第十三話
未舗装の道を歩く。風が吹けば土埃舞い上がる道を、皆で歩いている。
「もう見えてんのにな……。まだ着かねえ……」
「覚悟はしてたけど、やっぱり遠いねぇ。人形師の家って、まだ近い方だったんだ」
黒い木が立ち並ぶ森を目指して、人形師が住む森を目指して街を出て四十分。目的の森はまだ遠い。クロエちゃんは早々に疲れてリオの肩へ、マリーも汽車に長く揺られた疲労を顔に浮かべて歩いている。
「司祭様が路銀を出してくれたんだから馬車に乗れば良かった」
「今更言ったところで、もう引き返す方が時間かかりそうだぜ」
「依頼を受けた時もそうだったよね。なんで俺達って最初から素直に馬車に乗らないんだろ。こうなることはわかりきってたはずなのに」
「さあな。マリー、大丈夫か」
「私はドールだからまだ大丈夫よ……。それよりもリュカだわ。モルガンの入ったトランク、重くないかしら」
「俺は平気だよ。ちょっと疲れてきたけど、モルガンの事を思えば全然平気」
「無理すんなよ。俺だってトランク運ぶ位は出来るんだから」
「ありがとう」
モルガンはトランクの中で眠っている。対してナポレオン。彼は俺の肩の上でずっとそわそわ。口も開かずにずっと森の方を見つめてそわそわしている。
「ねえ、ナポレオン、リオ。ちょっと聞いて欲しいんだけど」
「おう、どうした?」
「あのね、これはただの俺の勘なんだけど、俺達の今回の目的は隠しておいた方がいいと思うんだ」
「何で、どうして。やっとお母さんに会えるのに、隠れてなくちゃいけないの?」
「まあ待てナポ公。何か考えがあるんだな?」
「さっきの街で森に住んでるっていうオートマタ職人について聞いたじゃないか。腕は良いけど偏屈で頑固で、魔法石のドールの否定派だって。最後のやつは多分モルガンの一件のせいじゃないかなって、俺の予想だけど。魔法石のドールを否定してる所に二人が来たら、門前払いされちゃうと思うんだよね」
「ふむ、リュカの言うことももっともだ。あの家に捨ててきたモルガンとナポ公連れてるのがばれたら警戒されてばあさんが持ってるはずの魔法石を渡して貰えない可能性は大いにある。目的が達成出来なくなる道はなるべく潰しておきたい所だな」
「……わかった。何処に隠れればいい?」
「隠れるならリュカの上着のポケットだな。お前もそっちのがいいだろ」
「それで、俺達がここに来た理由もでっち上げなきゃいけない訳だけど、オートマタ職人に弟子入りしたい、でどうかな」
「普通に見学したいで良い気もするが、ばあさんの懐に潜り込むならそっちの方がいいか。よし、俺はお前の付き添いでどうだ。俺も弟子入りって事にしときゃ騙しやすいだろうけど……、俺が細けえ歯車扱える様には見えねえだろ」
「うん、壊す側は得意そう」
「だろうよ。っつう訳で弟子入りしたいのはリュカって事になるな」
「提案した言い出しっぺだけどちゃんと演技出来るかな……」
「してもらわなくちゃ困るわ」
「俺がやらなくちゃ。俺はオートマタ職人志望のリュカ……、うん。不安だけど頑張るよ」
「私達もフォロー頑張るわ」
「ナポレオン、もう少し待っててね」
「うん。リュカ、お願い。モルガンをお母さんに会わせてあげて」
「もちろんだよ」
そこから更に三十分。街ではそろそろ二時の鐘が鳴るであろう頃、俺達はやっと森の入口に辿り着いた。
「街の人達の話だと森を入って割とすぐにあるらしいな」
「僕、そろそろ隠れてるね」
「えっと、私とクロエは普通にしていていいのよね」
「職人志望の俺と、魔法使いのリオ、それぞれの相棒として普通にしていてくれたら」
「わかった」
「あ、あれじゃないか? ほら、あそこ」
幼馴染が指差す先、真っ直ぐ立ち並ぶ木々の向こうに一軒の家が見える。あの家が職人の住む家だろう。
「一応街でも名前は聴いたけど、同名の別人じゃないといいね」
「大丈夫だろ。国が調べてくれたんだから」
