第十四話
苦々しい顔でクロエちゃんとジゼルちゃんをリオに返したおばあさん。最後に彼女が目を向けたのはマリーだった。
「随分古い個体じゃな。マガリー型か」
「マガリー型のアン・マリーです」
「ぬしは……。いや、何でもない」
「私に何か」
「わしの勘違いであろう。気にせんでおくれ」
見ていて思うのは、随分と本心を隠す人だと言うこと。言葉や声の調子にはおくびにも出さないが、目の色が変わってしまっている。クロエちゃんの魔法石に気付いてからだ。人形師はそれを自分でも気付いているのか、喋るうちに冷めたカップのお茶を一気に飲み干した。
「さて、リュカよ。ぬしは弟子入り志望であったな。どれ、工房を見せてやろうか。ついて来るがよい」
「は、はい!」
立ち上がるブリジットさんに続いて俺も。モルガンが眠るトランクを忘れちゃいけない。トランクを肩にかけてブリジットさんを追いかける俺を、さらに追いかけてくるマリーとリオ。ダイニングの次に案内されたのは広々とした工房だった。玄関からは森の木の影になって見えなかった部分だろう。オートマタは机の上に飾れる大きさだと聞いていたが、この工房では等身大の人形に仕込んでいるようだ。
「お、大きい……! この大きさ、もしかしてジュリアン型ですか?」
「いかにも。聖書にて人を作り上げた神を真似た人形師が作り上げた人形、ジュリアン。その大きな体にオートマタという技術を与えた」
「凄い! ジュリアン型って俺初めて見た! こんなに大きいんだ!」
「人形は好きか?」
「はい! 大きな子も小さな子も、ビスクもキャストもソフビも、どんな子でも好きです! この子達、魔法石が無くても動くんですよね。どんな風に動くんだろう……!」
可愛らしいドレスに身を包んだ二体のジュリアン型ドール。王侯貴族の間でのみ流行し、どれほど裕福であるかの指針ともなった人形達。その大きさから見目の美しい使用人として重用されていた時代もある。見目にこだわることから美しい魔法石をドールアイにする技術が出来たのも、ジュリアン型の使用人が流行したからである。師匠がそう言っていたのだ。
「リュカ、ぬしは本当に人形が好きなのだな」
「初めましての子にはどうしても……」
「ほっほっほ。素直でよろしい。それでは、素直に真の目的を吐いて貰おうか」
玄関で俺達を出迎えてくれたものよりもずっと冷たい声と視線を向けられる。下手な演技でもしただろうか。
「真の目的なんて。俺はただブリジットさんのオートマタが凄いって聞いたからそれを見たくてここに!」
「隠しても無駄じゃ。わしが茶を淹れに席を立った時何やらひそひそ話しておったではないか。目的がどうのこうのと、ガキの悪巧みのように」
「そんな、悪巧みなんて!」
「皆そう言うのよ。わしの技術の結晶たるこの子らを奪いに来た奴らは全て」
「俺達、貴女のドールを奪いに来たわけじゃないんです! 貴女があの街に残してきたドール達に頼まれて、ブリジットさんを探していたんです。お母さんを探してって!」
「口ではどうとでも言える。戯言は終いじゃ!」
ジュリアン型オートマタ達がゆっくりと動き出す。オートマタはぜんまい仕掛けの人形、本体に触れてぜんまいを巻かなければ動かない。まだ指一本触れていないのに、動き出した。
「あのオートマタ、マジックドールか!」
リオが前に飛び出す。ジゼルちゃんも一緒だ。マジックドールとは、使役者である魔法使いの魔力で動き、その魔力を使って魔法を発動させるもの。魔法石の無いドールであれば魔法使い自身の素質にもよるがどんな子でもマジックドールとして扱える。人と同じ大きさのジュリアン型をマジックドールに出来るとは、ブリジットさんの魔法使いとしての素質もかなりのものだ。ジュリアン型ドールがひとりでに動き出したのにも説明が着く。
「リュカ、俺の後ろに隠れてろ!」
「どうするつもり?」
「ばあさんがどんな魔法使ってくるかはわからねえがぶっ壊しゃなんとかなるだろ!」
「駄目! 壊しちゃ駄目! あんな大きくて可愛いオートマタを壊すなんて勿体ない……じゃなくて! あの子達、魔法石は無くともおばあちゃんの子供だから壊しちゃ駄目なんだ!」
