第四話
「それじゃちょっと待ってて」
「目的の物が見つからなくても見つかっても、それ以外の何かを見つけてもすぐ戻って来ることな。お前の安全第一で、頼んだぜ」
「頼まれた」
ぱたぱたと小さな足音を立てて走るクロエちゃんを見送る。魔法石探しは彼女に任せて、俺も俺に出来る事をやらなきゃ。
「リュカ。焼き窯はまだ使えそうよ。使い方はおおよそうちにあるものと同じで良さそうだけれど、随分古い型だわ。少なくとも五十年前の作りね」
「ありがとう。メイクを治さなきゃいけない子も特にいないから、今回は使わなさそうだね。それにしても五十年前に作られた窯か……。少なくとも、という事だから更にそれ以上……。こんなに素敵な人形を作る人だもの。お弟子さんって居たのかな、居るならその人からこの家の人形師さんについて聞けそうだけど……」
「それなら本人を探した方が絶対早いだろ。この家が空き家になって十五年だぜ、弟子が居たところで行方なんか聞かされてるわけねえだろ」
「それもそうか……。……リオ、俺ね」
「わーってるわーってる。こいつらを作った人形師を探し出してやりたいんだろ。お前は昔っからそんな奴だ。自分にゃ一銭の得にもなりゃしないのに、このお人好しが。安心しろ、俺を誰だと思ってやがる。この国の未来を守る天才魔法使いリオネル様だぞ? 俺がちゃんと探し出してやっから、お前はただこいつらをどう綺麗にしてやるかだけを考えてろ」
「……うん、ありがとう」
「よし、何から始める? 俺にも手伝えることはあるか?」
「えっと、リオは大人しくしといてください。お前力加減下手くそだから手出し禁止ね」
「おい! なんだよそれ!」
「パンはパン屋、人形は人形師って言うでしょ。ここは俺の出番、俺の腕の見せ所。だからリオには俺の応援をお願いするよ」
「ま、しょうがねえわな。俺は魔法使いだし、人形の治し方なんぞわからん訳だ。人形は人形師ってんなら人形の修繕は人形の医者に任せるわ。こいつらの為に頼んだぜ」
「俺、医者じゃなくて人形修繕師なんだけど」
「似たようなもんだろ」
「全然違う! お医者さんは人間の病気や怪我を治すもので、俺は壊れた人形を治す修繕師! 人間は専門外!」
「相手が違うだけで似たようなもんだと思うけどなぁ」
「もう」
俺はお医者さんじゃなくて人形修繕師だって何度も言ってるのに。膨れっ面で抗議してもこの幼馴染は何処吹く風。もう慣れたものだけど。
気を取り直してこの家に残されていた人形達を観察する。関節の構造や経年劣化の具合から見てやはり大きい型の子達が比較的古く、小さなボディの子達が新しい。師匠が産まれる位の年代からウード型やリゼット型の小さな子が好まれるようになったらしいのだが。年代を遡って行けばフェリシー型、ヒューゴ型、マガリー型と好まれた人形のサイズは大きくなっていく。裏を返せば最近は小さなドールが流行っていると言うわけだ。手のひらサイズのナポレオン型が出回り始めたのは師匠が人形師に弟子入りしてからだとか。この家の主も流行に乗る形で様々な大きさの子を生み出して来たのだろうか。
「リオ、リュカ、魔法石見つけたよ。……多分」
考え事をするうちにクロエちゃんが目的のものを見つけてきてくれたようだけど、彼女は手ぶらだ。
「見つけたって、何処にあんだ?」
「二階のお部屋。反応は部屋の中にあったけど鍵がかかってて入れなかった」
「二階か。鍵くらいなら何とかなるだろ。行ってみようぜ」
「そうだね。まだ他にドールがいるかもしれないし、行かなくちゃ」
クロエちゃんの案内で二階へ。軋む階段を登る。広い家だ。沢山の人形達と暮らすには最適な家だ。俺の家ももう少し大きい所に引っ越したらもっと沢山の患者さんを受け入れられるかな。ああでも、あの家を引っ越したら師匠が帰ってきた時に家がわからなくなって困りそう。師匠にも困ったものだ、今頃何処をふらふらしてるんだろう。
「この部屋、ここに魔法石が沢山」
