掴めない
翌朝
ユリアはエスカールへ嫁ぐため、馬車に揺られていた。
つい先ほどまで見えていた 父や母、敵意丸出しでアルトを見ていたリーグの姿はもう見えない。
まだフローリアにいるので、国民が笑顔でユリアの乗る馬車へ向かって花びらを投げる。
そんな国民にユリアは、笑顔をみせる。
窓から入ってくる風に乗って何枚かの花びらが馬車の中へ溜まる。
「ユリア様、お髪に花びらが。」
そう言って、ユリアの金髪に触れたのはユリアの向かいに座るリーシャだった。
「ありがとう、リーシャ。」
「いえ。……またユリア様にお仕えできて……嬉しいです。」
言葉の通りになって良かったと微笑むリーシャにユリアは心の底から感謝した。
見知らぬ土地へ嫁ぐのだ。
誰一人知らない所へ。
そんな中、リーシャがいてくれることがユリアにとってどれだけ心強いことか。
「本当にありがとう…リーシャ。」
リーシャと微笑みあっている時だった。
ふいに馬車の扉をコンコンと叩かれたのだ。
「はい。」
と返事をし、リーシャが対応する。
その間にもユリアは窓から顔を出し、国民へ笑顔を向けていた。
「王女」
その声にふりかえると、シーグルが笑顔で手招きをしていた。
不思議な面持ちでシーグル
に近寄ると、いきなり手を捕まれたかと思うと、勢いよく手を引かれ、一気に外へ。
「ユ、ユリア様っ!!」
心配するリーシャを他所に、シーグルはにこりと微笑んだ。
「沈んだ心には外の空気が一番ですよ。」
そう言ってまた笑ったシーグルについ、ユリアは頷いてしまった。
「な…なんで私、こんな所にいるの……」
気付けば、アルトと同じ馬の上に乗っていたのだ。
「知らねー」
ぶっきらぼうな声が上から降ってくる。
その声にユリアは少し顔を歪めた。
少し振り返ろうとすると、アルトの顔がある。
近い。
この一言で今の心情は全て言い表せる。
距離が近すぎるのだ。
ユリアの乗っていた馬車の前を歩いていたらしい。
ふぅ、と落ち着くようにユリアは息を吐き出し、また笑顔になる。
国民が見てる。
仲がいいように見せなきゃ、皆 不安になるよね。
左右に笑顔を振り撒くユリアを見ていたアルトは列に割り込んでこっちへ向かってくる少女を見つけた。
「あっ!!」
ユリアも見つけたらしく、思わず声をあげる。
「ちっ。」
小さく舌打ちしたアルトは巧みに綱を操り、少女を馬で踏みつける事は無かった。
「………」
無言のアルトの怒りを背中でひしひしと受け取ったユリアは軽く冷や汗をかいた。
が、それを無視し、姫様!と可愛らしい声で呼ぶ少女へ顔を向けた。
「勝手に列に入っちゃダメでしょ?」
めっ!と軽く言うと少女はごめんなさい。と軽くしょげた。
が、すぐに顔を上げ、小さな花束を差し出す。
「ユリア様、ご結婚おめでとうございます!」
無垢な笑顔にユリアは心からの笑みを見せた。
「あ…ありがとう……」
受け取った花束はピンク色の薔薇を中心に、いい香りの小さな花がたくさんあった。
いい香り…とユリアが花束に顔を埋めた時、落ち着いた声が聞こえた。
「いい…匂いだな。」
ユリアが振り返るとアルトが笑っていた。
そうね。とユリアも笑顔になる。
「す、すみません!!」
慌てた声が少女を抱いて、人混みへ帰っていく。
あの子のお陰で、大分緊張も取れた…と思ったユリアが自分に驚く。
私、緊張してたんだ…
そう思えばそうだ。
なんせ、昨日初めて会った男とけっこんするのだ。
さらに今、同じ馬の上に居るのだから。
それに、彼 には聞きたい事が山ほどあった。
そんなユリアの表情を読み取ったのか、アルトはニヤリと笑って言った。
「質問があるならお答えしますが?未来の我が愛しい伴侶様?」
からかい口調の、その言葉に空いた口が塞がらない。
口をパクパクさせ、顔が赤くなってきたユリアはバッと顔を伏せた。
「あ、あるわよ!!」
強気で言ったのだか、声が裏返った。恥ずかしい。
それがアルトにも伝わったのか、必死に笑いを堪えているのが空気で分かった。
「…クッ……で?」
それでも催促してくるアルトにリーシャは膨れながらもアルトに質問した。
「…なんで…お城で会った時"お久しぶり"なんて言ったの?」
信じたくなかった。
ただの人違いだと思いたかった。
でも、過去の記憶と…彼はリンクしてしまう。
記憶の中の彼はこんな性格じゃなかった!
ユリアの願いもむなしく、アルトは息を吐き出すと淡々と言った。
「お前忘れたのか?言っただろ?迎えに行くって。」
アルトの言葉にバッと振り返り、アルトを見る。
が、振り返ったユリアとアルトの距離はやっぱり近かった。
一気にユリアの顔が赤くなっていく。
そんなユリアの状況すら楽しんでいるのか、アルトは楽しそうに笑っている。
「お前、バカだな。」
お、お前って言ったぁぁぁぁ!!
心の中で十分叫んでいるユリアを尻目にアルトは楽しそうだった。
こんな2人の光景すら、会話が聞こえないので、2人を祝福する国民から見れば、仲が良いようにしか見えなかった。