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第十一話

 何度も読んだ絵本のページを繰る。それを退屈そうに覗き込む仲間達。俺達にはもうこれしか残されていないのだ。

「リュカ、他のご本無いの?」

「無いよ。これしか持ってない」

「そんなぁ。僕死んじゃう、退屈過ぎて死んじゃうよ」

「私、編みかけのレースを持ってきたら良かったと後悔してるわ」

 まさか初めての汽車の旅がこんな退屈なものになるなんて。

 隣町で見た汽車の印象は鉄の馬が引く馬車。先頭車両が引く貨車に乗せられた馬車の客室に乗って行くのが汽車だそうで。他の車両との行き来は出来ず、乗っている間はずっと客室に缶詰状態。流れる景色を窓から眺めるのも退屈しのぎにはなったがそれも最初だけ。蒸気機関車の旅も二日目となれば飽きが来る。出来ることは寝るか、窓の外を見るかだけなのだから。

「退屈ここに極まれり、って感じだな」

「クロエも退屈。窓の外眺めるのも飽きた」

「リュカ、遊んで」

「遊んでって言われても、遊び道具なんて持ってないよ」

「ジゼルの手入れでもしとくか?」

「揺れが酷いからやりたくないなぁ。手元が狂って傷つけちゃっても困る」

「次の街に着いたらお昼ご飯調達のついでに新聞買いましょう。ろくな記事がなくてもこのまま退屈を持て余すよりずっとましよ」

「最近国の外もずっとぴりぴりしてるから、仕方ない」

「やれ革命だ独立だって騒がしいよな。この国は聞く限りそんな事はなさそうだけど」

「でも憲兵の目が厳しいよ。俺達だけって訳じゃないけど、どこの街も余所者に対してちょっと冷たい気がする」

「僕の可愛さが通用しないなんて初めてだよ。あの街の人達は皆僕を可愛がってくれたのに」

「そりゃお前がリュカん所にいるからだろ。リュカの師匠は街一番の有名人だったし、リュカ自身も街一番の医者だぜ?」

「だから俺は医者じゃなくて人形修繕師」

「街一番ってよりは街で唯一か」

「違う訂正するべきはそこじゃない」

「まあまあ良いじゃねえか。細かい所にこだわるな、お前も」

「だって人形のお医者さんより人形修繕師って呼ばれた方がかっこいいじゃん。リオが天才って自称するよりはずっといいでしょ」

「俺のは自称じゃねぇ。事実だ」

「そんな事言い出すなら俺が人形修繕師なのも事実だよ」

「リュカ、やっぱり退屈! 何か面白い話無いの?」

「残念、そっちも無いよ。俺にそんな話求められても」

「もー! もういい! お昼寝してやる! おやすみ!」

「はいはい、おやすみ」

 やけくそ気味に体を丸めた小さな友人にハンカチの布団をかけてやれば、ものの数秒で小さな寝息が聞こえてきた。

「……クロエもお昼寝する……」

「皆で退屈退屈って合唱するくらいなら揃ってお昼寝した方が良さそうね。私も寝ようかしら」

「俺も賛成。クロエ、こっち来いよ」

 小さく返事したクロエちゃんはリオの懐に潜り込んだ。リオの座るソファの真向かい、座る俺の隣にマリーが座る。

「リュカも寝る?」

「俺はいいや。眠くないし。次の街に着いたら起こすから」

「わかった。ありがとう」

「じゃあ皆お休み」

 しばらくして小さな客室は線路を進む音だけに包まれる。皆が眠る中、音を立てないようにトランクを開けた。中で眠るモルガンをそっと抱き上げて窓際に腰掛ける。

「モルガン、見える? 俺達今君の相棒の所に向かってるんだよ。ブリジットさんは元気かな、元気だといいね」

 固く閉じられた瞳が開かれることはない。それでも話しかけた。

「相棒と居るって、幸せなんだよね。俺は良くわかってないんだけど、モルガンはどう? ブリジットさんと一緒にいた頃は幸せだった? ……聞かなくてもわかるか、幸せじゃなきゃ一緒に居ないもんね。一緒に居て楽しくなかったら、隣に立ったりしないよね」

 窓の外を流れるのどかな風景を眺めながらモルガンの背を撫でる。

「幸せだったのにいきなり離れ離れになってモルガンも寂しいよね、悲しいよね。でも、もうちょっとだからね、明日には会えるだろうから、この退屈な時間も明日には終わるから。君にとっての幸せが帰ってくるから、ね?」

 がたごとと馬車の客室が揺れて、俺達を目的地へ運んでいく。何も無い平原が続いていた景色に、次第に人の手が入りだした。次の街が近い。明日、明日には人形師が住んでいるという森にたどり着けるだろう。先頭車両の煙突が黒い煙を吐き出すのを眺めながら、線路の先にある森に思いを馳せた。

 次の街に汽車が停車する。次の発車時刻は一時間後。リオと手分けして必要なものを買い揃えた。昼食用のサンドイッチを調達して駅まで戻る。食べるのは俺とリオだけ、ドールは食事を必要としない。二人前で良いはずなんだけど足りるかな。リオってば俺の倍は平気で食べるから。マリーと顔を見合わせる。これでいいか、なんて二人で声を合わせた。