木々の合間を抜けて玄関へ。古びた家だ。ドアノッカーは無い。付き添いの幼馴染に目線で確認を取る。彼が小さく頷いた、それを見届けて深呼吸。俺達が探していた人形師が、ここにいる。モルガンとナポレオンをブリジットさんに会わせてあげる為にここまで来たんだ。俺がやらなくちゃ、決意と一緒に深呼吸してドアをノックする。
「すみませーん!」
応答は無い。留守なのだろうか。ポケットの中に身を潜めたナポレオンが不安げに身動ぎする。もう一度、今度は強めにノックしてみる。
「はいはい。戸はそんなに強く叩くもんでは無いぞ、最近の若いもんはせっかちじゃのう……。今行くからそこで待っておれ」
中から声がする。それはリオやナポレオンにも聞こえたようで全員に緊張が走る。
「お母さんの声だ」
ナポレオンの小さな囁き声。これが人形師ブリジットの声、俺達が探し求めていた凄腕の人形師の。
古い音と共に玄関が開かれる。俺達を出迎えてくれたのは背の曲がった、小さなおばあちゃんだった。
「これはこれは若いのが二人も、街から遠いのによく来た。この家にはこのばばあ一人しかおらぬが、何用じゃ?」
「あ、あの。この森にオートマタを作ってる職人が居ると聞いて俺達ここに来たんです」
「ほう、オートマタを作る職人とな。それに会っておぬしはどうするつもりじゃ」
「オートマタを作ってみたくて、弟子入りしたくて」
「ぬし、名は?」
「お、俺、リュカって言います。こっちは相棒のマリー」
紹介に合わせてマリーがちょこんとお辞儀する。
「して、小さいの。名は何と言う」
「ちっ、小さ……。んんっ、俺はリオネル。こののっぽの方の付き添いでここに来ました。魔法使いです」
「ほう、魔法使いとな。相棒はおるか?」
「はい、ここに。クロエ」
リオのローブの胸元、ひょっこりとクロエちゃんが顔を出す。おお、これはとこぼしてクロエちゃんをしげしげと眺め、おばあちゃんは目を細めた。
「これは何とも愛らしい。そうか、クロエ。若い緑の瞳か、良き名を貰ったぬしは幸せ者じゃなぁ」
「あ、ありがとうございます……?」
「ここで立ち話も何じゃ、中に入れ。ぬしらは運が良い。何せぬしらの求める職人とやらはこのわしなのじゃから」
「じゃあ貴女が」
「いかにも。わしが黒い森に住むオートマタ職人、名をブリジットと言う。ばばあの一人暮らしで何も無いが茶の一つくらいは出せよう。わしの弟子になるならんは別として歓迎しようぞ、志す若人よ」
小さなダイニングに招かれる。中は薄暗いものの綺麗に整頓されている。
「そこで座って待っておれ。今茶を淹れてくるでな」
「ブリジットさん、私お手伝い致しますわ」
「ぬしも座っておれ、マリーとやらよ。客人を手伝わす訳にはいかん」
「ですが……」
「わしは見た通りの老いぼれじゃが茶を淹れるのに手伝いが必要なほど耄碌してはおらん。年寄りと侮るでないわ」
「すみません。それでは私もここで待っておりますわ。何か出来ることがあれば声をかけてくださいね」
申し出を断られたマリーがそう言えば、ブリジットさんはダイニングを去っていった。台所は少し離れた所にあるようで、引きずるような足音が遠ざかっていく。ちらりとマリーに視線をやれば目が合った途端彼女は脱力した。
「良かった……。激怒させちゃったかと思ったわ……」
「お前、リュカの相棒じゃなくて役者やったらどうだよ」
「あんたこそ敬語が使えたのね。私は今その事に驚いているわ」
「おばあちゃん、嬉しそうだったね」
「こんな所に来客なんてなかなか無いだろうし、あっても近くの街から様子伺いに来るくらいだろうからな」
「そのおかげですんなり受け入れて貰えた訳だけど……。これからどうしよう」
「まさかこんなにすんなり受け入れて貰えるとは思ってなかったものね。どうしましょうか」
「どこで本当の目的を打ち明けるかだよね。どうしよう」
「成り行きに任せていいだろ。結構機嫌良いみたいだし、あのままならこっちから切り出しても上手いこと行きそうだぜ」
