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第十七話

 四人揃って顔をぐちゃぐちゃに汚しながら笑い合う。涙を拭う事すら忘れて相棒と愛し合える喜びに笑う俺達に、小さな友人が近寄って来た。手を差し出して手のひらに載せてやる。

「リュカはほんとに凄いや、あんなにお寝坊さんだったモルガンを起こしちゃうんだもの。街の人が言う通り、凄腕の人形のお医者さんだ」

「だから俺は人形修繕師だってば」

「僕から見たらお医者さんだよ。だって、モルガンを起こしてくれたじゃないか。モルガンがやっと起きて、お母さんが笑ってるんだよ。実はぼんやりだけど、魔法石を外されて寝てた時の記憶があるんだ。ずっとずっと長い間をあそこで眠っていて、このまま起きられないんじゃないかなって思ってた。お母さんと会えないまま、ずっと。でもリュカが見つけてくれたから、リュカが僕を拾ってくれたから、お母さんに会えた、モルガンも起きた。リュカ、ありがとう。リュカは僕にとっても大切な恩人だよ。もちろんマリーやリオ、ルイーズだって」

 ガラスの瞳を涙に濡らす小さな友人。彼の願いがようやく叶ったのだ。泣きたくなるのも当然だろう。

「泣くなよナポ公。やっと母さんと会えたんだから笑え。俺は笑ってるお前の顔が好きだぜ」

「僕はナポ公じゃないって何度言えばわかるのさ! 僕はナポレオン! 人形師ブリジットが作ったナポレオン型ドールの原型だぞ!」

「おうおう、それはようく存じ上げておりますとも」

「良き友を持ったな、レオン」

 俺達ににこりと笑いかけてくるモルガン。凪いだ海のような穏やかな笑顔は見覚えがある。眠っていた時と同じ優しい微笑みだ。

「感謝するよ、若き友人達。君達のおかげで相棒と再び会えた。沢山世話になったね、人形師ブリジットの人形を代表して言わせてくれ。ありがとう」

「そんな、お礼なんて」

「いくら言葉を尽くせど、足りないくらいだ。どうか今は言葉だけでも受け取って欲しい」

「……わかった」

「眠っている間も、君の声は聞こえていたよ。君が私にかけてくれた言葉は全て覚えている。君の言葉が、私を引き止めてくれた。更なる深い海の底へ沈む私を救いあげてくれたんだ。この恩は筆舌に尽くし難い。私はこの恩をどう返していけばいいだろうか」

 深い海の色を細めて笑いかけてくれるモルガン。そのそばには相棒の人形師、ブリジットが寄り添っている。

「やっと会えた、ブリジットさん。俺、ずっと会いたかったんです」

「ぬしには迷惑をかけた。別れた相棒を連れてきてくれた若者に、わしはなんと手荒な歓迎を」

「俺達が嘘をついていたのが悪いんですから、気にしないで」

「ぬしらにはどのように詫びをしても礼をしても足りぬ。あんな目に遭わせてなお、わしにモルガンに手を差し伸べてくれた」

「相棒を失くすのは、辛いことですから」

「この子の魔法石が砕けた時、絶望した。もう二度と目覚めぬ、もう二度と共に歩むことなど出来んのだと、思い込んでおった。……ぬしのように足掻くことが出来たなら、きっと」

「そのおかげで、俺は素敵な友人が出来ました。小さな小さな友人と、海のように深い愛情を持つ友人と、歳の離れた敬愛するべき友人と、三人も」

「わしもこの歳になって友人が出来るとは夢にも思わなんだ。老いて死を待つだけのこのばばあに才能溢れる若き友人が二人も出来るとは」

「俺には何の才能も」

「リオネルから聞いたぞ。あの者のマジックドールはぬしの作品であると」

「……そうです。ジゼルちゃんは人形師に弟子入りした俺が初めて作った子です。あいつのマジックドールになった経緯はリオが話した通りですが」

「もう人形は作らんのかえ?」

「今の俺には、人形を作るよりも大事な目標があります」

「わしが言うのもおかしな話じゃが、ぬしの相棒の事は残念であったな。相棒を失くして、寂しくはないか?」

「……寂しいのは、寂しいです。俺には相棒と一緒に過ごした記憶はほとんど無いけど、ナタエナルが隣にいて一緒に笑ってくれたことははっきり覚えてる。それに、俺にはマリーやリオがいるから」