クロエちゃんの足は二階にある部屋の中でも一番大きな扉を構える部屋の前で止まった。この向こうにあのドール達の魔法石がある。魔法石があればあの子達から人形師の話を聞けるかもしれない。
「よし、お前らちょっと離れてろ」
リオの右手人差し指がドアノブに向けられる。指先に理の魔力が集まって光を放ち始めたら、光る指先を操って手元の空間に何かを描き出した。ほんの僅かな間の後、かちゃりと鍵の開く音が静かな家に響く。
「ほれ、開いたぞ」
「いつも思うけど魔法使いの魔法ってどう言う仕組みなの」
「簡単に説明すっと、魔力を込めて魔法陣を描くんだよ。指でもペンでも何でもいい。大掛かりな魔法になるとマジックドールを使って制御するが、今回みたいな簡単な鍵開け程度ならこの通り。並の魔法使いじゃあ無理だがな、こんな芸当。ま、それもこれも俺様が天才だから出来ちまうんだけど」
「リオ、置いてくよ。行こ、リュカ、マリー」
「うん。開けるよ」
「おい! 聞けよ!」
錆び付いた蝶番が悲鳴を上げる。この部屋だけ妙に埃っぽい。思わず口元を袖口で覆う。
「そう言えば一部屋だけ鍵がかかってて掃除出来てねえって聞いてたな」
「凄い埃……。何年放置されてたんだろう……」
「リュカ、簡単に掃除しちゃっていいかしら。この状態じゃ部屋が可哀想」
「俺もやるよ。早く皆を助けてあげたいし」
「何で団長もオスカーもここの鍵開けなかったんだろうな。あいつらだって鍵開けは出来るはずなのに」
「そんなのどうだっていいわ。ほら、あんたも手伝って。何でも手伝ってくれるんでしょ」
「しょうがねえ。いっちょやってやるか」
四人で手分けして部屋の埃を簡単に払う。この部屋は家の主の寝室だったようだ。沢山の書物、大きなベッド、物書き机。物書き机に向かう椅子、部屋の入口からでは背もたれに隠れて見えなかったが、その椅子にはドールが座っていた。ヒューゴ型の男の子、彼の膝の上で眠るナポレオン型の男の子。ヒューゴ型の彼の頭にはベールがかけられている。
「うひゃ……。ちっちゃい……、可愛い……。ヒューゴ型のお膝にナポレオン型超可愛い……」
「リュカ、手が止まってるわよ」
「だって! 見て! 大きい子のお膝でおちびちゃんがお昼寝してるんだよ? 可愛くない? ああーいいなぁナポレオン型。俺もお迎えしたいぃ」
「はいはい。後でね」
「俺ん家にナポレオン型の子が居たらきっと毎日楽しいだろうなぁ。マリーはうちにナポレオン型をお迎えするなら男の子と女の子、どっちがいい?」
「どっちでもいいわ。騒がしくならないなら」
早くここに居るドール達を観察したくて、大急ぎで掃除を終わらせる。初めましての子にはどうしても興奮してしまうのが人形相手に仕事しているが故の性と言うか、悪い癖と言うか……。いい加減治さないといけないのはわかっているが、ヒューゴ型の膝でナポレオン型の膝の上で眠っているのだ。赤子よりも小さな小人に見えるサイズ差がとっても可愛らしい。人形師もこの二人に心を癒されたことがあるのではないだろうか。
俺個人の想像はさておき、埃を払っただけの部屋でまずはこの部屋に居たドール達の診察を始める。
「マリー、この子の関節見て……。このナポレオン型君凄い……」
「あら、ナポレオン型でビスクの個体は珍しいわね。うちで預かるナポレオン型はキャストドールばかりだもの。ビスクのナポレオン型は確かに珍しいけれど、あんたがそこまで興奮するものかしら」
「俺も昔ビスクのナポレオン型を見せてもらったことがあるよ。庶民に出回り始めたのはレジンキャストで作られ始めてからだからビスクの子って確かに珍しいんだけど、この子はそれだけじゃない。この子は俺が昔見た子とは関節が違うんだ。最近の……とは言ってもビスクのナポレオン型自体が古いものになりつつあるんだけれど、比較的新しいビスクの子って二重関節なんだよ」
「二重関節って確かジゼルもだったよな」
