三匹の獣
全身を金色の毛並みで包んだ獣は吠える、自分ならざる漆黒の獣に立ち向かう力を振るい立たせるために。
漆黒の獣も吠える、自分より遥かに弱い相手であってもその狼は覚悟を決めた者を侮ったりはしない。
小さき獣は牙を剥く、二匹の獣のように吠える力を持たないが故に行動で示す。
二匹の獣は相対する、引けぬ物を背負った金色の狼と進むべき道を見失った漆黒の狼はぶつかり合う。大地がえぐれ、土塊が舞う。両者の牙が交錯しガチンッという音が周囲に響く、捉えるものを見失った牙は空を切る。
お互いに相手に損害を与えることが叶わなかったことに歯噛みしながらも次の一撃は相手に痛手を与えることができると信じ間合いをはかる。お互いの一挙一投足さえ見逃さないように集中する。緊張が高まる、この均衡を壊すのは黒狼かそれとも金色の狼か・・・。
しかし、この瞬間二匹とも忘れていた。
獣は二匹ではなく、三匹居たということを!
均衡を崩したのは二匹の狼ではない、人間故にこの戦いで忘れられていた三匹目の獣であった。
三匹目の獣、グランは大地を踏みしめ前へと進む。進む先に見据えるのは漆黒の狼。背中のロングソードに手を伸ばし今度は空を切らずにしっかりと握った剣の柄、その握りを何度も確認しながら獣は漆黒の狼に肉薄する。
居合、それは腰に下げた剣から最速の抜刀術で相手を斬り伏せる技術である。様々な型があり極めたものは刃を抜いたことすら気づかれること無く首を飛ばすことすら容易いと言う。
その真髄は速さにある。構えや型など二の次である。速くある為により速くするために型というものが生み出されたのだから。
鍛え上げられた肉体から磨き抜かれた技術でグランの神速の居合が漆黒の狼に喰らいつく。
腰からではなく背中に背負ったまま放たれた居合は空を切った牙に気を取られた獣の前足を襲う。その刃は神速であった、殆どの人間であれば反応することすらできずに切り捨てられるであろう。
そう人間であれば。
神速の居合は黒狼に達することさえすれど、その肉を断つことは無かった。
磨き抜かれたその刃は鋭くしかし、黒狼の体毛数本を断ち切ることしかできなかった。
自分の足に違和感を感じた黒狼の取る行動は自分の戦いを邪魔した無粋な人間の排除であった。
無造作に放たれた横殴りの前足。人ならざる膂力で放たれたその一撃は居合を放ち終わり剣を振り抜いたままの姿で硬直しているグランでは避けることができない。
横殴りの攻撃、咄嗟に剣を立てにしたはいいもののその力は人間が受け止めるにはあまりにも強すぎた。
狼パンチとも言うべき攻撃を受け、体が浮遊感を感じている。
ああクソっまたか。そんな感情が心を支配する。またか、また負けるのか。幾度と無く戦い、勝った数以上に負け、辛酸を舐めさせられた。しかして、俺は強くなった。
吹き飛ばされ地面に叩きつけられ、体が悲鳴を上げる。お前じゃ勝てないと亡霊が笑う。楽になれと天使が囁く。
故に立ち上がる。
勝てるはずが無いと亡霊が笑うなら泣きながら勝って見せよう、楽になれと天使が囁くならキツイと叫びながら立ち上がろう、体が悲鳴を上げるのならば心で歓声をあげよう。
我信ずるは我が力のみ。他者の力は借りこそすれど頼るものではなし。
獣が人へと変わる
今回も読んで頂きありがとうございます。感想、ブックマーク、評価等をもらえますと作者が七転八倒しながら喜びます。作者のTwitterは和鯰んで検索して貰えると出てくると思います。@小説がついてる方ですね。
明日もう一話上げるつもりなのでよければ読んで頂きたいです。
ではまた物語の中で