「ぬしは強い、強いの。わしにはそうは思えなんだ。再び失うのが怖くて、我が子の魔法石を奪った。これがなければモルガンのようになる事も無いと。人形が動く事など忘れてしまえと自分を呪っておった。だがどうにも忘れることが出来なんだ」

「だから、オートマタを?」

「魔法石が無くとも動く人形、この子らであれば壊れても元通り直してやれる。魂こそ無いが、わしにとっては可愛い我が子よ」

「ばあさん。大陸をずっとずうっと東に行ったところにある極東の国じゃ魔法石が無くても人形に魂が宿る話があるって聞いたことあるぜ。言葉は喋れなくても、機械で動く人形でも、ばあさんに可愛がられてるのは嬉しいってよ」

「……はは。リオよ、ありがとう」

「モルガン、人形師の相棒のお前がマジックドールにされる気分はどうだった?」

「私の相棒は人形師でありながら魔法使いの素質も備えていてね、彼女が操るマジックドール達を羨ましいと思った事は一度や二度で無いことは言っておこう」

「だとよ、ばあさん」

「モルガンに何を言わせるんじゃこの戯け」

「それにしてもばあさん凄かった! 誰がオートマタに魔力流し込んでマジックドールにするなんて思いつくんだよ。マジックドールにオートマタってのは良い方法かもしんねえな、こっちが操らなくても魔法陣を描く動きだけはし続けてくれんだからありゃ新入りの特訓に使えるぜ。貰って帰りたい位だ」

「駄目だよリオ。オートマタのあの子達もブリジットさんの子供なんだから」

「……そうか、オートマタもわしの子と言うてくれるか」

「ブリジットさんの家に居たドール達は皆うちの診療所で預かってるわ。どうしましょう、こちらの家に連れてきましょうか」

「皆は、元気にしておるか?」

「ええ。あの街でずっと貴女の帰りを待っています」

「そうか……、そうか……。あの子たちは魔法石を奪った私を……。失う事を恐れて、ああしたと言うに、あの子らにも同じ思いをさせてしまった。私は皆に謝らねばならんの」

「帰るのは良いけど、あのオートマタどうすんだよ。どうやって持って帰る?」

「皆をこっちに呼んでお引越しはどう? 僕、お母さんといられるならどこでもいい。お母さんと一緒なら、どこまでもついてくよ。きっと皆も同じ気持ちだと思う」

「俺達が皆を連れてくるよ。でもあの家はどうしようか」

「家に関しての処分は考えておく。まとまり次第あの街の司祭に書簡を送ることにしよう」

「一件落着だな。ああ良かった、上手いことまとまって。これでオスカーに良い報告が出来る」

 皆が幸せになれる結末。完全なめでたしめでたしにはまだ少し遠いけれど、それでも皆を幸せが待ってる。

 ブリジットさんとモルガン、二人に向き直って声をかける。

「あの、一つだけ聞いてもいいですか?」

「わしらに答えられる事なら何でも、一つと言わず好きなだけ聞くが良い」

「お二人は今、幸せですか? 相棒と一緒に居られるって、幸せですか?」

 何を当たり前の事を。そう言って笑う良き相棒達。ああ、もう大丈夫。この二人ならもう大丈夫。残された二人の時間を幸せに生きてくれる。

 俺の出番もあと少し。俺は必要とされない方がいい。必要とされるのは、怪我をしたドールがいるって事だから。俺が必要とされないのは、怪我をしたドールがいないって事だから。俺を必要とする人はもうここにはいない。ここにはこれから幸せだけが満ちていくんだから。

 ナタエナル、今帰るよ。君に会いたくなってしまったんだ。俺の第一の相棒ナタエナル。今の俺では助けることは出来ないけれど、俺も腕を上げて必ず助けてあげるから。その時はまた一緒に、相棒が隣にいる幸せを噛み締めようね。


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