「だといいんだけど」
「頑固で気の強い変わり者、噂で聞いた通りだ」
「優しいおばあちゃん、聞いてた通り」
「ちゃんとお話出来ればいいのだけれど」
皆で緊張して戻ってくるはずの人形師を待つ。三人分のカップとポットを手に戻ってきたブリジットさんは緊張に固くなる俺達を見て笑う。
「どうした、お若いの。そんなにこのばばあが怖いかえ?」
「えっと、その」
「その様子ではわしについてろくな噂を聞いておらんな。まずは茶を飲め。わしが育てたハーブの茶じゃ」
「いただきます」
カップに注がれた茶に口を付ける。味なんてわからない。俺の内心はずっとどきどきしっぱなしだ。
「して、ぬしらは何処から来た。このばばあを訪ねて来る前は何処におったか聞かせてくれぬか」
「俺達、この国の北西の端の方から来たんです。住んでた街で、オートマタって機械を作る職人が南西の森に住んでるって聞いて」
「オートマタは最近……と言っても十年以上も前じゃが、この国に持ち込まれた技術じゃ。わしの師事を仰がずとも今なら王都に職人がごまんといるのではないかえ?」
「それは」
「何もこんな辺鄙な所で、それこそ国を横断するような移動をせんでも王都に行けば良かったでは無いか」
「俺が聞いたのは貴方の噂だったので」
「ほう、それでわざわざわしの所へ。今どきの若いもんは根性が無いと思っておったが……ここまでの熱意がある者を見るのは久しいの」
「ありがとうございます」
「そうじゃ、リオネルと言ったか。ぬしは魔法使いだと言っておったな。魔法使いならばマジックドールは連れておろう。わしに見せてもらえなんだか」
「え。良いけど……」
突然話を振られたリオが目を見開く。ブリジットさんに言われてジゼルちゃんを差し出した。
「俺のマジックドールです。ジゼルって俺は呼んでます」
「マジックドールに名を与えるとは珍しいの。わしの知っている魔法使いは皆マジックドールに名を与えなかった。森暮らし故に世間から取り残されがちじゃからのう。最近はマジックドールに名を与えるのが流行っておるのか?」
「多分、俺だけです。周りの魔法使いは皆特に名前を付けたりは」
「キャスト製のマジックドールも珍しい。普通は柔らかくて軽いソフビを使うもんじゃと思っておったが……」
「それもきっと俺だけかと。実はジゼルは俺の友人の作でして、魔法石を与えても動かない失敗作を引き取ったんです」
「なるほど、人形師の作のマジックドールか。その友人はまだ人形師を?」
「いえ、自分には才が無いとやめてしまいました」
俺の話じゃないか。人形師に俺の失敗作を見られるのってすごく恥ずかしいな。ジゼルちゃんをじっくり観察するブリジットさんの目がどうしても気になってしまう。
「これを作った者は……なるほどなぁ」
「ジゼルに、何か」
「キャストドールを操るのは難しくはないか」
「いえ。もう慣れました。今はもうソフビドールを使う方が難しい位で」
「随分とぬしの魔力に馴染んでおるようじゃ。かなりの訓練を共に積んだのじゃな、ぬしにとって良き友であろう」
ジゼルちゃんから目を離し、次はクロエちゃんを観察し始めた人形師。ジゼルちゃんの粗を探されなくて本当に良かった。
「……リオネルよ。ぬしの相棒のこの目は魔法石ではないか?」
「え、はい。そうです。魔法石の色が綺麗だから、とクロエを作った人形師が」
「……どいつもこいつも……」
人形師の顔が強ばる。貴族の間で流行った魔法石のドールアイには一つ欠点がある。ドールアイはその名の通り人形達の目、虹彩の部分に魔法石の色を出すように作られる。つまり、魔法石が剥き出しなのだ。割れてしまえばほとんど死を意味する、大切な魔法石を危険に晒す行為である。相棒を、魔法石が割れるという形で失った人形師にとって魔法石のドールアイは到底許せるものではないだろう。
「……相棒は懇切丁寧に扱ってやれ。わしから言えるのはそれだけだ」
「は、はぁ……」