「ぬしらが奪いに来た我が力、その身で思い知るがいい!」
可愛らしい姿のオートマタ人形がゆったりと踊り出す。くるくる、ふわふわ。優美で可愛らしいダンス。見惚れる程に可憐な彼女らの舞は俺達に牙を剥く。オートマタ二人を中心に展開される魔法、火の玉や氷の礫が俺たち目掛けて飛んでくる。
「ジゼル!」
俺達とオートマタ達の間でジゼルちゃんが踊る。ジゼルちゃんが展開するのは防護壁の魔法、水晶のようにきらりと輝く壁が俺達に降り注ぐオートマタの魔法を受け止めてくれた。
「お母さん!」
「馬鹿! 出てきちゃ駄目!」
上着のポケットからナポレオンが飛び出す。オートマタの魔法使いは我が子の悲痛な呼び声に気付かない。
「ブリジットさん! お願い、俺達の話を聞いて!」
「聞く話などわしには無い! 怪我をしたくなければ、相棒を失いたくなければさっさと出ていけ!」
「貴女の帰りを待っているドールがいるんです! 貴女の作ってきたドール達が、貴女の相棒が!」
「わしに相棒などおらぬ! わしは独りで歩んできた、孤独な魔女よ!」
繰り出される魔法が激しさを増す。人形師は感情の昂りと共に魔力が湧き上がる人か。なら声をかけても無駄、更に怒らせて攻撃が激しくなるだけ。
「リュカ! お願い。お母さんのところに行かせて!」
「それで壊れちゃったらどうするの! ここまで来て、お母さんとお話出来ないまま壊れちゃったら!」
「その時はリュカが治してくれるでしょ! 僕ならあの魔法を避けられるから!」
「馬鹿なこと言うなナポ公! この集中攻撃ん中どうやって向こうに行くつもりだ! ちびのお前が一撃でもかすってみろ!一溜りもなくぶっ壊されちまうぞ!」
「それでも僕が行かなきゃリュカ達が怪我しちゃう! 僕に気付いてくれたらきっと……!」
「オートマタならあの体のどこかに歯車の回転を止めるスイッチがあるはず。ナポレオンが人形師の気を引いて手が緩んだ隙に近づけば」
「だったら俺があれを操った方が完全に止まるから、つっても今のままじゃどっちにしろ無理だ! ジゼル一人じゃどうしようも出来ねえ! おいナポ公! モルガン借りるぞ!」
「何する気なの!」
「モルガンをマジックドールにする! 二対一じゃ勝ち目無くても、二対二なら! リュカ!」
「わかった!」
トランクを大急ぎで開けてモルガンを出す。ごめんね、君の体をちょっと借りるよ!
リオが右手の指先をこちらに向ければ、ぐったりと力無いモルガンの体がゆっくり起き上がった。
「よし! 行くぞモルガン! お前の相棒の目を覚まさせてやろうぜ!」
リオの操るモルガンが踊り出す。相対するマジックドールが増えた事を認識したのか、オートマタ達の攻撃魔法が分散し始めた。攻撃の的が増えれば激しさも抑えられるだろうか。
「マリー! 俺達も!」
「ええ!」
「クロエも行く!」
「絶対避けろよてめえら!」
マジックドール達の張る防護壁から飛び出す。俺の読み通り、オートマタ人形達の狙いが俺にも向く。
「ナポレオン! 今だ!」
俺の声に反応してナポレオンがポケットを飛び出す。彼に魔法が飛んで行かないようにするのが俺の役目、皆の役目。
「こっちよ!」
マリーが叫ぶ。彼女に迫る風の刃は翻すスカートの裾を掠めて壁にぶつかった。クロエちゃんも、迫る氷の礫を身軽に躱している。俺に迫るは光の塊。大きく横に飛んで躱す。背後にあった棚に光弾が直撃して大きな音を立てる。
「一人一人ひねり潰してくれるわ!」
オートマタのダンスが激しく燃える。人形達を中心にばら撒かれる稲妻が俺達目掛けて飛んでくる。さっきのとは比べ物にならない速さで目前に迫る。
「逃げ惑え、おのが矮小さを思い知れ。我が名はブリジット! 孤独なる魔女よ! 我が技術、オートマタマジックドールの力に倒れ臥すが良い!」
「我が名はリオネル! 人呼んで天才魔法使い! 全部俺が受け止めてやる! 来い!」
目の前に迫る稲妻が、見えない壁に防がれて弾け散る。リオを中心に激しく大きく踊る二人のマジックドールの魔法だ。