 駅に戻れば、リオ達が既に戻っていた。目的の新聞や遊び道具の他に追加の食べ物まで買ったみたいだ。

「どうにも腹減っちまって、お前が買ってくる分だけじゃ足りなさそうな気がしてな」

「……うん、それで正解だよ」

 再び目的に向けて走り出した客室の中、マリー達は新聞を床に広げてああでもないこうでもないと言葉を交わしている。俺達はそれを眺めながらサンドイッチを頬張っていた。

「目的地まではもう半分以上過ぎたってのに、まだばあさんの話は聞かねえな」

「森に住んでるみたいだし、あの街でも元々人と交流しなかったような人だから噂にはなりにくいんじゃない?」

 さっきの街で軽く聞き込みをしても人形師ブリジットの噂は聞かなかった。

「まあそうだわな。自分から人形師だって公言でもしねえと噂にはなんねえし、俺達にだってばあさんが生きてるかくらいの噂は耳に出来たはずだぜ」

「噂と言えば、ブリジットさんが住んでる森にオートマタの職人が住んでるって噂もあったよね」

「そういえばあったな。真偽はどうだか知らねえが、その職人がばあさんだったらどうするよ」

「実は俺、その線を睨んでるんだ」

「人形師のばあさんがオートマタを?」

「俺も独自で調べてみたんだ。オートマタって懐中時計みたいにぜんまいと歯車で動かすんだって。その歯車が動いて一定の動きを繰り返すらしいんだけど、それを人形に仕込んで絵を描かせたりピアノを弾かせたりするらしいよ。魔法石が無くても人形が動く技術って聞いた。人形作りに加えて歯車なんかの技術が必要になってくるから作るのはとても難しいらしいんだけど」

「元々人形作ってたばあさんからしたら新しい技術を取り入れるだけで出来ちまうのか」

「元々精巧なお顔のドールが作れてたんだ、オートマタに必要な精密な歯車を作るのもお手の物なんだろうね。まだブリジットさんがそのオートマタ職人と決まった訳では無いけど、可能性として考えていても良いと俺は思うよ」

「そもそも人形作ってるかどうかもわかんねえもんな」

「相棒の魔法石が砕けてるんだ。人形作りはもう嫌だってなってる可能性もあるよね。……人形作りやめちゃってたらもったいないな。だってあんなに可愛い子を作れるのに、やめちゃうなんて。俺が人の事言える立場じゃないけどさ」

「お前は医者やってんだからもう十分だろ。俺はあのままお前が人形作り続けてたら今頃どうなってたか気になるけどよ」

「だから俺は医者じゃ」

「口の周りソースで汚しといてそれは聞けねえな。かっこつけてえならサンドイッチも綺麗に食いやがれ」

 乱暴に口元を拭われる。元々力が強い幼馴染、乱暴な力加減をされれば当然ながら痛い。

「むぐぐ」

「ほれ、取れたぞ。まだまだガキだなぁ」

「俺、リオと同い年なんですけど」

「俺からしたら手のかかる弟よ」

「俺に兄弟は居ない……って、このやり取り前にもどこかでした気がする」

 一人早々にサンドイッチを食べ終えて、今度は自分で買ってきたポテトをつまみ出したリオ。この幼馴染にもかなり世話になっている。リオが居なきゃブリジットさんの屋敷にも近付かなかったし、ナポレオン達と出会うことも無かったし、今だってブリジットさんに会いに汽車にも乗ってなかった。

 この幼馴染と言うのはうるさくて乱暴で、喧嘩ばっかりで俺に厄介事ばかり持ち込んでくる困ったやつだ。俺が泣きたい時は隣に張り付いて泣かせてくれやしないし、ナタエナルの魔法石が砕けた時も、師匠が居なくなっちゃった時も放っておいてくれなかった。泣きたくても、泣けやしなかった。このお節介でうるさい幼馴染が泣かせてくれなかった。でも、今はそれで良かったんだって思える。リオが居なかったら俺、今頃どうなってたか。想像もしたくないけど目も当てられないような状況になってたっておかしくない。だから感謝してる。口にはしてやらないけど。

 四分の一を残したサンドイッチを包み直す。美味しかったな、家でも再現出来たらいいんだけど。

「おい、何残してんだ」

「もうお腹いっぱいで入んない。後でお腹空いたら食べようかなって」

「お前がそれしたら夕飯入らなくなるだろうが。よこせ、傷ませる位なら今食ってやる」

「食べ過ぎでお腹痛くなっても知らないよ」

「お前に傷んだもの食わせて腹壊されるよりましだわ。お前に何かあったら俺がお前の師匠とナタエナルに怒られるんだよ。おっさんのげんこつはともかく、ナタエナルのも結構痛いんだからな」

「え。ナタエナルそんな事するの?」

「おう、ナタエナルもお前にゃ過保護だったからなぁ。俺はしょっちゅう怒られてたぜ? リュカに危ない事させるなって」

「何それ、俺知らない。初耳だよ」

「あ、あー……。そういやお前の前ではしてなかったな。悪ぃ、今のは聞かなかったことにしてくれや」

「……それは俺が知らなくていい事?」

「おう、だから今の話は忘れてくれ」

 過保護なのはお前もじゃないか、なんて考えながら残したサンドイッチを渡す。過保護な幼馴染その一は受け取った残り物をぺろりと平らげた。


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