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第三話

「いいお天気ね。絶好のピクニック日和だわ」

「お天気の日はクロエも好き。お日様ぽかぽかで眠くなる……」

「夏が来る前にルイーズやクラリスちゃんも誘ってピクニック行こうか」

「俺パス」

「何で。リオネルもおいでよ」

「ルイーズのやつが来るならオスカーも来るだろ。あいつの兄貴も」

「オスカー、クロエは好き。クロエの事可愛がってくれる」

「あいつ滅茶苦茶厳しいんだよなぁ。厳しいっつうか堅物っつうか。今回鍵借りてくるのだってリュカの返事を受けてから、だっだしよ。リュカがこの話を受けてくれなかったらどうするんだと。お前のとこ行ってから鍵借りに行くのも面倒だから団長とジルベール巻き込んで先に借りてきた」

「オスカーさんも大変だなぁ」

 この友人が所属する自警団は魔法使い達が集まって出来た組織である。団長は先述の通りジェラルド。副団長はルイーズのお兄さんのオスカーさん。その二人の補佐をするのがジルベール。リオはジルの次くらいに偉いんだとか。本当かなぁ?

「リオ。人形師の家を自警団が掃除したって言っていたけれど、その時見つけたドール達はどんな様子だった?」

「実は俺、そっちは行ってねえんだよ。その日は確か……北の関所の警護をやってた。団長から聞いた話だとかなり古いものもあったみたいで、ビスクドールだらけだったらしい。魔法の焼き窯もあったからビスク専門の古い人形師じゃねえかって話だ」

「昔はこの街にもたくさんの人形師が居たって話を師匠から聞いたことがあるよ。皆仕事を求めて王都に行ってしまったって嘆いてたなぁ」

「そんな事言ってたこの街最後の人形師が行方不明じゃ世話ねえわな」

「……本当だよ」

 ナタエナルの魔法石が砕け散って五年経った時、つまり去年の話。俺に人形の作り方と修繕の仕方を教えてくれた師匠が突然居なくなった。本当に突然、いきなり。ある日珍しく朝から出かけたと思ったらそれ以来行方をくらませた。俺が言うのも何だけど、そそっかしい所のある人だから何か喧嘩か事故にでも巻き込まれていそう。相棒ドールも一緒に居なくなったから師匠と一緒にいるんだろうけど……。俺の師匠は今どこで何をしているんだろう。俺に置き手紙すらなかった。俺は捨てられたんだろうか。俺に人形師の才能がないから、師匠は俺を捨てたんだろうか。

 ああ駄目だ駄目だこんな事ばかり考えて。師匠が街を出ていった理由なんて師匠しか知らないんだ、ナタエナルの魔法石が砕けた理由は神様しか知らないんだ。今の俺が考えたって仕方ないんだ。今は人形師の家に取り残されているドール達の事を考えなければ。

「ビスクドール専門の人形師かぁ。どんな人だったんだろうね、パン屋の女将さんとかだったら知ってるかな」

「あー、どうだろうな。司祭や古株のシスターにも聞いてみた方がわかるだろ。ドールは皆教会で洗礼を受けるんだから、街にいた人形師の話も残ってるだろうし」

「ああそっか。ドールの魔法石は教会の洗礼を受けて初めて効力を持つから、洗礼の記録が教会に残っているはずなんだね」

「とは言え、教会所属と言いつつもほとんど独立した団だからなうちは。そう易々と記録を見せてくれるかどうか」

「そこは俺達次第じゃない? シスターの方から攻めていけば司祭様も根負けして見せてくれるかも」

「孤児院育ちにゃ弱いよな、シスター達も」

「……俺、多分孤児院育ちじゃないとリオと出会えてなかったよね」

「んだよいきなり、気持ち悪いこと言いやがって」

「ごめんごめん。でも事実じゃないか」

「まあな。今後ともよろしく頼むぜ、兄弟」

「こちらこそ」

 俺達二人は孤児院育ち。リオは相棒ドールを貰う前に両親を事故で亡くして、俺は赤ん坊の頃孤児院の扉の前に捨てられていたらしい。そういう訳で俺達は兄弟同然で育った。俺は人形師の弟子に、リオは魔法使いとして自警団に。進んだ道は違うけど、どちらが先に夢を叶えるか競っていたライバルでもあった。ナタエナルがああなるまでは。ジゼルちゃんを作った後も何度か人形作りに挑戦してみたのだ。それでも魔法石で魂を得る子は生まれなかった。その直後にナタエナルの事件。俺の心は折れた。人形師になる夢も修行も諦めた。リオのライバルを勝手に降りたのだ。それでもまだリオは俺を親友だと、兄弟だと言ってくれる。

