ……か」

 砕けてしまった魔法石はその身に宿す魔力を失ってしまう事が多い。この国に生まれた子供は皆、相棒に魂を与える際にその話を司祭や親から、果ては街の人からも耳にタコができるほど聞かされる。魔力を失ってしまった魔法石に宿っていた魂は永遠に失われてしまうからだ。その為魔法石の取り扱いを理解する十歳頃に、小さな大人の仲間入りの証として相棒ドールに魂を与える許可が教会から与えられる。十歳になって初めて生まれた時から一緒の相棒と言葉を交わせるようになるのだ。そんな大切な相棒を、目の前で失ったとあっては。人形師の心中がわかってしまう。この国に生まれた人の子にとって人形とは命の道を共に歩む相棒であり、己の心を写す鏡の中の自分でもある。長く、永く共に歩んできた相棒を失った人形師は、どれほどの絶望を抱えただろう。

「……モルガン、君は相棒に会いたい? 君を置いて何処かに行ってしまった君の大切な人に会いたい?」

 冷たいビスクの体は動かない。けれど、彼の体に僅かに、ほんの僅かに残された魔力が海の青を湛えて煌めくのが見えた。

「……そうだよね。うん、そうだよね。会いたいよね。会いに行こう、君の相棒に。俺、絶対見つけるから! 君の相棒を、絶対見つけてあげるから! だから、ちょっとだけ待っていて」

 モルガンの体を抱きしめる。かつてこの家に住んでいた人形師の相棒。彼が再び相棒の隣で笑えるように、生きていけるように。もう一度、人形師と共に新たな人形の誕生を見届けられるように。俺が、助けてあげなくちゃ。


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