浮かぶのは
どうしよう、どうしよう…!!
暗い森の中、ゆっくりと後退さるユリアの前には、闇に輝く2つの目。
グルルーという低い声が、ユリアに危険信号をだす。
口から垂れている涎にユリアは顔をひきつらせる。
思わず腕の中にいる温もりを頼るように抱き締める。
ユリアと対峙している獣は狼だ。
しかし、普通の大きさではない。
目の前の狼の方が、大きい。
距離を取ろうとユリアが1歩後ろへ行くと、目の前の狼は1歩とユリアへ近づく。
腕の中にいるネコは威嚇している。
が、全く歯がたたない。
すがるようにユリアの腕に捕まっているネコをさらに抱き締める。
すると、ゆっくり後ろへ下がっていたユリアの踵が何かにあたる。
「え…?」
振り返った先にあったのは、大きな岩だった。
「うそ…でしょ……」
逃げ道はない。
目の前には空腹の狼。
どう…しよ…っ!!
つい座り込んでしまったユリアの目には涙が溜まっていく。
怖いっ…助けてっ!!
誰かっ!!
ユリアが腕の中にいるネコをぎゅっと抱き締め、
目をつぶったと同時に狼がユリアに向かって跳躍した。。
助けてっ!!!
心のどこかで覚悟を決めた時、鈍い音がした。
そして、いくら待っても来ない痛みに不思議に思い
ゆくっりと目を開けると、狼と自分との間に人がいた。
ユリアに背を向けていた人物は剣に付いた血を払うと鞘に納めた。
「………な…んで……」
なんでいるのよ。
ユリアの声を聞いたのか、その人物はユリアの方を振り返った。
ユリアが、助けてと願った時、一番に頭に浮かんだ人物。
アルトと視線が合うと、走り寄ってユリアを抱き締めた。
「ユリア!!見つけた…っ!!」
息切れし、汗がユリアへと落ちていく。
「っ………」
なんで…こんなに必死なの?
いつも余裕な顔しかしてなかったのに。
「勝手に居なくなるなっ…!!」
肩を強く掴まれ、勢いよく声を荒げると、そのまままた抱きしめられる。
心配した。ボソリと聞こえてきた言葉にユリアは小さくごめんなさいと呟く。
すると2人の間から、ポフッと2匹の猫が顔を出した。
「あ、無事で良かった…」
「…猫?」
アルトがユリアを抱き締めていた手を緩めると、ユリアは猫をそっと手放した。
「…お母さんに会えて良かったね。」
子猫に話しかけると返事のように、にゃーっと鳴いた。
「…母猫が居たのか?」
「うん。あのコが急に走り出して…追ったら、お母さんが居たの」
帰っていく親子猫を見ながら、ユリアは小さく手を降る。
「……もう、勝手に行動するな。」
「…っ…ごめんなさい。」
勝手に行動して、
心配させて…反省。
萎れたユリアを見て、小さく笑ったアルトは、ユリアの手を握った。
えっ?!とユリアが顔をあげる。
「ちょっと来い。」
「え、どっ…どこいくの!?」
半ば引きずられるように連れていかれながらもユリアは必死についていった。
「うっわぁー!!」
連れて来られた先は、一面の花畑だった。
凄いっ!!
たくさん種類があるっ!!
アルトの手を離し、花畑へと駆けていく。
「うっわぁぁぁ!!!!」
色とりどりの花を積んでいると、ゆっくりアルトが近づいてきた。
「気に入った?」
「ええっ!凄い!」
満面の笑みで答えると、ふわりとアルトが笑った。
「やっぱり。」
そう言って、アルトの手がユリアの輪郭をなぞる。
「笑ってる方が可愛い。」
「っ!!」
恥ずかしい。
男の人に…真っ正面から初めて言われた……。
赤くなった顔を隠すようにユリアは下を向くが、アルトは許さない。
「っ…ちょ…手っ……放して」
「やだ。」
やだって…子供かっ!!
「はなして…」
言い終わらない内に腕を引っ張られてアルトへ倒れる。
「はなさい。」
やっぱり強い口調でいう。
「なんでっ…」
抱き締められた安心感と、緊張と。
2人になれたから。
気が緩んだ。
「……んでっ……なんであたしなのっ!?」
その叫びは本音だった。
いきなり、嫁げと言われた。
夢見ることを
諦めざるを得なかった。
「いきなりっ…現れて!!」
あの人を待っていたのに。
切望していたのに。
なのに…
「出てきた…あなたは…」
あの人に似すぎていて…
「どうしたらいいか分からないっ!!!」
とめどなく溢れる涙は苦痛の証。
「約束したから。」
ユリアの嗚咽だけが響く静寂の中、アルトは落ちついた声だった。
「ほら。約束しただろ?迎えに行くって。」
え??
ゆっくり顔をあげる。
ユリアの中で、憶測が確信に変わる。
「ずっと…ずっと想ってた」
風が優しく吹いて。
アルトの背後には月が輝いていて。
凄く綺麗だった。
なのに…
その寂しそうな笑顔が…
凄く切なかった。