「よし! 行ける!」
次々襲い来る魔法をどんどん防ぐリオ達。リオにこんな事が出来たんだ。初めて見る幼馴染の実力、広範囲に渡る防護壁の展開と、重いビスクドールとキャストドールの同時使役。凄い。並大抵の訓練で出来る芸当でない事は俺にだってわかる。
「防いでばかりでどうすると言うのだ。このままではぬしらに勝ち目はないぞ!」
「誰に向かってもの言ってやがる! 俺は天才魔法使いリオネル様だ! 勝ち目なんざ欲しけりゃくれてやる!」
「戯言を! 青二才めが!」
大量の煌めく星が降ってくる。
「ジゼル! モルガン!」
目の前にあった防護壁が消える。小さなマジックドールが新たに繰り出すは光線。眩い光線が俺達に降ってくる星を打ち砕く。
「小癪なっ……!」
「ばあさんの相棒、良い仕事してくれるぜ。モルガン! お前の相棒の魔法を防いだ気分はどうだ!」
「その名を出して、はったりをかましたつもりか! その程度、わしには効かぬ!」
「そこまで言うならいっちょやってやろうじゃねえの! モルガン! 一発ぶちかまして相棒の目を覚ましてやるぞ!」
モルガンがふわりと踊る。先程とは違う、力強い舞だ。彼の手の指先が、足の爪先が光って、魔法陣を描く。
「行っけぇ!」
モルガンの描く魔法陣から飛び出す宝石の礫。七色の宝石がその煌めきと共に発射される。
「この程度の魔法でわしが倒せると思うてか!」
オートマタが礫を弾く。弾かれた宝石は粉々に砕け散って、消えていった。
「ぬしらの相棒も、このようにしてやろうか! 魔法石を砕いて、二度と動けぬ様にしてやる!」
「させるかよ!」
マジックドールのダンスが激しさを増して、色とりどりの魔法が部屋を埋め尽くす。俺とマリーは流れ弾の被害が及ばない様部屋の隅に逃げるしか出来なかった。
「なかなかやるではないか、リオネルとやら」
「ばあさんもやるじゃねえか! ばあさんが俺と同じ年だった時に会いたかったぜ!」
「それは同意するぞ若人よ。ぬしをひねり潰すのは惜しいが……わしもまだ己の身が可愛いのでな!」
見惚れる程に美しい二人の魔法が目の前に広がる。ナポレオンはまだ人形師にたどり着けないのだろうか。あの小さな体には酷な事だっただろうか。
ふと、リオ側から繰り出される魔法が止む。まさか、魔力切れだろうか。
「どうした! このばばあの相手は疲れたか! でかい口を叩いておきながらこの体たらく! 真の天才が聞いて呆れるわ!」
「リオネル!」
「天才が聞いて呆れる? そりゃこっちの台詞だ! 足元ががら空きだぜ! 行け! ナポレオン! お前の声を聞かせてやれ!」
「その手のはったりは聞かぬと言うておろうに!」
「行け! 止まるな!」
見えた! 人形師の足元、小さな友人が駆ける姿!
「お母さん!」
小さな人形が、人形師の服をよじ登っていく。それに気を取られた人形師と、途端に動きが鈍くなったオートマタ達。
「リオネル! 今だ!」
「言われなくとも見せてやるぜ! 俺様が天才と呼ばれる所以をなぁ!」
光を放つリオの指先がオートマタ達に向けられた途端、オートマタ達は鈍い動作すら止めた。動作を無理やり止めただけ、中の歯車はまだ動いている。今度は俺の出番だ。
広い工房を一気に駆け抜ける。嫌な音で歯車を軋ませるオートマタ達。冷たいビスクの肌に触れて、何処かにあるはずのスイッチを探す。
「あった!」
肩甲骨の辺りが大きく開いたドレス、下ろした長い髪に隠れて剥き出しのぜんまい穴、その上に緊急停止用のスイッチがあった。動かせばかちりと音がして、中から聞こえてくる歯車の音が止まる。もう一体のマジックドールも、似たようなところにスイッチが。そちらもスイッチを切り替えて緊急停止させる。
「リオネル! もう大丈夫! 止まったよ!」
「よくやった!」
そう声を上げてへなへなと床に座り込んだ魔法使い。マジックドールとしては扱いにくいキャストのジゼルちゃんと、さらに扱いにくいビスクのモルガンを操っていたんだから、そうなるのも無理は無い。お疲れ様。そう意味を込めて親指を立てれば、肩で息をしながらも親指を立て返してくれた。