「リオ、歩くの疲れた」

「あ? しょうがねえな。ほら」

 リオに抱っこをせがむクロエちゃん。そりゃそうだ、小さなリゼット型のドールだもん。俺達と、マリーとでも歩くスピードが違う。彼女の足で街の外れまでなんて、どれくらい時間がかかるだろうか。リオの左肩に腰掛けたクロエちゃんは言葉を漏らす。

「まだ着かないね。人形師さんのおうち、遠くて大変そう」

「買い物にも不便でしょうに」

「街の中心は騒がしくて嫌いだったんじゃないかな。人形を作るなら静かな環境が良いって人は沢山いるよ」

「人形師さんもそうだったのかな」

「さあどうだろう。着いたらわかるかもしれないね。マリーは疲れてない?」

「私は平気。ありがとう、リュカ」

「疲れたらすぐ言って。リオが抱っこしてくれるから」

「あら、それは御免こうむるわ」

「残念……」

「いや勝手に言うなよ。ビスクって結構重いんだからな」

「キャストドールもそう対して変わらな……、マリーはマガリー型だもんね。大きい子は抱っこ大変だから」

「俺んとこはリゼット型とフェリシー型だからまだマシだけど、ナタエナルはヒューゴ型だったよな」

「そうね。ナタエナルを二人縦に並べたらリオネルの背丈に追いついちゃうわね」

「うるせえ」

「マリーが二人なら追い越しちゃう」

「悪かったなチビで! くそっ、二人して俺を馬鹿にしやがって」

「大きい子も小さい子も皆等しく可愛いよ。ドールに限らずね」

「リュカ、お前もか」

 自宅兼人形診療所を出ておよそ一時間と言った所だろうか、ようやく街の南にある森が見えてきた。馬車を使えば良かったかも。

「南の森ってこんなに遠かったっけ。小さい頃の俺達、よくこんな所まで来れたね。ここからだと今の俺ん家までと教会までってそう変わらないから、子供の足じゃ大冒険だよ」

「ほんとだよ。あの時誰から聞いたんだったかな、ここの事。覚えてねえけど多分大人達が話してたのを横から聞いたんだよ。ガキの頃の俺の思考回路だ、大人が噂するくらいだから何かすっげえお宝が眠ってるとでも思ったんだろうな」

「大人の足で一時間近くかかる距離なんて、あの頃の俺達だとどれくらいかかったんだろうね」

「さあな。でも俺達が居ないってシスター達が気付いてお前のお師匠がここまですっ飛んで来たんだろ。多分馬車でも使ってたんだろうな、ありゃ。でねえと先回りされて忍び込む前に拳骨喰らった事への説明がつかねえ」

「大人になってそのお宝がドールってわかるって、時間の流れってすごいよね」

「そりゃお前もでかくなる訳だわ。お前の隣に立つと首が痛え、ちっとくらい屈んでくれ」

「それは出来ない相談かな?」

 やっとたどり着いた人形師の家。幼い頃の記憶と比べて小さく古く見える。人が住まなくなってどれくらい経つのだろう。この家の人形達は主の帰りをどれほど長い間待っていたのだろう。錆び付いたような嫌な音を立てて鍵が回る。油を差してくれる人も居ないまま、鍵穴も錆び付いてしまったようだ。戸を開けても蝶番の錆びた音がこだまする。自警団が手入れに入っただけあって埃は無い。古びた床板や家具はそのまま残されている。

「人形達が居たのは奥の部屋らしい。一番でかい扉の部屋、そこが工房だって話だ」

「うん。リオはどうする?」

「俺もそっち着いてくさ。お前を独りにして怪我でもされちゃかなわねえ」

 家の主を待つ人形達の元へ。どんな子達だろう。マガリー型より大きな子はいるだろうか。手のひらサイズのナポレオン型はどうだろう。この扉の向こうに、初めましての子達がいる。主が居なくなって動けなくなってしまったドール達。果たして俺が治してあげられるだろうか。いや、だろうかなんて言ってる場合じゃない。俺が治してあげなくちゃ。意を決してドアノブを握る。

