番外編其の一
たんたんたん、長閑な昼下がりに、足踏みミシンのご機嫌な音が響く。
「そうそう。上手よ、クラリス」
ドール用の小さな足踏みミシン、小さな相棒の体に合わせた商売道具は特注品。家の仕事のお手伝いで貯めたお金で街の職人さんにお願いしたもの。相棒と共に家業のお手伝いを始めて早五年、このミシンは二台目。前のミシンは使い過ぎて修理不可能なまでに壊れちゃった、それだけ仕事を頑張ってきた証。だから今日だって相棒と二人で新しい仕事に精を出す。
「ルイーズ、出来たよ」
「うん、完璧。新しいミシン、随分慣れたわね」
「えへへ」
人形を人生の相棒とする人形の国、その北西の端っこにある小さな街の一番大きなブティックが私、ルイーズの生家。ウード型の相棒クラリスと共にこの店を継ぐ修行をしているの。街中から憧れの目で見られるけど、ブティックの娘って結構大変。街一番のお洒落でなくっちゃいけないし、その為にも店を継ぐ為にも勉強しなきゃいけないことだって山のようにある。けれどそれも相棒と一緒なら、私の可愛い相棒クラリスと一緒なら、御茶の子さいさいの朝飯前ってやつ。ブティックの娘ルイーズって立場は半分クラリスのおかげで成り立ってる様なもの。私の相棒がクラリスじゃなかったらきっと早々に家出してたと思うわ。
そんな私達のブティックが取り扱うのは人間の服はもちろん、この街にも沢山いる人形達の為の服。実を言うと人間の服を作るのも布が大きくて大変なんだけど、人形の服を作るのはもっと大変。相棒人形としてポピュラーな形のウード型、だいたい四十センチ位と可愛らしい大きさのドールなのだけれど、その可愛らしい大きさのせいで服が小さいの。服が小さければ布地も小さくなるわけで、布地が小さければ縫うのも一苦労。しかも作るのはウード型の人形の服だけじゃない。手のひらサイズのナポレオン型や、人間の二歳児位の大きさのマガリー型、大きさも様々なドール達が私達の作るドレスを必要としている。特に今は沢山の注文を受けていてうちの店はてんてこ舞い、って訳。
「ただいま」
「おかえりなさい。今日は早いのね、兄さん」
「直ぐに出なければならんがな。今夜は留守にするぞ」
私の兄、オスカーの帰宅。兄さんはこの街の自警団の副団長を務めている凄い人。真面目で堅物が故の苦労人、団長のジェラルドや私の幼馴染リオネルに振り回されてばかりという印象があるけれど、真面目だからこそ頼り甲斐のある素晴らしい私の兄弟。
「今夜留守にするって、何処まで?」
「王都だ。お前も聞いているだろう、人形師ブリジットの捜索に王城の力を借りると」
「伝令役って訳ね。気を付けて行ってらっしゃい」
「父さんと母さんは」
「店の方よ。出る時に声をかけてあげて」
「ああ」
「兄さんも大変ね、馬車が苦手なのに王都までだなんて」
「仕方ないだろう、団長命令だ。それに、移動手段は馬車だけとは限らん。幸いな事に馬には乗れる、何とかなるさ」
昔パパに連れられて王都まで馬車で行った時、私は平気だったのだけれどパパと兄さんが馬車に酔っちゃって。それ以来兄さんは馬車に乗るのが苦手。クラリスに魔法石を与える前の話、私がまだ八歳だった時の話。あれから九年経ったんだっけ。
「それよりそちらはどうだ」
「あら、私を誰だと思っておいでで? ブティックポレットの跡継ぎ娘で、自警団副団長オスカーの可愛い妹よ。依頼された仕事だって順調なんだから」
「すまんな、いつもお前に迷惑をかける」
「迷惑だなんて。こちらとしては仕事が貰えるんだもの、これくらいお易い御用だわ」
つい先日、兄の所属する自警団は人形修繕師リュカに失踪した人形師の家に残されたドール達の保護を依頼した。十年以上も放ったらかしにされていたドール達、ビスクの体は経年劣化に強くとも着ていた服は弱い。彼等のために、新しい服を。そうリュカから依頼されたのが昨日の話。一晩で型紙起こしを終わらせて、早速作り始めたのが今朝の話。うちはブティック、服作りの為の道具も材料も唸るほどある。私だけじゃなく、クラリスも服作りの腕を上げた。二人で分担すればあっという間に出来ちゃうんだから。注文を受けたのは十五着、パパやママ、お店で雇ってる人達の手を借りなくても私とクラリスなら一週間無くても出来ちゃうはず。