「通常の球体関節だと曲がる関節は一つだけ。二重関節は動く間接が二つになるから可動域が広がるんだよ。例えば膝が二重関節だとふくらはぎと太ももの裏同士をくっつけることが出来るし、肘が二重関節なら単純間接に比べて手を口元まで近づけることが出来るんだよ。二重関節にすると見た目をより人間に近づけることも可能だから特に見目にこだわる王侯貴族の間で需要が高い技術なんだ。この話を踏まえてこの子を見てくれよ」
手のひらに載せたナポレオン型君を三人に見せる。俺が興奮する理由、わかってくれただろうか。
「……リュカ。こいつが単純な構造な方の球体関節ってのはわかったけど、こいつの何が凄いんだ?」
「リオの馬鹿。クロエでもわかったのに」
「んだとぉ!」
「早い話がこれはナポレオン型が作られたばかりの頃の個体って事よ。二重関節にする前の試作品かもしれないわね。新しい型なんて金持ちがこぞって手に入れようとするんだから」
「その通りだよマリー! 俺達が今目にしてるのはナポレオン型の原型かもしれない子なんだ! もしこの子が本当にナポレオン型の原型だったとしたら……! 何で俺はこの家が空き家になる前に生まれなかったんだろう! ナポレオン型を生み出した天才人形師に直接話が聞けたかもしれないのに!」
「リュカ、落ち着きなさい。これが凄いことはよぅくわかったから。この家の持ち主から話が聞きたいんでしょ? じゃあさっさとこいつらから話を聞かないと探せるものも探せなくなってしまうわ」
「はっ、そうだった。興奮してる場合じゃない。もう一人の方も診てあげないと」
今度はヒューゴ型の子を診察する。まずはヘッドの中に刻まれた人形師のマークを探す。
「こっちのヒューゴ型、古いわねぇ」
「古いのは当然だよ。ほら見て、この家にいるどのドールともマークが違う。このヒューゴ型は人形師の相棒かもしれない」
相棒なら何故、何故置いていってしまったのか。魔法石まで外して、この家に置き去りにして。なのに埃を被らないようにベールをかけるという丁寧ぶり。人の子の行く道を共に歩む相棒を、神から授かった相棒を、何故自分から捨てるような事を。
「ナポレオン型を作った人形師が相棒置いて家を空けるってよっぽどだよな。お前のお師匠だって相棒と一緒に居なくなったよな」
「そうなんだよねぇ。うちの師匠、人形を作る腕は確かだけど人間性と言うか性格の方面がちょっと……。だけど相棒を置いて行ったりはしなかったよ」
「本当に何があったんだろうな。よし、さっさとこいつら起こしてやろうぜ。少なくとも相棒に聞きゃ何かしらの事情は聞けるだろ」
「魔法石、ここにある。どれが誰かまではわかんないけど、多分皆の分揃ってる」
クロエちゃんが見つけてくれた宝石箱を受け取る。人形を作る片手間に作ったのだろうか、素朴な彫りが施されているものだ。蓋を開ければ色とりどりの魔法石が綺麗に収められていた。
「ナポレオン型君のはどれかな」
恐らく一番小さいもの、だって手のひらサイズの子なんだから。これだと思う魔法石を手に取る。小指の先程もない小さな黄緑色の魔法石、春の芽吹きを思わせる優しい色だ。ヘッドの中に作られた穴に石を嵌める。さあ。目覚めてくれるかな。
四人固唾を飲んで見守る。俺の手のひらの上で眠るナポレオン型、彼の体がぴくっと震えたかと思うと、もぞもぞと手足を伸ばし始めた。眠そうな顔を上げ、ゆっくりまぶたを開けばその下から覗くのはガラスの瞳。濡れた様な艶を湛える金色のグラスアイだ。彼はそんな瞳できょろきょろと辺りを見回し、声を零した。
「おかあさん……?」
おかあさん。この子を作った人形師の事だろうか。ナポレオン型君の目線が俺の目線とぶつかる。ナポレオン型君と目が合った。やっぱり綺麗な目をしている。くりくり真ん丸な、可愛らしさに特化した目だ。小さなドールは可愛がられてこそだもの、可愛く作られるのは至極当たり前だ。なんて思っていたら。
「お母さん……じゃない!」
ああっ、警戒されてしまった。目覚めたばかりのナポレオン型君は手のひらから飛び降りて、俺達の手の届かない家具の隙間に逃げ込んでしまった。