 ぎぃ……。音を立て軋むドアの向こうに居たのは予想通り大小様々な人形達だった。

「わぁ……凄い……!」

 この家に住んでいた人形師はとても腕の良い職人だった様だ。リゼット型やウード型の小さい子、ヒューゴ型やマガリー型の大きい子、どんな大きさの子でも素晴らしい出来栄えの人形達が、侵入者である俺達を出迎えてくれた。

「うひゃー! 凄い! こんなにたくさんの人形に囲まれるなんて初めてだよ!」

「すげえな……。こいつらが動かねえって嘘じゃねえのか? 寝たふり決め込んで俺達を驚かそうと企んでたりして」

「診てみないことにはわからないね。さて、どの子から診ていこうか」

 マリー達に手伝ってもらって、部屋中のドール達を一所に集める。一番大きいのはマガリー型の男の子、一番小さいのはリゼット型の女の子、どの子のヘッドにも作った人形師を示すマークが刻まれている。本当に大きいのから小さいのまで幅広く作れる人だったんだ。顔や体の肉付きなんかも、人形師のこだわりが見て取れる。皆目を閉じて眠っているけれど、微笑みを浮かべる優しい顔立ちは、相棒となる子供に笑いかけられるようにと、このドール達が人形師からたくさんの愛情と願いを込められて作られている。置いてきぼりにされたドール達だけれど、埃避けにレースのベールがかけられていた。そのおかげで多少の経年劣化はありつつも大きく汚れてはいない。ちょっと肌を磨いてやれば直ぐに産まれたばかりの頃の姿に戻れるだろう。だからこそわからないことが一つ。こうしてちょっと見ただけでたくさんの愛情を注いで作ってきたとわかるくらいに手がかけられた人形達を置いて、この家に住んでいた人形師は何処へ行ってしまったんだろう。居なくなってしまったのには訳があるに違いない。人形師にとって作り生み出してきたドールは我が子の様なものであると聞く。血を分けた我が子を置いてこの家を出ていってしまった理由とは何だろう。

「……リオ。どうしてこの家に住んでいた人形師は家を出ていってしまったんだろうね」

「さあな、俺にゃわかんねえよ。それでどうだ。手入れ、どれくらいかかるかわかるか?」

「きちんと埃よけがされていたからそう対してかからないかな。ボディに関して言えば、だけど。経年劣化はお洋服の方が酷くてね。ルイーズの所に新しいのをお願いするしかなさそう」

「そりゃ少なく見積もっても十二年以上前のドールだもんな。ビスクは経年には強いが服がそれについていけねえか」

「それと一つ。この子達、皆魔法石が無いんだ。魔法石を与えられた痕跡はあるんだけど、ひとつ残らず外されてる」

「魔法石泥棒か?」

「泥棒が盗んで行ったならベールを被せ直したりしないでしょ。それに既に魂が宿った魔法石を他のドールに与えても新しい魂は宿らないのはリオも知ってるよね。マリーの魔法石に宿る魂はマリーのもの一つだけだし、クロエちゃんの魂はクロエちゃんの魔法石だけに宿るんだ。裏を返せばこの国に生きるドール達の魔法石、それのどれもが二つとない特別なものなんだから」

「その辺に関してはお前の方が詳しいわな。となると、泥棒が盗んでった……は有り得ねえ。有り得るとしたらこの家の持ち主だな。まずはこの家の中を探してみるか。クロエ」

「ん、クロエの出番?」

「失せ物はこの家の人形達の魔法石だ。よろしく頼むぜ、相棒」

「了解」

 ぴょん、とリオの胸元から飛び出して軽々と床に着地を決めるクロエちゃん。スカートのポケットからヘアピンを取り出して、普段は前髪で隠している右目を出した。クロエちゃんの右目は魔法石で出来ている。魔法石は虹色の石だけれど、もちろん色味に個体差がある。クロエちゃんの魔法石は優しく輝くレモン色だ。あまりに綺麗な色だからドールアイにしたと、昔の貴族の流行りに倣ってみたと、クロエちゃんを作った師匠が言っていたっけ。

 そんなクロエちゃんはスカートの下に隠したねずみのしっぽと、頭の上のねずみ耳をゆらゆらと揺らして辺りの様子を伺い始めた。どう言った仕組みかは知らないが、彼女は失せ物探しが得意。以前俺が街の何処かで落とした小さな縫い針を見つけてくれた事がある。リゼット型の特徴なのか、彼女にねずみの耳としっぽが備えられているせいか、はたまた魔法石の目を介して世界を見ているからなのか、考えたってわからない。わかるのはきっと俺の師匠と神様だけ。


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