「だから安心して、兄さん。貴方の妹は貴方に似てとっても優秀なんだから。もちろんその相棒もね」
「クラリスもルイーズのお手伝いする。だからオスカーお兄ちゃんは心配しないで」
「……大きくなったなぁ、お前も……」
「やだ、ちょっと泣かないでよ。真面目で堅物の副団長様が妹を溺愛するあまり泣くなんて、街の人に知られたらどうなるか」
「心配しなくても、もう知ってるの。オスカーの兄馬鹿は街中に知れ渡ってるの」
兄の上着の襟元から首を出した相棒ドールのカロル。彼女が私の兄オスカーの相棒、私達の事も妹として可愛がってくれるナポレオン型の女の子ドール。
「心配しなくても、とは言ってもねぇ。知れ渡っているのはそれはまた別で心配だわ」
「カロルお姉ちゃんも大変……」
「そうなの、このカタブツの泣き虫の相手は大変なの。だからクラリス、カロルとオスカーが帰ってきたらご褒美に新しいドレスが欲しいの」
「わかった。カロルお姉ちゃんに似合うの、頑張って作るね……!」
クラリスのにっこり笑顔、ああ可愛い……! どうして私の相棒ってこんなに可愛いのかしら、立てば可愛い、座れば可愛い、歩く姿はもはや可愛い。兄が妹を溺愛する兄馬鹿なら、その妹である私は相棒を溺愛する相棒馬鹿。そんな私達の親であるパパとママは親馬鹿。私と兄さんはあまり似てないと良く言われるけれど、表に出さないだけで結構似てるのよ。家族を溺愛してる所とか、仕事には真面目な所とか。
「オスカー、そろそろ出なきゃなの。司祭様が待ってるの」
「おっと。急がねば」
「気をつけてね、兄さん。お守りよ」
兄の胸元を飾るリボンタイ、布を接ぎ合わせただけのシンプルなそれを解いて、手編みのレースのリボンを結ぶ。大切な人を想って編まれたレースは何よりのお守り、レースのリボンだけは仕立て屋に頼まず自分で作るという人も多い。大切な人へ感謝や好きの気持ちを伝える為に、この国の乙女達は針を動かす。もちろん、私だってレース編みは習得済み。だってこのブティックを継ぐんですもの、これはまだ序の口。魔法石が壊れたナタエナルを治すのが夢のリュカ、国一番の大魔法使いになるのが夢のリオネル、私の夢はひいひいおばあちゃんの代から続くこの店をこの国一番のブティックにすること! 年下の幼馴染達には負けてられないわ。
「ありがとう、ルイーズ。明日の夜には帰って来れるだろう」
「明日の夕飯は兄さんの好物にしてあげるわ」
「なら早く役目を終えて帰って来ないとな」
「カロルお姉ちゃんも、頑張って」
「任せろなの!」
私達に倣って、お守りのレースのリボンをやり取りする相棒人形達。ちらりと兄に目を向ければ、彼も同じ気持ちらしくばっちりと目が合った。
「……兄さん」
「ルイーズ」
「どうして相棒ってこんなに可愛いのかしら。うちのクラリスの可愛さ、見た?」
「この目にしっかりと焼き付けたとも、その上で改めてカロルの可愛さも見て欲しい。ドールは神の依代と言うが、あんな神が最後の眠りの迎えに来てくれると言うのなら今すぐ来て欲しいものだ」
「同感だけれど今すぐは洒落にならないわ。お迎えに来てもらうのは少なくともお役目を終えてからね」
「ああ、それじゃあ行ってくる。土産は何が良い?」
「そうね。可愛い妹が作る可愛い服に似合いそうな可愛いリボンを一反、お願いしても?」
「婆さんの所のドール達に使ってやるのか。わかった」
「選ぶのはカロルに任せろなの!」
「ふふ、行ってらっしゃい。兄さん、カロルちゃん。道中気をつけてね」
兄の背中を見送って、戸を閉じる。作者である人形師ブリジットの家に取り残されていたドール達、彼らを持ち主の所へ返してやろうと立ち上がった幼馴染のリュカとその周囲。私は、兄や自警団の皆の様に情報収集の方面では力にはなれないだろう。でも私には誰にも負けない特技がある、私には服作りの技術がある。それがあるから人形のお医者さんとして腕を磨くリュカの手伝いが出来ている。
「さ、クラリス。私達も頑張りましょ。早くナポちゃん達に綺麗なお洋服着せて上げたいもの」
「うん!」
私は私に出来ることを。早く人形師のおばあさんが見つかりますように。神への祈りを糸に込めてミシンのペダルを踏み込んだ。




